偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎

Chapter 10

虚偽 ④

   「夫」たちは、さらに稍にはわからない話を始めた。手持ち無沙汰の稍は、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲む。

   一口飲んで「苦っ」と思う。うっかり、砂糖もミルクも入れていなかった。

「稍さん、すっかり冷めちゃったわね。淹れ直しましょうか？」
   社長の妻が気遣ってくれた。

   しっかりとスマホで動画ムービーを撮られてはいたが。……「有言実行の女ひと」なのである。

   稍は畏おそれ多くて「いいえ、結構です。ありがとうございます」と笑顔をつくって答えた。

   そのとき、青山の声が耳に入ってきた。

「わかりました。……九月末で、MD課から異動します」

   即座に、稍は察した。

——この「偽装結婚」のリミットだ。


「ふうん……小学校の同級生だったんだぁ」

   青山が渋々、稍との馴れ初めを吐かされていた。「ウソ設定」も織り交ぜて、ではあったが。

「あなたたち、そんなに長い間会ってなかったんでしょう？しかも、稍さんがこんなに美人に成長してるしさ」

   誓子はなんか唐突な感じが拭えなくて、胡乱うろんな目を青山に向ける。

「青山、あんた、もしかして……かなり焦ってこの話、進めたんじゃないの？ちゃんと稍さんの気持ち、考えてる？」

   青山はそっぽを向いて、すっかり冷めたコーヒーに口をつける。

   彼にとって「兄」のような存在が魚住だとすれば、「姉」にあたるのがこの誓子だった。
   TOMITAにいた頃、父の威を借りた「コネ入社」の誓子はろくに仕事ができなかった。なのに、時折その根拠のない「迫力」で、人の心の真しんを突くところがあった。

   誓子はもう動画ムービーは撮っていない。まどろっこしいので、スカ◯プで「実況生中継」していた。LAロスとは時差十七時間。向こうは現在、昨日の午後五時だ。


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   スカ◯プの向こうでは、彩乃がダイニングでタブレットを食い入るように観ていた。夫は仕事中で家にはいない。

   今日も娘の奏音かのんを連れて、幼稚園キンダーに通う息子の慈恩じおんを車でピックアップして帰って来たとたん、二人はもうぎゃあぎゃあ大声でケンカを始めた。
   幸い広大なリビングだし、今はそれどころでない。ガン無視だ。

慈恩「Yo mama is so fat!」
〈おめぇのおかん、超デブ！〉
奏音「Yo mama is so ugly!」
〈おめぇのおかん、超ブス！〉
慈恩「Yo mama is so stupid!」
〈おめぇのおかん、超バカ！〉
奏音「Yo mama is so lazy!」
〈おめぇのおかん、超トロい！〉
慈恩「Yo mama is so annoying!」
〈おめぇのおかん、超うぜぇ！〉

   兄妹は「Yo mama jokes」でその根拠も告げぬまま、ただ相手の母親のことだけを罵ディスり合っていた。


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   当事者のど真ん中な存在であるにもかかわらず、稍は青山の言葉がショックで、しばらくぼんやりしていた。

   そして、ハッと現実に戻ってきた。

   いくらなんでも入社初日でしかも社長の前でこれはまずい、と神経を集中させた。

   とたんに、社長の声が耳に入ってきた。

「でも、まぁ、とにかく、よかったよ。……青山君には今までいろんな『御令嬢』との話を持ってきたけど見向きもしなかったから、僕も妻も心配してたんだ」

——いろんな『御令嬢』との話？

   智くんは……そういう「御令嬢」と結婚して、「上」の世界に仲間入りできるような人なんだ……