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変身ヒーローと未知の国
心の距離と友人としての気遣い
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どれくらいそうしていただろう。
俺とファルナが見つめ合っていると、視界の後方で何かが騒ついている様子が目についた。
意識がそちらに向けられて、焦点が合うと王都の門が開かれるのが見えた。
騒ぎの理由はすぐにわかった。
王冠を頭に乗せた少女が近衛隊の中から現れた。
「ファルナ、アキラとは私が話をするわ。下がりなさい」
アイレーリスの女王――キャリーことキャロラインは引き締まった表情で俺たちを見つめていた。
「キャリーも、久しぶりだな」
手を上げるが、それに応える様子もなくキャリーはファルナと入れ替わるように立ち止まった。
微妙な距離感がある。
まるで、俺たちの心も離れてしまったような……。
「……あれだけの重傷で、よく生きていたわね」
「ネムスギア……変身する力のお陰で何とかな」
「心配したのよ。どう見てもリザレクションでなければ、回復させることは不可能な怪我だった。それなのに、妙な鎧を装着して立ち上がったから……」
表情が暗く、言葉もどこか頼りなさげだった。
それはきっと、キャリーの本心だと思えた。
だからなんと言っていいのかわからなかった。
「何も言わずに魔王と戦いに行ってしまうし、おまけにヨミさんを気絶させて……」
あれはネムスギアの気遣いだった。
あの時点でのヨミでは魔王と戦えるほどの強さではなかった。
ネムスギアにとって足手まといになるからではなく、ヨミが傷つけば俺が悲しむと知っていたから、気絶させてまで戦いに参加させなかった。
「しかも、そのまま魔王を追いかけてどこかへ行っちゃうし……」
「悪い。あれは、あのヤバい状況を打開するための唯一の方法だったというか……俺もあの力のことは知らなかったんだ。だから、俺には制御できなかった」
「追いかけた魔王はどうなったの?」
「クリスタルが手元にないから証明するのは難しいが、ネムスギアが――俺が倒した」
実際に魔王を倒したのはネムスギアだ。
しかし、それを説明するのは難しかった。
俺の体が倒したという意味では間違ってはいない。
「……信じるわ。アキラがそう言うことで嘘をつかないということはわかってる」
「そうか……ありがとう」
「ううん、礼は言わないで。証拠は揃っているのよ。魔王は七人しかいない。その数は決して減ることも増えることもない」
「キャリーも伝承を調べたのか?」
「学生時代に伝承を読みあさった時期があっただけよ。それが、こんなところで知識として役立つとは思わなかったけれど」
ため息をついて手を上げて見せた。
しかし、それのどこが魔王を倒したことの証明になるのかは、まだよくわかっていなかった。
「アキラは今までどこにいたの?」
「人間の間では滅びた種族と言われている、エルフの国にいた」
マーシャの前だが、俺は躊躇わず明かした。
彼女も特に文句を言ったり否定したりはしなかった。
国の存在そのものを隠しているから、俺が明かすことに反対するかと思ったが、ただ黙って状況を見ている。
まあ、マーシャは人間の姿に変身しているからこの場にいる人間の誰もが彼女がエルフであると気付いてはいない。
「エルフの国? 生きていたの? エルフが?」
「ああ、エルフのお陰で俺も助かったようなものだ」
「……そう、なら感謝しなければならないのかもね」
「キャリーもか?」
「当たり前でしょ。アキラが生きていてくれて本当によかったと思ってるんだから」
言葉の割に、あまり元気ではなかった。
体調がよくないのだろうか。
「エルフの国というのは、どこか遠くにあるの?」
「いや、距離的にはアイレーリスに近い。あの山脈の向こう、リンドヒルーツ王国の中にある」
「待って、あの国は何代も人間の王が治めてきたはずよ」
「……エルフたちはとある事情でその存在を隠してきた。だから、あの国にいる人間はほとんどがエルフが変身した姿だ。それこそ、魔族が人間の姿をしているように」
「その事情というのは……いえ、今はその事は良いわ。それだけ近くにいながら、アキラが一ヶ月近くも姿を現さなかったのはなぜ?」
一ヶ月……そうか、帝国での代表戦からもうそれだけ過ぎてしまったのか……。
「……信じていたことが根底から覆されて、戦う理由を見失っていた」
妹にテレパシーを通じて再会したことや、俺が本当は大地彰ではないことを説明しても混乱させるだけだと思ったので、俺の心情だけを伝えた。
「怪我を治すのに時間がかかったのではなかったのね」
「ああ、それは一週間くらいで治っていた」
「エルフの国では、人間の世界で何が起こっていたかわからなかったの?」
それを知ったのは、エルフの女王に会ってからだ。
「魔界の結界が消失して、人間の国が魔族や魔王に襲われたという話は聞かされた」
「……それを知ったのは、いつ?」
キャリーの表情がさらに暗くなった。声は聞いたこともないほど低い。
「エルフの国で目覚めてから二週間か三週間か、あまりよく覚えていない」
「なら、間に合わなかったわね」
「何のことを言ってるんだ?」
「正確な情報はまだ手に入れていないようね」
「まあな、こっちに戻ってきたのも昨日だし。途中ギルドに寄るくらいなら王都に来て直接キャリーと話がしたいと思ったからな」
「それなら、アキラが魔王を追って姿を消してから何が起こったのか、その詳細を教えてあげるわ」
帝国との代表戦は、引き分けと言うことで一応の決着となった。
もちろん、あの大統領はそれでは納得せず、連合国の勝利と俺による世界の統一を求めてきた。
ヨミが俺を捜しにアイレーリスを離れたのはその直後で、それとは別にキャリーとレグルス大統領の連名で俺の捜索願がギルドに提出された。
さらに、各国の国軍まで総出で俺の行方を追った。
それだけ魔王を圧倒した力に、レグルス大統領だけでなくキャリーたちもすがったのだ。
しかし、代表戦から五日後。唐突に魔界の結界は消失した。
それを監視していた帝国の国軍はいつ消失したのか正確な時間がわからないくらい、静かに音もなく消えていった。
魔族や魔王もすぐには現れなかったので、それが結界消失という重大事を見逃した一因だとすら言われている。
その二日後、魔族が次々空を飛んで帝国にやってきた。
弓の勇者やレグルス大統領自身が最前線で魔族と戦ったが、二人の魔王がやってきて戦況は一気に悪くなった。
帝国の国軍はパニックになり、何人殺されたのかもわからないくらい散り散りになって逃げ出した。
その混乱で、弓の勇者とレグルス大統領も行方不明らしい。
帝国は一気に魔族の領土となり、そこを起点としてエオフェリアの領土全て、ダグルドルドとグライオフの半分が魔族に奪われた。
エオフェリアの女王と王女はホルクレストで保護してもらったが、国民は散り散りバラバラでどの国にどれだけ難民として逃げたのかわからない。
この辺りは帝国と同じだった。
そして、程なくして帝国を襲った魔王とは別の魔王がさらに二人、侵攻を開始させた。
とは言っても彼らには領土という概念はあまりないようで、支配した地域の側から侵食するように襲うのではなく、不規則に現れては町を襲い始めた。
魔王の行動が活発化したことに呼応するかのように、世界各地で伝説の武器に選ばれし勇者が誕生する。
行方不明になった弓の勇者を除く六人の勇者が協力し、二人の魔王を退いて今の状況になった。
「……魔王はクリームヒルトも襲ったわ」
「なに?」
その言葉だけで、俺はキャリーが何を言いたいのかわかった。
「まさか、滅ぼされた町というのは――」
「いいえ、クリームヒルトはまだ無事よ。メリディアとホルクレストに現れた勇者が駆けつけてくれて、剣の勇者と共に魔王を退けてくれたわ」
「そうか」
ホッとして胸を撫で下ろした。
「でも、本当に一歩遅かった。町の人を守るために、エリーネ伯爵は戦ったのよ」
血が逆流するような感覚に陥る。
掴みかかりそうになる衝動を抑えて、キャリーに聞いた。
「エリーネは、生きてるんだよな」
「……生きてはいるわ。たぶん」
「たぶん? 怪我をしているなら、魔法医がいるだろう。アイレーリスには確か、リザレクションを使える魔法医がいたはずだ」
「怪我ではないのよ。魔王の魔法によって、石化させられてしまったわ」
「石化、だと……?」
「魔法医の話だと、魔法というより魔王の呪いに近いみたい。どのような魔法が使われたのがわからないし、わかったとしても解除するには魔王よりも高い魔力が必要になるという見解よ」
「それじゃ、殺されたことと同じじゃないか」
「そうでもないわ。あの手の魔法は使ったものの影響を受けるから、エリーネちゃんを石化させた魔王を倒せば、元に戻ると言われているのよ」
「なんだ、そんなわかりやすい方法があるんじゃないか」
一瞬焦って損した気分だ。
その魔王を捜して倒すだけなら、今の俺とヨミなら簡単すぎる。
「アキラ、元に戻せばそれで解決だと思う?」
それは質問ではなかった。俺の答えは決まっているが、キャリーはそれを否定的な意味で聞いている。
「何が言いたいんだ?」
「エリーネ伯爵は怯える町の人を落ち着かせるために、アイレーリスの英雄が守ってくれると約束してるから大丈夫だと言っていたそうよ」
俺が悩んでいる時、エリーネは俺が助けに来てくれると信じていたのか……。
この世界の行く末は、俺には関係なかった。
ただ、目の前の困っている人を助ければ良いと思っていた。
エリーネはその中でも一番最初に出会った困っている人だった。
それなのに、エリーネは変身できなかった俺を助けようと戦ってくれた。
だから、エリーネのことは守ると約束したんだ。
「今さら……何をしに現れたのよ!!」
キャリーの言葉が心に突き刺さる。
返す言葉は何もなかった。
「世界は今、伝説の勇者が中心となって世界各地の町に現れる魔王に対処している状況よ。飛翔船の使用権限は全て勇者に与えられているわ」
勇者と魔王の戦いは、続けるべきではない。
そう思っていてもとても言える雰囲気ではなかった。
俺だって、エリーネを石化させた魔王は説得する気にはなれそうにない。
「魔王との戦いで、魔界には二人魔王がいることが確認されているのよ。帝国を支配している魔王も二人。そして、今世界に脅威を与えている魔王も二人。そのどれもが帝国の闘技場に現れた魔王と特長が一致しない」
キャリーは指折り数えながら説明した。
「もし、アキラがあの時追いかけた魔王を倒していなければ、一人多くなってしまうわ」
魔王は全部で七人。ここにいるヨミがその七番目の魔王と言うことだ。
だから、俺が魔王を倒したことは証明される。
「ねえ、アキラ。私は個人的にはアキラのことを信じても良いと思ってるのよ。きっと、エリーネちゃんも私とアキラがケンカすることは望んでいないだろうし」
キャリーの表情は穏やかなものから同情するような表情へめまぐるしく変わる。
「だけど、国民は納得しないわ。勇者の存在は今では世界中の人々の希望になっている。ヨミさんがアキラにとって重要な女性であることは私にはわかっていても、世間はそんなことは知らない。魔王と共に現れたかつての英雄が勇者を倒してしまったと言うことが世間に知られれば非難を受けるだけでなく、世界中を敵に回すことになるわ」
世界中……。
その言葉は俺の心を苛む。
果たして世界を敵に回したのは大地彰だけの記憶なんだろうか。
俺自身も何か……。
「アキラ、ここから立ち去りなさい」
その言葉に俺の意識は引き戻される。
「今の私がアキラにできる唯一のことは見逃してあげることくらいなのよ。もうこの世界のことに関わるのはやめて、妹さんと一緒に異世界へ戻りなさい」
冷たく言い放ったが、表情はどこか悲しげだった。
「……結局、私たちは変われないわ……生き残るためには、戦うしかないのよ」
俺にはかける言葉は見つからない。
キャリーの提案は今できる最大限の援助だと思った。
これ以上ここに留まっていても、キャリーの立場を悪くするだけだ。
それは俺の望むことではない。
「キャリー、ごめん。一番大事な時に、俺は自分のことしか考えていなかった」
「……謝る必要はないわ。元々、この世界のことは異世界の人に任せるべきではなかっただけ。私たちがアキラを頼りすぎていたのよ」
「それでも俺は、この戦争を止めるために出来ることをする」
戦争の先に平和な未来はない。
その事もキャリーには伝えておきたかったが、今は何を言っても魔王や魔族に協力しているようにしか見えない。
ヨミを守るために勇者と戦った事実は変えようがないから。
俺はキャリーたちに背を向けて車に向かった。
「簡単じゃないわよ。人々の説得は不可能だからね」
キャリーはまたも寂しげにそう言った。
俺とヨミとマーシャは無言のまま車に乗り込み、サイドミラーに映るキャリーの姿を見えなくなるまでじっと見ていた。
街道をただ走らせていると、唐突にヨミが謝ってきた。
その意味がわからなかったので聞いてみたら、
「魔王として覚醒してから、魔力を抑えることができないんです」
「それは当然でしょう」
困ったように言ったヨミに、マーシャが淡々と答える。
「そもそも、ヨミは魔物であることを隠すために魔力を常に抑えていたんだよな」
俺がヨミには魔物であることは知られない方がいいと言ったから、だったか。
とにかく戦う時以外は、極力そうしていたはずだ。
あのミュウとか言う魔族も魔力をコントロールしていたから、簡単にできることだと思っていた。
「幻惑魔法とかでも、ダメなのか?」
あれは気配までも遮断してAIのセンサーにも引っかからなかった。
「無駄ですね。その程度の魔法では魔王であることを隠すことは不可能です」
俺の提案はマーシャに一蹴された。
「ってことは、ヨミが魔王であることは、誰にでも気付かれるってことか?」
「魔道士であれば、この強大な魔力に気付かない人間はいないでしょうね。魔道士でなくても、相当なプレッシャーを感じるはずです」
ヨミが相手だからか俺は特に何も感じなかったが、言われてみれば俺が倒した魔王と対峙したときは妙なプレッシャーを感じた。
伝説の勇者は世界各国に現れたといっていた。
しかも、飛翔船を使っていると言うことは、勇者たちは魔王が町に近づけばそれで文字通り飛んでやってくる。
キャリーは人間の説得は無理だと言ったが、それ以前にヨミと一緒だと町に近づくことすら適わない。
「……どうすりゃ良いんだ……?」
人間の世界に安息の場所はない。
当たり前だが、ヨミだけを置いて行動すると言うこともない。
勇者だけでなくいつまた天使が現れるかわからないのに、ヨミを一人にはしておけない。
『でしたら、いっそのこと魔界へ行ってみては?』
AIがとんでもない提案をしてきた。
「魔界へ行く?」
「え!?」
俺のつぶやきに驚いてマーシャが急にブレーキを踏んだ。
シートベルトが体に食い込む。
「い、今何を言いましたか?」
「俺の提案じゃないんだ。ネムスギアが魔界へ行くことを提案してきた」
「ああ、AIですか……」
『彰! 大きな魔力が三つ近づいてきます! 今はそちらの対処を優先しましょう!』
続け様にAIが警告する。
そのことを二人に話そうとしたら、車が影に覆われて目の前に巨大なドラゴンが降りた。
俺とファルナが見つめ合っていると、視界の後方で何かが騒ついている様子が目についた。
意識がそちらに向けられて、焦点が合うと王都の門が開かれるのが見えた。
騒ぎの理由はすぐにわかった。
王冠を頭に乗せた少女が近衛隊の中から現れた。
「ファルナ、アキラとは私が話をするわ。下がりなさい」
アイレーリスの女王――キャリーことキャロラインは引き締まった表情で俺たちを見つめていた。
「キャリーも、久しぶりだな」
手を上げるが、それに応える様子もなくキャリーはファルナと入れ替わるように立ち止まった。
微妙な距離感がある。
まるで、俺たちの心も離れてしまったような……。
「……あれだけの重傷で、よく生きていたわね」
「ネムスギア……変身する力のお陰で何とかな」
「心配したのよ。どう見てもリザレクションでなければ、回復させることは不可能な怪我だった。それなのに、妙な鎧を装着して立ち上がったから……」
表情が暗く、言葉もどこか頼りなさげだった。
それはきっと、キャリーの本心だと思えた。
だからなんと言っていいのかわからなかった。
「何も言わずに魔王と戦いに行ってしまうし、おまけにヨミさんを気絶させて……」
あれはネムスギアの気遣いだった。
あの時点でのヨミでは魔王と戦えるほどの強さではなかった。
ネムスギアにとって足手まといになるからではなく、ヨミが傷つけば俺が悲しむと知っていたから、気絶させてまで戦いに参加させなかった。
「しかも、そのまま魔王を追いかけてどこかへ行っちゃうし……」
「悪い。あれは、あのヤバい状況を打開するための唯一の方法だったというか……俺もあの力のことは知らなかったんだ。だから、俺には制御できなかった」
「追いかけた魔王はどうなったの?」
「クリスタルが手元にないから証明するのは難しいが、ネムスギアが――俺が倒した」
実際に魔王を倒したのはネムスギアだ。
しかし、それを説明するのは難しかった。
俺の体が倒したという意味では間違ってはいない。
「……信じるわ。アキラがそう言うことで嘘をつかないということはわかってる」
「そうか……ありがとう」
「ううん、礼は言わないで。証拠は揃っているのよ。魔王は七人しかいない。その数は決して減ることも増えることもない」
「キャリーも伝承を調べたのか?」
「学生時代に伝承を読みあさった時期があっただけよ。それが、こんなところで知識として役立つとは思わなかったけれど」
ため息をついて手を上げて見せた。
しかし、それのどこが魔王を倒したことの証明になるのかは、まだよくわかっていなかった。
「アキラは今までどこにいたの?」
「人間の間では滅びた種族と言われている、エルフの国にいた」
マーシャの前だが、俺は躊躇わず明かした。
彼女も特に文句を言ったり否定したりはしなかった。
国の存在そのものを隠しているから、俺が明かすことに反対するかと思ったが、ただ黙って状況を見ている。
まあ、マーシャは人間の姿に変身しているからこの場にいる人間の誰もが彼女がエルフであると気付いてはいない。
「エルフの国? 生きていたの? エルフが?」
「ああ、エルフのお陰で俺も助かったようなものだ」
「……そう、なら感謝しなければならないのかもね」
「キャリーもか?」
「当たり前でしょ。アキラが生きていてくれて本当によかったと思ってるんだから」
言葉の割に、あまり元気ではなかった。
体調がよくないのだろうか。
「エルフの国というのは、どこか遠くにあるの?」
「いや、距離的にはアイレーリスに近い。あの山脈の向こう、リンドヒルーツ王国の中にある」
「待って、あの国は何代も人間の王が治めてきたはずよ」
「……エルフたちはとある事情でその存在を隠してきた。だから、あの国にいる人間はほとんどがエルフが変身した姿だ。それこそ、魔族が人間の姿をしているように」
「その事情というのは……いえ、今はその事は良いわ。それだけ近くにいながら、アキラが一ヶ月近くも姿を現さなかったのはなぜ?」
一ヶ月……そうか、帝国での代表戦からもうそれだけ過ぎてしまったのか……。
「……信じていたことが根底から覆されて、戦う理由を見失っていた」
妹にテレパシーを通じて再会したことや、俺が本当は大地彰ではないことを説明しても混乱させるだけだと思ったので、俺の心情だけを伝えた。
「怪我を治すのに時間がかかったのではなかったのね」
「ああ、それは一週間くらいで治っていた」
「エルフの国では、人間の世界で何が起こっていたかわからなかったの?」
それを知ったのは、エルフの女王に会ってからだ。
「魔界の結界が消失して、人間の国が魔族や魔王に襲われたという話は聞かされた」
「……それを知ったのは、いつ?」
キャリーの表情がさらに暗くなった。声は聞いたこともないほど低い。
「エルフの国で目覚めてから二週間か三週間か、あまりよく覚えていない」
「なら、間に合わなかったわね」
「何のことを言ってるんだ?」
「正確な情報はまだ手に入れていないようね」
「まあな、こっちに戻ってきたのも昨日だし。途中ギルドに寄るくらいなら王都に来て直接キャリーと話がしたいと思ったからな」
「それなら、アキラが魔王を追って姿を消してから何が起こったのか、その詳細を教えてあげるわ」
帝国との代表戦は、引き分けと言うことで一応の決着となった。
もちろん、あの大統領はそれでは納得せず、連合国の勝利と俺による世界の統一を求めてきた。
ヨミが俺を捜しにアイレーリスを離れたのはその直後で、それとは別にキャリーとレグルス大統領の連名で俺の捜索願がギルドに提出された。
さらに、各国の国軍まで総出で俺の行方を追った。
それだけ魔王を圧倒した力に、レグルス大統領だけでなくキャリーたちもすがったのだ。
しかし、代表戦から五日後。唐突に魔界の結界は消失した。
それを監視していた帝国の国軍はいつ消失したのか正確な時間がわからないくらい、静かに音もなく消えていった。
魔族や魔王もすぐには現れなかったので、それが結界消失という重大事を見逃した一因だとすら言われている。
その二日後、魔族が次々空を飛んで帝国にやってきた。
弓の勇者やレグルス大統領自身が最前線で魔族と戦ったが、二人の魔王がやってきて戦況は一気に悪くなった。
帝国の国軍はパニックになり、何人殺されたのかもわからないくらい散り散りになって逃げ出した。
その混乱で、弓の勇者とレグルス大統領も行方不明らしい。
帝国は一気に魔族の領土となり、そこを起点としてエオフェリアの領土全て、ダグルドルドとグライオフの半分が魔族に奪われた。
エオフェリアの女王と王女はホルクレストで保護してもらったが、国民は散り散りバラバラでどの国にどれだけ難民として逃げたのかわからない。
この辺りは帝国と同じだった。
そして、程なくして帝国を襲った魔王とは別の魔王がさらに二人、侵攻を開始させた。
とは言っても彼らには領土という概念はあまりないようで、支配した地域の側から侵食するように襲うのではなく、不規則に現れては町を襲い始めた。
魔王の行動が活発化したことに呼応するかのように、世界各地で伝説の武器に選ばれし勇者が誕生する。
行方不明になった弓の勇者を除く六人の勇者が協力し、二人の魔王を退いて今の状況になった。
「……魔王はクリームヒルトも襲ったわ」
「なに?」
その言葉だけで、俺はキャリーが何を言いたいのかわかった。
「まさか、滅ぼされた町というのは――」
「いいえ、クリームヒルトはまだ無事よ。メリディアとホルクレストに現れた勇者が駆けつけてくれて、剣の勇者と共に魔王を退けてくれたわ」
「そうか」
ホッとして胸を撫で下ろした。
「でも、本当に一歩遅かった。町の人を守るために、エリーネ伯爵は戦ったのよ」
血が逆流するような感覚に陥る。
掴みかかりそうになる衝動を抑えて、キャリーに聞いた。
「エリーネは、生きてるんだよな」
「……生きてはいるわ。たぶん」
「たぶん? 怪我をしているなら、魔法医がいるだろう。アイレーリスには確か、リザレクションを使える魔法医がいたはずだ」
「怪我ではないのよ。魔王の魔法によって、石化させられてしまったわ」
「石化、だと……?」
「魔法医の話だと、魔法というより魔王の呪いに近いみたい。どのような魔法が使われたのがわからないし、わかったとしても解除するには魔王よりも高い魔力が必要になるという見解よ」
「それじゃ、殺されたことと同じじゃないか」
「そうでもないわ。あの手の魔法は使ったものの影響を受けるから、エリーネちゃんを石化させた魔王を倒せば、元に戻ると言われているのよ」
「なんだ、そんなわかりやすい方法があるんじゃないか」
一瞬焦って損した気分だ。
その魔王を捜して倒すだけなら、今の俺とヨミなら簡単すぎる。
「アキラ、元に戻せばそれで解決だと思う?」
それは質問ではなかった。俺の答えは決まっているが、キャリーはそれを否定的な意味で聞いている。
「何が言いたいんだ?」
「エリーネ伯爵は怯える町の人を落ち着かせるために、アイレーリスの英雄が守ってくれると約束してるから大丈夫だと言っていたそうよ」
俺が悩んでいる時、エリーネは俺が助けに来てくれると信じていたのか……。
この世界の行く末は、俺には関係なかった。
ただ、目の前の困っている人を助ければ良いと思っていた。
エリーネはその中でも一番最初に出会った困っている人だった。
それなのに、エリーネは変身できなかった俺を助けようと戦ってくれた。
だから、エリーネのことは守ると約束したんだ。
「今さら……何をしに現れたのよ!!」
キャリーの言葉が心に突き刺さる。
返す言葉は何もなかった。
「世界は今、伝説の勇者が中心となって世界各地の町に現れる魔王に対処している状況よ。飛翔船の使用権限は全て勇者に与えられているわ」
勇者と魔王の戦いは、続けるべきではない。
そう思っていてもとても言える雰囲気ではなかった。
俺だって、エリーネを石化させた魔王は説得する気にはなれそうにない。
「魔王との戦いで、魔界には二人魔王がいることが確認されているのよ。帝国を支配している魔王も二人。そして、今世界に脅威を与えている魔王も二人。そのどれもが帝国の闘技場に現れた魔王と特長が一致しない」
キャリーは指折り数えながら説明した。
「もし、アキラがあの時追いかけた魔王を倒していなければ、一人多くなってしまうわ」
魔王は全部で七人。ここにいるヨミがその七番目の魔王と言うことだ。
だから、俺が魔王を倒したことは証明される。
「ねえ、アキラ。私は個人的にはアキラのことを信じても良いと思ってるのよ。きっと、エリーネちゃんも私とアキラがケンカすることは望んでいないだろうし」
キャリーの表情は穏やかなものから同情するような表情へめまぐるしく変わる。
「だけど、国民は納得しないわ。勇者の存在は今では世界中の人々の希望になっている。ヨミさんがアキラにとって重要な女性であることは私にはわかっていても、世間はそんなことは知らない。魔王と共に現れたかつての英雄が勇者を倒してしまったと言うことが世間に知られれば非難を受けるだけでなく、世界中を敵に回すことになるわ」
世界中……。
その言葉は俺の心を苛む。
果たして世界を敵に回したのは大地彰だけの記憶なんだろうか。
俺自身も何か……。
「アキラ、ここから立ち去りなさい」
その言葉に俺の意識は引き戻される。
「今の私がアキラにできる唯一のことは見逃してあげることくらいなのよ。もうこの世界のことに関わるのはやめて、妹さんと一緒に異世界へ戻りなさい」
冷たく言い放ったが、表情はどこか悲しげだった。
「……結局、私たちは変われないわ……生き残るためには、戦うしかないのよ」
俺にはかける言葉は見つからない。
キャリーの提案は今できる最大限の援助だと思った。
これ以上ここに留まっていても、キャリーの立場を悪くするだけだ。
それは俺の望むことではない。
「キャリー、ごめん。一番大事な時に、俺は自分のことしか考えていなかった」
「……謝る必要はないわ。元々、この世界のことは異世界の人に任せるべきではなかっただけ。私たちがアキラを頼りすぎていたのよ」
「それでも俺は、この戦争を止めるために出来ることをする」
戦争の先に平和な未来はない。
その事もキャリーには伝えておきたかったが、今は何を言っても魔王や魔族に協力しているようにしか見えない。
ヨミを守るために勇者と戦った事実は変えようがないから。
俺はキャリーたちに背を向けて車に向かった。
「簡単じゃないわよ。人々の説得は不可能だからね」
キャリーはまたも寂しげにそう言った。
俺とヨミとマーシャは無言のまま車に乗り込み、サイドミラーに映るキャリーの姿を見えなくなるまでじっと見ていた。
街道をただ走らせていると、唐突にヨミが謝ってきた。
その意味がわからなかったので聞いてみたら、
「魔王として覚醒してから、魔力を抑えることができないんです」
「それは当然でしょう」
困ったように言ったヨミに、マーシャが淡々と答える。
「そもそも、ヨミは魔物であることを隠すために魔力を常に抑えていたんだよな」
俺がヨミには魔物であることは知られない方がいいと言ったから、だったか。
とにかく戦う時以外は、極力そうしていたはずだ。
あのミュウとか言う魔族も魔力をコントロールしていたから、簡単にできることだと思っていた。
「幻惑魔法とかでも、ダメなのか?」
あれは気配までも遮断してAIのセンサーにも引っかからなかった。
「無駄ですね。その程度の魔法では魔王であることを隠すことは不可能です」
俺の提案はマーシャに一蹴された。
「ってことは、ヨミが魔王であることは、誰にでも気付かれるってことか?」
「魔道士であれば、この強大な魔力に気付かない人間はいないでしょうね。魔道士でなくても、相当なプレッシャーを感じるはずです」
ヨミが相手だからか俺は特に何も感じなかったが、言われてみれば俺が倒した魔王と対峙したときは妙なプレッシャーを感じた。
伝説の勇者は世界各国に現れたといっていた。
しかも、飛翔船を使っていると言うことは、勇者たちは魔王が町に近づけばそれで文字通り飛んでやってくる。
キャリーは人間の説得は無理だと言ったが、それ以前にヨミと一緒だと町に近づくことすら適わない。
「……どうすりゃ良いんだ……?」
人間の世界に安息の場所はない。
当たり前だが、ヨミだけを置いて行動すると言うこともない。
勇者だけでなくいつまた天使が現れるかわからないのに、ヨミを一人にはしておけない。
『でしたら、いっそのこと魔界へ行ってみては?』
AIがとんでもない提案をしてきた。
「魔界へ行く?」
「え!?」
俺のつぶやきに驚いてマーシャが急にブレーキを踏んだ。
シートベルトが体に食い込む。
「い、今何を言いましたか?」
「俺の提案じゃないんだ。ネムスギアが魔界へ行くことを提案してきた」
「ああ、AIですか……」
『彰! 大きな魔力が三つ近づいてきます! 今はそちらの対処を優先しましょう!』
続け様にAIが警告する。
そのことを二人に話そうとしたら、車が影に覆われて目の前に巨大なドラゴンが降りた。
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