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July
七夕祭り Side 翠葉 01話
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期末考査最終日、テストが終わると七夕イベントと称した鬼ごっこが始まった。
七夕の鬼ごっこ大会は、久先輩が「鬼ごっこ同好会」を発足してからの恒例行事だという。一部の生徒は久先輩が卒業したら違うイベントになると思っていたようだけど、久先輩の意志を継いだ後任会長がいて、その人の号令のもと、このイベントは継続されている。
ルールは簡単だけど、ほんの少しややこしい。
運動部対文化部の鬼ごっこは先攻後攻をジャンケンで決める。今回は運動部が勝ったことから、運動部が先に鬼となって始まった。
捕まった人は芝生広場の一角へ集められ、一本の桜の木を先頭に、捕まった人から順番に手をつないで一列に連なる。その人たちは捕虜と呼ばれるのだけど、一度捕まった捕虜を助ける方法があるのだ。
桜の木と一番最初に捕まった人の連結部分を切ることができたら全員解放。列の途中、人と人の手がつながれている部分を切った場合は、切られた人から最後尾の人までが自由になる。より多くの仲間を解放するためには、桜の木と一番最初に捕まった人の連結部分を切らなくてはいけない。しかし、そのあたりには運動部の人が警戒網を張り巡らせているため、容易には近づけないのだ。
芝生広場内に配置できる見張りは全員で十人。その半数の人間が、桜の木と捕虜の連結部分に集結している。
前半一時間は運動部が鬼。後半一時間は文化部が鬼。最終的には捕虜の人数で勝ち負けを競う。
私は走ることができないから、参加はできないと思っていた。でも、
「参加することに意義があるのよ。それに、ずっと走ってなくちゃいけないわけじゃないし、立ちっぱなしってわけでもない。捕虜になったとしてもそれなりに楽しめるわ」
そう言ってくれたのは桃華さんだった。
だから、鬼ごっこよりはかくれんぼの要領で逃げていたのだけど――
「あんたのそれ……逃げる気あんの? まさかそれで逃げてるつもりなの?」
早々に、あまり見つかりたくない人間に見つかってしまった。
飛翔くんを見ると、どうしても背を向けて逃げるよりは後ずさりをしてしまう。それを見て言われた一言だった。
「あーーー……猶予やる。十秒数えるから逃げろよ」
「えっ、あの――」
「逃げろって言ってんの。いーち、にーい、さーん――」
数え始めては、「とっとと行動しろ」と目が言っている。
私は慌てて早歩きで歩きだした。でも、どれだけ急いで歩いたところで、十秒で進める距離などたかが知れている。
「あのさぁ……バカにしてんの?」
「や、やる気はあるのっ。でも、私、走れないから……」
飛翔くんは眉間のしわを深めた。
これは「説明しろ」と言っているのだろうか……。
「あの、理由、求められてる……?」
及び腰で尋ねると、
「わかっているなら早く言え」
「持病があって走れないのっ」
飛翔くんはばつが悪い顔で視線を逸らした。
こういう仕草はツカサと少し似ている。
「そうならそうと早く言えよ……」
「だって、あまり進んで話したいことではないもの」
「じゃ、参加してんじゃねーよ」
あからさまに、「面倒くさいものに関わった」。そんな表情をされる。
「そのつもりだったんだけど、参加することに意義があるって言われたから」
「ああ言えばこう言う……」
そう言われてしまうと口を噤まずをえない。
「……見逃してやるからうまく逃げろよ」
思わぬ言葉に目を瞠る。そして、走り出そうとした飛翔くんのシャツを掴んだ。
「何……」
ひどく嫌そうな顔がこちらを向いた。
これは、「これ以上面倒なやつの相手はしたくない」だろうか……。
そんな予想をしつつ、
「私、ちゃんと参加しているの。見逃されたら味噌っかすみたいでしょ? それは嫌だからちゃんと捕獲して」
「……意味わかんね」
「意味、わからなくないよ。……ちゃんと参加させて? 私の存在を無視しないで」
飛翔くんはため息をつくと、「了解」と私の腕を掴んだ。
ただ、芝生広場へ連行されるだけだと思っていた私は動揺する。それに気づいたのか、飛翔くんは腕を離して頭をガシガシと掻いた。
仏頂面に見下ろされ、
「これは? 男性恐怖症っぽいこれ、なんか理由あんの?」
「え? あ……もともと男子は苦手で――」
「だから……それ、理由があるのかって訊いてんの」
男子が苦手だから、というのは飛翔くんにとって理由にはならないらしい。でも――そこを突き詰めて考えたことはなかった。
肩に手を置かれてぞくりとするのは何が原因かわかっている。でも、普段から男子が苦手なのは――
「笑わない……?」
「笑われるようなことなら克服すれば?」
本当に容赦がない……。このあたり、ツカサよりも容赦がないのではないだろうか。
そんなことを考えつつ、私はあまり思い出したくない過去を思い出す。
中学に入学して一ヶ月が過ぎたころ、クラスのリーダー格の男子に告白された。「好きだから付き合ってほしい」とストレートに。私は「ごめんなさい」と断わった。けれど、なかなか聞き入れてはもらえなかったのだ。さらには無理やりキスをされそうになった。それが、男子を怖いと感じた初めての出来事。
それからもしつこく付きまとわれ、行く手を阻まれては手や腕を掴まれる、ということが繰り返された。私は徐々に過剰反応するようになり、対象はその男子に留まらず、周りにいる男子全員が恐怖の対象になってしまった。
その噂は学校中に広まり、男子は学年を問わず、私に触れて反応を楽しむようになった。それは三年間続き、私は男子に近づくことも近づかれることも、必要以上の苦手意識を感じるようになってしまったのだ。
これ、克服できるのかな……。一年B組のクラスメイトとは握手ができるようになった。誰のことも怖いと思わないようになった。でも、今のクラスではまだ無理……。後ろの席の山下くんと、ようやく普通に話せるようになったくらいだ。
「克服……できたらいいな」
ポツリと零すと、
「内容を聞きもせず、そんなのわかるかバカ」
言われて苦笑する。
確かに飛翔くんの言うとおりだ。でも、「バカ」は余計だと思う。
こういうところはツカサと違うな……。
「……話せるのか話せないのか、どっち?」
ツカサとは異なる低い声にビクリとする。そして、これがいけないのだ、と唇を噛みしめる。
私は深呼吸をしながら「立花飛翔」という人間の知り得る情報を頭の中に並べた。
飛翔くんは飛鳥ちゃんの弟。少し言葉遣いが荒いけど、たぶん怖い人ではない。ただ、今まで周りにいた人よりも少し背が高くて首が太くて声が低いだけ――
「……私、もともと人見知りなの。でも、男子を怖いと思うようになったきっかけは別にあったみたい」
「その、自分のことじゃないような話しぶり、なんなの」
あまりにも痛いところをつかれて苦笑しか出てこない。
「飛翔くんに訊かれるまで、理由を考えたことがなかったの。だから、過去の自分を振り返ったら、今の自分からは少し距離があって、ほんの少し他人事みたいに思えた」
呆れられるだろうなと思って話したけれど、案の定――飛翔くんはひどく胡散臭いものを見るような目で私を見下ろしていた。
「飛翔ー! 何なに、御園生センパイ捕獲? 俺、連行班だからセンパイ引き受けるよ」
声を発し駆け寄ってきたのは、どこかで見たことがあるような男子だった。
「真島、これはいい。扱いが面倒だから俺が連れていく。代わりにおまえが捕獲班になれ」
「やだよっ。俺、こんな暑い中走りたくないってば!」
「つべこべ言わずに行け」
飛翔くんがじろりと睨むと、その男子は文句を言いながらも走りだした。
こういう、視線で人を動かすところはツカサと似ている。
飛翔くんの視線がこちらを向くと、「話の続き」と先を促された。
七夕の鬼ごっこ大会は、久先輩が「鬼ごっこ同好会」を発足してからの恒例行事だという。一部の生徒は久先輩が卒業したら違うイベントになると思っていたようだけど、久先輩の意志を継いだ後任会長がいて、その人の号令のもと、このイベントは継続されている。
ルールは簡単だけど、ほんの少しややこしい。
運動部対文化部の鬼ごっこは先攻後攻をジャンケンで決める。今回は運動部が勝ったことから、運動部が先に鬼となって始まった。
捕まった人は芝生広場の一角へ集められ、一本の桜の木を先頭に、捕まった人から順番に手をつないで一列に連なる。その人たちは捕虜と呼ばれるのだけど、一度捕まった捕虜を助ける方法があるのだ。
桜の木と一番最初に捕まった人の連結部分を切ることができたら全員解放。列の途中、人と人の手がつながれている部分を切った場合は、切られた人から最後尾の人までが自由になる。より多くの仲間を解放するためには、桜の木と一番最初に捕まった人の連結部分を切らなくてはいけない。しかし、そのあたりには運動部の人が警戒網を張り巡らせているため、容易には近づけないのだ。
芝生広場内に配置できる見張りは全員で十人。その半数の人間が、桜の木と捕虜の連結部分に集結している。
前半一時間は運動部が鬼。後半一時間は文化部が鬼。最終的には捕虜の人数で勝ち負けを競う。
私は走ることができないから、参加はできないと思っていた。でも、
「参加することに意義があるのよ。それに、ずっと走ってなくちゃいけないわけじゃないし、立ちっぱなしってわけでもない。捕虜になったとしてもそれなりに楽しめるわ」
そう言ってくれたのは桃華さんだった。
だから、鬼ごっこよりはかくれんぼの要領で逃げていたのだけど――
「あんたのそれ……逃げる気あんの? まさかそれで逃げてるつもりなの?」
早々に、あまり見つかりたくない人間に見つかってしまった。
飛翔くんを見ると、どうしても背を向けて逃げるよりは後ずさりをしてしまう。それを見て言われた一言だった。
「あーーー……猶予やる。十秒数えるから逃げろよ」
「えっ、あの――」
「逃げろって言ってんの。いーち、にーい、さーん――」
数え始めては、「とっとと行動しろ」と目が言っている。
私は慌てて早歩きで歩きだした。でも、どれだけ急いで歩いたところで、十秒で進める距離などたかが知れている。
「あのさぁ……バカにしてんの?」
「や、やる気はあるのっ。でも、私、走れないから……」
飛翔くんは眉間のしわを深めた。
これは「説明しろ」と言っているのだろうか……。
「あの、理由、求められてる……?」
及び腰で尋ねると、
「わかっているなら早く言え」
「持病があって走れないのっ」
飛翔くんはばつが悪い顔で視線を逸らした。
こういう仕草はツカサと少し似ている。
「そうならそうと早く言えよ……」
「だって、あまり進んで話したいことではないもの」
「じゃ、参加してんじゃねーよ」
あからさまに、「面倒くさいものに関わった」。そんな表情をされる。
「そのつもりだったんだけど、参加することに意義があるって言われたから」
「ああ言えばこう言う……」
そう言われてしまうと口を噤まずをえない。
「……見逃してやるからうまく逃げろよ」
思わぬ言葉に目を瞠る。そして、走り出そうとした飛翔くんのシャツを掴んだ。
「何……」
ひどく嫌そうな顔がこちらを向いた。
これは、「これ以上面倒なやつの相手はしたくない」だろうか……。
そんな予想をしつつ、
「私、ちゃんと参加しているの。見逃されたら味噌っかすみたいでしょ? それは嫌だからちゃんと捕獲して」
「……意味わかんね」
「意味、わからなくないよ。……ちゃんと参加させて? 私の存在を無視しないで」
飛翔くんはため息をつくと、「了解」と私の腕を掴んだ。
ただ、芝生広場へ連行されるだけだと思っていた私は動揺する。それに気づいたのか、飛翔くんは腕を離して頭をガシガシと掻いた。
仏頂面に見下ろされ、
「これは? 男性恐怖症っぽいこれ、なんか理由あんの?」
「え? あ……もともと男子は苦手で――」
「だから……それ、理由があるのかって訊いてんの」
男子が苦手だから、というのは飛翔くんにとって理由にはならないらしい。でも――そこを突き詰めて考えたことはなかった。
肩に手を置かれてぞくりとするのは何が原因かわかっている。でも、普段から男子が苦手なのは――
「笑わない……?」
「笑われるようなことなら克服すれば?」
本当に容赦がない……。このあたり、ツカサよりも容赦がないのではないだろうか。
そんなことを考えつつ、私はあまり思い出したくない過去を思い出す。
中学に入学して一ヶ月が過ぎたころ、クラスのリーダー格の男子に告白された。「好きだから付き合ってほしい」とストレートに。私は「ごめんなさい」と断わった。けれど、なかなか聞き入れてはもらえなかったのだ。さらには無理やりキスをされそうになった。それが、男子を怖いと感じた初めての出来事。
それからもしつこく付きまとわれ、行く手を阻まれては手や腕を掴まれる、ということが繰り返された。私は徐々に過剰反応するようになり、対象はその男子に留まらず、周りにいる男子全員が恐怖の対象になってしまった。
その噂は学校中に広まり、男子は学年を問わず、私に触れて反応を楽しむようになった。それは三年間続き、私は男子に近づくことも近づかれることも、必要以上の苦手意識を感じるようになってしまったのだ。
これ、克服できるのかな……。一年B組のクラスメイトとは握手ができるようになった。誰のことも怖いと思わないようになった。でも、今のクラスではまだ無理……。後ろの席の山下くんと、ようやく普通に話せるようになったくらいだ。
「克服……できたらいいな」
ポツリと零すと、
「内容を聞きもせず、そんなのわかるかバカ」
言われて苦笑する。
確かに飛翔くんの言うとおりだ。でも、「バカ」は余計だと思う。
こういうところはツカサと違うな……。
「……話せるのか話せないのか、どっち?」
ツカサとは異なる低い声にビクリとする。そして、これがいけないのだ、と唇を噛みしめる。
私は深呼吸をしながら「立花飛翔」という人間の知り得る情報を頭の中に並べた。
飛翔くんは飛鳥ちゃんの弟。少し言葉遣いが荒いけど、たぶん怖い人ではない。ただ、今まで周りにいた人よりも少し背が高くて首が太くて声が低いだけ――
「……私、もともと人見知りなの。でも、男子を怖いと思うようになったきっかけは別にあったみたい」
「その、自分のことじゃないような話しぶり、なんなの」
あまりにも痛いところをつかれて苦笑しか出てこない。
「飛翔くんに訊かれるまで、理由を考えたことがなかったの。だから、過去の自分を振り返ったら、今の自分からは少し距離があって、ほんの少し他人事みたいに思えた」
呆れられるだろうなと思って話したけれど、案の定――飛翔くんはひどく胡散臭いものを見るような目で私を見下ろしていた。
「飛翔ー! 何なに、御園生センパイ捕獲? 俺、連行班だからセンパイ引き受けるよ」
声を発し駆け寄ってきたのは、どこかで見たことがあるような男子だった。
「真島、これはいい。扱いが面倒だから俺が連れていく。代わりにおまえが捕獲班になれ」
「やだよっ。俺、こんな暑い中走りたくないってば!」
「つべこべ言わずに行け」
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