光のもとで2

葉野りるは

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October

紫苑祭準備編 Side 司 08話

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 今日はスチル写真撮りの日。
 場所は第一小体育館。撮影者は写真部の部長。
 現場には生徒会メンバーと写真部の部員が数名いた。
 集合時間になって簾条に連れられてきた翠は、赤い衣装に身を包んでいた。
 しかし、包まれている面積が少なすぎて、自分が着ている長ランを羽織らせたくなる。
 そんな行動に出たらからかいの的になることは必須。腕を組むことで必死に抑えていると、
「はーい、翠葉はそのジャージ取ってねー」
 腰に巻いていたジャージを嵐に取られると、
「せっ、先輩っ、写真撮る直前まではっっっ」
「翠葉、足細いんだからいいじゃない」
 そういう問題じゃない。
「ただ単にもやしなだけですっ」
 真面目に答えるな、バカ。
「いやみな子ねぇ……。去年と比べると少し体重増えたっぽいし、十分きれいな足よ?」
 その場にいる誰もが翠の足に注目していて、男子全員を体育館から閉め出したくなる。
 でも、やっぱりそんなふうには動けなくて、とっとと撮影が終わればいいと思った。
「翠葉にきてるオーダーは、ポーズをとって笑顔全開」
 簾条の言葉に翠は真っ青になったが、そんなことを気にしない嵐は、
「翠葉、立って左足軽く上げて片足立ち。ボンボン持った手は腰にあてて。ほら、さっさとやるっ!」
 翠は簡易スタジオの中央に立たされ言われたとおりに身体を動かす。しかし、背筋が伸びていないので全然様になっていない。これではいい写真など撮れないだろう。
 もっとも、いい写真なんて撮らせたくもなければ、全校生徒が目にするアルバムになど収録されたくもないわけだが……。
「翠、腰から背筋正して」
 俺が手を添えると、翠はすぐに姿勢を正した。
 背中合わせに立つと、カメラマンがすぐさまシャッターを切る。数枚撮られるのかと思えば、
「寄り添ってる感じがものすごくいいんだけど、翠葉ちゃんもっと笑えないかな? あ、司は無愛想でもかまわないよ」
 朝陽からのだめだしが入った。
「どうしてツカサだけっ!? 私も笑いたくないですっ」
「いやいやいや、お姫様にはかわいく笑っていただきませんと」
「サザナミくんの意地悪っ」
「えええええっ!? 俺? 俺だけっ!?」
 背後で唸っている翠を肩越しに見やると、相変わらずかわいいむくれ顔をしていた。
 そんな顔、無暗やたらと人に見せるな……。
「翠が笑わないと終わらないんだけど」
「自分は笑わなくていいからってひどいっ」
「……そこまで言うなら別に笑ってもいいけど?」
 少し表情筋を動かせばいいだけのこと。
 笑って見せると、翠はいっそう悔しそうな顔をした。
 俺、少し失敗したかも……。
「翠葉、ダンスのとき笑って踊ってたじゃん。それと一緒で大丈夫だって」
 海斗の言葉に、ダンスの練習ではそれ相応に笑えるようになったんだな、などと成果の程を知る。しかし、現状の翠は笑顔から程遠い状況だ。
 翠を追い詰めるのは簡単なこと。
 手っ取り早くその言葉を発しようとした瞬間、
「あんたが笑わないと、次にここを使う組が迷惑被るけど?」
 飛翔に先を越された。
 飛翔の不機嫌も相まってその場はしんとしたが、その言葉こそ翠にもっとも効果的なもの。
「……あの、すみません。顔の筋肉ほぐしてくるので少しだけ時間ください」
 翠は小走りで小体育館の裏へ続く出口へと向かった。
「嵐、ジャージ」
「はいっ。翠葉のフォロー、お願いね」
「飛翔、少しは言葉選べよ」
 千里はそう言うが、飛翔のとった行動は間違ってはいない。
 相手が翠ならば、こういった状況下では飛翔の取った行動がベスト。
 それを知っている俺は、飛翔にとくに何を思うでもなかった。

 階段に腰掛けた翠は、音が鳴りそうなほどぐにぐにと両頬を手でほぐしていた。
 露出しすぎの足にジャージを落とすと、びっくりした顔がこちらを向く。
「次、ここを使うのはうちの組だから少しなら融通できるけど?」
 翠はこんな言葉は望まない。わかっていながら、求められてもいない優しさを見せてみる。すると、翠は少し考えてから、
「……あのね、人が撮るんじゃなければ笑えるかもしれない」
「は?」
 今度は何を言い出すのか。じっと翠を見つめると、
「……人に見られているのが苦手なの。だから、セルフタイマーなら笑えると思う」
 翠は口元を引き締めた。
「じゃ、それ実践して」
 立ち上がった翠の背に手を添え、
「あいつらが望んでるのは全開の笑顔らしいけど、普通に笑みを浮かべられればそれでいいから」
 これは優しさとかフォローではない。ただ、全開の笑顔など俺だってめったに見られないのだから、その他大勢に見せるのが嫌でセーブしただけ。
 そうとは知らない翠は、「ありがとう」と口にした。

 翠は真っ直ぐカメラマンのもとへ向かい、
「あの、部長にはとっても申し訳ないのですが、セルフタイマーを使ってもいいですか?」
「えっ? 俺、撮らなくていいの?」
「すみません……。人に撮られているとどうしても構えちゃうので……」
「それなら、この機種スマイルシャッターが使えるからそれを使えばいい」
「ありがとうございます」
 会話を見守っていたメンバーも、「それで撮れるなら全然オッケーだよ」と口々に言う。
 すぐに撮影が再開するかと思いきや、翠の要望はそれだけでは終わらなかった。
「あの、すみません――体育館から出ていてもらえるとありがたいのですが……」
 ものすごく申し訳なさそうに申し出る。と、
「面倒くせー女」
 飛翔が先陣を切って行動を起こした。それにつられるようにしてほかの人間たちも出て行く。
 翠はカメラの設定を確認して戻ってきた。すると俺の背後に回るなり、
「ツカサ、あのカメラね、笑うと勝手にシャッターが落ちるの。だから、せーの、で正面向いて笑顔作ろう?」
「了解」
 背後でポーズをとったらしき翠が掛け声をかけると、やけに便利なカメラはパシャパシャと何度もシャッターを切っていく。
 つまり、翠が笑っているときちんと認識されているのだろう。
 しばらくして、
「撮れたかな……」
 言いながら翠がカメラに駆け寄った。
 プレビュー画面を食い入るように見た翠は、今日一番のむっとした顔を俺に向ける。
「ツカサ、ずるい……」
「俺には笑顔のオーダーきてないし」
 翠の手からカメラを取り上げ、今撮られたであろう写真を表示させていく。
 写真は全部で七枚撮られていた。そのうちの一枚に、自然と笑った表情に近い翠が写っていた。
「五枚目。これなら朝陽たちも納得するんじゃない?」
「本当……?」
「とりあえずは見せて確認」
「はい」
 生徒会メンバーに加え、写真部のOKも出て撮影は終了。
 ほっとした表情の翠を見ていたら、
「突破口があるならとっとと提示しろよ」
 飛翔は場が白けるのもかまわず体育館をあとにした。
 俺は苦い笑いを噛み殺す。
 飛翔の行動は、まるで自分を見ているようだ。もし、俺が翠になんの感情も抱いていなければ、似たり寄ったりのことを口にしただろう。
「飛翔は相変わらずだなぁ……翠葉、気にしなくていいよ」
 海斗のフォローは虚しく、翠は猛省の勢いで頭を下げる。
「あのっ、撮影に時間かけてしまってすみませんでした。それから、会計職のあれこれも、自分のわがまま通してすみませんでした」
 下げたときと同様の勢いで頭を上げようものならどうしてやろうかと思っていたが、翠はなかなか頭を上げない。見かねた優太が翠の肩を軽く叩く。
「翠葉ちゃん、俺は助かってるよ? 会計の仕事が分担されていたら、俺は今ほど組の練習に取り組めなかったからね」
 翠はその言葉に姿勢を直し、一歩下がったかと思うと、
「あの、私飛翔くんにお話があるのでお先に失礼しますっ」
 くるりと身体の向きを変えて走り出した。
 走るな――そうは思いつつも、きっと息が上がるほどの距離は走らないだろう。
 そんな思いで翠の背を見送ると、
「翠葉の律儀者おおおっっっ。飛翔なんて放っておけばいいのにっ。なんだか司がふたりいるみたいで超迷惑っ」
 嵐が文字通り地団太を踏んで見せる。
「でも、飛翔ってそんな悪いやつじゃないですよ」
「海斗、飛翔が私の従弟だって忘れてない? 飛翔がどんなやつかくらい海斗よりわかってるわよっ。ことあるごとに翠葉に噛み付いてっ。おまえは猛犬か!? って感じじゃない」
 海斗のフォローはとことん報われないらしい。
「ちょっと司っ、あと追いなさいよっ。また飛翔に冷たいこと言われて翠葉が落ち込むかもしれないでしょっ!?」
 それはどうだろう……。翠が飛翔を追いかけたとして、謝罪することはひとつふたつといったところ。そして、飛翔は冷たく突き放すような物言いはするが、謝罪をまったく受け付けない人間でもない。
 俺が行かずともさして問題はないように思うが、
「さっさと行くっ」
 俺は嵐に急き立てられ体育館を出る羽目になった。

 体育館を出ると、数段高くなった藤棚のもとにふたりはいた。
「あの、撮影に時間がかかってごめんなさい」
「実質的には時間内に終わったからいーんじゃない?」
「うん、でも、迷惑はかけたと思うし、飛翔くんが言うことはもっともだと思ったから」
「なら、次からは考えて行動して」
「はい」
 自分が喋っている気がしてくる言葉繰りに苦い笑いを噛み締める。
「それからっ、会計の仕事のことなんだけどっ――」
「最後までやりきれよ」
 飛翔は翠の言葉を遮って口にした。
「あのさ、何か勘違いしてるみたいだから言っておくけど、俺は会計職がやりたくて仕事を分担するよう勧めてたわけじゃない。あんたわかってんの? あんたが運動できないってわかってる時点で、どうしたって紫苑祭当日にかかるウェイトはあんたが一番重いんだよ。それなら、それまでの負担は俺たちが負うべきだと思ってた。なのに、仕事独り占めしてバカなの? あんたバカなの? 絶対バカだろ?」
 俺は柱の影で苦笑を漏らす。
 飛翔は俺よりも不器用な人間だと思う。
 いつだって翠に突っかかりはするが、性根が腐った人間ではないし、そこそこ周りが見えている人間だ。そんな人間が素直になれずにいる姿とは、こんなにも滑稽に見えるものなのか。
 俺も周りにはそんなふうに見られているのかもしれない。
 そんなことを考えていると、
「何笑ってんの」
「ううん、ごめん、嬉しくて」
「泣かれるとか、マジやめてほしーんだけど」
「ごめん、すぐ泣きやむ」
 その直後、
「あのね、私、あともう一度だけわがままを言うから。来年の紅葉祭、中間考査までの作業はみんなでやるけれど、それ以降のリトルバンクに関する作業全般は私に任せてください」
「……はっ!? あんた、やっぱバカだろ? 紫苑祭と紅葉祭じゃ扱う金額の規模が違う。それわかって――」
「うん、わかってる。でも、去年もそうだったの。それに、私はそういう形じゃないと生徒会に携われないから。先日ツカサが話したとおり、去年生徒会規約に準規約ができて、私が学校外で会計の仕事をすることが認められているの。だから、先に言っておくね。会計の総元締めやらせてもらいます」
 翠が立ち去ったのを確認してから飛翔に近寄ると、飛翔は肩を揺らすほどに驚いて見せた。
「あの人なんなんですか」
 飛翔は不服そうに零す。
「去年言っただろ? あの紅葉祭の総元締めは翠だって」
「聞きました。聞きましたけど……」
 実際の内訳を話したわけではない。ならば、内訳を話して信じられるものなのか。
「最初の山場は会計三人で作業にあたった。そのあとは、収支報告から追加申請、リトルバンクに関するものの一切を翠が捌いていた」
「まさかっ!?」
 飛翔が驚くのも無理はない。実際、三人で捌くにしても手にあまるものだからだ。それをよくひとりで捌いた、と今になっても思う。
「翠の技量を知りたければ実際に仕事を見ればいい」
 そう言うと、俺は飛翔を残して自分の教室へと向かった。
 翠、あとは自分で飛翔を納得させろ――
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