常務の愛娘の「田中さん」を探せ!

佐倉 蘭

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Intermission 〜閑話休題〜

本社 社長室 ②

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 朝比奈のパーティに翌年から娘を連れて行かなかったのは、ひとえに専務の息子から引き離すためだった。

 よりによって専務の息子は、小学生にもかかわらず、不埒にも初対面の娘にキスしてプロポーズまでしたのだ。

 専務の息子の大地は、『大人になったら迎えに行く』などという、田中常務にとっては「呪いの言葉」を愛娘むすめの亜湖にかけた、とんでもない悪童だった。

 それから毎晩、田中常務は眠りにつく亜湖に、
『忘れろ……忘れろ……忘れちまえ……』
と逆に呪文をかけて、ついに大地に関する亜湖の記憶をキレイさっぱり消してしまった。

 あのときの亜湖に呪文を唱える自分を見る、妻の敦子の軽蔑し切った冷ややかな目を、田中常務は今でも忘れることができない。

 そのような多大なる犠牲を払ってまで、田中常務は本懐を遂げたのだ。今さら、あの大地に亜湖を会わせて、あの忌まわしい記憶を呼び覚まさせるわけにはいかないのである。
 なんとしても、大地の魔の手から、亜湖の未来を守り通さねばならないのである。


 今、その亜湖はあさひ証券に入社していた。

 しかし、「常務の娘」であることは「プライバシー」を盾にして「コンプライアンス」を矛にして人事部を脅し……いや「協力」してもらって、社内秘の最重要機密トップシークレットにしてある。

 この春から大地が勤務する本店に、亜湖が異動になったことが少し気がかりではあるが……

   ——それも、来年ヤツが本社に転勤するまで亜湖の身元がバレなければいい話だ。


゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


「ところで……偶然にも」
 上條専務が口火を切った。
「本店に常務と同じ名字の子がいるよな?」

 田中常務の心臓がどきり、とする。

「『田中』はよくある名前だから、そりゃ何人かいるだろう?」
 水島社長がいぶかしむ。

「本店の営業事務に、すごい子がいるそうだ」
 上條専務の言葉に、田中常務の心臓がバクバクしてきた。
「なんでも、本社の営業事務本部にいた頃から、『大奥の影の総元締め』と言われてたらしい」

 田中常務の心臓が、まるでライブでのドラムソロみたいな様相を呈してきた。

「あぁ、本社から本店に異動するにあたって、管理者IDを希望した子だろう?」
 水島社長は思い出したようだ。
「特例で、入社三年で主任に抜擢する人事を通した子だね?」

「そうそう、その子だ」
 上條専務がうれしそうに笑った。 
「その子がね、偶然にも『田中』っていうんだ」
 若い頃から専務は、笑うといつものクールな感じが和らいで少年のようになる。

 水島社長はなおも言う。
「だが『田中』はよくある名前じゃないか?」
 そして、かつて「王子様みたいだ」と女子社員たちに騒がれた優雅な微笑みで、田中常務の方を見る。

「そうだろう?……田中常務」
 だが、その目は決して笑っていなかった。

 自分の心臓はとてもこれ以上は持たない、と田中常務は思った。秘書室に駆け込んでAEDを強奪したい気分だ。

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