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Chapter 2
総務課の田中さん ③
しおりを挟む「あ、あの……水島課長、『青』ですか?」
田中 千帆がおずおずと尋ねる。
「うん、そうだよ」
水島がさわやかに答える。
「青のボールペンなんて、いつ使うんだよ」
上條課長が訝しむ。
「赤のボールペンだって、いつ使うんだ?」
水島課長が逆に問う。
「知らねえよ。山田が使うって言うから、取りに来たんだ」
総務課内の全員が、心の中で、声を限りに叫んだ。
——課長をパシリに使うって何様だよっ⁉︎ 山田っ⁉︎
「あの……青のボールペンって使う人がいなくて在庫がないんですが、今からステーショナリーネットに注文すれば、今日の夕方には届きますけど」
田中 千帆が申し訳なさそうに言う。
「このエリアは午前に注文すれば、夕方に届くんです」
つい先刻、午前の株価取引が引けたところだった。
「手を煩わせそうだから、もういいよ」
水島課長はにこっ、と笑った。
「……おまえ、なにしに来たんだよ?」
上條課長がじろり、と睨んだ。
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
二人は総務課を出て、同じフロアにある社員食堂に向かっていた。これから、つかの間の昼休憩に入る。
二人とも外から見れば余裕で仕事しているように見られるが、やはり激務の証券マンである。
いくら前日接待で呑み明かしていても、毎朝五時には起床して、タブレットで日◯新聞を読みながらテ◯東系でやっている「金の亡者」向けのニュース番組をしっかりチェックしたあと、六時過ぎには出社している。だから、大地だけではなく水島も、会社近くのマンションで一人暮らしだ。
管理職の会議で営業部長などからのムシのいい営業目標をなんとか下方修正したのち、朝会では本日のノルマ達成のために、課内の部下たちにMAXで怒鳴り散らしている。
そうこうしているうちに前場開始。怒涛の営業活動が始まる。大地や水島クラスになると、端末の情報をガン見しながらも千手観音のようにいろんな電話に手を伸ばしている。
前場が引けて後場が開くまでの今が(それも顧客の急な都合で潰れることが多いのだが)とりあえず一息入れられる時間なのである。
彼ら営業社員に関して言えば、「セブンイレブン」ではなく「シックストゥエルブ」だった。
「……どうやら、また空振りのようだねぇ」
水島が肩を竦める。
「もし常務の娘だったら、わかるのかよ?」
大地が訝しげに訊く。
「さあ、どうかな……?」
水島がニヤリと笑う。
「ビルマ、おれが見つけたあとをついてくんなよなっ」
大地がぎろっ、と睨む。
「……その呼び方、やめろ」
水島が低い声で唸る。
社食の入り口をくぐるとき、大地は決意した。
もし、水島が「日替わりA定食」を選んだら、自分は絶対に「日替わりB定食」にすることを。
もし、水島が「日替わりB定食」を選んだら、自分は絶対に「日替わりA定食」にすることを。
水島は典型的な「隣の芝生が良く見える」タイプだから、きっと、そっちにすればよかった、と後悔することだろう。
昼飯にはこだわりはない。もともと食べるのは早かったが、証券マンになってさらに磨きがかかった。
水島も同じだ。今日は昼飯を食えるだけでもよかった、と思わなければやっていけない。
総務課から社食への最短距離は、隣の島の人事課を通って行くルートである。
ところが、二人とも、なぜか、当然のように、わざわざ総務課の裏を回って社食を目指した。
まるで……人事課を避けているかのように。
だから、二人がとったルートは、社食への「最長距離」だった。
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