カラダから、はじまる。

佐倉 蘭

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Secret 1

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   学生時代、学祭でわたしの承諾も得ずにだれかがエントリーしてやがったのだ。
   だけど、ミスコンなんてまっぴらごめんだから、出場辞退してやろうと思って実行委員会へ出向いたところ、生来の優柔不断な性格が災いして断りきれなかった。

   主催者は茶髪にピアスのチャラ男に見えたけれど、腐ってもT大生である。しかも、背景バックには某大手広告代理店が絡んでいた。
『君が言うような「女性蔑視の権化」になるかどうかは、応募エントリーする人がどんなひとたちなのかで決まる』『我々がやるからには社会的にも有意義で、それでいて問題提起にもなる今までにない画期的なミスコンにしたい』
とかなんとか言われて、丸め込まれた。半端ない「説得力」だった。

   だけど、やっぱりわたしの一生の汚点の一つとなった。ミスコンはやっぱりミスコンでしかあり得なかったからだ。

——あのとき……勝手にエントリーしたのは本宮コイツなんじゃないか、ってわたしは思ってるんだけどね?


「……ところで、本宮」
「なんだ、七瀬?」

   庁舎会社では「水野」といえば「水野事務局長」のことなので、私は「七瀬」と呼ばれている。なんだか姓のような名前だから呼びやすそうだ。

——妹は「七海」っていういかにも女の子、って名前なのにね。

   私は十一月七日生まれ、妹は二月十七日生まれということで、二人とも「七」のついた名になった。

「水野局長に用事?だったら、さっさと入って行きなさいよ。こんなところで油売ってて大丈夫なの?」

   今の時期は一月からの通常国会が、会期延長の末にようやく閉会してやれやれといったところだが、政局の動静如何いかんでいつまた臨時国会がセッティングされるかしれない。

   国会で各省庁から内閣を通して提出される法律案や、各委員会——全国中継されるのは主に予算委員会だけだが、それぞれの省にも委員会が設けられていて、会期中にはテレビに映らないところでも質疑が繰り広げられているのだ——で野党からの質疑に対する大臣の答弁書を作成するのが、国家公務員である「官僚」の仕事だ。(民◯党政権のときは官僚出身の大臣が多かったから、答弁書は自分で書いてくれていたらしいけどね。)

   そして、その法律案や答弁書を作成するために、旧態依然とした紙の資料とまだまだお粗末なデータベースを漁ったあと、お役所言葉の魔法の呪文である「等」という言葉を駆使して適用範囲を際限なく拡大させ、最終的にはどんな国文学の権威が読んでも「よくわからない」という摩訶不思議な日本語の文面になるよう下書きをするのが……

——わたしたち若手総合職キャリアなのである。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


   局長室から田中が出てきた。

「……本宮と水野じゃないか。めずらしい組み合わせだな。局長の手はもう空いたぞ」

   彼だけは——わたしのことを「七瀬」とは呼ばない。相変わらず、学生の頃のように「水野」と呼ぶ。

「おい、諒志」
   本宮が田中に声をかける。田中はありふれた姓だから、ほかの「田中」と区別するために下の名前で呼ばれていた。

——だけど、わたしは一度も呼べたことないけどね。

   田中が本宮の方へ視線を移す。長身の二人は目線がほぼ同じだ。

「おまえ、水野局長のお嬢さん——七瀬の妹と見合いするのか?」

   あからさまな本宮の問いに、田中が「立ち聞きしていたのか?」とちょっと呆れた顔になる。

   そのとき、「諒志さんっ!」と声がして、わたしたちは声の方を見た。

「まだこちらにいたんですね。例の件に関しての問い合わせが、あの政治家の秘書さんから何度も来てまして……」
   田中の下で働く高木たかぎとかいう二十代半ばの一般職ノンキャリアの子だった。

「わかった、すぐ行く」
   田中がそう応じると、高木はきびすを返して足早に戻って行った。

「見合いするのは……出世のためじゃないぞ」

   高木が去って行った方向へ身体からだを向けながらも、顔だけこちらに振り向けた田中は、わたしと本宮を見据えた。リムレスの眼鏡のレンズが光る。

   彼が人造人間サイボーグと揶揄されるのは、醸し出す雰囲気もさることながら、その無機質なまでに整った顔立ちのせいでもある。

「なにも局長の手を借りなくても、おれは自力で出世してみせるからな」

   そうきっぱりと言い放った彼は、完全に背を向けたかと思うと大きく一歩を踏み出し、みるみる間に遠ざかって行った。


「……こっちも、早く用件済まさないと、山岸やまぎしが追っかけてきそうだわ」
「あぁ……うちも戸川とがわが来そうだ」

   わたしも本宮も、声にならない声でつぶやいた。

   決して強い口調でもなかったのに……
   むしろ、落ち着いた口調だったのに……

   田中の妙な迫力に、すっかり圧倒されてしまったのだ。

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