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Chapter 7
お正月に彼が実家で挨拶してます ①
しおりを挟む年が明けた。わたしが結婚する年になった。
一月三日、夫になる将吾さんが代々木上原の大山町にあるわたしの実家に挨拶にやってきた。
「……すんげぇ、家だな」
将吾さんがうちの家を見て、目を見張った。
母屋の日本家屋は、江戸時代の大名屋敷の一部を移築したもので、よく映画やドラマのロケに使わせてほしいと頼まれるくらい荘厳な佇まいだ。
門から進んでいくと、曽祖父が道楽を尽くした広大な日本庭園が広がっている。
——確かに、向こうから暴れ◯坊将軍が馬でパカパカやってきても、違和感ないかも。
「なに言ってんの。将吾さんちだって『迎賓館』じゃん」
彼の実家は、明治時代の華族が国内外の貴人たちをもてなすために所有していた洋館を譲り受けたものだった。
「でも、母屋はおじいさまとおばあさまが住んでる家で、わたしが両親や弟と一緒に住んでるのはもっともっと庶民的な家だからね」
一応、言っといた。はっきり言って、わたしでも母屋に入るのはちょっと緊張するのである。
そうこうしているうちに、玄関が見えてきた。
裕太が、ちらちらと、こちらを見ながら待っている。案内役を仰せつかったのだろう。
「……将吾さん、弟の裕太です。将吾さんが卒業したKO大の経済学部に通ってます」
将吾さんは裕太が学部も同じ後輩と知って「へぇ」と口角が上がった。
「君のお姉さんと結婚することになった富多 将吾です。これから、よろしく」
そして、裕太に右手を差し出した。
「初めまして、朝比奈 裕太です。……僕は幼稚舎上がりですけど」
裕太は将吾さんから差し出された手に、ぐっ、と力を込めて握手した。
——将吾さんがニューヨーク学院上がりなのをディスったな。
「幼稚舎育ちで経済だと、入学してからが大変だろう?」
将吾さんはニヤリと笑い、さらにぐっ、と力を込めたようだ。裕太が、電流が走ったように飛び上がった。
——バカめ。将吾さんの体格を見ろって。
身長はあっても、ひょろっとしたあんたとは骨格が違うんだよ。しかも、北欧の荒ぶるヴァイキングの血が入ってるんだよ。
隅々まで掃き清められた玄関に入り、靴を脱ぐ。彼のぴかぴかに光った飴色の革靴は、この国では「靴の神様」がつくったと謳われるギルド・オブ・クラ◯ツのものだ。
「……おい、彩乃。まさか、畳の間で正座すんじゃねえだろうな?」
将吾さんが柄にもなくビビった顔をしている。
「大丈夫よ。掘り炬燵だから、足伸ばせるよ。足腰が弱ってきたおじいさまとおばあさまのために、リフォームしたから」
なんだかそんな顔を見るのがおかしくて、ふふっと笑ってしまった。
「わたしだって、正座は苦手よ。お見合いのとき、テーブル席でホッとしたもん。着物だったし」
——まさか、あの日で二度と会うことがないと思った人と、生涯をともにする儀式を執り行う羽目になるとは……
「あの着物、おまえになかなか似合ってたぞ。今日はなんで着てないんだ?」
——どの口が言うっ!?
今日はおじいさまとおばあさまも同席されるので、「清楚」にミス・ア◯ダのアイボリーのカシュクールワンピにした。
「将吾さん、『キャバ嬢の初詣』って言ったじゃないっ!」
思わず叫ぶと、廊下の向こうまで声が飛んでいった。
「ばっ、バカかっ、おまえはっ。声がでかいんだよっ」
将吾さんが声を殺して、息だけで怒鳴る。
「おまえ、クリスマスのときにおれのおふくろにも言っただろ。あとで、すんげぇ搾られたんだぜ」
グッジョブ、お義母さま。
——あ、裕太もいたんだった。
そう思って振り向くと、わが弟はなにやら腑に落ちないとでもいうような、珍妙な顔をしていた。
「……確か、クリスマスは忙しくて会えないって言ってたよな?」
廊下の向こうから和服姿で母親の喜和子が出てきて、
「……まぁ、将吾さん、本日はよくお越しくださいました」
しっとりと頭を下げる。
「これは、お口に合えばよいのですが……」
そう言って、将吾さんが手にしていた紙袋を差し出す。
「ずるーいっ!自分は手土産持ってくるんだっ。わたしは突然、実家に連れていかれて手ぶらだったのにっ」
わたしは思わず、しかめっ面でごちた。
「彩乃っ。はしたないわよっ。……それに、あなた、将吾さんのご実家になにも持たずにお邪魔したのっ!?」
母親は先程の「しっとりと頭を下げ」た人と同一人物とは思えない形相になった。
ちらりと将吾さんを見ると、してやったりの顔をしている。
——お義母さまにやられたことに対する、わたしへの復讐なんだわ。
「将吾さん、こんな娘で申し訳ありませんねぇ。ほんとにこの子と結婚して大丈夫なのかしら?」
——おいおい、実の母親が言う言葉か?
それに、政略結婚だから、そんなのノープロブレムなのよ。
「僕は彩乃さんのこういう飾らないところに魅かれたので。一緒にいて、肩肘張らずにホッとできますから」
将吾さんが微笑みながら、心にもないことをしれっと言う。
——天性の結婚詐欺師だな。母親はコロッと騙されるだろう。
「彩乃、あなたのことをよくわかってくださる方とご縁に恵まれて、本当によかったわね」
——ほらね。
「まぁ、もしかしたら『勘◯衛』かしら?」
母親は風呂敷包みを取り出してつぶやいた。
——げっ、テリーヌ・オ・ショコラじゃないでしょうね?
丹波栗と丹波黒豆のテリーヌ・オ・ショコラは一日五本だけの限定生産だ。コーヒーや紅茶にはもちろん緑茶にも合う、洋菓子にも和菓子にもなるスイーツだ。
「おばあちゃまがお好きなのよ。本当にありがとうございます。食後にみんなでいただきましょうね」
おばあさまの陥落が確定した。
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