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変身ヒーローと魔界の覇権

始まってしまった決戦

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 車の助手席には俺が乗り、後ろにはヨミと人間の姿に変身したエミリー。
 シャトラスはカラスのままだった。
 運転席には目を輝かせるルトヴィナの姿がある。
 ちなみに、クァッツはレオンを乗せて飛行艇の後を追って飛び立った。
 後は、俺たちだけだ。
「それで、どうすればいいのかしら?」
 車の操作方法は俺の世界のものと大きくは変わらない。
 一通りレクチャーを終えると、ルトヴィナは電源を入れてハンドルを握った。
 ま、どんな無茶な運転をしても事故にはならない。
 この車は外見こそ俺のよく知る車だが、ネムスギアのナノマシンとAIが搭載されている。
 マーシャはフォローの必要がないくらい運転が上手かったが、どんな下手くそでもAIが上手く制御してくれるだろう。
「それじゃ、行きますわ」
 ルトヴィナが恐る恐ると言った風にアクセルを踏む。
 そろそろと車が動き出した。
「……本当に、魔力を必要としませんわ」
 その事に関心を示しつつ、車は速度を上げていった。
 運転することに戸惑っていたのではなく、魔力のことを気にしていたらしい。
 後は安心したように車の運転に集中していた。

「クリームヒルトまでは後どれくらいかかる?」
「このスピードですと、真夜中になってしまいますわね」
 ルトヴィナも慣れてきたのか話しかけても普通に答えられるし、ハンドルを握る手もどこか軽快だった。
 曲がりくねった道じゃないし人や馬車の往来もない。
 ひたすら真っ直ぐ進むだけだった。
 ルトヴィナは大丈夫だと言ったが、途中で二回休憩を挟んでからアイレーリスの国境に入った。
 だからすでに空は明るくなっている。
 メリディアの結界は杖の勇者によるものだったらしく、アイレーリスの国境にそんなものはなかった。
 魔族がこっちに向かっているという情報を掴んでいたなら、むしろ杖の勇者をこちらに配置して結界を使った方がよかったのではと思ったが、戦いを望んでいる勇者たちには防御を固める気はないと言うことか。
 この辺りの地図はAIに記録されている。
 俺の記憶にも残っているから、クリームヒルトまではあとわずかだ。
 ただ、それ以上に戦いの気配が伝わってくることで戦場が近いと言うことがわかった。
「……全面戦争は避けられなかったんですね……」
 ヨミがぽつりと言葉を零した。
「まだ、全てが終わったわけじゃない。ヨミは魔王を、俺は勇者たちを止める」
「……はい」
 さらに進むと荒野に戦争の爪痕が見えてきた。
 どこかの国の軍隊だろうか。
 制服を着た魔道士が倒れている。
 すでに生きていないことは車の中にいてもわかった。
 そして、同じくらいのクリスタルが辺りに散らばっていた。
 こっちは魔物か魔族か。
 すでに戦いは始まっていた。
「急ぎますわ」
「いや、待った」
 アクセルを踏み込もうとしたルトヴィナを止める。
 フロントガラスの向こうに空を飛ぶものが見えた。
 俺は車を降りて、目を凝らす。
 豆粒大だったそれは、徐々にスピードを上げてこちらに近づいてきた。
 ルトヴィナやヨミたちも車から降りてきた。
「アキラさん! ここから先へ車で進むのは危険です!」
 飛行艇を操作しながらマーシャが叫んだ。
 丁度俺たちの目の前に着陸し、マーシャが飛行艇から降りる。
「戦闘は昨夜の内に始まってしまいました。魔王は勇者たちが相手をしています。それ以外の者は、魔族と魔物の討伐に当たっています」
 報告を聞いている間にもマーシャがやってきた方向から大きな爆発と煙が上がっているのが見える。
 相手は魔王三人と勇者が五人。
 ……一気に全員を抑えるのは不可能だ。
「俺とヨミが魔王と勇者を止める。お前らはそれぞれ何人かでチームを組んで、人間と魔族双方が混乱するように動いてくれ。ただ、俺たちを助けようとはしないでくれ。ここにいるみんなが死ぬことは、俺もヨミも許さない」
 その事に異論を唱えるものはいなかった。
 魔王と勇者の争いに巻き込まれたら、普通の魔族では殺されてしまうだけだ。
 ヨミが頷き、エトワスたちもそれぞれ真剣な眼差しで頷き返した。
「……私も何とか国軍の者たちを説得してみましょう」
 ルトヴィナも俺たちと一緒に行動するつもりのようだ。
「ルトヴィナはくれぐれも慎重に行動してくれよ。女王が戦争に巻き込まれて死んだら、それこそメリディアがどうなるか想像したくない」
「ええ、それはわきまえてますわ」
「それじゃ、行こう」
 俺たちは近くの魔王を目指して、他のみんなは三人くらいずつに分かれて駆け出した。
 道の先は少し上り坂になっていた。
「闇の神の名において、我が命ずる。闇の力をその身に纏い、破壊する力を与えよ。ダーククロースアーマー」
 ヨミが魔法を使い闇の全身スーツを身に纏う。
 戦う準備も心構えもバッチリ出来ているようだが、殺気立っていない。
 妙に落ち着いていて、凛とした表情は改めて美しいと思った。
「……あの……」
 俺の視線に気付いたのか、急に顔を赤くさせた。
「このまま全てを投げ出して、二人だけで生き残るってことも不可能じゃないんだよな」
「え?」
「世界の終焉の条件。魔王が全て救世主に倒されると終焉と再生が繰り返されるならさ、俺がヨミだけ守って誰の目も届かないところへ行けばいい」
 ヨミが俺の瞳の中を覗き込むかのように見つめてきた。
 全くの無表情だった。
「……本気じゃないなら、そのようなことは口にしないでください」
 やがて、ヨミは目尻を下げて微笑みを浮かべた。
「……わかるか?」
「アキラが本当にそう言う人だったなら、私はここまで付いてきていません」
「……試すようなことを言って悪かったな。覚悟が足らなかったのは俺の方みたいだ」
「いえ、アキラは恐れているだけです」
「俺が?」
 自分の力を過信しているつもりはないが、ネムスギアが勇者たちに負けるとは思っていない。
 最悪、命に危険が及んだとしてもネムスギア自身が生き残るために戦う。
 何を恐れるというのか。
「……私にとっては嬉しい心遣いなのですが、アキラは私が傷つくことを恐れているんですよ」
 ヨミの指摘は、的を射ていた。
「私を救ってくれたあの時からずっと、アキラは私のことを気にかけてくれています」
 俺自身のことが揺らいだときも忘れていたわけじゃなかった。
 知られると離れていくんじゃないかという不安でヨミと関わることを拒絶しただけだ。
「私のことはもう心配しないでください。アキラの心を不安にさせないためなら、どこまでも強くなって見せます」
 ネムスギアのセンサーを使わなくてもわかる。
 ヨミの魔力はさらに大きくなっていた。
 特別なことは何もしていないのに、想いを力に変える。
「わかった。でも、危なくなったら助けを呼べよ。どこにいても絶対にヨミだけは俺が救ってみせるから」
「はい」
 これでも心配してしまうのはヨミに失礼だろう。
 俺は前を向いて、いつもの言葉を口にした。
「――変身」
『起動コードを認証しました。ネムスギア、ファイトギアフォーム、展開します』
 二人で一気に坂を駆け上がる。
 その先に広がる光景は、まさに戦場だった。
 荒野に人と魔族が入り乱れている。
「……一番近くにいるのは……バルガスのようです」
 このフォームだとセンサーの感度は高くない。
 ヨミの感覚の方が確かだった。
 彼女が指し示した方向を見ると、バルガスが弓の勇者や銀色の鎧を纏った騎士と戦っていた。
 そのさらに背後から魔法もバルガスに向けて放っている。
 どうやら、弓の勇者と各国の国軍が協力して魔王と戦っているらしい。
 国軍の数はそれほど多くはない。
 恐らく精鋭部隊が弓の勇者の援護をしている。
 魔王を相手に一般レベルの兵士では足手まといにしかならない。
 それに、この乱戦模様の戦場では、他の魔族や魔物にも対処しなければならないから兵士たちの大半はそちらに回っていると思われる。
 俺とヨミはうなずき合って地を蹴る。
 弓の勇者――ジュリアスの戦法はわかりやすかった。
 近接攻撃が得意な剣士や騎士たちにバルガスの足を止めさせて、矢で撃ち抜く。
 だが、バルガスも前回の戦いでジュリアスの攻撃力と戦い方を学んでいた。
 小さな矢は当たってもそれほどダメージを受けない。
 時折放たれるあの大きな矢にだけ意識を集中させているようで、それだけ躱していた。
「うざってえ!」
 三人の剣士が入れ替わり立ち替わりバルガスを斬りつける。
 剣での傷はすぐに再生されるからダメージはそれほどでもなさそう。
 それよりも、その動きに邪魔されてジュリアスには近づくことも出来ずにいた。
 この場に槍の勇者がいないのはジュリアスの作戦か。
 とにかく国軍との連携は槍の勇者よりも上手くいっていた。
 だから、ジュリアスは一方的にバルガスを攻撃している。
「こいつ、必殺技だけ上手く躱している……」
 戦いを有利に進めているはずのジュリアスが焦ったように愚痴をこぼした。
「火の神の名において、我が命ずる! 爆ぜて吹き飛べ! バーストエクスプロード!」
 炎に包まれた拳で斬りつけてきた剣そのものを殴りつける。
 剣が炎に包まれ、そのまま鎧ごと剣士を焼く。
「魔道士部隊! 水の防御魔法を!」
 その叫び声には聞き覚えがあった。
 すかさず瀧のような水が炎に包まれた剣士の体に降り注いだ。
「速く鎧を脱がせろ! 火傷で死ぬぞ!」
 白銀の鎧を身に纏った女の戦士が威勢よく指示を出す。
「はい!」
 彼女の部下が指示に従って煙を上げている鎧に触れようとするが、思っていた以上に熱いのか四苦八苦していた。
「余所見をしてる余裕があるのか!?」
 一見すると男のように見える女の戦士にバルガスが近づく。
 剣を構えて焼かれた剣士と彼から鎧を外そうとしている部下を守るべくバルガスと対峙する。
 だが、あの魔法は剣では防げない。
 むしろ、もう一人が焼かれるだけだ。
「下がれ! ファルナ!」
「――! その声は!」
 姿は目で追えていないのに、声だけでよくわかるものだ。
 バルガスの拳が突き出されるより先に、
『チャージアタックワン、メテオライトブロー!』
 バルガスと同じように赤く染まった俺の拳がみぞおちの辺りに直撃した。
 バルガスは声を上げることも出来ずに吹き飛ばされる。
「……アキラ殿、か……」
 ファルナのつぶやきを無視してヨミを見た。
 ヨミには鎧を外す手伝いをさせた。
 ダーククロースアーマーに指の先まで覆われているから、この程度の熱さでは火傷をするどころか熱を感じることもないはず。
 思っていたとおり、ヨミはすでに鎧を外していた。
 その様子を見ていた国軍の兵士たちは警戒心をあらわにさせる。
「皆さん、離れて! そいつは魔王だ!」
 弓の勇者が叫び、弓を構える。
 しかし、矢は放たれなかった。
 ファルナが近くにいるし、ヨミは火傷を負った剣士を介抱している。
「あの、回復魔法を使える方はこの中にいませんか?」
 ヨミの呼びかけには誰も答えなかった。
「……ヨミ殿、ここへ何をしに来た」
「もちろん、皆さんを助けに」
 ファルナの質問に、微塵も迷いを見せずに答える。
「あ!」
 ヨミが何かに気付いたように立ち上がった。
 後ろを向くと、バルガスが立ち上がっているのが見えた。
「ハハハッ! この状況を見てもまだ俺たちを止めるのか!? もう誰にも戦争は止められんぞ!!」
「それでも、私たちはあなたたちを止めるために戦います!」
「面白い! やってみろ!」
 バルガスに向ける瞳とは真逆の穏やかな表情をさせて俺を見た。
「アキラ、ここは任せてもいいですか?」
「ああ、行ってこい。少し手加減してやった方が良いかもな」
 俺の答えにクスリと笑みを零して、ヨミがバルガスに向かって行く。
 バルガスがその場でパンチを繰り出すと炎に包まれた拳から炎の塊が飛んでくるが、ヨミはそれを全て両手で弾き飛ばした。
「何!?」
「これ以上あなたに人間は殺させない! そして、人を殺した罰を人の手によって受けてもらいます!」
 ヨミが地を蹴ると、一瞬にしてバルガスとの間合いがなくなった。
 大きく振り回された右足がバルガスの顔を捉える。
 避けることも受けることも出来ずに、バルガスは頭を地面に叩きつけられていた。
 ……人間だったら今の一撃で死んでいるだろうな……。
 とにかく、バルガスはヨミに任せて大丈夫だ。
 後は――。
「伝説の弓よ、その力を示せ! 必中! ブレイブハートアロー!」
 ジュリアスからしたら、魔王が二人仲間割れしているようにしか見えていない。
 当然二人まとめて射貫こうとする。
 その前に俺は素速くジュリアスのところへ向かった。
 帝国で戦ったときは杖の勇者の補助魔法があったが、それがなければ勇者といえど身体能力はそれほど高くない。
 矢が放たれる前に弓を支える左手の肘を殴り飛ばした。
 ゴキンと音が聞こえて、伝説の弓が空を舞う。
 技すら使ってはいなかったが、ファイトギアによる身体強化はその拳だけでジュリアスの肘を破壊した。
「あああああああああああぁぁぁぁぁ!!」
 肘を押さえながらジュリアスがその場で転げ回る。
 そこへファルナがやってきた。
「アキラ殿は一体何がしたいのだ! 私たちを助けるつもりなら、なぜ勇者を攻撃する!」
「俺に剣を向けてる暇があったら、さっきの剣士の治療をした方が良いんじゃないか?」
「心配はない。すでに我が国の王国騎士団が手当てしている」
 ファルナは切っ先を向けたままだが、震えていた。
 怒りか恐怖かそれとも不安か。
 心が乱れていることだけはそれだけで伝わってきた。
「俺とヨミの目的は一つだ。魔王も勇者も戦闘不能にさせて戦争を止める。命を取るつもりはないが……」
 俺は伝説の弓に近づいた。
「……や、やめろ……」
 左の肘から先の腕をだらりと下げたまま、ジュリアスが立ち上がった。
 俺が何をするのかわかっているようだ。
「この世界じゃ骨折程度なら魔法ですぐに治せるんだろ。だったら、治療してもらいな」
「そ、その前に僕の弓を返してもらおう」
「伝説の武器も魔王や勇者と同じで破壊しても復活するんだよな。だからたぶん、せいぜい時間稼ぎにしかならないとは思うが……」
『チャージアタックワン、メテオライトブロー!』
「止めろ!!」
 俺の拳が伝説の弓を砕くのと、ジュリアスの叫び声が重なった。
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