2 / 26
武家の女(おなご)〈壱〉
しおりを挟む遠ざかっていくその姿がやがて辻角を曲がって見えなくなるまで、与岐は勝手口でおもんを見送った。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
今でこそ、いっぱしの「町家言葉」を遣う与岐であるが、実は直参(幕臣)の家に生まれた歴とした「武家の女」である。
南北二つある江戸の町奉行所には「与力」が其れぞれに二十五騎ずつ、「同心」が其れぞれに百人ずつ召し抱えられているが、与岐の生家である本田家は代々南町奉行所で「赦帳撰要方与力」に任ぜられていた。
赦帳撰要方とは、咎人の罪状に関する名簿を作成し恩赦の際にはその中から選定して奉行に上申したり、江戸府内の名主から提出された人別帳を管理したりする御役目である。
嫡男の兄がいたゆえ嫁に出される定めであった与岐は、年頃になると父や兄と同じ南町奉行所に出仕していた見習い与力の進藤 又十蔵に娶された。
同じ与力でも進藤の家は代々「例繰方与力」を担っていて、御奉行の御白州での御裁きを書き留め、それに基づいて「御仕置裁許帳」などの判例集を作成する御役目をしていた。
互いの「御家同士」の取り決めによる縁組であったけれども、幸いなことに二人の娘にも恵まれた。
ただ、下の娘の芙美を産んだあとの肥立ち悪しく、婚家で日がな一日臥せっているのは肩身が狭いゆえ、与岐はしばらく里帰りして養生することと相成った。
婚家も生家も同じ八丁堀の組屋敷である。しばし戻ったとて目と鼻の先だと思って、いざ娘たちを置いて帰ってみると——
間髪入れず、姑が「嫡男も産まぬのに、娘二人を捨て置いて実家に帰った」と組屋敷じゅうに触れ回った。
生まれた子がいずれもおなごであったのが、どうにも姑の癪に触っていたようだ。
進藤家としても弱った身体でまた次の子なんて、ましてや嫡男など望むべくもないと思い切ったらしく、ある日生家に「去り状」を携えた遣いの者を寄こしてきた。
与力の御役目はかつては一代限りの登用であったが、いつの間にか親から嫡男へと世襲になっていった。
されど、嫡男が生まれぬ場合であっても娘に婿を取って跡を継がせるのはよく聞く話だ。
そもそも娘すら生まれぬ場合であろうと、親戚筋から養子を迎えてでも「御家」は引き継がれて行く。
——娘を二人も産んだにもかかわらず、かような仕打ち……なにゆえ、上の娘の千賀に婿を取って跡目を継がさぬのか。
可愛い盛りの娘たちに会えぬ寂しさも相まって、与岐は夜な夜な涙に咽ぶことしかできず、弱った身体を養生するどころではなかった。
進藤の者がだれ一人として訪れぬことに生家の父と兄が業を煮やし、いくら「我ら本田家を何と心得る。かような去り状なぞ突き返してやるわ」と憤ったとて、肝心要の与岐の身体が快復する当てもないままに、やがてその心までもが疲れ果ててしまった。
さような中、「病を得て一向に快復せぬ実母に代わって幼い娘たちの身の回りの世話をさせる」名目で、姑が我がの親戚筋より花江と云う年若いおなごを進藤の家に入れた。
45
あなたにおすすめの小説
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
【完結】限界離婚
仲 奈華 (nakanaka)
大衆娯楽
もう限界だ。
「離婚してください」
丸田広一は妻にそう告げた。妻は激怒し、言い争いになる。広一は頭に鈍器で殴られたような衝撃を受け床に倒れ伏せた。振り返るとそこには妻がいた。広一はそのまま意識を失った。
丸田広一の息子の嫁、鈴奈はもう耐える事ができなかった。体調を崩し病院へ行く。医師に告げられた言葉にショックを受け、夫に連絡しようとするが、SNSが既読にならず、電話も繋がらない。もう諦め離婚届だけを置いて実家に帰った。
丸田広一の妻、京香は手足の違和感を感じていた。自分が家族から嫌われている事は知っている。高齢な姑、離婚を仄めかす夫、可愛くない嫁、誰かが私を害そうとしている気がする。渡されていた離婚届に署名をして役所に提出した。もう私は自由の身だ。あの人の所へ向かった。
広一の母、文は途方にくれた。大事な物が無くなっていく。今日は通帳が無くなった。いくら探しても見つからない。まさかとは思うが最近様子が可笑しいあの女が盗んだのかもしれない。衰えた体を動かして、家の中を探し回った。
出張からかえってきた広一の息子、良は家につき愕然とした。信じていた安心できる場所がガラガラと崩れ落ちる。後始末に追われ、いなくなった妻の元へ向かう。妻に頭を下げて別れたくないと懇願した。
平和だった丸田家に襲い掛かる不幸。どんどん倒れる家族。
信じていた家族の形が崩れていく。
倒されたのは誰のせい?
倒れた達磨は再び起き上がる。
丸田家の危機と、それを克服するまでの物語。
丸田 広一…65歳。定年退職したばかり。
丸田 京香…66歳。半年前に退職した。
丸田 良…38歳。営業職。出張が多い。
丸田 鈴奈…33歳。
丸田 勇太…3歳。
丸田 文…82歳。専業主婦。
麗奈…広一が定期的に会っている女。
※7月13日初回完結
※7月14日深夜 忘れたはずの思い~エピローグまでを加筆修正して投稿しました。話数も増やしています。
※7月15日【裏】登場人物紹介追記しました。
※7月22日第2章完結。
※カクヨムにも投稿しています。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
『大人の恋の歩き方』
設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日
―――――――
予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と
合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と
号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは
☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の
予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*
☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる