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Chapter 2
①
しおりを挟む東京では、ふつう自分の妻のことを、うちの「家内」とか「女房」とか「カミさん」などと言うが、ここ大阪では十中八九、うちの「嫁」と言っている。
今ではもう、すっかり慣れてしまったが、初めは違和感があった。
だって「嫁」なんて言い方、ずいぶんと封建的じゃないか?「妻」というと「配偶者」や「パートナー」のイメージがするが、「嫁」というと「婚姻した結果、その家に尽くさざるを得なくなった悲劇の女」ってイメージがする。
あくまでも「個人の感想」だが……
——いや、そんなことはどうだっていい。それよりも、今の状況だ。なぜ、東京にいるはずの妻が、いきなり大阪にいるんだ?こっちに来るなんて連絡、一切なかった。
そもそも、妻はおれの単身赴任先のマンションには来ないのだ。
さすがに、カーテンを買ったり家電や家具を整えたりするまでは、どんなに遠い赴任地でも何回か通って甲斐甲斐しくレイアウトもコーディネイトもしてくれるのだが、いざ住み始めるとまったく訪れなくなる。
——まぁ、おれの母校でもある私立の中高一貫校に入れた息子が育ち盛りで、手がかかっていただろうしな。
思春期の面倒くさい時期もあっただろうに、妻は特に不平不満も言わなかった。だから、おれはそれぞれの赴任地でめいっぱい仕事に打ち込むことができた。口に出して言うのは、こっ恥ずかしいから勘弁してほしいが——妻には感謝している。
結局、一人息子を今春このあさひ証券に入社させるまでに育て上げたのは妻一人の力である。
おれは社内では陰で「参勤交代の大名」と呼ばれてるのだそうだ。ほぼ一年ごとに転勤を繰り返しているからだ。
ただ本来の参勤交代なら、一年目は領地でも次の一年は江戸であるのに対し、おれの場合は一年目も次の一年もそのまた次の一年も、ずーっと地方だ。東京本社に戻ることはない。
それには——理由がある。
゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
おれの妻の紗香は、あさひJPNフィナンシャルグループという、系列にあさひJPN銀行・あさひ証券などの金融機関を擁する大資本家の一族出身だ。彼女の父親は、あさひ証券の会長である朝比奈 龍藏といって、経済界のドンと呼ばれ、政治家との繋がりも多く「政財界の黒幕」と思われている人物だ。
おれたちは東京の兜町にある本店で出会った。
紗香は幼稚園から短大まで、文字どおりエスカレーター式のお嬢さま学校を経て、当時社長だった父親の会社に就職した。
二学年上の姉の清香が、おっとりした性格なのにたった一度だけ父親に反抗して、共学の四大に進学したため姉妹で同期入社となり、二人とも本店に配属された。
おれは当時、入社三年目だった。
中高一貫の男子校時代からのライバルで、会社では同期となった水島 壮一郎が『清香に一目惚れした』と告げたとき、すでにおれの方は紗香に一目惚れしていた。
エレガントで少し大人びた——でも実は「ど天然」な清香と、ちっちゃくてまだ美少女の面影が残る——見るからに「ど天然」な紗香。
水島とはストライクゾーンが重ならなくてよかった、と心底思った。
それからは、女子社員からのテロのような突然の「告白」をキッパリバッサリ拒絶して、紗香に猛攻勢をかけた。
まったく男に対して免疫のなかった彼女を墜とすのは、ものすごーく苦労した。
『紗香ちゃん……おれとつき合ってほしい』と生まれて初めて自分から交際を申し込んだ。(今まではこちらから言わなくても女の方から言ってきた)
それなのに——
『あっ、いいですよっ!……でも上條さん、どちらへですか?』
首を傾げ、疑うことを知らない犬の目で尋ねられた。
だが、おれは証券会社の営業マンだ。攻めて攻めて攻めまくって、やっとの思いで陥落させた。
そして、初デートも初キスも初エッチも、紗香のあらゆる「初めて」をモノにしてやった。
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