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Chapter 10
心機 ①
しおりを挟む「……おい、稍、起きろ。朝やぞ」
その声に、稍の目がぱっ、と見開く。
智史がベッド脇に立っていた。すでにランニングへ行ったあと、シャワーまで浴びていた。
——どっから湧いてくる、その体力⁉︎
稍は仰天した。
昨夜は、稍の疲れも限界も顧みることなく「今週末までの分」が、これでもかあれでもかそれでもか、と「実行」されたというのに……
さらに、智史への気持ちを自覚した稍は、すっかり身も心も捧げて言いなりになった。
今までどんな人にもやってなかったことまで、彼にはやってしまった記憶がまざまざと甦る。
——あかん、ますますセフレまっしぐら、やんかぁー。
ぐったりと精も根も尽きた稍は「後悔」とともにベッドにめり込みそうだ。
「身体しんどいか?……せやけど、あんなことまでするおまえも悪いんやぞ」
智史は身を屈めて、稍のくちびるにちゅっ、とキスをした。
「トーストは焼いといたから、ダイニングに来い。あ、カフェオレは淹れてくれよ」
そして、先にダイニングへ向かうために寝室を出ようとした智史が、くるりと振り返った。
「……今週は水曜日やったら、早く帰れるかもな」
意味ありげに、にやり、と笑った。
——絶対に、確実に、カラダが保たないんですけれどもっ!
智史の焼いたトーストに、稍のつくったハムエッグを食べたあと、稍の淹れたカフェオレを飲む。
いつまでも、まったりとぼーっとしている稍に、出社の準備をしている智史が声をかける。
「おい、稍。なにしてんねん?早よ、支度しろ。遅れるぞ」
稍は「へ?」と間抜けた顔になる。
——先月末で無職になったあたしは、今日からお気楽な「専業主婦」生活ですけど?
「あ、今日は初日やから、この前華丸で買うた上と下が揃ってるヤツにしろよ」
やわらかプリーツスカートのセットアップのことを言っているのだ。
「……ねぇ、どこに行くのん?」
怪訝な顔で、稍は智史を見上げた。
「あとでわかる」
智史はそれしか言わない。
稍はワケがわからないまま、とりあえず支度してリビングへ入った。
智史はいつものボタンダウンのオックスフォードシャツにテーパードパンツではなく、スリーピースを着用していた。前髪はヘアワックスで後ろへ流している。
「おい、婚約指輪は?なんでつけへんねや?」
——はぁ?
「気の張った人にでも会うのん?そうやなかったら、あんな高価なもの『普段遣い』できひんよ。傷付いたら絶対イヤやもん。めっちゃ気に入ってるのに」
稍は難色を示した。空色のケースの中で輝く〇・八八カラットのリングは、大事に、大切に、しまってある。
「偽装」とはいえ、だいすきな智史からもらった「エンゲージリング」なのだから……
稍の「一生の宝物」なのだから……
「そうか。ほな、結婚指輪にしよか?」
なぜか、智史は満面の笑みになった。そして、リビングのテレビボードに置いてあった、黒いベルベットのリングケースを持ってくる。
ぱかっ、と開けると、二列になったそれぞれに、まったく同じデザインのプラチナリングが収まっていた。テ◯ファニーのハーモニーのシリーズで、一番シンプルなデザインのものだ。
「誓いのキスをして……智史」
智史が、リムレスの眼鏡をすっと外した。
そして、甘く、やさしく微笑んだ智史の顔が、ゆっくりと降りてくる。子どもの頃の「さとくん」の笑顔だ。
リビングには、やわらかな朝の光が差し込んでいる。稍は安心して、瞼を閉じた。
二人のくちびるが、ふわっと重なる。
まさに——教会でする「誓いのキス」だった。
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