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エリザベートの過去

女ったらしの怪盗に、心を奪われた日

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今でも鮮明に覚えている。
あの日は、月の綺麗な夜だった。

退屈だった世界に、色がついたんだ。

それからはあなたをどこまででも
追いかけるようになった。
そう、どこまでもどこまでも。

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

私は、昔から勘が鋭い。14年間生きてきて、外したことはない。
その日は、「今日は何かが起こる気がする」と、気持ちがどこかそわそわとして落ち着かなかった。

そして、その予感は当たっていた。
人々が寝静まった真夜中に、物音がして目が覚めた。

かすかな音が聞こえる方に、そろりそろりとしのび足で近づいた。

「くそっ、今日はついてねえなぁ」

はっきりと、そう聞こえた。

部屋のテラスに誰かがいる。
バクバクする胸に手を当てて、カーテンの隙間からおそるおそる瞳をこらして見ると、人影が見えた。

(やっぱり誰かいる!まさか不審者?!?!)

とっさにカーテンを閉めて、助けを求めようとしたが、ちょうどその時、月明かりがその姿を照らした。

乱れた髪の毛が、月明かりに照らされてキラキラときらめいている。

長いオールバックの金髪に、長身かつ細身で、中性的な美しい顔立ちをしている。

御伽話にでてくる王子様のような見た目だが、ミステリアスな雰囲気を纏ったどこか色っぽさのある美男子だ。

「綺麗…」

その姿から目が離せなくなった。

鼓動がドキドキとうるさい。

一瞬、目が合った。
美しい瑠璃色の瞳はしっかり私をとらえている。

顔の輪郭をなぞるように送られる視線は、ぞくっとするほど艶かしい。


世界が止まったように感じられた。

ずっと見ていたいと思ったが、男は目の前からすぐに消えてしまった。

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

美しい男性の正体は、すぐにわかった。

お父様が怒り狂い、隣にはお母様がいて必死になだめている。

彼が姿を消してすぐ、必死の形相で護衛が駆けつけ、屋敷中が大騒ぎになった。

どうやら彼は「怪盗」らしい。しかもこの国では、かなりの有名人。

怪盗って実在したの?と最初こそ驚いたものの、あのミステリアスな雰囲気は、やはりそうなのかと妙な納得感もあった。

怪盗と言えば、財物を鮮やかに盗み出すイメージだが、彼が盗むのは主に「女性」。

(傭兵団が到着し、この話しを聞いたときには目が点になった)

かわいい子を見つけてはさらって、を繰り返す「怪盗」と言うよりはとんでもない「チャラ男」だ。

しかも彼は女性を選ぶときに「家柄がいい」ことを何よりも重視する。爵位は伯爵以上でないと眼中にないそうだ。

(私は貴族令嬢だからチャンスはありそうね…!)

それに加えて、眉目秀麗な上、博識で、さらに可憐さがなければいけない。

(なんという面食い…。)

美女の噂を聞くとすぐさらいに行き、「愛の逃避行」と言う名の夜デートを楽しむ。空の上での甘いひと時は、それはそれは夢のようだとか。

イケメン怪盗からのお誘いは、令嬢たちもまんざらではないようで…喜んで彼との夜デートを満喫するそうだ。

朝には屋敷までちゃんと送り届けてくれるらしいが、中には帰りたくないとすがりつく令嬢たちも少なくないとか…。

(むむむ…。なんか面白くない!
たしかにあんな美男子だったらそのままさらわれたくもなるけど。)

怪盗とデートした令嬢たちはその後、婚約の申し出が殺到するらしく、親は喜んで娘を差し出すらしい。

だが、今回は相手が悪い。
怪盗が狙った相手は、まさかのまさか!?私のお母様。

たしかにお母様は若い頃、「社交界の花」と呼ばれた絶世の美女だが、人妻にまで手を出すだなんて正気?

しかもお父様は嫉妬深いから、八つ裂きにされないか心配だわ。

タイプだったら分別もなくさらいに行くのね…。

知れば知るほど、女好きのとんでもないクズ野郎に思えるが、その姿を思い出そうとすると胸が高鳴る。


私はどうやら、恋をしてはいけない人に心を奪われてしまったらしい。

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