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変身ヒーローと魔界の覇権
混乱と混沌の行方
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炎と煙が充満する部屋で、魔力のぶつかり合いと人の熱源が絡み合っている様はネムスギアのセンサーを通して見えていた。
だが、床が崩落して上下も前後も不覚になると誰がどこにいるかまでは判断できなかった。
「チッ!」
自然と舌打ちが出る。
ヨミは、今どこに……。
『彰。悪い知らせです。もう間もなくハイパーユニオンギアの限界時間に到達します。一刻も早くこの現場から離れてください』
焦りと落下する感覚で冷や汗が止まらない。
その時だった。
俺の右腕を誰かが力強く掴んだ。
一点の揺らぎもない魔力の流れがセンサーに映し出される。
しかも、落下速度は明らかに遅くなり、むしろ浮いているような……。
「セイントバリア!」
魔力の流れがさらに重なり、俺たちの周りだけ埃も煙も瓦礫も入ってこなくなった。
球状の光に俺とヨミとマーシャが包まれている。
「マーシャ! 無事だったのか!?」
「今は話しかけないでください! 空を飛ぶ魔法と防御魔法の併用は魔力だけでなく集中力が必要です」
マーシャが手を前に向ける。
すると、俺たちを包む光ごとふわりと浮かび、外へ出た。
ギルド世界本部が崩れていく。
所々から爆発音が聞こえ、建物が吹き飛ぶ。
壁やガラスが飛び散るが、マーシャの防御魔法のお陰で俺たちが瓦礫や破片の雨に晒されることはなかった。
「このまま車まで戻ります」
「いや、こんな中で駐車場を探すのは無理だ」
「ですが……」
「マーシャが降りやすいところに降ろしてくれれば良い」
「は、はい」
崩壊が下の階層にまで広がり始めたギルド世界本部の建物から離れて、荒野を目指した。
丁度地上に降りたとき、俺の変身が解除された。
「ど、どうしましょう……」
マーシャは肩で息をしながら心配そうな瞳をさせた。
俺にはもはや感じることも出来ないが、よほど魔力を使ったと見える。
「アキラはマーシャさんを連れて逃げてください。このままだと、ヴィルギールか勇者かわかりませんが、どちらかが私たちを追いかけて来ることは間違いありません」
ヨミはダーククロースアーマーを使ったままだった。
戦うときのプレッシャーはヨミだとわかっていても恐ろしさを感じるほど強い。
それは、今この瞬間においては何より頼りがいのある背中だった。
ただ、この場にヨミを置いていくという選択肢はない。
今のヴィルギールはヨミ一人で倒せる相手ではない。俺が万全で二人一緒でなければ勝てないと言うことは、さっきのやりとりで十分分析できた。
そして、奴は真相を知っている俺たちをどんな手を使ってでも追いかけてくる。
そういう意味ではキャリーたちも気がかりだったが、あれだけのことを仕掛けて勇者たちが守ろうとしないとは思えなかった。
ここでキャリーを失うことになったら勇者にとって失態だからな。
あいつらはそこまで馬鹿ではないと信じたい。
「アキラさん……このままここに留まっているのが、一番危険だと思うのですが……」
マーシャが顔を上げた。
その表情は珍しく不安そうだったが、俺はもう半分以上が崩れ落ちてしまったギルド世界本部を見つめて笑みを浮かべた。
その様子に気がついたのか、ヨミが訝しげな表情をさせる。
「この状況で、なぜ笑っていられるんですか?」
「あれを見ろよ」
俺が人差し指を向けた先に、土埃を舞い上げさせながら黒い物体がこっちに向かってくうるのが見えた。
「まさか、そんな……」
マーシャが口元を抑える。
さすがは博士が開発したナノマシンとエルフの女王が改良を加えた車だ。
AIがしっかりと俺の望みを叶えた。
俺たちの登録データを元に、自動運転で脱出させたのだ。
車は真っ直ぐにこちらへ向かい、急ブレーキで止まった。
その時に巻き上げられた土埃を手で払いながら、俺はヨミの腕を掴んで後ろの座席に押し込んだ。
「え? アキラ!? 私は戦えます!」
そう言って外に出ようとするからそのまま押さえ込んで俺もヨミの隣りに座る。
「マーシャ、帝国へ向けて走らせてくれ」
「はい」
「アキラ!」
「事情は道中話す! 今は俺に従ってくれ!」
そう言うと、ヨミは抵抗を止めて魔法を解除した。
まあ、抵抗と言っても本気で魔法を使ってるヨミに抵抗されたら生身の俺じゃ止めることはできない。
だからかなり手加減していたのはわかっていた。
「きちんと説明してくださいね」
「ああ」
車に乗ったまま後ろを見る。
もはやギルド世界本部の町はその形を維持してはいなかった。
そして、一際大きな爆発が起こり、その余波で車体が揺れる。
俺と同じように後ろを見ていたヨミがつぶやいた。
「……キャロラインさんたち、大丈夫だったんでしょうか……」
「エルフの血を引く女王様なら無事だと思います」
ハンドルを握りながら、いつもの冷静さを取り戻したマーシャが言った。
「わかるのか?」
「あの爆発の中、彼女も救おうと思って手を伸ばしたのですが、拒絶されました」
「え? どうして?」
「わかりません。ただ、人間たちは守るから私たちは自分の身を守ることを優先にするようにと……」
「キャリーがそんなことを?」
キャリーには防御魔法は使えなかったはずだが……。
その俺の知識も当てにはならないか。
何しろあの複合戦略魔法でさえ、さらにものにしていたんだ。
魔力の高さの理由がエルフの血を引いてるからだとすれば、さらに魔法に磨きがかかっていても不思議じゃない。
俺の知らない魔法も今のキャリーには使えたのだと考えるべきだ。
「それだけではありません。アキラに伝言も残しました。“ごめんなさい”だそうです」
……もう一度ギルド世界本部を見る。
キャリーは一体何に謝ったんだよ。
あれは、和平交渉に臨んだ者は誰も悪くない。
油断していたことと、ヴィルギールや勇者たちの思惑を読み違えたせいだ。
それから車を走らせること二時間。
ヴィルギールの追っ手も勇者の追っ手も、その影すら近づく様子はなかった。
「やっぱり、この車のスピードでは追うことは出来なかったようですね」
マーシャがそう言ったが、それだけじゃないような気がした。
勇者たちは移動手段が飛翔船だから、あの混乱状態でそれを使って俺たちを追いかけられたとは思えない。
完全に撒いたと考えて良いだろう。
問題はヴィルギールだ。
……もしかしたら、俺は大きな思い違いをしていたかも知れない。
「アキラ、そろそろあの場から逃げ出した理由を教えてください」
「そうだな……ヨミとマーシャは今回の件どう思う?」
「どうって言われても……わかりません。天使が襲ってきて、フェラルドさんが殺されて、そしたら今度はヴィルギールが現れて、勇者たちまで私たちを襲ってきた。みんな私たちの邪魔をしたかったんですか?」
ヨミは状況を整理しながら不安げにそう言った。
マーシャはそれを聞いて何やら考えているように目を少しだけ細めた。
「当てずっぽうのようで、ヨミの言っていることは根本的には間違っていないと思う」
「え!」
褒められたと思ったのか、手を叩いて嬉しそうな顔をさせた。
ヨミは単純で騙されやすいところがあるな。
そこを改善してもらわないと、俺の気が休まらない。
「天使を中心に、勇者とヴィルギールが手を組んだのでしょうか?」
マーシャがヨミの考えからさらに踏み込んで答えた。
「俺も最初はそうかなと思ったが、たぶん……それは考えすぎなんだと思う」
「つまり、どういうことでしょう」
「天使とヴィルギールと勇者の一番の目的は一致していた。和平交渉の決裂だ。それは申し合わせたわけではなく、あの場に同じ目的を持つ者が集まった時点でお互いがお互いに忖度したんじゃないかと思う」
「偶然、集まったと言うことですか?」
「天使を巻き込んだのはヴィルギールだろうが、勇者が魔王と馴れ合うとは思えない」
「確かに、勇者は私だけでなくヴィルギールにも攻撃していました」
勇者たちの目的意識と執着心は魔王と戦うことのみに価値観を与えている。
プライドの高さを考えてみても、彼らが戦争を続けるために魔王と協力することはありえない。
「天使は結果的にフェラルドを殺したが、キャリーだったとしても目的は達成していただろう」
キャリーが殺されれば、やはり勇者たちは乱入して魔王と戦う。
「それでは……ヴィルギールだけ現れた理由がわかりません。フェラルドさんと敵対していたから、天使の力を借りて倒したかったというなら、すでに亡くなられてしまった後でしたし……まさか本当にフェラルドさんの敵を討とうとしたわけではありませんよね」
ヨミが頭の上にいくつも疑問符を飛ばしていた。
「自分で天使に協力を求めていてか? 清々するほどわかりやすいマッチポンプだな。でも、俺も最初はそれが目的なのかと思った」
「……ヴィルギールの乱入によって場は明らかに混乱しました。それ自体が目的だった……?」
「さすがに頭の回転が速いな。あいつの目的はたぶん、フェラルドのクリスタルだ」
「あ!?」
ヨミもやっと俺が言いたかったことの意味に気がついた。
「俺たちの前に現れたヴィルギールは以前戦ったときよりも強くなっていた。あの時は俺が帝国で対峙した魔王のクリスタルを取り込んで魔力を増大させたが、今回はそれよりもさらに上回っていた」
「クロードのクリスタルですね」
一瞬だったとはいえ、ヨミも俺と一緒に今回乱入してきたヴィルギールと向かい合った。
奴がどうして強くなったのか、ヨミもその理由に納得した。
「では、今回フェラルドさんのクリスタルも奪われてしまったと」
「それの使い道について、あまり想像したくはないが……ここまでヴィルギールも奴の息のかかった魔族も魔物も俺たちを追いかけてきていないところを見ると、きっと最悪なことになる」
「自分に取り込んでさらに強くなろうとしているんじゃないんですか?」
「それも目的の一つだろうが、プロパガンダに使われると厄介だ」
俺は後ろの座席から乗り出すようにしてマーシャに言った。
「とにかく急いでくれ。ヴィルギールよりも先に魔界に戻らないと、とんでもないことになりそうな気がする」
「はい」
マーシャがアクセルをさらに踏み込んだ。
一気に加速して、体が後ろの座席に押さえつけられるように倒れ込んだ。
AIとマーシャの運転で事故ることはないとは思うが、俺は必死にシートベルトを締めて見守るしかなかった。
飛翔船だと数時間の道程も、普通の車より速いとはいえ、さすがに一日半かかった。
帝国の領土に入っても町に入ることなく、来たときの道をただ真っ直ぐに戻る。
海岸線が見えてくると、俺たちが乗ってきた船も待ってくれていることがわかった。
俺たちが近づいたことに気付いた船員が、船から橋を渡してくれる。
それはこの車のための特注品で、幅が広く高い強度を誇る。
車ごと船に乗って、すぐに魔界へ向けて出港してもらった。
甲板の上をゆっくりと車が進む。
この船は魔物を乗せるためのものだから、貨物室はあっても飛翔船のように車や馬車を駐める場所はない。
甲板の中央。支柱の側が一番船が安定しているので、そこに駐めた。
船員はみんな海の生き物のような魔物だった。
その中でもタコのような姿の魔物が車に近づいてくる。
「あのぅ……フェラルド様はどうされたんですか?」
車の中を覗き込みながらそう聞いてきた。
さすがにヨミも答えに困っている。
俺は車を降りて、少なくともここにいる魔物たちにだけは先に説明しておくべきだと思った。
こういう大事なことは、隠しているとろくなことにならない。
「今、手が空いている魔物たちは集まって欲しい」
そう言うと、甲板に十数名の魔物が集まった。
「魔王フェラルドが天使に殺された――だが、」
真相を伝えるために言葉を続けようとしたが、魔物たちは一斉に声を上げた。
「やっぱりか!」
「ヴィルギール様の言ったことは本当だったんだ!」
「人間め、天使と協力して我らが魔王様を殺すなんて!」
「全面戦争だ!」
「人間を皆殺しにしろ!」
「ちょっと、待て。確かに天使が殺したが……」
ヴィルギールの手引きによって天使が和平交渉を決裂させるために人間の代表者を狙ってフェラルドが庇った。
フェラルドは最後まで和平を望んでいたと言葉を続けたかったのに、誰も聞こうとはしない。
船員の魔物たちは皆、フェラルドが殺されたことだけは知っていた。
ヴィルギールが彼らに伝えたようだ。
真相の最も重要な部分だけは隠されているのに、その事に疑問を持つことなく、人間への悪意だけが膨らんでいる。
もうすでに遅いのかも知れない。
ヴィルギールが人間との争いを求める限り、天使も協力する。
どうやったのかはわからないが、奴は先に魔界へ戻っている。
船の上から見える魔界の大陸が、異様な悪意に満ち溢れているような錯覚を覚えた。
港町に着き、車ごと町へ降りる。
町を走らせると、魔物や魔族の視線が注がれた。
それは今までのどれとも形容できない。
ある者は哀れみの瞳を向ける。
ある者は悲しみの瞳を向ける。
ある者は怒りの瞳を向ける。
誰も車を止めて話しかけようとはしなかったが、町全体から負の感情が向けられていた。
それは、フェラルドの町へ戻っても同じだった。
俺やヨミが初めて訪れたときの祝福するようなムードとは真逆だった。
魔族たちの服装も黒ばっかりで、町全体が喪に服しているような雰囲気だった。
間違いない。
この町の魔族と魔物もフェラルドの死を知らされている。
「……アキラ、妙です……魔王の気配が……」
「え?」
すでにネムスギアの使用は可能だが、生身だとヨミのように魔力に対して鋭いわけではない。
「ヴィルギールが来ているんだろう。それくらいは予想できる」
問題は奴がどう出るかだ。
俺たちを裏切り者として殺すなら、ここで決着を付けてやる。
奴こそが、フェラルドを殺した真犯人。
許すわけにはいかない。
この町の魔族や魔物たちがヴィルギールの情報に騙されているのなら、奴を倒してから改めて俺たちが説明すれば良い。
「ち、違います。数が……ヴィルギール、アルラウネ、バルガス、グロリアさん……それから、もう一人。新たな魔王がすでに生まれています」
「何!?」
車はフェラルドが用意してくれた家に近づく。
その家の前にエトワスたちが待っていた。
「ま、まさか……」
出迎えてくれたのは、仲間たち全員だった。
エトワスとシャトラスとエミリー、それからグロリアとメリッサ。
ヨミはみんなを見て目を見開いた。
嬉しくて感激しているのかと思ったが……。
「メ、メリッサさんが……新たな魔王……」
そのつぶやきに、俺も同じような表情になった。
だが、床が崩落して上下も前後も不覚になると誰がどこにいるかまでは判断できなかった。
「チッ!」
自然と舌打ちが出る。
ヨミは、今どこに……。
『彰。悪い知らせです。もう間もなくハイパーユニオンギアの限界時間に到達します。一刻も早くこの現場から離れてください』
焦りと落下する感覚で冷や汗が止まらない。
その時だった。
俺の右腕を誰かが力強く掴んだ。
一点の揺らぎもない魔力の流れがセンサーに映し出される。
しかも、落下速度は明らかに遅くなり、むしろ浮いているような……。
「セイントバリア!」
魔力の流れがさらに重なり、俺たちの周りだけ埃も煙も瓦礫も入ってこなくなった。
球状の光に俺とヨミとマーシャが包まれている。
「マーシャ! 無事だったのか!?」
「今は話しかけないでください! 空を飛ぶ魔法と防御魔法の併用は魔力だけでなく集中力が必要です」
マーシャが手を前に向ける。
すると、俺たちを包む光ごとふわりと浮かび、外へ出た。
ギルド世界本部が崩れていく。
所々から爆発音が聞こえ、建物が吹き飛ぶ。
壁やガラスが飛び散るが、マーシャの防御魔法のお陰で俺たちが瓦礫や破片の雨に晒されることはなかった。
「このまま車まで戻ります」
「いや、こんな中で駐車場を探すのは無理だ」
「ですが……」
「マーシャが降りやすいところに降ろしてくれれば良い」
「は、はい」
崩壊が下の階層にまで広がり始めたギルド世界本部の建物から離れて、荒野を目指した。
丁度地上に降りたとき、俺の変身が解除された。
「ど、どうしましょう……」
マーシャは肩で息をしながら心配そうな瞳をさせた。
俺にはもはや感じることも出来ないが、よほど魔力を使ったと見える。
「アキラはマーシャさんを連れて逃げてください。このままだと、ヴィルギールか勇者かわかりませんが、どちらかが私たちを追いかけて来ることは間違いありません」
ヨミはダーククロースアーマーを使ったままだった。
戦うときのプレッシャーはヨミだとわかっていても恐ろしさを感じるほど強い。
それは、今この瞬間においては何より頼りがいのある背中だった。
ただ、この場にヨミを置いていくという選択肢はない。
今のヴィルギールはヨミ一人で倒せる相手ではない。俺が万全で二人一緒でなければ勝てないと言うことは、さっきのやりとりで十分分析できた。
そして、奴は真相を知っている俺たちをどんな手を使ってでも追いかけてくる。
そういう意味ではキャリーたちも気がかりだったが、あれだけのことを仕掛けて勇者たちが守ろうとしないとは思えなかった。
ここでキャリーを失うことになったら勇者にとって失態だからな。
あいつらはそこまで馬鹿ではないと信じたい。
「アキラさん……このままここに留まっているのが、一番危険だと思うのですが……」
マーシャが顔を上げた。
その表情は珍しく不安そうだったが、俺はもう半分以上が崩れ落ちてしまったギルド世界本部を見つめて笑みを浮かべた。
その様子に気がついたのか、ヨミが訝しげな表情をさせる。
「この状況で、なぜ笑っていられるんですか?」
「あれを見ろよ」
俺が人差し指を向けた先に、土埃を舞い上げさせながら黒い物体がこっちに向かってくうるのが見えた。
「まさか、そんな……」
マーシャが口元を抑える。
さすがは博士が開発したナノマシンとエルフの女王が改良を加えた車だ。
AIがしっかりと俺の望みを叶えた。
俺たちの登録データを元に、自動運転で脱出させたのだ。
車は真っ直ぐにこちらへ向かい、急ブレーキで止まった。
その時に巻き上げられた土埃を手で払いながら、俺はヨミの腕を掴んで後ろの座席に押し込んだ。
「え? アキラ!? 私は戦えます!」
そう言って外に出ようとするからそのまま押さえ込んで俺もヨミの隣りに座る。
「マーシャ、帝国へ向けて走らせてくれ」
「はい」
「アキラ!」
「事情は道中話す! 今は俺に従ってくれ!」
そう言うと、ヨミは抵抗を止めて魔法を解除した。
まあ、抵抗と言っても本気で魔法を使ってるヨミに抵抗されたら生身の俺じゃ止めることはできない。
だからかなり手加減していたのはわかっていた。
「きちんと説明してくださいね」
「ああ」
車に乗ったまま後ろを見る。
もはやギルド世界本部の町はその形を維持してはいなかった。
そして、一際大きな爆発が起こり、その余波で車体が揺れる。
俺と同じように後ろを見ていたヨミがつぶやいた。
「……キャロラインさんたち、大丈夫だったんでしょうか……」
「エルフの血を引く女王様なら無事だと思います」
ハンドルを握りながら、いつもの冷静さを取り戻したマーシャが言った。
「わかるのか?」
「あの爆発の中、彼女も救おうと思って手を伸ばしたのですが、拒絶されました」
「え? どうして?」
「わかりません。ただ、人間たちは守るから私たちは自分の身を守ることを優先にするようにと……」
「キャリーがそんなことを?」
キャリーには防御魔法は使えなかったはずだが……。
その俺の知識も当てにはならないか。
何しろあの複合戦略魔法でさえ、さらにものにしていたんだ。
魔力の高さの理由がエルフの血を引いてるからだとすれば、さらに魔法に磨きがかかっていても不思議じゃない。
俺の知らない魔法も今のキャリーには使えたのだと考えるべきだ。
「それだけではありません。アキラに伝言も残しました。“ごめんなさい”だそうです」
……もう一度ギルド世界本部を見る。
キャリーは一体何に謝ったんだよ。
あれは、和平交渉に臨んだ者は誰も悪くない。
油断していたことと、ヴィルギールや勇者たちの思惑を読み違えたせいだ。
それから車を走らせること二時間。
ヴィルギールの追っ手も勇者の追っ手も、その影すら近づく様子はなかった。
「やっぱり、この車のスピードでは追うことは出来なかったようですね」
マーシャがそう言ったが、それだけじゃないような気がした。
勇者たちは移動手段が飛翔船だから、あの混乱状態でそれを使って俺たちを追いかけられたとは思えない。
完全に撒いたと考えて良いだろう。
問題はヴィルギールだ。
……もしかしたら、俺は大きな思い違いをしていたかも知れない。
「アキラ、そろそろあの場から逃げ出した理由を教えてください」
「そうだな……ヨミとマーシャは今回の件どう思う?」
「どうって言われても……わかりません。天使が襲ってきて、フェラルドさんが殺されて、そしたら今度はヴィルギールが現れて、勇者たちまで私たちを襲ってきた。みんな私たちの邪魔をしたかったんですか?」
ヨミは状況を整理しながら不安げにそう言った。
マーシャはそれを聞いて何やら考えているように目を少しだけ細めた。
「当てずっぽうのようで、ヨミの言っていることは根本的には間違っていないと思う」
「え!」
褒められたと思ったのか、手を叩いて嬉しそうな顔をさせた。
ヨミは単純で騙されやすいところがあるな。
そこを改善してもらわないと、俺の気が休まらない。
「天使を中心に、勇者とヴィルギールが手を組んだのでしょうか?」
マーシャがヨミの考えからさらに踏み込んで答えた。
「俺も最初はそうかなと思ったが、たぶん……それは考えすぎなんだと思う」
「つまり、どういうことでしょう」
「天使とヴィルギールと勇者の一番の目的は一致していた。和平交渉の決裂だ。それは申し合わせたわけではなく、あの場に同じ目的を持つ者が集まった時点でお互いがお互いに忖度したんじゃないかと思う」
「偶然、集まったと言うことですか?」
「天使を巻き込んだのはヴィルギールだろうが、勇者が魔王と馴れ合うとは思えない」
「確かに、勇者は私だけでなくヴィルギールにも攻撃していました」
勇者たちの目的意識と執着心は魔王と戦うことのみに価値観を与えている。
プライドの高さを考えてみても、彼らが戦争を続けるために魔王と協力することはありえない。
「天使は結果的にフェラルドを殺したが、キャリーだったとしても目的は達成していただろう」
キャリーが殺されれば、やはり勇者たちは乱入して魔王と戦う。
「それでは……ヴィルギールだけ現れた理由がわかりません。フェラルドさんと敵対していたから、天使の力を借りて倒したかったというなら、すでに亡くなられてしまった後でしたし……まさか本当にフェラルドさんの敵を討とうとしたわけではありませんよね」
ヨミが頭の上にいくつも疑問符を飛ばしていた。
「自分で天使に協力を求めていてか? 清々するほどわかりやすいマッチポンプだな。でも、俺も最初はそれが目的なのかと思った」
「……ヴィルギールの乱入によって場は明らかに混乱しました。それ自体が目的だった……?」
「さすがに頭の回転が速いな。あいつの目的はたぶん、フェラルドのクリスタルだ」
「あ!?」
ヨミもやっと俺が言いたかったことの意味に気がついた。
「俺たちの前に現れたヴィルギールは以前戦ったときよりも強くなっていた。あの時は俺が帝国で対峙した魔王のクリスタルを取り込んで魔力を増大させたが、今回はそれよりもさらに上回っていた」
「クロードのクリスタルですね」
一瞬だったとはいえ、ヨミも俺と一緒に今回乱入してきたヴィルギールと向かい合った。
奴がどうして強くなったのか、ヨミもその理由に納得した。
「では、今回フェラルドさんのクリスタルも奪われてしまったと」
「それの使い道について、あまり想像したくはないが……ここまでヴィルギールも奴の息のかかった魔族も魔物も俺たちを追いかけてきていないところを見ると、きっと最悪なことになる」
「自分に取り込んでさらに強くなろうとしているんじゃないんですか?」
「それも目的の一つだろうが、プロパガンダに使われると厄介だ」
俺は後ろの座席から乗り出すようにしてマーシャに言った。
「とにかく急いでくれ。ヴィルギールよりも先に魔界に戻らないと、とんでもないことになりそうな気がする」
「はい」
マーシャがアクセルをさらに踏み込んだ。
一気に加速して、体が後ろの座席に押さえつけられるように倒れ込んだ。
AIとマーシャの運転で事故ることはないとは思うが、俺は必死にシートベルトを締めて見守るしかなかった。
飛翔船だと数時間の道程も、普通の車より速いとはいえ、さすがに一日半かかった。
帝国の領土に入っても町に入ることなく、来たときの道をただ真っ直ぐに戻る。
海岸線が見えてくると、俺たちが乗ってきた船も待ってくれていることがわかった。
俺たちが近づいたことに気付いた船員が、船から橋を渡してくれる。
それはこの車のための特注品で、幅が広く高い強度を誇る。
車ごと船に乗って、すぐに魔界へ向けて出港してもらった。
甲板の上をゆっくりと車が進む。
この船は魔物を乗せるためのものだから、貨物室はあっても飛翔船のように車や馬車を駐める場所はない。
甲板の中央。支柱の側が一番船が安定しているので、そこに駐めた。
船員はみんな海の生き物のような魔物だった。
その中でもタコのような姿の魔物が車に近づいてくる。
「あのぅ……フェラルド様はどうされたんですか?」
車の中を覗き込みながらそう聞いてきた。
さすがにヨミも答えに困っている。
俺は車を降りて、少なくともここにいる魔物たちにだけは先に説明しておくべきだと思った。
こういう大事なことは、隠しているとろくなことにならない。
「今、手が空いている魔物たちは集まって欲しい」
そう言うと、甲板に十数名の魔物が集まった。
「魔王フェラルドが天使に殺された――だが、」
真相を伝えるために言葉を続けようとしたが、魔物たちは一斉に声を上げた。
「やっぱりか!」
「ヴィルギール様の言ったことは本当だったんだ!」
「人間め、天使と協力して我らが魔王様を殺すなんて!」
「全面戦争だ!」
「人間を皆殺しにしろ!」
「ちょっと、待て。確かに天使が殺したが……」
ヴィルギールの手引きによって天使が和平交渉を決裂させるために人間の代表者を狙ってフェラルドが庇った。
フェラルドは最後まで和平を望んでいたと言葉を続けたかったのに、誰も聞こうとはしない。
船員の魔物たちは皆、フェラルドが殺されたことだけは知っていた。
ヴィルギールが彼らに伝えたようだ。
真相の最も重要な部分だけは隠されているのに、その事に疑問を持つことなく、人間への悪意だけが膨らんでいる。
もうすでに遅いのかも知れない。
ヴィルギールが人間との争いを求める限り、天使も協力する。
どうやったのかはわからないが、奴は先に魔界へ戻っている。
船の上から見える魔界の大陸が、異様な悪意に満ち溢れているような錯覚を覚えた。
港町に着き、車ごと町へ降りる。
町を走らせると、魔物や魔族の視線が注がれた。
それは今までのどれとも形容できない。
ある者は哀れみの瞳を向ける。
ある者は悲しみの瞳を向ける。
ある者は怒りの瞳を向ける。
誰も車を止めて話しかけようとはしなかったが、町全体から負の感情が向けられていた。
それは、フェラルドの町へ戻っても同じだった。
俺やヨミが初めて訪れたときの祝福するようなムードとは真逆だった。
魔族たちの服装も黒ばっかりで、町全体が喪に服しているような雰囲気だった。
間違いない。
この町の魔族と魔物もフェラルドの死を知らされている。
「……アキラ、妙です……魔王の気配が……」
「え?」
すでにネムスギアの使用は可能だが、生身だとヨミのように魔力に対して鋭いわけではない。
「ヴィルギールが来ているんだろう。それくらいは予想できる」
問題は奴がどう出るかだ。
俺たちを裏切り者として殺すなら、ここで決着を付けてやる。
奴こそが、フェラルドを殺した真犯人。
許すわけにはいかない。
この町の魔族や魔物たちがヴィルギールの情報に騙されているのなら、奴を倒してから改めて俺たちが説明すれば良い。
「ち、違います。数が……ヴィルギール、アルラウネ、バルガス、グロリアさん……それから、もう一人。新たな魔王がすでに生まれています」
「何!?」
車はフェラルドが用意してくれた家に近づく。
その家の前にエトワスたちが待っていた。
「ま、まさか……」
出迎えてくれたのは、仲間たち全員だった。
エトワスとシャトラスとエミリー、それからグロリアとメリッサ。
ヨミはみんなを見て目を見開いた。
嬉しくて感激しているのかと思ったが……。
「メ、メリッサさんが……新たな魔王……」
そのつぶやきに、俺も同じような表情になった。
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領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
追放された無能鑑定士、実は世界最強の万物解析スキル持ち。パーティーと国が泣きついてももう遅い。辺境で美少女とスローライフ(?)を送る
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貴族の三男に転生したカイトは、【鑑定】スキルしか持てず家からも勇者パーティーからも無能扱いされ、ついには追放されてしまう。全てを失い辺境に流れ着いた彼だが、そこで自身のスキルが万物の情報を読み解く最強スキル【万物解析】だと覚醒する! 隠された才能を見抜いて助けた美少女エルフや獣人と共に、カイトは辺境の村を豊かにし、古代遺跡の謎を解き明かし、強力な魔物を従え、着実に力をつけていく。一方、カイトを切り捨てた元パーティーと王国は凋落の一途を辿り、彼の築いた豊かさに気づくが……もう遅い! 不遇から成り上がる、痛快な逆転劇と辺境スローライフ(?)が今、始まる!
「クビにされた俺、幸運スキルでスローライフ満喫中」
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突然、蒼牙の刃から追放された冒険者・ハルト。
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追放されたハルトは、肩の荷が下りたとばかりに、自分のためだけの旅を始める。
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掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
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王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
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【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
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過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
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