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変身ヒーローと未知の国

この世界の理

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 ネムスギアの開発には大地彰も関わっていた。
 しかし、俺にはその知識はなかった。
 関わっていたことは知っているのに、なぜその知識が欠けているのか。
 以前なら異世界転移のせいで記憶の一部が失われてしまったのだと解釈しただろうが、今は俺が大地彰ではなかっただけだと納得している。
 つまり、ネムスギアに手を加えることに賛成も反対も出来ない。
 俺にはその資格はなかった。
『エルフは彰の技術を奪うつもりなのかも知れません』
「そんなことが可能なのか?」
『……エルフの国を観察していてわかったことがあります。この国の技術は明らかに人間の世界とは異質なものです』
「そりゃ、そうだろうな」
『彼らの技術はこの世界で磨かれたものでないとするなら、別の異世界から学んだと考えるのが妥当でしょう』
「でも、異世界へ行く方法はまだ見つかっていないはずだが……」
『ですが、異世界の存在は気付いている。この町を見ればそれがどのような世界なのかさえ把握していると言うことは、少なくとも異世界を見ることはできるのでしょう』
「まさか、見ただけでこんな町が作れたって言うのか?」
『そこです。エルフの中には異世界のものを見ただけで模倣できるような頭の良さと技術力があると考えます』
 そんなチートみたいな力を持ってるとしたら、世界から引きこもる必要もなさそうなものだがな。
「だけど、AIの言う通りだとするとすでにネムスギアは見せてるわけだから、同じ物が作れるってことになるぜ」
『それはどうでしょう。見かけだけ同じ物を作れても、私を模倣することは不可能だと思います』
 ナノマシン一つ一つに組み込まれたAI、か。
『ですから、恐らくはそのためにネムスギアを改造すると言って、一部を奪うつもりなのだと』
 ああ、それで最初のところへ話が繋がってくるわけだ。
「……アキラさんに助言をするAIというものは、私のことを信用していないようですね」
 AIの言葉は聞こえていないはずなのに、俺の言葉だけで察して見せた。
『彰。彼女とは私が話したいです。私の言葉をそのまま彼女に伝えていただけませんか?』
 エルフの真意を探るつもりか。
 AIは一貫してエルフを信用していない。
「『女王様。出来れば二人きりでお話をしたいのですが、よろしいですか?』」
 フィリーとマーシャが訝しげな表情をさせたが、女王だけは眉一つ動かさない。
「……わかりました。皆さん、今日はもう下がってください」
「はい、畏まりました」
 一番文句を言いそうなフィリーが最初に返事をした。
 女王に従うことが、彼女にとって何よりも優先されるらしい。
 マーシャたちは心配そうな視線を俺と女王に送ったが、フィリーに引きずられるようにして謁見の間を出た。
「その話し方。アキラさんではありませんね? もしかして、その方がAI何でしょうか?」
「『鋭い観察眼に、敬服します』」
「ありがとうございます。それで、私と話をしたいと言うことはどういうことでしょう」
「『単刀直入に言いましょう。マーシャというエルフは彰の監視役ですね』」
 思わず、声を出しそうになった。
 さすがにそこまでは考えていなかった。
「よく、見抜きましたね」
「『女の色香に騙されるのは人間の男だけです。私には知識としてその感情は理解できますが、性欲という本能はありませんから』」
 その言い方だと、まるで俺がマーシャの外見に惑わされてるみたいじゃないかと言いたかったが、言い返すと惨めな気持ちになりそうだったから止めた。
「アキラさんがマーシャと共同生活を送りながら手を出さなかったのは、あなたが助言していたからですか?」
 その質問には俺自身の言葉で答える必要があった。
「いや、それは違う。AIに指摘されて騙されてることに気付かされたが、それがなくても俺がこの世界でヨミ以外の誰かを好きになることはない」
『……やっぱり、好きだったんじゃないですか』
「今はその話は良いだろ」
 俺たちのやりとりを聞いていた女王は咳払いをした。
「つまり、アキラさんにとってマーシャはそのヨミという人よりも魅力的ではなかったと言うことですか?」
 やけにそこにこだわるな。
 この質問もAIには答えられない。
「外見や第一印象は確かに人付き合いの中で重要だよ。マーシャはと言うか、エルフの女性は人間に比べてみんな美人だ。それでも、俺の心は動かない。好みとかそう言う次元じゃなくて、好きになっていた。ただ、それだけなんだよ」
『今この場にヨミさんがいたら、きっと喜んだでしょうに。まったく、そう思っているならなぜ探そうとしないのか……』
 そこが難しいところなんだよ。
 ヨミは俺をずっと大地彰だと思っていたわけで、ヨミが好きなのはきっと大地彰だ。
 自分のこともよくわからない、俺のような勘違い野郎には近づく資格もない。
「……わかりました。確かにマーシャは今でもアキラさんの行動を監視しています。全ては私の命令を守るために」
「『私が知りたいのはそこです。あなた方は彰の情報のほとんどを得ている。なぜ、未だに彰の動向を探る必要があるのですか?』」
 女王は真っ直ぐ見つめてきた。
 だけど、その視線は俺ではなく、ネムスギアのAIに向けられている気がした。
「…………一つ、この世界の理を授けましょう。ですが、信じてもらえるかどうかはわかりませんが」
「『ご安心ください。私には嘘は通じませんから。真実を話してくださるのなら、それを疑うことはありません』」
「そうですか。では、なぜ私が世界の終焉は防げないと言えるか、わかりますか?」
 それは、ずっと気になっていたことの一つだった。
 人間の伝承には魔族との戦争があると書かれていたし、伝説の武器と魔王の戦いも伝承の通りだった。
 でも、そこまでだ。
 戦いの結果どうなるかはわからないし、ましてやその先の未来なんて誰もわかるはずがない。
「アキラさんが説明してくれた超能力に、未来を予知する力がありましたね」
「まさか、女王にもその力が?」
「いえ、私には未来を見通すような力はありません。ただ、見てきたことを覚えているだけなのです」
 何を言っているのか、俺にはわからなかった。
『まさか……そんなことが……』
 AIは一人で驚愕したような声を上げていた。
 俺にもわかるように説明して欲しいんだけど。
「『世界が終焉を迎えた後、どうなるのですか?』」
「AIと言うのは本当に頭が良いのですね。エルフでもこの辺りのことを一度で理解できたものはいなかったのですが」
 いや、俺にも何を言ってるのかさっぱり……。
 逐一説明を求めたいけど、何かもうAIと女王の会話の邪魔をするのも申し訳ない気持ちになってくる。
「終焉を迎えた世界は再生します」
「『世界は一から創造される、と言うことですか?』」
「いいえ、私の記憶では……そう、丁度アイレーリスという国でケルベロスが暴れるようになるところから始まります」
 あれ?
 何だろう……。
 急に俺にもわかる話になってきた。
 どこかで聞いたことのあるような物語じゃないか?
 そう――まるで、ループもののような。
「どうやら、命の短い人間には世界の終焉と共にその記憶は失われてしまうようです。エルフでさえ、私以外の者はその記憶を失ってしまう」
『……彰、厄介なことに今の話には嘘はないようです。まるで漫画やアニメのような話ですが……』
「俺も同じ印象を持ったから大丈夫だ。問題は、その世界の理とやらが、どうして俺を探ることに繋がっているか、だ」
「私の知っている歴史では、ケルベロスを倒したのは名も知らぬ冒険者でした。アイレーリスのクーデターも金華国との戦争も、キャロラインという人間の女王が後に伝説の勇者に選ばれる冒険者と共に解決しました」
 この世界の歴史を、俺が壊しまくってるってことか?
 いや、それよりも……。
「『女王様は、一体どれくらいこの世界の終焉を見ているのですか?』」
「百を超えた辺りから数えるのを止めました」
 通りでこの世界の歴史に詳しいわけだ。
「そして、今までアキラさんのような存在には一度も出会ったことはありませんでした」
 だから、警戒しているというわけか。
「あなたの世界の技術力は私が知っている異世界のものと比べても異質なものに思えます。それが、世界を救うヒントになれば良いと考えたのですが……」
 ってことは、まだ諦めてないんじゃないか。
 でもまあ、百回も世界が滅ぶ瞬間を見てきたら、心が折れても仕方ないか。
『彼女はまだ何か隠しているような気がしますが、今の私たちとの会話で身体機能にはほとんど変化は見られませんでした。つまり、この世界は終わらない。それが理の一つであることは間違いないと思います』
 ループする世界か。
 普通に考えたらそんなのありえないと思う。
 彰の世界にも時間を巻き戻すような技術はなかった。
 それなのに、まるで違和感を覚えない。
 俺は、そういう世界を知っている。
『そして、彼女のことを少しだけ信じてみようと思います』
「それじゃ、まさか」
『ネムスギアを改造しようと思います』
「出来るのか? そんなことが」
『私にはネムスギアの全てのデータが記録されています。それを書き起こしてみせれば、そのための設備も作れるはずです』
「設備って、あの研究所レベルのものが?」
『ええ。この前、なぜ女王がこの謁見の間から離れないのかわかったと言いましたよね』
「ああ、そんなようなことを言っていたな」
『ここはこのエルフの町の中心。魔法による結界の魔力と、町の電気エネルギーをここから送っています。この城は、発電所のような機能もあるようです』
 AIのセンサーはやはり以前より精度が上がっていた。
 女王にこの城の役割や謁見の間から動かない理由を言ったら驚かれた。
 ちなみに、正確には発電所と言うよりも変電所のような設備が城の真ん中辺りにあるらしい。
 女王がここから魔力を電力に変えて設備に流し込むことで、調節してから電線を通して街中に電力を一定の力で送り込む。
 電線が一つの魔法陣を描いていて、そこにエネルギーが行き渡ることで、女王には町の隅々までが把握できるから魔法による結界のための魔力も供給できる。
 二つの範囲魔法を常に使っている状態だから、設備に近いこの城から離れられないらしい。
 それだけの魔力を一人で賄っているところに女王の凄さを感じさせる。
 しかも、設備に近いと魔力が高すぎてオーバーヒートしてしまうから城の真ん中の階層には近づくことも出来ないんだとか。
 俺はそんな話を聞き流しながら、AIのデータを紙に書き起こす機械と化していた。
 こうして手を貸すくらいならネムスギアに制御させても何ら問題はない。
 サバイバルギアフォームはいわばこれの全身バージョンなだけだから、ネムスギアの意志で展開できそうなものだが……。
 そもそもサバイバルギアは制御装置の能力を超えてナノマシンを増殖させるからコンセプトからして違うと説明された。
 丸二日かけて改造に必要なデータは全て書き終えた。
 俺の意識が寝ている間もずっと書き続けていたから、体力的には二日完徹したようなもので、思考能力が鈍っているのが自分でもよくわかる。
 エリザベス女王も書いたそばからデータに目を通していたからこちらも同じく二日完徹のはずなのに、疲れた様子を見せないのはエルフだからだろうか。
「だいたい理解できました。では、この設備をここに用意すれば良いのですね」
「どれくらいかかるのかわからないが、俺はもう寝る」
「まだ寝るのは早いですよ」
 女王は謁見の間の真ん中辺りに、AIが俺に書かせた紙を並べた。
「万物を司る全ての神の名において、我が命ずる。描かれし道具を形作りなさい。アルケミーエレメント・オブ・マナ」
 意識の半分は夢の中だったから、それが出現しても驚きはしなかった。
 謁見の間に、博士の研究所の設備がそのまま引っ越してきたかのよう。
 重い足取りを引きずるようにして、ベッドのような台へ向かう。
 あれは、博士が俺の体に制御装置を付けるために使った手術台だ。
『彰、後は私と女王に任せてください』
 AIの言葉を最後に、俺の意識は沈んでいった。

 目の前に、大地彰がいる。
 じゃあ、俺は?
「だいたいわかった。と、言ってやりたいところだがな。悪いが俺にもお前が誰なのかわからない」
 彰が不敵に笑う。
 ああ、そうだ。
 大地彰はいつだって自信たっぷりで、どんなピンチでも動揺することはない。
 妹の幸せを守るために戦うけど、デモンが他の人間を襲うことだって許しはしない。
 関係ないって悪態をつきながらも、人類も守る。
 俺は、そんな大地彰に憧れた。
「……何となく、わかってる気がするんだ。俺が本当は何者なのか」
「そうか。だったら、俺に体を返してお前の世界とやらに帰るか?」
 彰はそう言うが、俺は首を横に振った。
「いいや。もう少しだけ、俺に憧れの人でいさせて欲しい。この世界でまだやるべきことがあると思うんだ」
「……フッ……ま、ネムスギアのさらなる力は俺には創造できないからな。ここから先はきっとお前の力が必要なんだろう」
「そう、なのか……?」
 ネムスギアのさらなる力。それって、エルフの女王やネムスギア自身が俺に提案した改造のことだろうか。
 確かにそれは、俺の覚えている彰の記憶にはなかった。
「俺にはお前を追い出すことは出来ない。でも、お前の心は確かに俺に憧れるだけあって似てる。だから、俺の体は貸しておいてやるよ」
 そう言うと彰はその場で横になってしまった。
 こんな時だって言うのに、よく寝られる。
 俺は逆に気分が高揚してきた。
 憧れの人に会えただけでなく、ほんの少しだけでも認められたことが嬉しかった。
 俺が何者であっても、彰と心を通わせたことだけは俺のものだった。
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