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Chapter 8
とりあえず、身ひとつで参ります ②
しおりを挟む夕食は、一階のダイニングルームでこの家で働く人たちと一緒にいただく。
みんな同じメニュー——今日はビーフシチューだ——を食べる様子は、将吾さんが言うようにまさに「大家族」だ。
確かに、中央にでーんと据え置かれた十数人は座れる古式ゆかしき縦長のテーブルに、家族三人だけというのは寂しいもんね。
「家長席」のお義父さまが、今日のゴルフがいかに寒かったかを力説されていた。
——わたしは冬場の寒風吹きすさぶゴルフ場なんかには、一ミリたりとも近づきたくない。
「彩乃はゴルフできるんだってな?」
不意に、将吾さんが余計なことを口走った。
「就職してからはコースどころか、練習場にすら行ってませんので」
わたしは、ほほほ…と笑っておいた。
「そうか。……じゃあ二月のコンペ、彩乃さんも参加で決まりだな!」
お義父さまはうれしそうに言った。
「いやぁー『娘』とのゴルフって夢だったんだよなぁ」
乙女のように頬を染めている。
——おい、人の話聞いてるかっ!? しかも、二月のゴルフ場って一年中で一番寒い、厳寒じゃないかっ!
ユ◯クロの極暖の上にカシミアのセーター、もこもこのパーリ◯ゲイツの揃いのダウンジャケットとダウンスカートとダウンレッグウォーマーで武装して、さらにカイロをお腹と背中に装着しても冷え性なわたしにはまだ寒いんだぞっ。
お昼にクラブハウスで一杯ひっかけないと、とてもじゃないけど後半回れないんだぞっ!
——冗談じゃないっ。わたしは絶対に行かないからなっ!
「み…みなさんを究極のマナー違反『スロープレイ』にさせてしまいますので、わたしはご遠慮申し上げますわ」
わたしはもう一度、ほほほ…と笑っておいた。
そして、心の中で、どうか大雪でゴルフ場がクローズになりますように、と学生時代の礼拝の時間には考えられないほど熱心に、父と子と精霊にお祈りした。
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
食後に戻った自分の部屋で、わたしは脱力していた。
これから「家族」になるとはいえ、「他人」の家に一人だけ放り込まれるのが、これほど気を張るものだとは思わなかった。
考えてみれば、わたしはこの家では転入生のようなものだ。しかも、クラス替えのない……
そんなことを考えていたら、自分の生まれ育った家がひたすら恋しくなってきた。
なので、気分転換にお風呂に入ろう、と思った。
さすが「迎賓館」だけあって、ベッドルームという名がつくこの部屋には、バスタブとトイレのあるバスルームが併設されていると聞いていた。
わたしは部屋の左側にある扉を開けようとした。
「……あれ?開かない」
その扉は押しても引いてもびくともしなかった。
わたしは反対側の壁を見た。同じような扉がある。そちらへ歩いて行き、扉を開ける。
すると、こともなげに開いて、猫脚のアンティークなバスタブや、水も使える装飾的な白いドレッサーなどが見えた。ここがバスルームだった。
まるで高級ホテルのようなアメニティが揃えられた自分専用のバスルームを存分に使ったあと、わたしはベッドルームに戻ってきた。
もう寝るだけなので、部屋着に着替えている。ユ◯クロだが、もふもふのフリース地の上下で、着心地がいい。しかも、あったかい。
今日は気が張って疲れたし、明日からは会社もあるし、さぁ、ベッドに入りましょう、と思ったその矢先……
バスルームとは反対側の、先刻は押しても引いてもびくともしなかった「開かずの扉」から、がちゃがちゃ音がしてくる。
身構えながら凝視していると、突然扉が開いた。
——将吾さんがそこにいた。
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