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Epilogue
爾後 ①
しおりを挟む「——はい、青山です」
家電の子機を取った稍は応えた。
「あ……はい、そうです……栞は、あたしの妹ですけど……」
リビングにいた栞が姉を見た。
「えっ…文藝夏冬の佐久間さん?……神宮寺先生と栞の居場所ですか?」
稍は目で合図を送り、声を高くした。栞はぶんぶんぶん…と首を左右に振った。
「うちには来ていませんから、どこにいるのかは、ちょっとでもわかりかねますが……はい、わかりました……では」
稍はそう言って、ピッと【外線】のボタンを押して切った。
「……おねえちゃん、ごめーん」
栞が稍に向かって手を合わせる。
リビングのソファに座り、週刊文夏に連載中のコラムをモバイルPCで書いていた神宮寺も、ひょこっと頭を下げている。
「別にええけど。それにしても、うちの家電の番号まで調べはるやなんて、出版社ってすごいなぁ。今の女の人、えらいあわててはったえ。居場所がわかったらすぐに連絡ほしいって、言うたはったけど。……もうそろそろ、発表なんとちゃうん?」
今夜は、今年度下半期の茶川賞と植木賞が発表される日で、神宮寺の新作が植木賞にノミネートされているのだ。
ところが神宮寺が、出版関係者に押しかけられて一緒に発表を待つのはまっぴらだ、言い出した。
そして、栞を連れて前日までになんとか都内から脱出しようと試みたのだが、しのぶにしっかりマークされていた。
なので、仕方なく稍たちが住む、有◯テニスの森にあるタワーマンションに身を寄せているのだ。
だが——ここにまで「追手」の手は伸びていた。
東京に戻った神宮寺が書き上げた小説は、今までの作風とはがらりと変わった「家族」をテーマにした小説だった。
【東京の郊外で暮らす、一見、何の変哲もないように見えるその家族は、実は法律上のつながりはあるものの、だれ一人として血のつながりがなかった……】
そんな家族の春夏秋冬を、神宮寺 タケル独特の透明感ある文体でみずみずしく描いたその本は、出版されるやいなやベストセラーとなり、テレビドラマ化され、来年のGWには映画が公開される。
間違いなく、神宮寺 タケルの新たな「代表作」になるだろう。
「先刻は古湖社の池原さんって人からも掛かってきたし。出版社の人たち、血眼になって先生のこと探したはるのと違うん?……あああぁーーーっ!」
いきなり稍が素っ頓狂な声を張り上げた。
「智くんっ!今、ななちゃんの口にチュウしようとしたやろっ⁉︎」
猛然とダッシュして、神宮寺の対面のソファで一人娘をあやしていた夫から我が子を奪取する。
「ななちゃんに虫歯菌が移ったらあかんから、絶対に口にはチュウしやんといて、ってあれだけ言うてるのにぃっ!」
完全に「母親」の顔となった稍は、すっかり鬼の形相になっていた。
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