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八段目
岳父の場〈弐〉
しおりを挟む「……とは云え、おれが会うたのは、たった一回こっきりだったけどな。それも、おてふが今のおめぇさんよかまだ若ぇ頃で、まだ見世に出る前の話さ」
美鶴は息をのんだ。
——やはり、舅上様は……ご存知であったか……
「『なよ竹のかぐや姫』ってのは、かようなおなごを云うんだな、って思ったな。後光が差してんじゃねぇか、ってくれぇの、まるで観音さんみてぇな別嬪だったぜ」
産後の肥立ち悪しくこの世を去ってしまった母を、美鶴はその顔すら覚えていない。
「たった一杯、おてふは酌しただけで、その場の重っ苦しい空気をがらりと和ませやがった。あいつぁただ器量がいいってだけじゃなくてよ、あの歳で既に客のあしらいまでも心得てたのよ」
そして、おてふはその後「胡蝶」として吉原でも名だたる呼出(花魁)となり、頂点を極めた。
「……云っても、うちの志鶴には敵わねぇがな」
そう告げて、多聞はにやり、と笑った。兵馬によく似た「浮世絵与力」の不敵な笑みだ。
此度のことで美鶴が判ったのは……
——舅上様も姑上様も、わたくしが松波家に嫁入ることを、決して厭わしく思われてはおらぬ。
さらに、女中頭であるおせいがあないに味方になってくれているのだ。ほかの使用人からも、悪うは思われておらぬであろう。
——そう、たった一人……若さまを置いて、ほかは……
「……あれは夏になる頃、確か大川の川開きの前くらいだったか」
多聞は思い出しているのか、遠くを見つめるような目になった。
「兵馬の野郎はよ、何処でそないな口上を覚えてきやがったのかは知らねぇが……」
多聞の眉根が、ぐーっと寄る。途端に、苦虫を噛み潰したかのごとき忌々しげな顔になった。
「『父上……松波 兵馬、一世一代の頼みがあってござる。ある者を身請けして、我が妻にしとうござる』と、いきなり云ってきやがった」
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