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Chapter 6
大地と「田中さん」⑭
しおりを挟む「昨日はまったく亜湖からの連絡がないし、なんだか妙な胸騒ぎがして、急遽名古屋から帰ってきたんだっ!」
田中常務は大地を見て怒鳴った。
メタルフレームの眼鏡をかけ、いつも神経質そうな顔をした冷静沈着な田中常務からは、想像もつかないほどの激昂ぶりだ。愛娘への溺愛ぶりがひしひしと伝わってくる。
「おとうさん、『こんな時間』って言うけど、まだ外はそんなに暗くなってないよ」
今朝、母親に電話したときには父親はまだ帰ってなかったから、亜湖が外泊したことはバレていないはずだ。
「おまえ、昨日の晩からずっとうちに帰ってきてないじゃないか!?」
亜湖は父親の後ろに立っていた母親の方を見て「おかあさんチクったでしょ!?」という顔になった。
母親は「わたしはチクってないわよ!」とぶんぶん首を振る。
「……やっぱり、帰ってないんだな?」
田中常務が低ーい声で唸った。
亜湖はカマをかけられたのだ。思わず「しまった!」という顔になる。
「常務、ご無沙汰しております」
大地が深々と頭を下げた。
「亜湖さんをいきなり外泊させてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
「かっ、上條……亜湖を……っ!?」
田中常務はぶるぶる震えだした。顔がみるみるうちに紅潮していき、血圧がストップ高することなく急上昇しているはずだ。
「ですが、亜湖さんとは生半可な気持ちでおつき合いしているわけではありません」
大地は真摯にはっきりと告げた。
「そうよ。大地くん、ちゃんとうちに連絡してくれたし、約束通り亜湖を送ってきてくれたもの」
母親が助け船を出す。
「おっ、おまえは知ってたのかっ!? がっ、外泊を許すなんて、それでも母親かっ!? ……裏切り者めがっ!!」
田中常務の体内に流れる血は、もはやぐつぐつと沸騰しているに違いない。
「裏切り者って、あなた……大地くんのなにが気に入らないの?あの上條専務と紗香さんの息子さんなのに」
「それとこれとは、話が別だっ!」
「……おとうさんっ!もう、いい加減にしてっ‼︎」
亜湖が突然、両親に割って入った。
「おとうさんがこれ以上つべこべ言うのなら……わたし、この家を出て大地のところへ行きますっ‼︎」
「あっ、亜湖、なっ、なんてことを……」
田中常務がそう言うのを遮って、
「それはダメだ、亜湖……勝手なことをするのは、おれが許さない」
大地が亜湖の両肩を持って、説き伏せるように言う。
——おいっ、上條っ、それはおれのセリフだっ!
「亜湖がお父さんと、ちゃんと話をしてからでないと、亜湖におれのところへ来いとは言えない」
——上條っ、おれはおまえの「お父さん」じゃないぞっ!? それから、どさくさに紛れて、亜湖への呼び捨てを連発してないかっ!?
「だって、大地……わからずやのおとうさんにいくら言っても……」
亜湖が顔を曇らせて、大地を上目遣いで見る。今まで見たことのない「女の顔」をしていた。
——亜湖っ、なんて媚びた顔してるんだっ!それに、だれが「わからずや」だっ!おれは娘を持つ父親として、当然のことを言ってるだけだっ!?
「おい、おまえからも、なにか言え!」
田中常務は我が妻の方を見ると、
「大地くん……若いときの上條営業課長にそっくりねぇ」
と、うっとりしているではないか。
若かりし頃、大地の両親と亜湖の両親(ついでに慶人の両親も)あさひ証券本店に勤務していた。その頃、亜湖の母親は、当時はまだ営業課長だった大地の父親に熱を上げていたのである。
田中常務にはどちらを見ても、おもしろくないことだらけだ。
「とっ、とにかくっ」
田中常務は宣言した。
「私は、絶対に、認めないからなっ! 」
「「「……おとうさんっ!? 」」」
三人の声が揃った。
——上條っ、おれはおまえに「おとうさん」と呼ばれるいわれはないっ!!
「今日は急なことでしたので、もう失礼しますが、明日、また出直します」
大地がまた深々と頭を下げる。
「明日は常務が名古屋にお戻りになると思いますので、午前中に伺います」
「私は、もう君とは二度と会わないぞ」
田中常務はメタルフレームの眼鏡のブリッジをくいっと上げて、冷たく言い放つ。
「明日の朝、十時に伺わせていただきます」
顧客からの都合の悪い話は右から左に流す営業マンの習性を活かして、大地は田中常務に構うことなく告げた。
「……おとうさん」
亜湖が父親を直視する。
「もし、明日、大地に会ってくれなかったら……」
日本人形のような感情の見えない瞳をしていた。
見つめられた田中常務になぜか、えもいわれぬ恐怖心がせり上がってくる。
「わたし……一生、おとうさんと口きかないからね」
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