常務の愛娘の「田中さん」を探せ!

佐倉 蘭

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Chapter 4

そのときの「田中さん」③

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「一度だけ、朝比奈さまのパーティにいらしたじゃありませんか」

 実は幼い頃〈田中さん〉は一度だけ、父親に連れられて行ったことがあったのだ。
 ——〈田中さん〉はすっかり忘れてしまっているけれど。

「真っ赤な振袖をお召しになって、それはそれはかわいらしいお嬢ちゃんでしたよ」
 杉山が目を細めた。

「あーっ、もしかして『市松人形』⁉︎」
 蓉子が叫んだ。一気に酔いが覚めたみたいだ。
「きみ、あのときの『市松人形』だったんだ?」
 水島も思い出したらしい。

「……そう言えば『市松人形』って名づけたの、大地だったなぁ」
〈田中さん〉には聞こえないように、ぼそっとつぶやく。

「ねぇーねぇー、なんで次の年から来なくなったの?みんな待ってたんだよ」
 蓉子はだんだん思い出してきた。
 ——そうそう、一番待ってたのは、大地だ。

 だけど〈田中さん〉には、その記憶がすっぽりなかった。その代わり〈田中さん〉は別のことを思い出した。
「水島課長に似ている人がいます」
 突然〈田中さん〉に声をかけられて、水島は思わず笑顔になる。

「蓉子、ほら、広告代理店との合コンのときの、一番のイケメン」
「あぁーあぁー、新田にったさんねー。そう言えば……顔立ちとか雰囲気とか、似てるかも」
 蓉子もうんうん、と肯く。

「……蓉子、『合コン』ってなんだ?」
 先刻さっきまでの笑顔が消え失せ、いきなり水島が不機嫌になる。
「『新田』って、どこのどいつだ?」
 彼にしては口調が少しキツい。もしかしたら、水島もちょっと酔ってきてるのかも……顔にはまったく表れてないが。

「慶人だって、コンパ行ってるじゃない!しかも大地とか社内の人と‼︎ ほかのメンバーも知ってるんだからねっ」
 蓉子に反撃されて、水島がうっ、と詰まる。

「それから、なぜか大地と総務へも行ってるよね。でも、田中 千帆はダメよ。学生時代からつき合ってる彼氏がいて、もうすぐ婚約するだろうから」
 蓉子はかなりの情報通だった。さすがは人事課。

 ——道理で、おれや大地が話しかけても赤くなったり、おどおどしたりしないはずだ。
 水島や大地が急に話しかけると、大抵の女子は緊張のあまり挙動不審になるのである。

「そんなことより『新田』だ!」
 水島は話を戻す。

「大丈夫ですよ。新田さんは結婚してます」
〈田中さん〉は助け船を出した——はずだった。

「……蓉子、不倫か⁉︎  おまえはなにを考えてるんだっ⁉︎」
 水島らしからぬ、激しい口調だ。
「なに言ってんのよっ。バッカじゃないのっ⁉︎」
 蓉子の顔が怒りのあまり真っ赤になる。

「バカとはなんだ⁉︎」
「バカにバカと言ってなにが悪いのよっ‼︎」
「なんだとっ⁉︎」
「なによっ‼︎ 」
 ——互いに引くに引けない泥仕合になった。

〈田中さん〉は放っておこう、と思った。
 ——ほら、杉山さんだって、にこにこして、うれしそうじゃない?どうやら今日は、蓉子がこの店を貸切にしたみたいだし。

〈田中さん〉は同じものをもう一杯頼んだ。
 ——今日はきっと、水島課長の奢りだと思うし。


 ゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 バーを出るとき、社内では酒豪の名を轟かせているはずの水島と蓉子が、ぐでんぐでんに酔っ払っていた。どちらがバカかを決着させるために、テキーラの呑みくらべをやったのが災いしたようだ。そんな勝負をやる時点で、どちらも救いようのないバカだと〈田中さん〉は判定した。

 大通りに出た〈田中さん〉はタクシーを二台確保した。一台めに酔っ払い二人を押し込んだ。運転手は明らかにイヤそうな顔をしていたが、水島になんとか行き先を言わせて出発させた。

「……あとはお若い二人で」

 まるでお見合いのお仲人さんみたいな言葉を〈田中さん〉はつぶやいた。そして、自分はもう一台のタクシーに乗り込んだ。

 これから、名古屋の父親に、今から家に帰ると「報告」しなければならない。

 なんだか——とても、億劫に感じた。

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