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Last Chapter
⑤
しおりを挟むところが、麻琴の意に反して——
「ふうん……ま、いいよ。それでも」
恭介はこともなげに言った。
「もしそうなったら、僕は麻琴についていくよ。関西方面で総合診療医の仕事を探すからさ」
——はああぁーーーっ⁉︎
麻琴は顎が外れそうになるくらい、あんぐりと口を開けた。
「そ、そんな……せっかく東京湾岸病院の診療部長に就任されたのに……」
しかも、異例の若さでの就任と聞いている。
「心配しないで。きっとすぐ見つかるよ。初診の患者さんを診て専門医への橋渡しをする総合診療科って、便利なうえに合理的なのに、日本の医療現場ではまだまだこれからの分野だから、啓蒙活動の一助になれればと思って帰国したんだけどね。でも、麻琴と一緒だったら無医村でも離島でもいいよ。むしろ、そういう場所の方が必要性があるかもね。それに……海外だって問題ないよ?一応、ラテン語由来のドイツ語・フランス語・イタリア語くらいだったら、大丈夫だよ。あ、あとスペイン語もね」
なんだか麻琴が望む場所なら、地の果てまでついてきそうだ。
——し、しまった……
麻琴は恭介が超ハイスペックなのを失念していたその気になれば、世界中どこででも暮らせるスキルの持ち主であることも……
「水くさいなぁ、麻琴は。僕が、愛するきみのキャリアを邪魔するわけがないだろ?それとも、日本女性特有の『奥ゆかしさ』ってヤツかい?」
——違う、違う、ちがあぁーーうっ!それは、美しすぎる誤解よっ。
「Oh…I truly love you,sweetie.」
〈あぁ…本当に愛してるんだ、かわいい人〉
再び、恭介がぎゅーっと抱きしめてきた。
「Macotty…you'll be my wife,won't you? 」
〈マコッティ…僕の奥さんになってくれるよね?〉
恭介は英語になると、よく響く低音になる。その声が、麻琴の耳元で放たれた。
「Um…Let me see...」
〈えーっと、あの…〉
不意打ちを喰らわされて思わず口ごもったら、いきなり麻琴のくちびるが塞がれた。
「……ん……っ⁉︎」
しかも、恭介のくちびるによって、である。
さらに、先刻までの啄ばむようなバードキスではなく、くちびるをこじ開けてがっつり舌を入れてくるフレンチキスだ。
しかし、麻琴はもう二〇歳やそこらのかわいい小娘ではない。アラサーの端くれとして、恭介のくちびるはしっかりと受け止めた。
だからといって、「その先」は違う。易々とは許しはしない。
恭介の舌が追えば、麻琴の舌が逃げる。
だが、二〇代の頃に——若気の至りで礼子に隠れて——慣らした恭介も「試合巧者」だった。
いったん、さっと退いたのだ。そうやって、もの足りなくなった麻琴が追ってくるのを待ち受ける。
そんな駆け引きと攻防の末に、互いの舌がようやく出逢った。
すると、とたんに口の中で二つの舌が絡みつき、そして、一つに溶け合う。こうなると、アラサーも試合巧者もない。
結局のところ——焦らされたのはお互いだった。ワンテーブルしかないこの個室に、二人のくちびるから発せられる淫らな音だけが響く。
——まずいわ、このキス……なんだか、ふーっと気が遠くなって、なぁーんにも考えられなくなってしまいそう……
知らず識らずのうちに、麻琴は腰から砕けそうになっていた。そのくらい、恭介とのキスに心を持っていかれてしまった。自然と、しがみつくような格好で恭介の首に手を回す。
恭介の右手は、その豊かな胸と対比して扇動的としか思えないほどくびれた麻琴の腰をがっちりと支えつつ、左手では彼女のやわらかなグレージュブラウンの髪をもどかしげに何度も掻き上げていた。
「ねぇ……麻琴、まだほかに……なにか心配なことある?」
くちびるを離した恭介が問いかける。
「……ん……っ」
でも、口を開きかけた麻琴は、また恭介のくちびるで塞がれる。
「もう……ないよね……?」
ひとしきり麻琴の咥内を貪ったあと、またくちびるを離した恭介に問われる。
「まぁ、あったとしても……全部潰すけどね」
すっかり頬を紅潮させ、頭の中がぽおーっとなっている麻琴には、なにも答えられない。
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