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変身ヒーローと無双チート救世主
俺の名は――
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どこまでが真実で、どこまでが虚実なのかは俺にはわからない。
ジャーナリストや記者でもないのに、それを調べるのは不可能だった。
だから俺が見てきたことはネットに書き込まれていた噂話のまとめだと思って欲しい。
最初にいくつかの事実を上げておく。
これは、一応ちゃんとした新聞が運営しているニュースサイトに書かれていた記事だから間違いないと思う。
[陽川光晴という都内在住の高校生がいじめを苦に自殺した]
[ネット上での罵詈雑言、SNSから住所や本名や学校名まで晒され炎上した]
[炎上騒ぎを知ったクラスメイトたちによる無視]
彼の両親は、ネットでの炎上騒ぎがその後の自殺に繋がる原因になったとして、炎上に加担した全ての人間を特定して訴えると息巻いているが、あまりにも数が多すぎてその特定には至っていないらしい。
このことによって陽川光晴の両親もまた炎上する騒ぎに発展していた。
自殺に追い込まれた息子の両親という立場にも関わらず、両親はまったく同情されていなかった。
と言うか、なんなら陽川光晴のことも誰一人として同情していない。
今でも彼の名前がネット上で挙がると叩かれることになる。
その一番の理由が――件の小説だった。
タイトルは[異世界に転生したら無敵で最強の能力を与えられたから楽しむことにした]
俺の同人誌の展開がパクられていたあれだ。
内容にはあまり触れたくない。
まあテンプレ的なものを想像してくれればだいたい間違ってはいないと思う。
その理由についてはこれから説明する。それが、光晴の自殺の結びついている話しになっているし。
他にも見たことのある同人誌の内容がパクられていたからいつかはそう言うことになるんじゃないかとは思っていたが、調べていく内にそんな単純な話ではなかったことがわかった。
彼がオリジナル小説として小説投稿サイトで連載していた作品は、別のサイトや個人が作ったホームページに投稿されたものを多少言葉を換えただけの盗作だった。
パクられていたのは同人誌だけじゃなくて、小説もだったのだ。
ただ、盗作元になった作品はとある理由からほとんどネット上から消えているので、検証班でも全てを特定するのは難しかったらしく、その一部しか明らかになっていない。
そして、ここからの話は真実なのかどうか定かではない。
光晴の友人を名乗るものがネットの掲示板に降臨して彼の手口を公開した。
その時のやりとりはまだ残っているから気になる人は自分で読んで欲しい。
俺はそこまで追いかける気にはならなかったからまとめサイトで、要点だけを読んだ。
陽川光晴はネット上で気に入った作品を見つけると、それを少しだけ改編させて自分の小説として発表していた。
もちろん、盗作するのは投稿を始めたばかりの新しい投稿者ばかりからで、尚かつ短期間にブックマークが百以上を付けたものを狙っていた。
評価の低い作品から盗作しても自分の評価は上がらないし、かといって高すぎる評価の作品から盗作すればそれが明るみに出てしまう。
彼はその絶妙なバランスを探るのが上手だったようだ。
ここまででも光晴が叩かれるには十分すぎるネタであったが、ここから先はさらに悪質だった。
光晴は自分の小説が売れて金になったら分け前を与えるといってクラスメイトたちを誘い、盗作元になった作品を荒らし回って炎上させていた。
それと同時に光晴の小説を賞賛するような書き込みを増やして信者を増やしていく。
俺のアカウントが荒らされたのもきっとこの手口だったんだろうと思う。
光晴の友達と言っていいのか、あるいは金で雇われただけのクラスメイトなのか、中には光晴の小説をオリジナルだと思って信じていた信者もいたんだろう。
どこまでが彼の手口によるもので、どこからが信者たちが勝手にやったことなのかも、もはや誰にもわからなかったらしい。
とにかく盗作騒ぎで炎上させられたアカウントは連携していたSNSとかから個人情報が特定されたりして、ほとんどのアカウントがそれを恐れてアカウントごと作品を消した。
結果、残るのは盗作した彼の小説だけ。
検証班が特定に難航したのはこれが真実であることのある意味裏付けにはなっている。
光晴の手口は成功していたといっても過言ではなかった。
小説投稿サイトでもランキングの上位に近づき、いくつかの出版社から書籍化の話も来ていて、いよいよ光晴から金の話も出るようになったのだと友人は書き込んでいた。
しかし――つぎはぎだらけのいびつな光晴の小説は、小説を盗作しただけでは連載のペースを守ることが出来ず、同人誌からもネタをパクるようになる。
そこでも同じ要領で、ネタをパクっては炎上させてアカウントを消させていた。
だが……一つだけ炎上しても消えることがなく、また他のSNSと連携していなかったせいで、住所や本名を特定できなかったアカウントがあった。
とある同人作家が使っていた画像投稿サイトのアカウント。
つまり、俺のアカウントだった。
盗作元になっている作品が残っているアカウントがあれば、検証班が比較できる。
同人誌と小説というメディアの違いがあるにも関わらず、光晴の小説はその描写から展開までほとんど全て俺の同人誌を見ながら書き起こしたとしか思えないものだった。
これに端を発して、光晴の小説の正体が次々に明るみに出た。
検証作業は光晴の小説を一行単位で斬り刻んでその中身を解体して見せた。
光晴の小説にはオリジナル要素などないと結論づけられ、それまで自分たちがしてきたように今度は連携していたSNSから光晴の住所や本名や高校までもが特定される。
もちろん、書籍化の話はなくなり、金で光晴に協力していたクラスメイトたちはその手口を公表することでアフィリエイトを稼ぐという手段に出た。
高校で光晴が無視されたのは、これが原因だった。
つまり、陽川光晴がいじめで追い詰められて自殺したのは因果応報だというのが、ネットという世間での評価だった。
ちなみに、光晴を糾弾する掲示板のスレッドは、自殺した今もまだ残っている。
よほどの悪趣味じゃない限り覗かないことをお勧めするよ。
俺は最初の十行を見ただけでギブアップした。
光晴は確かに悪いことをしたと思う。
それを擁護するつもりはない。
俺のアカウントも被害を受けたから、許せないという気持ちもある。
だが、自殺するほど追い詰めるほどの罪だったかと思うとそれは違うと思う。
だから興味本位で覗いてしまったんだけど、今は少し後悔している。
彼のやったことに対して憤りの感情だけを抱いていた方が俺は気が楽だった。
高校では光晴は無視されていたみたいだけど、それが優しさに思えるほど苛烈なまでの攻撃に晒されていた。
一部を思い返すことも心苦しくなる。
それに対して、俺も同情できないから一緒に攻撃しているのと同じなんじゃないかという気になってくる。
見るに耐えないのは、少なくとも俺の感情が無関係ではないからだろう。
俺のアカウントが炎上した時に、世界中の人を敵に回したような感覚に陥ったのだが、彼は俺よりもそう思ったに違いない。
個人的には彼が過ちを認めて謝ればそれで終息する程度の話だったとは思った。
しかし、彼は全てを捨てて逃げ出したんだ。
後味の悪い結末は物語の終わりを告げるものではなかった。
ネットでのいじめによる自殺というニュースは、日ごろからそれを悪と決めつける既存のメディアにとっては格好のネタだった。
両親が自殺した息子の名前まで明かしてメディアに訴えかけたことがきっかけとなって、連日取り上げられる。
もちろん、光晴の盗作についても触れざるを得ないから彼のやったことも明るみに出た。
それがまた騒ぎを大きくするきっかけにもなっていた。
ワイドショーのコメンテーターは一部を切り取って好き勝手にものを言う。
[若気の至り]
[盗作とオマージュはデリケートな問題]
[ネットの闇]
蚊帳の外から言うのは簡単で良いよな。
耳障りの言い言葉を使えば、取り敢えずはそれらしく聞こえる。
まあ、メディアだって自殺した本人にも責任があったとは報道できないものな。
それはわからないわけではない。
だったら、放っておいてそっとしておいてくれれば良いんだ。
陽川光晴の名は、彼が小説を投稿していた時よりもずっと広く知られることになった。
そして、ことの経緯を調べた人とワイドショーしか見ていない人の間でも意見が割れて、彼の行為と自殺の因果関係について悪意が拡散されていく。
俺もそれに飲み込まれるんじゃないかという錯覚に陥った。
ここでもう一度取材の申し込みを見返してみた。
そこには、俺のアカウントがきっかけになって、光晴が叩かれることになった道義的責任をどう考えているのか取材したいと書かれていた。
巻き込まれたのはこっちなのに、まるで悪者のようだった。
被害者は誰なのか。
死ねば、何をしても許されるのか。
そんなの身勝手すぎる。
俺はもちろん、責任を負うつもりはなかった。
だが、悪い意味で俺のアカウントの名は広がってしまった。
これ以上何を描いても、何をしても自殺騒動に関わったと言うレッテルは剥がせそうにない。
再び俺のアカウントは炎上した。
光晴が意図的に炎上させていたときの言葉が優しく思えるほどに酷い罵詈雑言が大量にメッセージやメールで送られてくる。
内容は確認しないで次々ゴミ箱に送る。
……大丈夫だ。
SNSをやっていないし不用意な発言もしていない。
間違っても本名や住所が特定されることはない。
そう思うように心掛けても、心の底では不安が拭えない。
何をしていても手に付かない。
ネムスのブルーレイを見返してみても、心が晴れることはない。
同人誌やファンアートが好きだったのに、見るのも辛い。
せっかく、イラストの投稿を通じて人と関わることも悪くはないんじゃないかと思っていたのに、現実は俺の想像よりも遙かに酷かった。
世界中が俺の敵になったような気がした。
この状況で続きが描けるほど、神経は太くない。
焦燥感に襲われる。
逃げるのは卑怯者のすることだと思っていたのに、心を救うには姿を消すしかないと思った。
もちろん、安直に死を選んだりはしなかったが、画像投稿サイトのアカウントを消して、趣味を全て封印した。
自分のことが特定されない自信はあった。
それでも、結局仕事を変えて引っ越しをすることに決めた。
同人活動からも手を引き、アカウントも消してしまえば、全てが終わると思った。
退職する時はさすがに理由を聞かれたが、一身上の都合で押し通した。
会社には、同人活動のことを明かしていなかったから彼らの知識はせいぜいワイドショーと同じ。
どういう目で見られることになるのか、想像に難くない。
ちなみに、次の仕事はまだ決まっていない。
取り敢えずは貯金を切り崩しながらバイトでも始めようかなと思っている。
大地彰が無職であることをネタにしていたが、よくよく考えれば俺自身も印刷会社勤務ではなかったのだ。
ま、デザイン系の専門学校を出て入社したにも関わらず、そっちの才能はなくて慣れない営業に回されてしまったから、今回のことがなくてもいずれは退職していたと思う。
引っ越しの荷物を準備している時に、ネムスのブルーレイを途中までしか見ていなかったことに気付き、最後まで見ることにしたんだ。
世間では最後の戦いに最強フォームが登場しなかったせいで地味な最終回だったと評価されているが、俺はあれはあれでよかったと思う。
見終えたブルーレイボックスを厳重にプチプチで梱包してからダンボールに入れる。
全ての荷物を梱包して、最後に残ったのは一冊だけ自分用にとって置いた同人誌だった。
これの扱いについて、引っ越しを決めてから数日ずっと悩んでいた。
捨てるべきか、持って行くべきか。
俺にとって、この同人誌はネムスのファン活動で一番楽しかった時期だ。
そして同時にトラウマのきっかけになったものでもある。
炎上騒動のせいで読み返す気にもならなかったが、久しぶりにページを開く。
今見返してみると絵は下手だし、ストーリーも重い。
元々人間不信だった自分の心を表しているかのよう。
今この続きを考えるとしたらより救われない物語になってしまうんじゃないかと思う。
あるいは、逆に思いきり明るい物語になるか。
大地彰が異次元砲で世界から追放されるページが最後だったはずだ。
そのページを開いた瞬間、同人誌が爆発したような感覚を味わった。
……全て、思い出した。
俺は、大地彰じゃない。
それを題材に同人誌を描いただけのアマチュア同人作家だ。
それじゃあ、この異世界は?
大地彰が世界から追放された後の物語は、まだ描いていない。
だから、俺が描いた世界ではない。
でも、違和感なく受け入れたのは、俺がこの世界を読んで知っていたからだ。
設定の作り込みが甘く、どこかで見たような世界観をつぎはぎしたようなご都合主義だらけの物語。
陽川光晴が残した小説の世界だ。
彼が死んだことによってエタった世界。
この世界にエンディングはない。
終わることのない物語が永遠に残っていくだけだ。
……光晴は確かにこの世界の神様だった。
作者自身が、死んで自分の世界に引きこもっているってことだ。
俺は、なぜこの異世界に来てしまったのか。
光晴が俺に復讐するためだろうか?
……違うな。
光晴と俺は同じ世界の人間だ。
そして、ジャンルは違うが世界を描く神でもある。
光晴の物語には、他の作者の物語がたくさん取り込まれている。
つまり――この世界は光晴だけでなく、俺の物語でもある。
エタったこの物語にエンディングを描けるのは、もう俺しかいない。
この世界に新たなタイトルを与える。
[世界を救った変身ヒーローだったのに、人類に危険視されて異世界へ追放されたのだが]
作者は――同人誌を描いていた頃のペンネームを使うのはちょっとな……。
[ハルトアキラ]
ある意味この世界を構成する二人の神を合わせたものだ。
ああ、俺の本名は――広瀬悟郎。
ちなみにこれだけははっきりさせておくけど。
[この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません]
ジャーナリストや記者でもないのに、それを調べるのは不可能だった。
だから俺が見てきたことはネットに書き込まれていた噂話のまとめだと思って欲しい。
最初にいくつかの事実を上げておく。
これは、一応ちゃんとした新聞が運営しているニュースサイトに書かれていた記事だから間違いないと思う。
[陽川光晴という都内在住の高校生がいじめを苦に自殺した]
[ネット上での罵詈雑言、SNSから住所や本名や学校名まで晒され炎上した]
[炎上騒ぎを知ったクラスメイトたちによる無視]
彼の両親は、ネットでの炎上騒ぎがその後の自殺に繋がる原因になったとして、炎上に加担した全ての人間を特定して訴えると息巻いているが、あまりにも数が多すぎてその特定には至っていないらしい。
このことによって陽川光晴の両親もまた炎上する騒ぎに発展していた。
自殺に追い込まれた息子の両親という立場にも関わらず、両親はまったく同情されていなかった。
と言うか、なんなら陽川光晴のことも誰一人として同情していない。
今でも彼の名前がネット上で挙がると叩かれることになる。
その一番の理由が――件の小説だった。
タイトルは[異世界に転生したら無敵で最強の能力を与えられたから楽しむことにした]
俺の同人誌の展開がパクられていたあれだ。
内容にはあまり触れたくない。
まあテンプレ的なものを想像してくれればだいたい間違ってはいないと思う。
その理由についてはこれから説明する。それが、光晴の自殺の結びついている話しになっているし。
他にも見たことのある同人誌の内容がパクられていたからいつかはそう言うことになるんじゃないかとは思っていたが、調べていく内にそんな単純な話ではなかったことがわかった。
彼がオリジナル小説として小説投稿サイトで連載していた作品は、別のサイトや個人が作ったホームページに投稿されたものを多少言葉を換えただけの盗作だった。
パクられていたのは同人誌だけじゃなくて、小説もだったのだ。
ただ、盗作元になった作品はとある理由からほとんどネット上から消えているので、検証班でも全てを特定するのは難しかったらしく、その一部しか明らかになっていない。
そして、ここからの話は真実なのかどうか定かではない。
光晴の友人を名乗るものがネットの掲示板に降臨して彼の手口を公開した。
その時のやりとりはまだ残っているから気になる人は自分で読んで欲しい。
俺はそこまで追いかける気にはならなかったからまとめサイトで、要点だけを読んだ。
陽川光晴はネット上で気に入った作品を見つけると、それを少しだけ改編させて自分の小説として発表していた。
もちろん、盗作するのは投稿を始めたばかりの新しい投稿者ばかりからで、尚かつ短期間にブックマークが百以上を付けたものを狙っていた。
評価の低い作品から盗作しても自分の評価は上がらないし、かといって高すぎる評価の作品から盗作すればそれが明るみに出てしまう。
彼はその絶妙なバランスを探るのが上手だったようだ。
ここまででも光晴が叩かれるには十分すぎるネタであったが、ここから先はさらに悪質だった。
光晴は自分の小説が売れて金になったら分け前を与えるといってクラスメイトたちを誘い、盗作元になった作品を荒らし回って炎上させていた。
それと同時に光晴の小説を賞賛するような書き込みを増やして信者を増やしていく。
俺のアカウントが荒らされたのもきっとこの手口だったんだろうと思う。
光晴の友達と言っていいのか、あるいは金で雇われただけのクラスメイトなのか、中には光晴の小説をオリジナルだと思って信じていた信者もいたんだろう。
どこまでが彼の手口によるもので、どこからが信者たちが勝手にやったことなのかも、もはや誰にもわからなかったらしい。
とにかく盗作騒ぎで炎上させられたアカウントは連携していたSNSとかから個人情報が特定されたりして、ほとんどのアカウントがそれを恐れてアカウントごと作品を消した。
結果、残るのは盗作した彼の小説だけ。
検証班が特定に難航したのはこれが真実であることのある意味裏付けにはなっている。
光晴の手口は成功していたといっても過言ではなかった。
小説投稿サイトでもランキングの上位に近づき、いくつかの出版社から書籍化の話も来ていて、いよいよ光晴から金の話も出るようになったのだと友人は書き込んでいた。
しかし――つぎはぎだらけのいびつな光晴の小説は、小説を盗作しただけでは連載のペースを守ることが出来ず、同人誌からもネタをパクるようになる。
そこでも同じ要領で、ネタをパクっては炎上させてアカウントを消させていた。
だが……一つだけ炎上しても消えることがなく、また他のSNSと連携していなかったせいで、住所や本名を特定できなかったアカウントがあった。
とある同人作家が使っていた画像投稿サイトのアカウント。
つまり、俺のアカウントだった。
盗作元になっている作品が残っているアカウントがあれば、検証班が比較できる。
同人誌と小説というメディアの違いがあるにも関わらず、光晴の小説はその描写から展開までほとんど全て俺の同人誌を見ながら書き起こしたとしか思えないものだった。
これに端を発して、光晴の小説の正体が次々に明るみに出た。
検証作業は光晴の小説を一行単位で斬り刻んでその中身を解体して見せた。
光晴の小説にはオリジナル要素などないと結論づけられ、それまで自分たちがしてきたように今度は連携していたSNSから光晴の住所や本名や高校までもが特定される。
もちろん、書籍化の話はなくなり、金で光晴に協力していたクラスメイトたちはその手口を公表することでアフィリエイトを稼ぐという手段に出た。
高校で光晴が無視されたのは、これが原因だった。
つまり、陽川光晴がいじめで追い詰められて自殺したのは因果応報だというのが、ネットという世間での評価だった。
ちなみに、光晴を糾弾する掲示板のスレッドは、自殺した今もまだ残っている。
よほどの悪趣味じゃない限り覗かないことをお勧めするよ。
俺は最初の十行を見ただけでギブアップした。
光晴は確かに悪いことをしたと思う。
それを擁護するつもりはない。
俺のアカウントも被害を受けたから、許せないという気持ちもある。
だが、自殺するほど追い詰めるほどの罪だったかと思うとそれは違うと思う。
だから興味本位で覗いてしまったんだけど、今は少し後悔している。
彼のやったことに対して憤りの感情だけを抱いていた方が俺は気が楽だった。
高校では光晴は無視されていたみたいだけど、それが優しさに思えるほど苛烈なまでの攻撃に晒されていた。
一部を思い返すことも心苦しくなる。
それに対して、俺も同情できないから一緒に攻撃しているのと同じなんじゃないかという気になってくる。
見るに耐えないのは、少なくとも俺の感情が無関係ではないからだろう。
俺のアカウントが炎上した時に、世界中の人を敵に回したような感覚に陥ったのだが、彼は俺よりもそう思ったに違いない。
個人的には彼が過ちを認めて謝ればそれで終息する程度の話だったとは思った。
しかし、彼は全てを捨てて逃げ出したんだ。
後味の悪い結末は物語の終わりを告げるものではなかった。
ネットでのいじめによる自殺というニュースは、日ごろからそれを悪と決めつける既存のメディアにとっては格好のネタだった。
両親が自殺した息子の名前まで明かしてメディアに訴えかけたことがきっかけとなって、連日取り上げられる。
もちろん、光晴の盗作についても触れざるを得ないから彼のやったことも明るみに出た。
それがまた騒ぎを大きくするきっかけにもなっていた。
ワイドショーのコメンテーターは一部を切り取って好き勝手にものを言う。
[若気の至り]
[盗作とオマージュはデリケートな問題]
[ネットの闇]
蚊帳の外から言うのは簡単で良いよな。
耳障りの言い言葉を使えば、取り敢えずはそれらしく聞こえる。
まあ、メディアだって自殺した本人にも責任があったとは報道できないものな。
それはわからないわけではない。
だったら、放っておいてそっとしておいてくれれば良いんだ。
陽川光晴の名は、彼が小説を投稿していた時よりもずっと広く知られることになった。
そして、ことの経緯を調べた人とワイドショーしか見ていない人の間でも意見が割れて、彼の行為と自殺の因果関係について悪意が拡散されていく。
俺もそれに飲み込まれるんじゃないかという錯覚に陥った。
ここでもう一度取材の申し込みを見返してみた。
そこには、俺のアカウントがきっかけになって、光晴が叩かれることになった道義的責任をどう考えているのか取材したいと書かれていた。
巻き込まれたのはこっちなのに、まるで悪者のようだった。
被害者は誰なのか。
死ねば、何をしても許されるのか。
そんなの身勝手すぎる。
俺はもちろん、責任を負うつもりはなかった。
だが、悪い意味で俺のアカウントの名は広がってしまった。
これ以上何を描いても、何をしても自殺騒動に関わったと言うレッテルは剥がせそうにない。
再び俺のアカウントは炎上した。
光晴が意図的に炎上させていたときの言葉が優しく思えるほどに酷い罵詈雑言が大量にメッセージやメールで送られてくる。
内容は確認しないで次々ゴミ箱に送る。
……大丈夫だ。
SNSをやっていないし不用意な発言もしていない。
間違っても本名や住所が特定されることはない。
そう思うように心掛けても、心の底では不安が拭えない。
何をしていても手に付かない。
ネムスのブルーレイを見返してみても、心が晴れることはない。
同人誌やファンアートが好きだったのに、見るのも辛い。
せっかく、イラストの投稿を通じて人と関わることも悪くはないんじゃないかと思っていたのに、現実は俺の想像よりも遙かに酷かった。
世界中が俺の敵になったような気がした。
この状況で続きが描けるほど、神経は太くない。
焦燥感に襲われる。
逃げるのは卑怯者のすることだと思っていたのに、心を救うには姿を消すしかないと思った。
もちろん、安直に死を選んだりはしなかったが、画像投稿サイトのアカウントを消して、趣味を全て封印した。
自分のことが特定されない自信はあった。
それでも、結局仕事を変えて引っ越しをすることに決めた。
同人活動からも手を引き、アカウントも消してしまえば、全てが終わると思った。
退職する時はさすがに理由を聞かれたが、一身上の都合で押し通した。
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どういう目で見られることになるのか、想像に難くない。
ちなみに、次の仕事はまだ決まっていない。
取り敢えずは貯金を切り崩しながらバイトでも始めようかなと思っている。
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世間では最後の戦いに最強フォームが登場しなかったせいで地味な最終回だったと評価されているが、俺はあれはあれでよかったと思う。
見終えたブルーレイボックスを厳重にプチプチで梱包してからダンボールに入れる。
全ての荷物を梱包して、最後に残ったのは一冊だけ自分用にとって置いた同人誌だった。
これの扱いについて、引っ越しを決めてから数日ずっと悩んでいた。
捨てるべきか、持って行くべきか。
俺にとって、この同人誌はネムスのファン活動で一番楽しかった時期だ。
そして同時にトラウマのきっかけになったものでもある。
炎上騒動のせいで読み返す気にもならなかったが、久しぶりにページを開く。
今見返してみると絵は下手だし、ストーリーも重い。
元々人間不信だった自分の心を表しているかのよう。
今この続きを考えるとしたらより救われない物語になってしまうんじゃないかと思う。
あるいは、逆に思いきり明るい物語になるか。
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そのページを開いた瞬間、同人誌が爆発したような感覚を味わった。
……全て、思い出した。
俺は、大地彰じゃない。
それを題材に同人誌を描いただけのアマチュア同人作家だ。
それじゃあ、この異世界は?
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だから、俺が描いた世界ではない。
でも、違和感なく受け入れたのは、俺がこの世界を読んで知っていたからだ。
設定の作り込みが甘く、どこかで見たような世界観をつぎはぎしたようなご都合主義だらけの物語。
陽川光晴が残した小説の世界だ。
彼が死んだことによってエタった世界。
この世界にエンディングはない。
終わることのない物語が永遠に残っていくだけだ。
……光晴は確かにこの世界の神様だった。
作者自身が、死んで自分の世界に引きこもっているってことだ。
俺は、なぜこの異世界に来てしまったのか。
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……違うな。
光晴と俺は同じ世界の人間だ。
そして、ジャンルは違うが世界を描く神でもある。
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つまり――この世界は光晴だけでなく、俺の物語でもある。
エタったこの物語にエンディングを描けるのは、もう俺しかいない。
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前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
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