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二段目
明石稲荷の場〈参〉
何人たりとも手出しのできぬ妓である合図として、見世からは振新のお仕着せとしていつも真っ赤な振袖を与えられていた。
だが、見世に出ていない今は、町家の娘のような黄八丈の着物に黒繻子の掛け襟、真っ白な前掛け姿だ。
かような出立ちにもかかわらず、花街で生まれ育ったゆえの、そこはかとなく匂い立つ色香はどうにも隠せなかった。「浅葱裏」と揶揄される無骨なお武家の男たちが、さような女子を黙って見過ごせるわけがない。
「おい、女郎のくせに黙ったまんまとは、無礼な奴だな」
案の定、男たちがどんどん間合いを詰めてきた。
「なぁ、女郎ってのは、見世では一晩に何人もの男と寝るんだろ。だったら、これからおれらをまとめて相手にすることくらい、何でもねえよな」
——どれほど蔑まれたことを云われようとも相手にせず、かような処から早う 逃れなんし……
舞ひつるは袂で顔を隠しつつ、さっと踵を返した。
樹々が鬱蒼としていて昼間でも陽の当たらぬ薄暗い路地裏の小堂へは、やはり女子一人で来ていい処ではなかった。
——人通りのある大路に、一刻も早く……
ところが、すかさず五人のうちの一人が、すっと出てきて舞ひつるの行く手を遮ってしまう。
それから何度踵を返しても、どの方位を向いても、必ず五人のうちのだれかによって行く手は遮られる、というふうになってしまった。
それどころか、五人の男たちと自分との間合いがどんどん詰められていく。
とうとう、男たちに取り囲まれるような格好になってしまった舞ひつるは、口を開いた。
「……お武家さま。お頼申しなんし。どうか、わっちにこの道を通しておくんなんし」
「へぇ、鈴のような声ってのは、本当にあるんだな。それに、お廓言葉ってのも、いいねぇ」
男たちの一人が感に堪えた声音で、下卑た笑みを浮かべた。ますます興を誘ったようだ。
釣られてほかの男たちも、武家の生まれとは到底思えぬ、にやにやと嗤う、浅ましい顔つきになっていく。
「おい、女郎。おれたちから揚代が取れねぇからって、見世に帰ってから騒ぎ立てるなよ。もし、さような気があろうものなら、生きては帰せねぇからな」
「おれたちゃあ、公方様より『切り捨て御免』が赦されてるんだ。存分に愉しませてもらったあとは、刀の鍛錬も兼ねておまえをバッサリと袈裟懸けにでもして、殺っちまうか」
「そもそも、おまえのような下賤な妓に、おれらのような身分の者が『情け』をかけてやるんだ」
「くくっ、そうだな。……女郎、ありがたく思え」
このあとこの身に降りかかる、男たちにされるであろうことが、舞ひつるの頭を過ぎる。
思わず背筋に冷んやりした汗が、つーっと一筋流れた。
生娘ではあったが、廓で生まれ育った身の上だ。男女の営みのことは、幼き頃より厭というほど聞きもしたし、見もしてきた。
親兄弟によって売られてきた町家や百姓の娘が、泣き叫びながら初花を散らされるさまは、吉原にとってはありふれた「日の常」だった。
ゆえに、身体を売ることを生業とする中で生まれ育ってきた舞ひつるにとっては、初花を散らすのが「特別」なことであるとは思っていない。
さりとて……
——わっちの「初物」は「初見世」でわっちを買いなんし主さんの物でありんす……
今まで費やしてきた精進の日々を思うと、ただただ「無念」であった。
ついに——男たちの手が伸びてきた。その手が、舞ひつるの頼りなさげに薄い両肩と、舞の稽古で備わった細くてしなやかな柳腰にかかった。
紛うことなき現のものとして、得も云われぬ恐ろしさが、心の奥底から競り上がってくる。
なのに、いっさい声も出せずに、ただぎゅーっと目を瞑るしかなかった。
「……おめぇら、なにしてやがる」
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