偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎

佐倉 蘭

文字の大きさ
123 / 150
Chapter 11

対決 ①

しおりを挟む

   ややが嘱託社員として入社して、一ヶ月が過ぎた。
   今月は稍の誕生日がある月だ。三十五歳になる。

——全然違う人と結婚式を挙げるはず、やってんけどなぁ……

   稍は感慨深げに思う。だけど、今は誕生日なんてどうだっていい。

   この「偽装結婚」のタイムリミットが、九月末までなのだ。それまでに「次」につながるなにか「手に職」をつけなければ、と稍は思った。

   真っ先に思い浮かんだのが「コンピュータ」だった。神戸に帰って震災で亡くなった叔父の墓参りをしたときから、稍の心に芽生えたものだ。

   コンピュータに関する仕事について調べてみた。そして、ゆくゆくは基本情報F技術者Eの取得という目標を掲げ、ステーショナリーネットにいる間に少しでも受験に至る道筋をつけよう、と決意した。

   そこで、智史さとふみに「情報処理」について学びたいから、仕事の合間に通える学校に通いたいと言った。

   さらに、稍はステーショナリーネットで働けるようになったから、家賃や生活費の一部を支払うことも申し出た。

   すでに智史から買ってもらったものはリストアップし、ここを出て行くときに置いていくものとして、分けて保管している。思ったよりたくさんあって、稍は驚愕した。もちろんすべて、稍がほしいと思って買ってもらったものだ。

   稍は震災でお気に入りのものをほぼ無くした体験から、形のあるものはなるべく持たないようにしていたし、また自分には「物欲」がほとんどないと思っていた。

   だから、今までにつき合ってきた人からアクセサリー類をもらわないようにしていたし、別れたときはすべて返していた。


   稍の申し出に、智史の返事は「どちらも却下」だった。

——はぁ?

   呆然と佇む稍を、智史はこの上なく険しい表情をして抱え込むように寝室へ連れて行った。

   今度は唖然とする稍を、智史はいつになく余裕がない様子で性急に抱いた。稍はまだ完全に濡れていなかったので、少し痛い思いをしたが、いつものように彼をまるごと受け入れた。

   神戸の夜以来、稍は週末が来るたびに智史に抱かれていた。智史が早く帰れれば、平日でも拒んだりはしなかった。

   きたるべき「別れ」に向けて、智史には稍が一生忘れられないほど、つよくふかくこのカラダに刻みつけてほしかったからだ。


「……悪かった……稍」

   息を整えた智史が稍に詫びた。彼にしてはめずらしく一人勝手に果てたためだった。

   彼の激しさにひたすら耐えた稍は、まだ荒い息をしながら、首だけ左右に振った。

「資格を取りたい、っていうのはええんや」

   汗で稍の頬に張りついた髪を、智史は指でやさしく払って整えた。

「おれが教えたるから。学校になんか通うな。
おれがおまえに絶対資格を取らせてやる。……せやけど、生活費はいらん。払わんでええ」

「でも……あたしも……一応……働いてるし……」
   まだちゃんと整わない息で稍は絶え絶えに返す。

   智史はなにも言わず、また稍の上に覆いかぶさった。シャワーを浴びたあとだったから、前髪が下されている。会社ではリムレスの眼鏡の奥に隠れている切れ長の鋭い目が、稍の顔を上からじーっと見つめる。

——なんか「カラダで払ってる」みたいで、イヤやねん。

   稍は泣きそうな気持ちになる。

——十月になって「偽装結婚」が解消されたら、たまにはこんなふうにセックスだけする仲になるんやろか?そしたら、もし、智くんが「御令嬢」とちゃんと結婚したあとは……?

   稍は涙が込み上がってきそうになり、思わず目を閉じた。
   智史の顔が下りてくる気配がする。

   そのあとは、いつものように抱いてくれた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹社長は幼馴染の私にだけ甘い

森本イチカ
恋愛
妹じゃなくて、女として見て欲しい。 14歳年下の凛子は幼馴染の優にずっと片想いしていた。 やっと社会人になり、社長である優と少しでも近づけたと思っていた矢先、優がお見合いをしている事を知る凛子。 女としてみて欲しくて迫るが拒まれてーー ★短編ですが長編に変更可能です。

恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-

プリオネ
恋愛
 せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。  ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。  恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

Pleasure,Treasure

雛瀬智美
恋愛
同級生&身長差カップルの片思いから結婚までのラブストーリー。 片思い時代、恋人同士編、新婚編ですが、 どのお話からでもお楽しみいただけます。 創作順は、Pleasureから、Blue glassが派生、その後Treasureが生まれました。

先生

藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。 町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。 ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。 だけど薫は恋愛初心者。 どうすればいいのかわからなくて…… ※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)

社内恋愛の絶対条件!"溺愛は退勤時間が過ぎてから"

桜井 響華
恋愛
派遣受付嬢をしている胡桃沢 和奏は、副社長専属秘書である相良 大貴に一目惚れをして勢い余って告白してしまうが、冷たくあしらわれる。諦めモードで日々過ごしていたが、チャンス到来───!?

距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜

葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」 そう言ってグッと肩を抱いてくる 「人肌が心地良くてよく眠れた」 いやいや、私は抱き枕ですか!? 近い、とにかく近いんですって! グイグイ迫ってくる副社長と 仕事一筋の秘書の 恋の攻防戦、スタート! ✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼ 里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書 神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長 社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい ドレスにワインをかけられる。 それに気づいた副社長の翔は 芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。 海外から帰国したばかりの翔は 何をするにもとにかく近い! 仕事一筋の芹奈は そんな翔に戸惑うばかりで……

フローライト

藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。 ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。 結婚するのか、それとも独身で過ごすのか? 「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」 そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。 写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。 「趣味はこうぶつ?」 釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった… ※他サイトにも掲載

処理中です...