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変身ヒーローと異世界の国々

天使との戦い

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 天使の腕は見る間に再生していく。
 その過程はやはり魔族や魔物に似ているが、神々しさを漂わせる雰囲気とはちぐはぐな感じがして不気味に思えた。
 ヨミはもうほとんど魔力が残っていない。
 この状態で致命傷を喰らえば、再生は不可能だろう。
 それでなくてもあの槍はグレースを一撃で倒すほどの威力だ。
 これ以上は戦いに参加させるわけにはいかない。
 アスルもそういう意味では似たようなものだった。
 天使の動きを止めるために、あの槍をその身で抑えつけていたから至る所を怪我している。
 それでも無事なのは、さすがは魔王の器といったところか。
 しかし、もはや限界だろう。
 まともに戦えるのは、俺とバルトラムだけか。
「アスル! レオノーラを頼んだぞ!」
 少し離れた位置にいる二人に呼びかける。
「え? ……わかった!」
 最初に少しだけ訝しげな表情をしたのは、俺の意図を正しく理解したからだと思う。
 それでも返事をしたと言うことは、無茶はしないでくれるはずだ。
「バルトラム。あんたには結構期待してるからな」
「ええ、わかっています。僕には天使を殺す理由があります」
「魔法で援護をしてくれ!」
「はい! 闇の神と火の神の名において、我が命ずる! 無情なる紅蓮の炎よ、破壊の力を示せ! ダークフレア!」
 それはやはりグレースと同じ魔法だった。
 グレースの敵を討ちたいという気持ちがひしひしと伝わってくる。
 バルトラムが放った魔法を隠れ蓑に近づく。
「無駄だと言うことがわからないのですか」
 まただ。天使は機械的にそう言った。
『魔法を避ける気はないようですね。攻撃としては役に立たないようです』
 そうか……。AIに話しかけられて思い出した。
 天使の話し方は、生まれたばかりのネムスギアのAIに似ている。
 感情のこもっていない冷たい声だった。
 バルトラムの魔法が天使に直撃する。
 今までの戦いからダメージは期待していない。
 三度魔法が爆発したその後ろから飛び出して斬りかかる。
『チャージアタックスリー、レイストームスラッシュ!』
「…………」
 俺の存在に気がつき上を向く。
 その時にはすでに斬撃の雨が天使を襲っていた。
 光の槍で捌こうとしていたので、さらに剣を薙ぎ払う。
 攻撃力は高いようだが、光の槍にはそれほどの耐久力はなかった。
 ヒントは天使が与えてくれた。
 バスターキャノンの破壊力は高いが武器自体に防御性能はなかった。
 だから光の槍もそうじゃないかと思ったんだ。
 案の定、光の槍がバラバラになって消滅する。
 それでも焦りの色さえ見せないのは、よほど自分の力に自信があるのか、あるいは――そういう感情がないのか。
 後者だとしたら厄介だな。
 とはいえ、これは最大のチャンス。
『スペシャルチャージアタック ファイナルスラッシュ』
 エネルギーは五割程。
 全力で使うと強制的に変身解除だからな。
 それでも、エネルギーを集束させて斬りつけるので、威力はバスターキャノンの必殺技と比べても遜色はない。
 跳び上がって逃れようとした天使を追いかけるように斬り上げる。
「おおおりゃああああ!!」
 巨大な光の刃が天使の体を飲み込んでいた。
 エネルギーによる斬撃の中から落ちてきた天使は、ブレストプレートが破壊され、ワンピースのドレスも真ん中から引き裂かれていた。そこから見える体には大きな切り傷が入っている。
 地面に倒れ伏す天使に、バルトラムは向かっていた。
 あの魔法を使い、手刀の先から闇の刃を出現させている。
「トドメは僕が刺します!」
 手刀を天使に向けて振り下ろそうとしたとき、
「危ない!」
 耳が引き裂かれるんじゃないかと思うくらいの声でレオノーラが叫んだ。
 それによって生じた一瞬の間が、バルトラムの動きを止める。
 天使は寝たまま光の槍を放った。
 もしあのまま斬りかかっていたら、グレースのように体を貫かれていただろう。
 バルトラムはすんでのところで闇の刃を使って光の槍をいなそうとする。
 だが、光の槍の方が強いのか、完全には弾き飛ばすことが出来なかった。
 左肩を抉り、光の槍はそのまま闘技場の観客席に突き刺さった。
「くっ……」
 直撃ではなかったのに、バルトラムの魔力が著しく減っていることを感知した。
 天使の使う魔法攻撃にそういう効果があるのかはわからないが、少なくともあの光の槍は攻撃したものの魔力を削り取ってしまう効果があるみたいだ。
 明らかに魔物や魔族を対象とした魔法だ。
 人間は魔力を失っただけでは死ぬことはない。
 まあ、物理的にあの光の槍で心臓や頭を貫かれたら死ぬだろうが、そうだとしたらその後の効果は発揮する必要がない。
 死人の魔力を削り取ることに意味はないから。
 つまり、あの光の槍で貫かれても死ぬことのない生き物が、魔力も失うことによって初めて意味のある効果だ。
 この一度の攻防でバルトラムと天使の立場が逆転してしまった。
 バルトラムは片膝をついて、立ち上がった天使を見上げる。
 天使の右手には新たな光の槍が現れていた。
 このままじゃ間に合わないか。
 ファイトギアで近づきたいところだが、天使にはあの近距離爆破攻撃がある。
 俺が近づいたら光の槍ではなくそっちで攻撃することも考えられる。
 最悪、俺もバルトラムも共倒れだ。
 天使が光の槍を構えたとき、バルトラムの前に一人の少女が立ち塞がった。
「もう止めなさい。あなたが本当に天使だと言うなら、彼を殺す必要はないわ」
 レオノーラは両手を広げてバルトラムを庇う。
「……理解不能。人間がなぜ、魔族を守るのか……」
「そんなに難しいことじゃないわ。バルトラムは私を守ってくれた。だから私もバルトラムを守るのよ」
 迷いのない真っ直ぐな眼差しで天使を見つめる。
 天使は一歩だけ後ろに下がった。
「……人間と魔族は、戦う運命にある……わかり合うことなど、ない……お前も、秩序を乱すのか?」
「あなた天使のくせに理解力がないのね。人間だとか魔族だとか、信用に値するものを種族で分けるなんて馬鹿げているわ」
「理解不能。意味がわかりません」
「だから、人間だって信用できない人もいるし、魔族だって信用できる者がいても不思議じゃないってことよ」
 レオノーラが懇切丁寧に説明すればするほど、天使は困惑の表情を向けていた。
「……結論が出ました。理解不能な人間もまた、この世界の秩序を乱すものであると」
 急に目の色が変わった。
 覚悟を決めたような、冷徹な瞳でレオノーラを見下ろしている。
 魔族だけでなく、人間をも殺すつもりなのか。
 天使は一体何を守るために存在しているんだ?
 聞いても答えてはもらえないだろう。
 レオノーラの言葉さえ届かないのだから。
 そして、天使はもうレオノーラとバルトラムしか見えていない。
 ほとんど無防備だった。
 いつの間にかヨミとアスルまで集まってくる。
 俺が天使の左から近づく。右側にはヨミが、そして天使の背後をアスルが押さえていた。
 それなのに、天使は俺たちの存在にまるで気付いていない。
「……お願い、心を理解できない馬鹿な奴を始末して頂戴」
 哀れなものを見るような瞳で、レオノーラは天使を見ていた。
「闇の神の名において、我が命ずる。闇の力をその身に纏い、破壊する力を与えよ。ダーククロースアーマー」
 ヨミが残された全ての魔力を右足に集中させていた。
「闇の神と光の神の名において、オレが命ずる。全部ぶっ壊せ。ダークプリズム」
 アスルも全身からではなく、右腕だけ魔法によるエネルギーが溢れ出していた。
 意図的に集中させているのか、それとももうそれしか魔力が残されていないのか。それはわからない。
『スペシャルチャージアタック、ファイナルスラッシュ!』
 俺も残された全てのエネルギーを集中させる。
「世界の理を守れぬ者たちよ、この世界にお前たちのような存在は不要である」
 天使はそこまで言うと光の槍を構えて足を上げた。
 体ごと槍を突き出すように前に踏み込んだとき、マテリアルソードの斬撃が槍ごと天使の体を斬り裂く。
 さらに、そこへヨミの回し蹴りが炸裂し、アスルの魔法が天使の体を吹き飛ばした。
 声を上げることもなく床に叩きつけられた天使は、仰向けのままピクリとも動かない。
 今の攻撃でネムスギアのエネルギー全てを放出した反動で、強制的に変身が解除された。
 これでも立ち上がるようだと、逃げる準備をしておいた方が良いかもな……。
 バルトラムが立ち上がって天使を見に行こうとしていた。
「一人じゃ危険だ」
 そう言って、結局俺たちは全員で天使を確かめに行く。
 すると、近づくまでもなく天使が死んでいるのだと気付かされた。
 魔族のように体が粒子になって、空へ消えていく。
 近づいて覗き込むと、その瞳はただ虚空を見つめていた。
「……終わったんだな……」
「そうみたいですね……」
 俺のつぶやきに答えたのは、ヨミだけだった。
 レオノーラもバルトラムも沈痛な面持ちのまま口を閉ざしている。
 アスルも天使が消えていった空を見上げていた。
 これで俺は魔族だけでなく天使も倒してしまったことになるわけだ。
 天使に仲間がいるとしたら、俺も狙われるようになるんだろうか。
 そもそも、どうしてグレースが殺されたのかさえよくわからなかった。
 おまけにレオノーラまで……。
 元々この世界の天使は不可解な存在だったが、実際にこの目で見てその気持ちがより強まっただけだった。
 しかも、天使の体が全て消えた後には床があるだけだった。
 遺体も魔族のようにクリスタルも残らない。
 天使の体は、人間や魔族とも違うってことなのか。
 考えても答えは出ない。
 分析能力に優れたAIは休眠中になってしまったし。
「バルトラム。これ、返すわ」
 レオノーラが大事そうに抱えていたクリスタルを優しく差し出す。
 生前のグレースのイメージにぴったりな、赤く輝く十字架のクリスタル。
 愛する人を抱きしめるかのように、バルトラムはクリスタルを両手で包み込んだ。
「グレースを守ってくれてありがとう」
「……礼はいいわ。これ以上私を惨めにしないで欲しいわね」
 恋に破れたことを自虐ネタにして笑っていた。
「……それで、これからどうするつもりなの?」
「魔界へ帰る方法を探しながらこの世界でひっそりと生きてきます。いずれはグレースの両親にもこのことを報告しなければならないでしょう」
 バルトラムの誠実さには驚かされたが、心配にもなった。
「大丈夫なのか? 相手は主流派の魔族なんだろ? バルトラムのことを認めていないグレースの両親が、グレースのクリスタルを見たらどう思うか、俺にも想像できる」
「そうですね、決して友好的な態度は取ってもらえないでしょうね」
 さすがにはっきり言うのは躊躇うが、最悪殺されるんじゃないのか?
「グレースは親を捨てでもバルトラムと一緒に生きていくと決めていたんだから、親には報告しなくて良いんじゃないか?」
「それでは、僕の心が許さない。ご両親の悲しみも受け止めなければ、僕は生きていく資格さえないと思っています」
 律儀で誠実ないい魔族だが、損な性格をしている。
 だからこそ、信用も出来るのだが。
 こういう魔族が増えてくれれば、争いも減るんだろうが……。
 それは俺たち人間の側も同じだからあまり大きなことは言えたことじゃないか。
 はっきりしていることは、俺たちにとってもバルトラムは貴重な存在だと言うこと。
「……死ぬなよ。グレースは、バルトラムに生きて欲しいといったことを忘れるな」
 バルトラムは目を見開いてから、少しだけ微笑みを浮かべた。
「あなたは確か、アキラと言いましたね。もしよろしければ、僕もアスラフェル様やヨミさんのように仲間に加えていただきたいのですが……」
「……共に戦った時点で、俺はそのつもりだったんだが?」
「……そうだったんですか、ありがとうございます」
 俺はバルトラムと固い握手を交わした。
「もし俺たちに用事があったら、ヨミが常に持ち歩いている魔法水晶に連絡を入れてくれ」
 キーワードを伝えると、バルトラムは何度か言葉を反すうしていた。
「人間は面白い魔法の使い方をするんですね。魔族には思いつかない発想です」
「そうなのか? それじゃ、魔族はどうやって連絡を取り合う」
「僕たちは使い魔を相手に送ることで情報を伝え合います」
 伝書鳩のようなものだろうか。
「ですから、僕への連絡は使い魔をよこしてください」
「いや、そんなことを言われても俺には……」
 魔法も使えないのに、使い魔なんてどういうものなのかすらわからない。
 困り顔を見せると、バルトラムはアスルに視線を送った。
「アスラフェル様なら出来るはずです」
「え? ああ、使い魔? 使えるけど……」
「だったら、それで父親に連絡を取れば良いんじゃないか?」
 当たり前の疑問を口にすると、アスルは口を尖らせて文句を言った。
「もう何回か試したけど、結界を越えて魔界へ行くことができないんだよ」
「それは仕方ないと思います。結界の揺らぎは不規則で不安定ですし……。僕やグレースは本当に幸運だったんだと思います」
 バルトラムがアスルをなだめるように優しく言った。
「それでは、僕はこれで」
「ああ、またな」
 一人で闘技場を出ようとしたバルトラムが何かを思い出したように振り返った。
「……一つだけ、アキラさんに伝えておきたいことがありました」
「俺に?」
「以前、フェルラルド様がおっしゃっていたのですが、天使は人間を守る存在でも、魔族を倒す存在でもない。天使の本質は世界を守ることにあるんだそうです」
 世界を守る?
 人間を守り魔族を倒すことが世界を守ることにはならないってことか?
「僕にはよく理解できませんでしたが、人間であるアキラさんなら理解できると思ったのですが……」
「悪いな、俺にもよくわからない」
「フェルラルド様は天使という存在についても詳しく理解されているようでしたので、アスラフェル様がお帰りになる際にはアキラさんも同行した方が良いのかも知れませんね」
「……そうだな、一応覚えておく」
 バルトラムは満足そうに微笑み、今度こそ闘技場を後にした。
 天使が守る世界とこの異世界の理、か。
 何となく引っかかる。
 天使にも話の通じる奴がいればいいんだが。
 今後、天使が俺たちを狙うようになったら、そういう機会もあるのかもな。
 あまり歓迎すべきことではないような気がするが。
「俺たちも帰るか」
 レオノーラの件はまだ解決していないが、取り敢えずシャリオットにこの町で起こったことを報告する必要がある。
 そう考えて闘技場の出口に向かおうとしたら、大きな影が闘技場を包み込む。
 見上げると、そこには飛翔船が浮かんでいた。
 ゆっくりと闘技場の真ん中に降りてくる。
 さすがに舞台まで降りることは出来なかったが、船体の中央から伸びた階段が観客席に届いたので、そこを通って多くの人が降りてくる。
 ほとんどがホルクレストの国軍のようだが、先頭に見えるのはシャリオットとシンプルなドレスを着ている女性に見えた。
「お、お母様!?」
 レオノーラが声を上げて驚いたので、シャリオットが誰を連れてきたのかがわかった。
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