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変身ヒーローと魔界の覇権

進む魔族の侵攻

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 俺が自分の作ったクレーターの中から出ると、槍の勇者が膝を付いていた。
 ジュリアスもへたり込んでいる。
 そこへバルガスがやってきた。
「おい、まだ俺と戦うか?」
 勇者たちは顔を上げるが声を上げる気力は残ってはいないようだった。
「待ちなさい! これ以上人間を傷つけることは許しません!」
 バルガスと勇者の間にヨミが入る。
「おいおい、勇者が魔王に守られていいのかよ」
「くっ……」
 伝説の槍を杖のようにして槍の勇者が立ち上がる。
「おい、止めておけ」
 俺が肩を押さえようとしたらもう片方の手で払ってきた。
「クククッ……勇者のプライドはそれを許さないよな。この国は俺たちがいただく。魔王に守られたくなかったらここから消え失せろ」
「……僕たちを、見逃すつもりですか……?」
「余計な邪魔がいるところで決着は付けたくない。お前らだってそうじゃないか?」
 バルガスと勇者たちは俺とヨミを見た。
「お……俺たちを見逃したこと、いずれ後悔させてやる……」
 捨て台詞を吐きながら、槍の勇者はジュリアスに肩を借りて背を向けた。
「さて、次はお前らだ。どうする? 俺を殺すか? 俺は戦えればそれでいい。他の魔王ほど人間に憎しみもない。ここでお前らと戦って死んだなら、それが俺の実力だったってことだろう」
「……あなたは、人間を殺したんですよね……」
 ヨミからは殺気は消えている。
 ダーククロースアーマーを身に纏ったままだが、戦う気はないように見えた。
「ああ、命がけの戦いをしたのに殺さないのは失礼に当たるだろ」
「なぜ、彼らは見逃したんですか?」
「そりゃ、命のやりとりしてるのに邪魔が入ったからな。この状況であいつらを殺しても何も面白くない」
「無差別には、人を殺さないと言うことですか……」
「人間を根絶やしにしようと考えてんのはクロードとヴィルギールくらいさ。俺は殺し合いの中でしか自分の命の価値を感じられない。だから、戦いを求める人間だけ殺す。きっと死ぬまで戦うさ」
 ある意味、バルガスは魔王らしい魔王なのか。
「もし、戦う人間がいなくなったら、どうするんですか?」
「その時は、お前らにでもケンカを売るか? 俺たちを止めるんだろう」
「それはそうですが……」
「……何だか、あまり戦う気がなさそうだな。話し合いなんて俺はお断りだからな。戦わないなら次の場所へ行かせてもらうぜ」
「え? あっ!」
 ヨミが呼び止める間もなく、バルガスは空へ飛んで行ってしまった。
「すみません、まさか逃げてしまうとは……」
「いや、俺も似たようなもんだ。せめて捕らえておくべきだったな」
 変身を解除すると、そこへドラゴンが降りてきた。
「何をやってるんですか!」
「クァッツくんこそ、何をそんなに慌てているんですか?」
「この町に魔王と魔族の大群が近づいてます! 早く逃げないと」
 ヴィルギールたちの本隊か。
 ってことは、バルガスは先遣隊として動いてるってわけか。
 次の場所って言っていたな。
 このままだとヴィルギールたちはどんどん領土を広げていく。
「アキラ!」
 すでにクァッツの背中に乗ったヨミが手を伸ばす。
 どこかであいつらは止めなければならないが、この状況で激突することは出来ないか。
 俺はヨミの手を握り、クァッツはすぐにダグルドルドの町を飛び立つ。
 町の上空にはもうバルガスの配下は残っていなかった。
 彼と共に次の国へと向かったんだろう。
 結局、天使の目的も不明。
 魔王の進軍も止められなかった。
 唯一の救いは、勇者たちを殺させなかったことだが……。
 どちらかに死者が出るのも時間の問題だ。
 川沿いの車が止めてある場所まで戻ると、みんな集まっていた。
「どうでしたか?」
 エトワスが俺とヨミを出迎える。
 だが、何と言っていいかわからなかった。
「その様子ですと、成果はゼロだったようですね」
 シャトラスが淡々と答えを言い当てる。
「話は移動した後でしよう。ダグルドルドの領土は魔族側が取った。このままここにいると、奴らに見つかる可能性が高い」
 車に乗れるだけ乗って、残りはクァッツとレオンの背中を借りることにしてもらった。
 マーシャがアクセルを踏み始めてすぐに、エトワスが何かを思い出したかのように手を叩いた。
「そうだ。これだけは先にお伝えしておきましょう。ヨミ様とアキラ様が離れている間に、グロリア様の使い魔から連絡をいただきました」
「グロリアの?」
「はい。どうやら、メリッサさんは単独で行動されているようで、グロリアさんが人間を守ってメリッサさんと戦っているようです」
「……それ、危なくないか?」
 魔王がそんな大っぴらに人間を守っていたら、天使に狙われそうなものだけど……。
「グロリア様なら大丈夫だと思いますよ。天使に襲われてもメリッサさんを連れて逃げ切れるような方ですから」
「それに、天使ならアキラが倒してしまいましたから。またしばらくは現れないんじゃないでしょうか」
 ヨミはそう言ったが、天使が一人だとは限らない。
 俺の感覚とAIのデータだと、どの天使も戦い方が違った。
 外見は同じだから、それを上手く説明する自信はなかった。
 それに、不安を煽るだけだ。
「天使を倒したんですか? それは成果と言えるんじゃ」
 カラスがしゃべった。
 シャトラスが変身した姿だが、この姿だとまるで表情がわからない。
「いいや、捕まえることは出来なかったし、天使がどこからやってくるのかも不明のままだ。何一つ進展していない」
「……それに、勇者を攻撃していたこともわからずじまいでしたね」
「「「「え?」」」」
 俺とヨミ以外の全員の声が重なった。
「噂は本当だったってことですか?」
 その話を最初に持ってきたのはシャトラスだった。
 代表して彼が聞いた。
「そう言えば、確かに勇者たちがバルガスをあと一歩のところまで追い詰めたときに邪魔してきたな」
「殺意は感じませんでしたが、明らかにバルガスを助けていましたね」
 俺とヨミの説明を聞いて、シャトラスは羽をくちばしに添えるようにして考える姿勢を取った。
「……ヴィルギールの差し金、でしょうか」
「そんな雰囲気じゃなかったと思う。ヴィルギールが天使と手を組んでいたのは平和主義派がどちらにとっても邪魔だったからだろ。戦争が再開したなら、天使はヴィルギールと手を組む意味はない」
 車の中がしんと静まりかえった。
 天使が何を考えどう行動しているか、天使の口から答えを聞くまで納得することは出来ない気がした。
「……勇者が魔王を倒してはいけないのではないでしょうか」
 ハンドルを握って前を見つめたままマーシャが口を開いた。
「何をわけのわからないことを……」
 マーシャの答えを否定したのはシャトラスだけだったが、魔族は皆懐疑的な瞳を向けた。
 ヨミは……残念ながらどちらの言うこともよくわかっていない様子でキョトンとしている。
「どうして?」
 誰も話の続きを聞こうとしなかったが、俺はマーシャの推理に興味が湧いた。
「アキラさん、エリザベス女王様が話した世界の理を覚えていますよね」
「ああ、救世主が現れて魔王を倒して世界を救う。これはフェラルドも体験してきたし魔族だって知ってるだろ」
「まさにそこですよ。勇者が魔王を倒してしまったら、救世主が倒すべき敵を失う。それを阻止したのではないでしょうか」
「でも、勇者が魔王を倒しても、また別の魔王が現れるだけだろ。勇者を攻撃してまで魔王を守る必要があるのか?」
「原理としてはそうなのですが……私がエリザベス女王様から聞いた話では、このような短期間に魔王はコロコロ変わりませんでした。そもそも、魔物が魔王にまで成長する話は聞いたことがありません」
「……ヨミ様を前に失礼を承知で言えば、俺もフェラルド様からそのような話は聞いていません」
 マーシャにシャトラスが同意したことで、今度はヨミに視線が集まった。
「え? 何でしょう」
「……俺がこの世界に来た影響、ってことか……?」
 俺がナノマシンを使って助けなければ、ヨミはあのまま魔物として討伐されていた。
「その可能性は否定できないと思います。だからこそ、エリザベス女王様はアキラさんに希望を見出したのですから」
「それじゃ、天使の目的は……」
「救世主が現れるまで、勇者と魔王のバランスを調整しているのではないでしょうか。特に今の魔王と勇者の関係性は天使たちにとって都合がいい。バランスが崩れることで一方的に争いが終わることは望んでいないのでは」
 マーシャの予測はそれほど間違ってはいない気がしたが、優しい予測だと思った。
 この世界はもっとひねくれている。
 止まらない憎しみの連鎖と終わらない争い。
 天使は勇者が活躍する姿を認めていない。
 俺が魔王を倒しても天使に見逃されてきたのは、俺が異世界の人間だからか。
 奴らにとっても想定外の存在だったと考えるのが自然だ。
 ヨミはどうなんだろう。
 あからさまに人間の味方をしているのに、天使がヨミを直接狙うことはなかった。
 俺と関わったことで、ヨミもこの世界において想定外の存在になってしまったのか。
 それ以上はもう誰も何も言うことはなく、過ぎて行く景色をただ見ているだけだった。
 途中休憩を挟みながら二日くらい車を走らせた。
 魔族が俺たちを追ってくることはなく、人間や勇者に出交わすこともなかった。
「……アキラさん、前方に結界があります」
 遠くに見えるのは薄い膜のような壁。
 ……壁と表現していいものなのか?
「結界なのか? 魔界とかエルフの国で使われていた?」
「それよりも精度は低いようです。このまま車ごと突っ込んでも突破はできると思いますが……」
 結界は見渡す限り広がっていた。
「この辺りってどの国だ?」
「そうですね。恐らくあの結界の向こう側がメリディアかと思われます」
 誰も答えられないかと思ったら、マーシャはスラスラ答えた。
 伊達に人間界で俺のことを調査してきたわけではないらしい。
「それじゃ、メリディアが結界を使ってるってこと?」
「魔族の侵攻を防ぐためでしょう。以前は見かけませんでした」
 メリディアってことは、ルトヴィナか。
 魔法の研究者のようなものだったし、理由も納得だ。
「一応確認しておくが、強引に突破した場合どうなる?」
「多少の衝撃が車に加わることと、結界を使ったものに私たちの侵入が知られると思います」
「ちょっと待った!」
 慌てて叫ぶとマーシャは急にブレーキを踏んだ。
 車体が右に振り回され、シートベルトをしていなかったカラスのシャトラスとハチのエミリーが窓ガラスにぶつかる。
「いった……なんなのよ!」
 頭を押さえながらブンブンと車内を飛び回ってエミリーが抗議する。
 車の横にドラゴン――クァッツが降りてきた。
 レオンがクァッツの背中から降りてきてフロントガラスから覗き込んできた。
「急に止まっちまってどうしたんだ?」
 俺は体に食い込んだシートベルトを外して窓を開ける。
「お前らもあの結界が見えるだろ。このまま進むのはよくない」
 ここには魔族と魔王がいる。
 結界を突破した時点で敵が侵入したと誤解されるのは必至だ。
 見渡す限り広がっている。
 迂回して別の道を探すしかない。
「……あのぅ、魔力の高い人間がこっちに向かってますけど……」
 ドラゴンの首をもたげてクァッツがそう言った。
 結界に近づいただけで俺たちのことに気がついたのか?
 窓の向こうに、小型の飛翔船のようなものが八隻見えた。。
「あれは……まさか……」
 試作機には見覚えがあった。
 グライオフで作っていた飛行艇。
 量産に成功したのか!?
 驚いている場合ではない。あれの飛行速度は俺がよくわかっているじゃないか。
「クァッツ! レオンを連れて逃げろ!」
「は、はい」
 レオンはすぐにクァッツの背中に跳び乗った。
「マーシャ! 反転!」
「しっかり掴まってくださいね!」
 アクセルを踏み込みギアを変える。
 ハンドルを大きく回して、車はメリディア王国に背を向けて走り出した。
「ねーアキラ様、迎撃した方がよくない? あれの方が速そうだよ」
 エミリーが後ろを見ながら言う。
 俺はサイドミラー越しに飛行艇を見た。
 数が二つ減っている。
 クァッツたちを追いかけたのか。
「「逃がさないわよ!」」
 わざわざ魔法を使って声を大きくさせてまで女が叫んだ。
 あの先頭の飛行艇に乗っているのは、間違いない。杖の勇者だった。
 後ろの飛行艇が離されていく。
 スピードが魔力に依存しているからだろう。
 確かにこのままじゃ――。
「うわっ! ちょっ、危ない!」
 エミリーが羽音に負けず劣らず大きな声で叫ぶ。
 マーシャが急にハンドルを切り、右へ曲がった。
 炎の塊が左前方で爆発する。
 さらに今度は左へ曲がる――。
 あの勇者、本気で殺す気か。
『魔力の増大を感知しました。危険です。これはあの、複合戦略魔法の前触れかと』
 AIがとんでもない警告をしてきた。
 窓を開けて後ろを向く。
「アキラさん、このようなときに身を乗り出すのは危険です!」
 杖の勇者の後ろから追いかけてくる魔道士たちが炎の魔法を放つが、それはやはり勇者のものほど脅威ではない。
 爆発力も精度も数段落ちるから避けるのは難しくなかった。
「「地の神と火の神と風の神と雷の神と光の神と闇の神と天の神の名において、我が命ずる」」
 わざとなのか、自分の力を誇示するためなのか。
 呪文までこっちに聞こえるように魔法で声を大きくさせてから唱えていた。
「マーシャ、止めろ!」
「え?」
「あれは避けられるものじゃない。いいか、俺が降りたらすぐにこの場から離れろ」
「アキラ! 私も戦います!」
 俺がドアを開けようとしたらヨミも同じようにドアノブを掴んだ。
「ダメだ」
「どうしてですか!?」
「魔王と勇者が戦ったら、それこそ世界の理のままになっちまう」
 ヨミが躊躇いがちにドアノブから手を離した隙に、マーシャはブレーキを踏んだ。
 転がるように助手席から降りるや否や、車は再び土煙を上げながら走り去った。
「「神々の力よ、その理を紐解き、世界に終わりと始まりを与え給え!」」
 呪文が完成した。
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