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Last Chapter
訪問 ⑫
しおりを挟む振り向いた栞の瞳は、盛り上がった涙で今にも溢れそうになっていた。
「栞——聞いていたのか?」
——まぁ、あの「至近距離」で聞こえてないわけないよな……?
栞は確かに今日子がだれなのかを尋ねるタイミングを見計らっていて、あまり話の内容は聞いていなかったが、さすがに「その部分」はしっかりと耳に入っていた。
もともと、学生時代から教師が授業で教える要点を掴むのが得意な方だ。
今日子が言った、神宮寺が十代の頃の——いわゆる「筆下ろし」の相手がしのぶだった、というのは事実だった。
けれども、本当にそれはたったの一回だけで——いや、当時の「本田 拓真」は終わらせる気なんて毛頭なかったのだが。
なぜなら、それまでオンナというものに、ほとんど興味のなかった本田 拓真にとっては、しのぶが「初恋の女」だったからだ。
しかしそれ以後は、しのぶが頑として「求め」に応じなかったのである。
そのうち、しのぶが担当する別の作家に頼まれたという件を調べに、京都の大学へ頻繁に行くようになった。
そして、そこで知り合ったという学者の佐久間と知らぬ間に恋に堕ちて、あれよあれよという間に結婚してしまった。
同世代とつき合えば「淡い初恋」も忘れるだろうと、たまたま告白られた女の子とつき合ってみた。
自著のドラマと映画でヒロインを務めた女優だった。
清純そうに見えたし、またそんな「売り方」を世間にはしていたのに、とっくの昔に処女ではないようで、彼女からはずいぶん鍛えられた。
だが、そんな関係も、互いに多忙になるにつれ会う機会が減り、最後はメールで別れた。
その後は、だれかと特定の親密な関係になること自体が面倒になって、とりあえずセックスさせてくれて後腐れのない相手を求めた。
もし写真を撮られて週刊誌やスポーツ紙に出てしまったら、さよならだ。
神宮寺にとっては——八坂 今日子もそんな相手の一人だった。
ただ、ほかの女には言わないような内面を、彼女にだけは吐露したのは確かだ。
彼女が、しのぶと変わらない歳だったからかもしれない。
この日、今日子が神宮寺に「結婚する相手の気持ち」を聞きに来たように、あの頃の神宮寺もまた、あの頃の今日子に「しのぶの気持ち」を聞きたかったのかもしれない……
また、栞が背を向けた。どうやら、泣き顔を見られたくないらしい。
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