光のもとで2

葉野りるは

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May

距離 Side 桃華 01話

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「ねぇ、翠葉。藤宮司と何かあったの?」
「え……?」
「近ごろよそよそしくない?」
「……やっぱり、そう見える?」
 翠葉は困った顔に薄く笑みを浮かべた。
「桃華さんもそう思っているのなら、気のせいじゃないよね……」
 心当たりがあるのか、翠葉は視線を落として何か考えているよう。
「あのね、一緒にいることは一緒にいるのだけど、距離を置かれているのかなって……。でも、認めるのはちょっと嫌で、ずっと気づかないふりをしていたの」
 区切って話す翠葉を見て思う。これは指摘しないほうが良かったことなのだろうか、と。
 しかし、口にしてしまったものは引っ込めようがない。話すなら話すでとことん話してしまおう。それで何か解決策が見えるのなら、そのほうがいいに決まっている。
「……なんていうか、今までならもっと翠葉のことをかまっていたと思うのだけど、最近は遠ざけているように見えるのよね……。原因はわかっているの?」
「それが、何もないの。藤の会で会ったときは普通だったし……。週が明けて学校へ来たらこんな感じ」
「まったく意味がわからないわね。迷惑甚だしい……」
 本音を吐くと、翠葉はまた力なく笑った。
 藤の会での様子は蒼樹さんから少し聞いていた。
 どうやら、会長邸宅に着いたところから、翠葉は家族と別行動になっていたらしい。そして、庭園へ移動してからも、家族である蒼樹さんたちですら、翠葉に近づくのは容易ではなかったという。
 翠葉は顔馴染みの藤宮一族のエスコートを一通り受けたあと、大半の時間を会長の側で過ごしていたらしい。それが藤宮司の考えだったのか、会長自らそうさせたのかは不明。それでも、厄介な人間に声をかられずにいられる環境としては、これ以上ない場所にいたといえる。
「桃華さんは蒼兄に距離を置かれたこと、ある……?」
「翠葉、蒼樹さんとあの男を一緒にするのはやめてくれないかしら? 蒼樹さんはあんなに気難しい人間じゃないわ」
 真顔で断わると、翠葉はクスリと笑った。
「ツカサはそんなに気難しい人じゃないよ。ただ、少し感情表現が不器用なだけ」
 そんなふうに言えるのは翠葉だけだと思う。あの男は誰がどう見ても気難しい人間だと思うし、人と関わることにおいては面倒なことこのうえない。
 幼稚部、初等部、中等部はまったくといっていいほどに人との関わりを持たずにきた男は、翠葉と出逢って少し変わった。けれども、その変化が周りにとっていいものだったのかは不明。
 翠葉と関わる都合上、翠葉の周りにいる人間とも関わりを持つことになり、その部分に含まれる私からしてみると、微妙な面倒臭さが生じている。
 翠葉とうまくいっているときはいい。が、翠葉とうまくいっていないときは最悪だ。
 いつも以上に言葉数が減り、たまに発する言葉は棘そのもの。さらには近寄るなオーラを大放出だ。
 生徒会の仕事に支障が出る程度には面倒臭い人間だと思う。人間としては、より人間らしくなったわけだけど、感情の起伏がなかった中等部時代のほうが、まだ扱いは楽だったように思える――なんてことは、翠葉には口が裂けても言えないけれど。
「藤の会では藤宮司のエスコートも受けたんでしょう?」
「うん……。最初からずっとエスコートしてもらえるものだと思っていたのだけど、元おじい様のお考えで色んな人にエスコートされて、最後にツカサがエスコートしてくれた。でも、午後からはずっと元おじい様のお膝元にいたから……」
「そのとき、何かなかったの?」
「うーん……何か、と言われても――」
 翠葉は宙を見ながらその日の出来事を思い返しているようだ。
「……私たち、あの日はお互いの格好に見慣れていなくて、なかなか目を合わせることもできなかったの。だから、会ったときはとてもぎこちなくて、ギクシャクしている感じだったのだけど……途中からは割といつもの調子で話せていた気がする。でも、話すといってもいつもと同じで、会話の必要が生じたときにしか話さなくて……」
 翠葉と藤宮司の心境は理解できなくもない。もし、いつもとは違う出で立ちの蒼樹さんを見た際には、私だってうろたえてしまうだろう。
 それに、翠葉と藤宮司は普段から言葉数が多いほうではないし、ふたりが一緒にいるからといって、常に会話しているわけではないことはよく知っている。そのふたりを知っていても、最近の藤宮司は異様な態度を取っているとしか言いようもなく――
 なぜ、翠葉を遠ざける必要があるのかは、皆目見当がつかない。
「理解に苦しむわ……」
「私、嫌われたのかな……」
「それはないと思うの」
「どうして……?」
「あの男なら、嫌いになったら嫌いになったですぐにそう口にすると思うわ。間違っても、『付き合っている状態』を継続するとは思えない」
「……そう言われてみると、そうかな?」
「白黒はっきりさせたいタイプだから、その部分は心配しなくていいと思うの」
「うん……」
 頷く翠葉は無理に笑顔を作ろうとしていた。
「直接訊いてみたらどう?」
「桃華さんなら訊く?」
「……蒼樹さんに避けられる、という状況があまり想像できないのだけど――でも、翠葉と同じ状況なら訊くわ。何もわからなくて不安な気持ちを抱いたままなのは嫌だもの」
 翠葉は少し目を見開き、
「桃華さんは強いな」
 と、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「私はちょっと怖い。避けられているのかも、って思っても認めたくなかったくらいだし……」
「でも、藤の会からかれこれ二週間も経っているのよ? ずっとこのままでいるつもり?」
 正直、それはやめてほしい。今ですら、生徒会メンバーは藤宮司の機嫌をうかがいながら仕事をしているというのに、これ以上続こうものなら嵐子先輩あたりが発狂するだろう。二週間堪えていることのほうが奇跡だ。
「……そうだよね。このままだと生徒会メンバーに迷惑かけ続けることになるし……」
 翠葉の言葉にドキリとした。まるで心の中を読まれてしまった気分だ。
「ごめん、顔に出てたかしら?」
「ううん、桃華さんが、っていうわけじゃないの。ほら、嵐子先輩とかそろそろ限界って感じでしょう?」
 そう言って翠葉は笑った。
「一昨日も何かあったのか、って訊かれちゃった。最初のうちは嬉々として訊いてくる感じだったけど、ここのところは辟易とした感じ。私は認めたくなかったから、何もないですよ、って答えていたけれど、そろそろそれも通じないよね」
 ちょっと反省……。翠葉は鈍感でも、周りに対する配慮を忘れる子じゃなかった。
 わかっていてこの状況が続いているのだとしたら、それほどまでに、あの男に尋ねるのが怖い、ということなのだろう。こんなとき、蒼樹さんならなんて言うのかしら……。
「翠葉、藤宮司に直接訊けないなら、蒼樹さんに相談してみたらどう?」
 翠葉は少しきょとんとした顔で、
「あ……そっか。蒼兄たちに相談すれば良かったのね?」
 まるで存在を忘れていたかのような物言いに、クスリ、と笑みを零す。
「そんな忘れてた、みたいな言い方したら、蒼樹さん悲しむわよ?」
「だって、本当に忘れていたの」
 翠葉のふわりとした笑顔に少しほっとした。そこまで思いつめているのではないのかもしれない。
 思いつめるととことん自分を追い詰める子だから、そこまで行く前に手を差し伸べたいと思うけど、それは存外難しい。翠葉は表情が豊かなくせに、何かに悩んでいても、それはさほど顔に出さないのだ。
 今度、蒼樹さんにそのあたりの手ほどきや目安を訊きたいくらいだわ。
 翠葉との話が一段落ついたとき、私たちはいつもに増して無口な男がいる図書棟へ向かって歩きだした――
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