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変身ヒーローと未知の国

帝国を支配するものたち

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 魔族の町は、人間の町と変わらなかった。
 もちろん、ここはまだ元帝国の領土だったわけで、魔族は人間から奪った町をそのまま利用していた。
 だから変わらないのは当たり前なんだけど。
 建物のことをいっているのではなく、町の雰囲気とかが人間の町と変わらないと感じた。
 門のところに門番がいて、出入りする魔族や魔物を確認している姿が見える。
 馬車もそのまま入っていくから、俺たちも車を馬車の列に並ばせた。
 すると、前に止まっていた馬車が一斉に脇に退いた。
「これって、俺たちを先に行かせてくれるってことか?」
「……そうでしょうね。さすがに魔王様の乗っている乗り物を待たせたとあっては、後で何を言われるかわかりませんから」
 シャトラスがそう言うと、ヨミが頬を膨らませて抗議した。
「私はそのようなことで悪口を言ったりしませんよ」
「いやぁ、ヨミ様ではなく他の魔族たちに、ですよ。魔王に取って代わろうなどと考える魔族はそれほど多くありません。ほとんどの魔族は魔王に忠誠を誓っていますから、魔王という存在を蔑ろにするような魔族は非難を受けるのが当然と言うことです」
「その辺りの考え方も人間と変わらないんだな」
「婿殿。人間と変わらないのではなく、人間が我々の関係を模倣したと考えていますよ」
 そう言えば、人間は魔族よりも後に生まれたんだった。
 しかし、そんなことよりも――。
「その婿殿ってのは止めてもらえないか。俺はまだヨミと結婚したわけじゃなくて、正式には婚約者なんだから」
「そうなんですか?」
「はい、結婚は落ち着いてから行いたいと思っています」
「う~ん。困りましたね」
 カラスの姿だからいまいち感情が伝わらない。
「何がだよ」
「実のところ、アキラ殿のことはヨミ様の婿として広まっているのです」
「どうして?」
「それはもちろん、あなたが伝説の剣に封じられていた魔王を倒したからです」
「知っているのか!?」
「当然です。魔王が亡くなれば新たな魔王が生まれる。その魔王がどのようなお考えを持っているのかで、魔界の勢力図が変わってしまうわけですから、その動向は魔族にとっても他の魔王にとっても重要なんです」
「それと俺が魔王を倒したことの関連性が見えてこないが」
「魔族が魔王を倒すと、その魔族が確定的に王へと覚醒します。それだけの力を持っているからそれを成し遂げたというのは、理解できますよね」
「何となく」
「勇者ではない人間が魔王を倒し、共に戦っていた魔物が魔王として覚醒を果たす。これはつまり、夫婦としての共同作業だったのではないかというのが魔界での通説になっているのです」
「キ、共同作業」
 声を裏返しながらヨミがそこまで言ったところで、車が止まった。
 俺が窓を開けると、「失礼」と言ってシャトラスが外へ出た。
 門番の前に降り立ったシャトラスの姿は、すでに人型に戻っていた。
「こちらは新たな魔王ヨミ様とその配下の魔族。そして、婿殿と召使いの人間だそうだ」
 シャトラスの紹介に、マーシャは少しだけ眉を上げただけだった。
 魔族たちはマーシャの正体について、気がついていないのだろうか。
 それもばれたら面倒なことになると思ったが、フェラルドはエルフの女王と面識があるはずだ。
 魔王である彼がマーシャのことを認めるまでは、人間であることを装っていた方が得策か。
 シャトラスは再びカラスに変身して車内に乗り込んだ。
「ヨミ様、おめでとうございます。それから、アキラ様も魔王様の婿になれるなんて羨ましい限りです」
 門番の魔族はそう言って敬礼した。
 何と言っていいかわからず、俺とヨミは揃えたような微笑みを浮かべて門番に軽く手を振った。
 車をゆっくりと走らせる。
 門番から続く石畳の道はでこぼこが少なく、静かで快適だった。
 そして、門の外の時と同じように、車を進めると前を走っていた馬車が横に退き、歩いている魔族が足を止めて拍手をしたりお祝いの言葉をかけてきたりする。
 まるで町全体が俺たち――と言うより、きっと魔王の結婚をお祝いしているんだという雰囲気が伝わってきた。
 これは確かに、婚約者だと言っても納得されないだろうな。
「魔族にとって、魔王と人間が結婚することに反対とかはないのか?」
 俺の質問に答えたのはエトワスだった。
「良くも悪くも私たちの社会は強さが基準ですから。アキラ様は魔王を倒した。それも、伝説の武器に選ばれた勇者ではないのに。それだけで魔族からは尊敬の眼差しを集められます。しかも、ヨミ様とは王として覚醒する以前から恋仲にあると言うことも知られていますから、王としての覚醒を支えたパートナーとしてもアキラ様を認めているのです」
「ずいぶん詳しいな」
 今度はカラスが――シャトラスが口を挟んできた。
「その理由については俺から追々伝えるとして、今日はこの町に宿を取ろうと思ってますが、どうでしょうか?」
 言われてみれば、太陽は沈みかけていて空が赤く染まっている。
 道の両脇に建ち並ぶ商店にも明かりが点り始めていた。
「それで構わない」
「それじゃあ、次の角を右に行ってくれ」
 シャトラスの言う通りにマーシャがハンドルを操る。
 しばらく走らせると道幅が大きくなり、大きな建物がいくつも建っている場所に出た。
「ここは?」
「見ての通り、宿屋です」
 そう言われてもピンとこなかった。
 今までに見てきた宿屋はせいぜい三階建てくらいの建物で、路地の中程にあった。
 これはまるで城のよう。
 それが一つだけでなく、ぱっと見だけで三軒はある。
 いわゆる高級ホテル街のようだった。
 もちろん、馬車を駐めるスペースも確保されていた。
 俺たちはそこに車を止めて、シャトラスに案内されるまま宿屋の中へ入った。
 両開きの扉を開けると、大きなシャンデリアとそれに照らされた大階段が目に飛び込む。
 まるでどこかの劇場を彷彿とさせる作りだった。
「ここで少しお待ちください。部屋の鍵を取ってきます」
 階段の右側にフロントがあり、シャトラスは真っ直ぐそこに向かった。
「……ヨミ、金持ってるか?」
「え!? い、いえ……アキラが置いて行ってしまった布の袋は車に載せていますが……」
「あれ一応持ってきてくれたのか」
「はい」
 確かあの中に金貨が何枚か残っていたはずだが……。
 問題はそれだけじゃない。
 人間の金が魔族の世界で使えるのかどうか。
 これだけの宿屋だ。一番安い部屋でも相当かかると思う。
「お待たせしました」
 そう言ってシャトラスは大きな鍵と小さな鍵を持ってきた。
「それは?」
「こちらがヨミ様と婿殿のお部屋の鍵です」
 そう言って大きな鍵を見せる。
「……あのさ、いくらの部屋を借りたんだ?」
「それはもちろん、この宿屋で最も高級なロイヤルスイートを」
「返してこい。もっと安い部屋でいい」
 額を抑えながらシャトラスの言葉を遮った。
 すると、彼は焦ったように答える。
「そんな! 魔王であるヨミ様を安い部屋で休ませるなど、出来ません」
「あのな、俺たちには金がない」
「え? そんなことを気にされていたのですか? 魔王様ご一行に金を要求するような魔族はいませんよ。我々魔族にとって、ヨミ様には快適に過ごしていただくことが何よりも価値があることですから」
 そこまで言われたら甘えるしかない。
 ここでごねても時間と労力を無駄にするだけだ。
「それでは参りましょう」
 シャトラスはそう言って階段を上る。
 ロイヤルスイートとか言う部屋は、最上階だった。
 鍵を開けて扉を開けたところでそれを俺に渡してくる。
「それでは、明日の朝八時頃に起こしに来ますから、ごゆっくりとお過ごしください」
 そう言うとマーシャの手を取った。
 反射的に彼女はそれを振り払う。
「どういうつもりですか?」
「君はただの召使いだろう。ヨミ様やその婿殿と同じ部屋で一夜を明かそうなどと考えるのは分不相応だと思わないのか?」
 その言い方にはさすがのマーシャも苛つきをあらわにさせた。
 睨み合うエルフと魔族。一触即発の雰囲気を感じ取って、ヨミが間に入った。
「彼女には私のお世話を頼んでいますから。別の部屋にいるといちいち呼ばなければならないので、一緒で構いません」
「ですが、夜伽の邪魔に……」
「わ、私とアキラはまだそのような関係ではありません! 余計な勘ぐりは止めてください!」
「はっ! これは申し訳ありません! し、失礼します」
 ヨミが顔を真っ赤にさせて声を荒げたので、シャトラスはエトワスを連れ立って逃げるように廊下を走っていった。
 別に怒ったわけじゃなくて、単に照れているだけだと思うが……。
 取り敢えず、廊下にいても仕方ないので俺は部屋に入った。
「まったくもう……」
 まだブツブツ文句を言いながらヨミも後に続く。
 最後に入ったマーシャが扉を閉める音が聞こえてきた。
 俺はその場で呆然と立ち尽くしていた。
 その部屋は謁見の間と城の展望台を一緒にしたような部屋だった。
 俺の世界のものでわかりやすく説明するなら、体育館が収まるほど広い。
 天井も高く、大きなガラス戸は町が一望できるほど。
 赤く染まった空と、明かりの点り始めた町のコントラストが絵画のような絶景を生みだしていた。
 この様子だと、日が完全に落ちて空に星が瞬くようになったら、また別の感動を味わえるだろう。
 部屋は仕切りのない一部屋で、入ってすぐのところにソファーとテーブルがあり、右奥のガラス戸付近にベッドが置かれていた。左側にはダイニングがある。
 キッチンはなかったが、ここは宿屋だから自分たちで調理する場がないのは当たり前だった。
 ベッドのあるところまで行くと、壁側に扉があることに気がついた。
 そこを開けたら、大理石を基調とした洗面所がある。
 正面に見える磨りガラスの向こう側はたぶん浴室。
 右側の小さな扉を開けるとトイレがあった。
 どこもきらびやかな雰囲気で何とも落ち着かない。
 ヨミも俺と同じで所在なさげだった。
 マーシャだけがいつもと様子が変わらない。
「お風呂があるんですね。先に使わせていただいても良いですか?」
「ああ、適当に使ってくれ」
 俺はマーシャを浴室へ残し、ソファーまで戻ってきた。
 ヨミも俺の隣りに座る。
「何か食べるか?」
 ここが宿屋で、しかもダイニングがあるってことはルームサービスのようなものもあると思った。
「あ、いえ。私は別に……アキラは人間ですからちゃんと食べた方が良いと思います」
「悪いけどそうさせてもらう」
 道すがら野生動物や魚を捕って食事をしてきたが、ちゃんとした食事はほとんど口にしていなかった。
 魔族の町じゃそれもあまり期待していなかったのだが、人と変わらない様子を見ているとやっぱり諦めきれないのは食欲が本能だからか。
 と思ってみたものの、この世界には電話はない。
 まさか、下まで降りてフロントで注文しなきゃならないのか?
「アキラ! この部屋には魔法水晶があります」
 そう言ってヨミがソフトボールよりも一回り大きいくらいの丸い水晶をどこからか持ってきた。
 そういやそうだ。
 この世界ではこれが電話の代わりだった。
 さっそくフロントに連絡を――。
 いや、そうじゃないだろ。
 自分で自分に心の中でツッコミを入れた。
「ヨミ、それでルトヴィナかシャリオットと連絡が取れないか?」
「あ、はい」
 ヨミが魔法水晶に魔力を流し込む。
 程なくして水晶の映像が鮮明になってくる。
 そこに映し出されていたのは、ルトヴィナだった。
 今までに見たことがないくらい冷たい表情を浮かべていた。
「まさか、魔王から連絡が入るとは思わなかったわ」
 言葉遣いも今までと若干違う。キャリーと同じで、心の距離を感じた。
 ルトヴィナもヨミが魔王として覚醒したことは知っていた。
 と言うことは連合国でこの情報は共有されていると考えた方が良い。
 悲しそうに水晶を見るヨミに代わって俺が話しかけた。
「ルトヴィナ、用事があるのは俺だ」
「……アキラくん。生きていたというのは本当だったのね」
「その話もキャリーから聞いたのか?」
「ええ、あなたたちが勇者の一人を倒してしまったということも含めて」
 言葉に詰まった。
 ルトヴィナにとっても、今は勇者の方が大事だと言うことなのか。
「先に俺たちを攻撃してきたのは勇者だ。それに、倒したと言っても魔法で治る程度の怪我しか負っていないはずだ」
「そう言う問題ではないわ。世界中の人々は勇者という存在を心のよりどころにしているのよ。それを魔王と普通の人間が倒してしまうということ自体が、人々の心に不安を煽ることになる。できれば、戦わずに逃げて欲しかったというのが私の本音よ」
「それは……」
 俺たちの目的はキャリーに会って話をすることだった。
 だから、引くことは出来なかった。
 他の町で魔法水晶を使って連絡することも難しかったと思う。
 結果的にアイレーリスまで寄り道せずに着いたから遭遇しなかったが、勇者は飛翔船を使って魔王が町を襲わないか警戒しているという話だ。
 つまり、ヨミが自分の魔力を抑えられない以上、俺たちはいずれどこかで勇者と戦う運命にあったと思う。
「ルトヴィナ個人はもう俺たちのことを信用できないか?」
「アキラくん。私は伝承をたくさん読んできたし、勉強もしてきたわ。魔王がいる限り、勇者は戦うわ。そして、勇者がいる限り、魔王も戦う。魔王の力はそれだけ世界への影響力が大きすぎるのよ」
「ヨミでも、倒すと言うことか」
「……この魔法水晶を通じても私にはヨミさんの魔力が伝わってくる。出会った時に恐れを抱かない自信はないわ」
 困ったような表情はルトヴィナの本心を表していると思った。
「……そうか……水晶の呼びかけに応じてくれてありがとう。キャリーをよろしく頼む」
「アキラくん。あなたは今どこにいて、これから何をするつもりなの?」
「俺は今、元帝国の町にいる」
「そんな、まさか……」
「これから魔界へ行こうと思ってる」
「……目的を教えてもらってもよろしいかしら」
「もちろん。俺は、魔族を説得して戦争を止める」
 これにはさすがにルトヴィナも驚きの表情を浮かべた。
「……本気、ですのね。このことはキャロラインさんはご存じですか?」
「いや、そこまで話す余裕はなかった」
「そう。アキラくん、突き放しておいて都合のいいことを言わせてもらいます。死なないでください。世界中の人があなたを魔王の手先と見ても、きっとキャロラインさんはあなたのことを信じているはずですわ」
「そうだと良いけどな。次に会う時があるとしたら、和平交渉の席だな。魔族側の代表かヨミの護衛として会うことになると思う。その時はお手柔らかにな」
「ええ、もし本当に魔族と和平交渉が出来るのなら、楽しみにしてますわ」
 そう言って、魔法水晶からルトヴィナの姿が消えた。
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