大江戸シンデレラ

佐倉 蘭

文字の大きさ
6 / 129
二段目

明石稲荷の場〈参〉


   何人なんぴとたりとも手出しのできぬおんなである合図として、見世からは振新のお仕着せとしていつも真っ赤な振袖を与えられていた。

   だが、見世に出ていない今は、町家の娘のような黄八丈の着物に黒繻子の掛け襟、真っ白な前掛け姿だ。

   かような出立いでたちにもかかわらず、花街で生まれ育ったゆえの、そこはかとなく匂い立つ色香はどうにも隠せなかった。「浅葱裏あさぎうら」と揶揄される無骨なお武家のおのこたちが、さような女子おなごを黙って見過ごせるわけがない。

「おい、女郎のくせに黙ったまんまとは、無礼な奴だな」

   案の定、男たちがどんどん間合いを詰めてきた。

「なぁ、女郎ってのは、見世では一晩に何人もの男と寝るんだろ。だったら、これからおれらをまとめて相手にすることくらい、何でもねえよな」

——どれほど蔑まれたことを云われようとも相手にせず、かようなところからはよう のがれなんし……

   舞ひつるはたもとで顔を隠しつつ、さっときびすを返した。
   樹々が鬱蒼としていて昼間でも陽の当たらぬ薄暗い路地裏の小堂へは、やはり女子おなご一人で来ていい処ではなかった。

——人通りのある大路に、一刻も早く……

   ところが、すかさず五人のうちの一人が、すっと出てきて舞ひつるの行く手を遮ってしまう。

   それから何度踵を返しても、どの方位を向いても、必ず五人のうちのだれかによって行く手は遮られる、というふうになってしまった。
   それどころか、五人の男たちと自分との間合いがどんどん詰められていく。

   とうとう、男たちに取り囲まれるような格好になってしまった舞ひつるは、口を開いた。

「……お武家さま。お頼申しなんし。どうか、わっちにこの道を通しておくんなんし」

「へぇ、鈴のような声ってのは、本当にあるんだな。それに、お廓言葉さとことばってのも、いいねぇ」

   男たちの一人が感にえた声音で、下卑た笑みを浮かべた。ますます興をいざなったようだ。
   釣られてほかの男たちも、武家の生まれとは到底思えぬ、にやにやとわらう、浅ましい顔つきになっていく。

「おい、女郎。おれたちから揚代おあしが取れねぇからって、見世に帰ってから騒ぎ立てるなよ。もし、さような気があろうものなら、生きては帰せねぇからな」

「おれたちゃあ、公方将軍様より『切り捨て御免』がゆるされてるんだ。存分に愉しませてもらったあとは、刀の鍛錬も兼ねておまえをバッサリと袈裟懸けにでもして、っちまうか」

「そもそも、おまえのような下賤なおんなに、おれらのような身分の者が『情け』をかけてやるんだ」

「くくっ、そうだな。……女郎、ありがたく思え」

   このあとこの身に降りかかる、男たちにされるであろうことが、舞ひつるの頭をぎる。
   思わず背筋にんやりした汗が、つーっと一筋流れた。

   生娘ではあったが、くるわで生まれ育った身の上だ。男女の営みのことは、幼き頃よりいやというほど聞きもしたし、見もしてきた。

   親兄弟によって売られてきた町家や百姓のおなごが、泣き叫びながら初花を散らされるさまは、吉原にとってはありふれた「日のつね」だった。

   ゆえに、身体を売ることを生業なりわいとする中で生まれ育ってきた舞ひつるにとっては、初花を散らすのが「特別」なことであるとは思っていない。

   さりとて……

——わっちの「初物」は「初見世」でわっちを買いなんしぬしさんの物でありんす……

   今まで費やしてきた精進の日々を思うと、ただただ「無念」であった。

   ついに——男たちの手が伸びてきた。その手が、舞ひつるの頼りなさげに薄い両肩と、舞の稽古で備わった細くてしなやかな柳腰にかかった。

   まごうことなきうつつのものとして、得も云われぬ恐ろしさが、心の奥底から競り上がってくる。
   なのに、いっさい声も出せずに、ただぎゅーっと目をつむるしかなかった。


「……おめぇら、なにしてやがる」

感想 4

あなたにおすすめの小説

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

今宵は遣らずの雨

佐倉 蘭
歴史・時代
★第7回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 小夜里は代々、安芸広島藩で藩主に文書を管理する者として仕える「右筆」の御役目を担った武家に生まれた。 十七のときに、かなりの家柄へいったんは嫁いだが、二十二で子ができぬゆえに離縁されてしまう。 婚家から出戻ったばかりの小夜里は、急逝した父の遺した「手習所」の跡を継いだ。 ある雨の降る夜、小夜里は手習所の軒先で雨宿りをする一人の男と出逢う。 それは……「運命の出逢い」だった。 ※歴史上の人物が登場しますがすべてフィクションです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。