真実(まこと)の愛

佐倉 蘭

文字の大きさ
56 / 76
Chapter 7

しおりを挟む

   礼子は優雅な所作でワインボトルを手に取り、グラスに注いだ。香りを閉じ込めるように、リムがすぼまった形状になったワイングラスだ。

「あなたもお呑みになる?」
   杉山は麻琴の分のワイングラスも置いていた。

「ありがとうございます。でも、ギ◯スのあとはボ◯モアを呑みますので」
   一口にアルコールと言っても、それぞれ好みがある。ピートを好む麻琴は甘い酒が苦手だ。

   礼子は気分を害することなく「そう」と言って、麻琴の質問に答え始めた。

「恭介からイギリスへ発つ、って聞いたとき、てっきりプロポーズされて、わたしも連れて行ってくれるもんだと思ったわよ。……『永すぎた春』のいいきっかけになる、ってね」

   麻琴も、普通はそう思うでしょう、と思った。

「でも、恭介はそうじゃなかった。同じ『きっかけ』にするにも、彼は真反対のベクトルに向いていたの。『これが潮時だと思うから別れよう』って、きっぱり言われたわ」

   礼子は慣れた手つきでスワリングする。

「わたしたちは確かにつき合ってはいたけれど、実はお互い『一筋』ってわけじゃなかったのよ。二十歳ハタチ前後からアラサーまでの間なんて、誘惑もあるし好奇心も旺盛だし。……長い人生の中で『たった一人しか知らない』っていうのは考えられなかったわ。だったらと、いざ別れるとなれば、今度は急に一人になるのがさみしくなったり、怖くなったりしてね。だから、わたしも恭介も、多少のことには目をつぶってやり過ごしていたわ」

   礼子はワイングラスの中の蜂蜜色を見つめる。

「……別れるまでもなく、とっくに終わっていたのよ、わたしたち」

   礼子はワイングラスを店の照明にかざす。蜂蜜色が黄金こがね色に変わった。

「だから、ヨリを戻すなんて考えられないわ。きっと——恭介もそうよ」

   礼子はワイングラスをテーブルの上に置いた。

「それにね、あなた……SNSとかでアゲたりする人には見えないから言うけれど」

   もちろん、麻琴はそんなことはしない。

「わたし今、うちの社長とおつき合いしてるんだけど、この前プロポーズされたの」

——ええぇっ?

   むしろ、恭介と同い歳の礼子がその年齢まで独身シングルなのが不思議なくらいだった。
   だからこそ、未だ恭介のことが忘れられないのかと、勘ぐったくらいだ。

——そりゃあ、これだけの美貌のひとだから、プロポーズされるのなんて日常茶飯事なんでしょうけれど……


   「普段使いできる上質なジュエリー」をコンセプトにして一九七〇年代に創業された(株)Jubileeは、通勤から休日のお出かけまで気軽に使える優れモノでありながら、ちょっと気の張ったフレンチレストランやお寿司屋さんにも堂々とつけていける品質の高さだ。それでいて、海外のブランドよりもリーズナブルなのである。
   また、テレビのニュース番組に出演する女性キャスターたちにも貸し出されているため、知的で洗練された雰囲気もある。

   そのJubileeの現在の社長は、創業家の二代目だ。

   父親から会社を引き継いだ彼は、職人の手技が常識だったこの業界で、いち早くコンピュータを導入し、最新の正確無比な宝石のカッティング技術によって大幅なコストカットを実現させた。
   同時に、雑誌などの広告媒体に積極的にアプローチしながら、全国の主要デパートに店舗を展開していく拡大路線に舵を切り、会社に今のような繁栄をもたらした。

   すでに五〇代にさしかかっているが、いわゆるちょい悪オヤジのレオン系「イケオジ」である。若い頃から女優やモデルと浮名を流していて、テレビのワイドショーや週刊誌などを賑わせてきた。

——うーん、確かバツが二つか三つ、ついてたと思うんだけども。お子さんもそれぞれにいたような……

   他人事ひとごとながら麻琴は心配になって、よろこばしいことを告げられたはずなのに、表情が曇った。

——もし、自分の友だちだったら、絶対に踏み止まるように忠告するわね。

   気が早すぎるかもしれないが、遺産相続で確実にどろっどろに揉めるパターンだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちだというのに。 入社して配属一日目。 直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。 中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。 彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。 それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。 「俺が、悪いのか」 人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。 けれど。 「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」 あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちなのに。 星谷桐子 22歳 システム開発会社営業事務 中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手 自分の非はちゃんと認める子 頑張り屋さん × 京塚大介 32歳 システム開発会社営業事務 主任 ツンツンあたまで目つき悪い 態度もでかくて人に恐怖を与えがち 5歳の娘にデレデレな愛妻家 いまでも亡くなった妻を愛している 私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?

フローライト

藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。 ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。 結婚するのか、それとも独身で過ごすのか? 「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」 そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。 写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。 「趣味はこうぶつ?」 釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった… ※他サイトにも掲載

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

処理中です...