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変身ヒーローと魔界の覇権

変わりゆく領土と戦線の行方

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 総勢九人が集まっての朝食は、二人増えただけという数字以上の騒々しさだった。
 俺やヨミに合わせて「いただきます」だけは合唱のように言ったが、後は好き勝手にそこかしこで会話が繰り広げられる。
 この場に魔王が四人もいると言うことを意識するものはいなかった。
「人間には食事が必要なのはわかるが、存外悪くないものだな」
「あなたに人間を語る資格があるとは思いませんが」
 パンにかじりつくバルガスに、素っ気なく言ったのはグロリアだった。
「あなたたち、本当に結婚してるのよね」
「いや、だからまだ婚約だって」
「似たようなものでしょ。それでどうして一緒に寝ていないの?」
 優雅にコーヒーカップに口を付けながらアルラウネが不思議そうな目を向ける。
「私たちは結婚前に子作りをするような不誠実な生き方をするつもりはないだけです」
「それ、本気で言ってるの? 清らかだと思ってるのかも知れないけど、逆に不健康だと思うわよ。性欲だって本能なんだから」
「あなたに心配される必要はありません。私とアキラの間のことですから。あなたが入り込む余地はありませんよ」
「そのようね。寝込みを襲おうとしたら、本気で拒絶されるとは思わなかったわ」
「え!?」
 サラダを食べようとしていたヨミのフォークがテーブルに転がった。
「どういうことですか?」
「婚約者様に聞いたら?」
 アルラウネの奴、仕返しのつもりか知らないが話をこっちに投げっぱなしてきやがった。
 ヨミがゆっくりとこちらを見る。
 特に報告するほどのことが起こったわけじゃないが、これじゃ説明せざるを得ない。
「真夜中にアルラウネが俺の部屋に入ろうとしたから追い返しただけだ」
「ほ、本当に……? まったく気がつきませんでした」
 ヨミは俺とアルラウネのことを心配しているわけではなかった。当たり前だが。
 気付くことが出来なかったことにショックを受けていた。
「そりゃそうよ。別に殺すつもりで近づこうとしたわけじゃないし。むしろ、二人が楽しんでいたら仲間に入れてもらおうくらいにしか思っていなかったんだから。敵意の欠片もないわよ」
「魔王がアキラの部屋に近づいたことに気付けなかったことが問題なんです」
 自虐的に自分の失態を説明した。
 しかし、この家には魔王が四人もいる。
 部屋だってそんなに離れているわけじゃない。
 悪意なく動き回る魔王の存在に気づけるのは、ネムスギアのセンサーくらいだ。
 寝るときは常に警戒モードにしているから、部屋の扉を開けようとした魔王がヨミではなくアルラウネだと気づくことが出来た。
 一歩でも部屋に入ったら力を見せることになると言ったら素直に退散したから、報告するつもりはなかった。
 この一件を知ってから、ヨミはよりアルラウネを警戒することになったが、彼女はまったく意に介していなかった。
 そして、今日からバルガスとアルラウネにも俺たちの仕事を手伝ってもらう。
 と言っても一緒に同じ仕事をするのでは効率が悪い。
 魔王という人財を活かすためにも、分担した方が良いのは明らかだった。
 バルガスはマーシャやエトワスと共に車で町を警らしながら残党狩り。
 アルラウネは俺とヨミと一緒に修復作業。
 当初の予定では俺がバルガスと警らをするつもりだったのだが、アルラウネが俺と一緒じゃないと手を抜くと言って憚らなかった。
 もしバルガスが裏切ったときは一緒に殺すからとまで言われて、こんなアンバランスなチーム分けになった。
 ヨミが離れて仕事をすることに難色を示したことも後押しをすることになった。
 そんなわけで、俺とヨミはいつも通り建物の修復作業の手伝いを始めた。
 アルラウネにも説明しながら仕事を覚えてもらおうと思ったのだが――。
「あのさ、あなたたちこの程度の仕事をこんな手作業で進めるつもりなの?」
「他に方法がないだろ。俺の世界には機械があって、手作業でやることも少なくなってきてるけど……」
「そうじゃなくて……そっか、アキラ様は魔力がないのよね。じゃあ、無理もないわね」
 アルラウネはそう言うと、建物の周囲をぐるりと回ってから修復作業に当たっていた魔物や俺たちに離れるように言った。
「地の神と水の神の名において、我が命ずる。あるべき姿を形作りなさい、エクセンプルムフォルマ」
 アルラウネが魔法を使うと、レンガが勝手に積み上がりその間に水と粘土が入り込む。
 ものの数分で、建物が一つ完成した。
「どう? 魔法にはこういう使い方もあるのよ」
 それがヨミに向けられた挑発であることだけは間違いなかった。
「へー、便利で良いですね。だったら、街中の建物を魔法で修復してもらいましょうよ」
 挑発に挑発で返したヨミだったが、
「良いわよ。さすがにこの規模の町だと数日かかるけど」
 事も無げにそう言ったアルラウネに、素直に驚かされた。
 手作業で進めていたら数ヶ月はかかると思っていたのに。
「数日で良いのか?」
「ええ、これでも一応魔王ですから」
 ヨミは悔しそうな目を向けるだけで、返す言葉を失っていた。
 アルラウネが元帝国の統治を任されていた理由が少しだけわかったような気がした。
 戦闘よりも、便利な魔法の使い方を知っているからだ。
 お陰で修復作業は今日一日で、一ヶ月分を前倒しで進めることが出来た。
 家に帰ると、残党狩りでもかなりの進展があったらしい。
 未だに行方不明のヴィルギールを除き、破滅派の魔王は全て平和主義派に入った。
 それで破滅派として行動することに虚しさを感じた生き残りの魔族や魔物が次々投降してきたらしい。
 どう考えても勝ち目はないものな。
 それでも意地を通した魔族がいたからいくつか戦闘はあったらしいが、バルガスの前にほとんどが瞬殺だったというのがマーシャとエトワスからの報告だった。
 アルラウネとバルガスの活躍もあり、予想以上にステラの町の修復と破滅派の残党狩りは早く終わりそうだった。
 その情報をグロリアの使い魔がフェラルドに伝えたことで、彼から全員集合の合図がかかった。
 アルラウネたちと一緒に生活を始めてまだ一週間しか経っていない。
 ヨミは個人的にもまだ二人を敵視しているし、俺もまだ信用しきれてはいなかった。
 それでも事態はまた刻一刻と変わっていて、悠長に構えていることもできないと思わされた。

 フェラルドの城に集められたのは、俺と魔王全て。もちろん、ヴィルギールとアスルだけはいない。
「今日集まってもらったのは他でもない。人間たちとの戦争について、状況が変わったと言うことを伝えておかなければならない」
 フェラルドがまずそう前置きをしてから、本題に入った。
「破滅派が占領していた帝国という国の領土が人間たちによって全て奪い返された。いや、この言い方はあまり正確ではないな。我々が占領していた部分はそのほとんどを明け渡していた。残る破滅派が占領を続けていた領土を人間たちが取り戻したのだ」
 その事に驚くものはいなかった。
 すでに人間の大陸からは魔王が全て撤退している。
 残った魔族では勇者一人さえ倒すことは出来ない。
 おまけに、レオンやクァッツからの情報によれば人間たちは全ての国の人々が協力し、勇者とギルドの冒険者も手を組んでいる。
 魔王がいても、結果は同じだっただろう。
「つまり、このまま放っておけば、早晩人間たちがこの魔界へ攻め込むことになるだろう」
「え?」
 俺は自然と驚きの声が出てヨミと顔を見合わせたが、他の魔王は誰一人表情を変えるものはいなかった。
「ちょっと待て。人間が、魔界へ攻め込むのか? どうして?」
「婿殿。なぜそこに疑問を持つのか、私には理解できぬが」
 フェラルドがそう言ったが、他の魔王も意見は同じようだった。
「人間が魔界の領土を奪う理由がないだろ」
「お前、本気でそう考えているのか? 人間は魔族がいると平和が脅かされると思い込んでいる。奴らが俺たちを滅ぼそうとするのは奴らに取っちゃ当たり前のことだ」
 バルガスもそう思うことが当たり前のように言う。
 人間と魔族の戦争の根底にあるのは、お互いがお互いにとって脅威であるという考えだ。
 人間は魔族や魔物を敵視していて、魔族や魔物も同じ。
 世界の理に気がついたフェラルドと彼に共感するものだけが、それが無意味なものだとわかっている。
 キャリーだって、ヨミのことを理解してくれていると思っていたし、そんなことにはならないんじゃないかという期待も俺にはあった。
「このままお互いの領土を不可侵にして戦争を止めるってことにはならないのか」
「そのために和平交渉が必要になる」
 それは何もしなければ、人間が攻めてくることが当たり前だと言っていることと同じだった。
 魔界で戦争の続きが始まる……。
 思い返せば、あの飛翔船は人間の大陸から魔界の大陸へ移動するために開発された物だったと言うことか。
 それぞれに勇者と国軍と冒険者が乗り込んで魔界へ来たら、戦う場所が変わっただけでやっていることは同じじゃないか。
 全てを俺一人で止めるのは不可能だ。
「その交渉。俺とヨミに任せてくれないか」
「もちろん、そのつもりだ。人間とまともにコンタクトが取れるのはアキラ殿とヨミ殿しかいない」
 俺は大きく頷き、バルガスとアルラウネを見た。
「交渉次第じゃ、二人は人間に殺されることになるかも知れない。それでも俺たちに全てを任せて良いんだな」
「覚悟はしている」
「……クロード様と同じところへ行くのなら、それも私の運命だったと思うわ」
 結局、ここへ至っても二人は裏切るそぶりすら見せなかった。
 ……もう少し、二人のことを見ていたかったというのが正直なところだが……。
 そうも言っていられないか。
「フェラルド。人間の代表者と和平交渉をしたいと伝えれば良いか?」
「話の進め方も全てアキラ殿とヨミ殿に任せる。私が望むことはただ一つ。戦争を終わらせることだけだ」
 グロリアとヨミは真剣な表情のまま頷いた。
「わかった。戦争の終結は俺も望んでいる。ヨミ、行くぞ」
「はい」
 俺とヨミは城を出ると、すぐ側に止めてあった車に乗り込む。
 もちろん運転席にはマーシャもいる。
「話し合いは終わったのですか?」
「魔王の考えはもう一致している。ここには来なかったが、アスルもきっと俺たちに賛成するはずだから……」
 そこまで言ってもう一人逃げ回っている魔王がいることを忘れていた。
 でも、ヴィルギールもさすがに六人の魔王が意見を一致させていて、異を唱えるほど馬鹿ではないだろう。
 和平交渉は魔界の総意と言っても良い。
「ヨミ、呼びかけてくれ。相手はアイレーリスの女王、キャリーだ」
「はい」
 車に搭載されている魔法水晶にヨミが魔力を込める。
 淡い輝きを放ち――。
「キャロラインさん。アキラが話し合いを求めています。お願いします。応じてください」
 ヨミが思い詰めた表情で訴えると、魔法水晶の映像がはっきりと映し出す。
「……アキラ殿? と言うことはその声は――魔王ヨミ――だな」
 声に抑揚がない。
 冷静な男の声だった。
 俺はヨミの隣りに座り、魔法水晶を覗き込む。
 思った通り、そこには宰相のクラースが映し出されていた。
「久しぶりだな。俺のことはまだ敬称付きで呼んでくれるのか?」
「魔王の配下に落ちたとはいえ、私はアキラ殿の功績までも否定するつもりはない。だが、今までのようにキャロライン女王陛下に拝謁できるとは思わないでいただきたい」
「それは、キャリーの意志なのか?」
「キャロライン女王陛下はアイレーリスだけでなく統一連合国の王でもある」
「つまり、人間界の代表になったってことか」
「魔王や魔族の脅威から我々の世界を救うには、我々をまとめるものが必要になった。エルフの血を引き、膨大な魔力を持つキャロライン女王陛下こそが相応しいと、帝国の大統領に勧められた」
「帝国の大統領? レグルスは生きていたのか……」
 その事にちょっとホッとした。
 レグルスとは魔王との戦いで少し協力しただけだったが、それほど悪い奴ではなかった。
 考え方が極端で純粋すぎる男だから、誤解されやすい。
 関わり方が違っていたら、きっとキャリーのように付き合えたんじゃないかと思っていた。
「アキラ殿、改めて私が話を伺おう。本日はどのような用件でキャロライン女王陛下に話をするつもりか?」
「人間が帝国の領土を取り戻したって話は聞いている。そっちも魔王が人間の世界から撤退したことを理解しているか?」
「それは、統一連合国で共有されている情報だが……」
「魔界には人間との和平を模索するグループがあるんだ。俺とヨミはその平和主義派と行動を共にして魔界を統一させた」
 クラースは大きく目を開いて驚いていた。
「……それでは、まさか……魔王が撤退したのは……」
「帝国を支配していた魔王も、人間を襲っていた魔王も今は俺とヨミの配下にある。その上で、俺たちは人間と和平を結びたい。いや、魔王や魔族と仲良くしろとは言わない。ただ、少なくとも戦争は終わらせたい」
「う……む……」
 さすがのクラースも考え込んでしまった。
「俺たちはもういつでも交渉の席に着ける。魔王や魔族にこれ以上人間を襲わせたりしない。もし、まだ人間界で暴れてる魔族や魔王がいたら俺やヨミに教えて欲しい。そいつらは責任を持って俺たちが倒す」
「アキラ。戦争を終わらせることについては私も賛成だわ」
 凛とした声が急に挟み込まれた。
「キャ、キャロライン女王陛下!?」
 声を上げたのはクラースだったが、彼の姿は魔法水晶から消えた。
 魔法水晶の画面にこちらを覗き込むキャリーの顔が大きく映し出されていた。
 そして、ゆっくりと後ろに下がり、手を振ってクラースを下がらせる。
 玉座に腰を降ろすと、魔法水晶がゆっくりとキャリーに近づくのがわかった。
「話を聞いていたのか……」
「まあね。不審な動きがあれば魔力を遮断しようと思っていたのだけど……」
 冷たく落ち着いた声でキャリーはそう言った。
「俺の話を信用してもらえたと思って良いのか?」
「それはこれからのアキラの行動次第ね」
 魔族との戦争が始まってからここまでに半年も経ったわけじゃない。
 それなのに、キャリーからは年相応の未熟さがなくなり、大人びて見えた。
 外見的な若さは変わらないのに、全体的な雰囲気から強さと気高さが伝わってくるかのようだった。
「俺たちの……いや、今魔界を支配している魔王の願いは一つ。戦争の終結だ。どうしたら、争いを止められる」
「アキラは知らなかったのかも知れないけど、魔族との戦争では多くの人が亡くなったわ。国を追われた人もいる。人々の感情は魔族との全面戦争による終結を求めているのよ」
「人間は魔族が滅びるまで争いを止められないのか?」
「……一部の人たちを除いて、ね」
「一部の人?」
「アキラやヨミ……さんに助けられたことのある人たちは、もっと理性的に冷静になるべきだと言っているわ」
 俺はヨミと顔を見合わせた。
 俺たちが今までにやってきたことは、全てが無駄になってしまったわけじゃなかった。
「統一連合国の幹部の中でも、領土を取り戻したのだから復興に力を入れるべきだという意見もあるのよ」
「だったら、丁度良いじゃないか」
「でもね、大多数の人は魔族の言うことを信じることができない。感情がそれを受け入れられないわ」
 この前も感じたが、今回はより強くそれを意識せざるを得ない。
 キャリーは人類の代弁者としてしか話をしていない。
「キャリーはどう思ってるんだよ」
「……今の私は個人的な感情だけで動ける立場にはないわ」
「じゃあ、交渉も出来ないのか? 戦うしか道は残されていないのか?」
「……交渉は、そちらの出方次第ではみんなを説得できると思う」
「出方次第?」
「魔族が本当に戦争の終結を望んでいるなら、和平を結んでも良いと私は思うわ。ただ、戦争責任はどうなるの? 引き分けで手打ちにしろと言われて納得できる人はいないわよ」
「それについては、俺も悩んだ。俺たちに投降してきた魔王の中には人間を殺した魔王もいる。俺がそいつを倒してクリスタルを手土産に和平交渉を持ちかけようと考えたこともあったが、俺はその魔王の処遇について全て人間たちに委ねるつもりだ」
「どういうこと?」
「和平を結ぶ代わりに、人間たちの望む罰を魔王や魔族に与えていい。ただし、人間に危害を加えていない魔王や魔族は除外してもらう」
「……魔王はそれで納得しているの? たぶん、死んでもらうことになるわよ」
「納得の上で、俺が今キャリーに話をしている」
 キャリーは大きく息を吐いて、腕に顎を乗せて考えるポーズを取った。
「……この魔法水晶の連絡先を教えてくれる? ルトヴィナさんがアキラに譲った魔法水晶には呼びかけても連絡が取れないから」
「ああ……あれ、壊れちゃったからな……」
「キャロラインさん。良いですか? この魔法水晶は――」
 ヨミが明るい声で連絡先を伝える。
「交渉の日時が決まったら改めて連絡するわ。もちろん、アキラとヨミさんは参加するのよね?」
「ああ、だが魔族側の代表者はフェラルドという魔王だ。キャリーも知ってるアスラフェルの父親だ」
「アスラフェルくんの? そう……楽しみにしておくわ」
 最後にそう言ったときの表情だけ、女王ではない俺のよく知るキャリーの顔だった。
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