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Chapter 11
対決 ①
しおりを挟む稍が嘱託社員として入社して、一ヶ月が過ぎた。
今月は稍の誕生日がある月だ。三十五歳になる。
——全然違う人と結婚式を挙げるはず、やってんけどなぁ……
稍は感慨深げに思う。だけど、今は誕生日なんてどうだっていい。
この「偽装結婚」のタイムリミットが、九月末までなのだ。それまでに「次」につながるなにか「手に職」をつけなければ、と稍は思った。
真っ先に思い浮かんだのが「コンピュータ」だった。神戸に帰って震災で亡くなった叔父の墓参りをしたときから、稍の心に芽生えたものだ。
コンピュータに関する仕事について調べてみた。そして、ゆくゆくは基本情報技術者の取得という目標を掲げ、ステーショナリーネットにいる間に少しでも受験に至る道筋をつけよう、と決意した。
そこで、智史に「情報処理」について学びたいから、仕事の合間に通える学校に通いたいと言った。
さらに、稍はステーショナリーネットで働けるようになったから、家賃や生活費の一部を支払うことも申し出た。
すでに智史から買ってもらったものはリストアップし、ここを出て行くときに置いていくものとして、分けて保管している。思ったよりたくさんあって、稍は驚愕した。もちろんすべて、稍がほしいと思って買ってもらったものだ。
稍は震災でお気に入りのものをほぼ無くした体験から、形のあるものはなるべく持たないようにしていたし、また自分には「物欲」がほとんどないと思っていた。
だから、今までにつき合ってきた人からアクセサリー類をもらわないようにしていたし、別れたときはすべて返していた。
稍の申し出に、智史の返事は「どちらも却下」だった。
——はぁ?
呆然と佇む稍を、智史はこの上なく険しい表情をして抱え込むように寝室へ連れて行った。
今度は唖然とする稍を、智史はいつになく余裕がない様子で性急に抱いた。稍はまだ完全に濡れていなかったので、少し痛い思いをしたが、いつものように彼をまるごと受け入れた。
神戸の夜以来、稍は週末が来るたびに智史に抱かれていた。智史が早く帰れれば、平日でも拒んだりはしなかった。
来るべき「別れ」に向けて、智史には稍が一生忘れられないほど、つよくふかくこのカラダに刻みつけてほしかったからだ。
「……悪かった……稍」
息を整えた智史が稍に詫びた。彼にしてはめずらしく一人勝手に果てたためだった。
彼の激しさにひたすら耐えた稍は、まだ荒い息をしながら、首だけ左右に振った。
「資格を取りたい、っていうのはええんや」
汗で稍の頬に張りついた髪を、智史は指でやさしく払って整えた。
「おれが教えたるから。学校になんか通うな。
おれがおまえに絶対資格を取らせてやる。……せやけど、生活費はいらん。払わんでええ」
「でも……あたしも……一応……働いてるし……」
まだちゃんと整わない息で稍は絶え絶えに返す。
智史はなにも言わず、また稍の上に覆いかぶさった。シャワーを浴びたあとだったから、前髪が下されている。会社ではリムレスの眼鏡の奥に隠れている切れ長の鋭い目が、稍の顔を上からじーっと見つめる。
——なんか「カラダで払ってる」みたいで、イヤやねん。
稍は泣きそうな気持ちになる。
——十月になって「偽装結婚」が解消されたら、たまにはこんなふうにセックスだけする仲になるんやろか?そしたら、もし、智くんが「御令嬢」とちゃんと結婚したあとは……?
稍は涙が込み上がってきそうになり、思わず目を閉じた。
智史の顔が下りてくる気配がする。
そのあとは、いつものように抱いてくれた。
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