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葉野りるは

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August

夏の思い出 Side 翠葉 24話

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 夜が明け、部屋に差し込む光で目が覚めたとき、自分のものではないぬくもりに包まれていることに気づく。
 重い瞼をゆっくり押し上げると、一番に目に飛び込んできたのは細長い窓から差し込む光芒だった。次に、ぬくもりを感じる部分に意識を移す。
 首もとが温かいのはツカサが腕枕をしてくれているから。背中が温かいのは、ツカサに背後から抱きしめられているから。
 好きな人の腕の中で目覚められる朝とは、なんと幸せなことか――
 それらを噛み締めながら身体の向きを変えると、
「起きた?」
 少し掠れた声に驚いてツカサの顔を見ると、とても穏やかな優しい表情で見つめられていた。
「ツカサも寝ていたの?」
「いや、起きてはいたけど……」
 けど……?
 ツカサは笑みを零し、
「翠を放すのがもったいなくて離れられなかった」
「もったいないって……」
 寝ているツカサならともかく、寝てる私なんてそんな珍しいものではないはずなのに、どうしてもったいないなどと思うのか。
 不思議に思っていると、
「眠っている翠を心ゆくまで見られることや、翠が起きる瞬間に側にいられるのは貴重。……何より、腕の中で穏やかな寝息を立てる翠を見ていると幸せに浸れる」
 秋斗さんばりの甘い言葉に赤面すると、ちゅ、と唇にキスをされた。
 次の瞬間にはぎゅっと抱きしめられ、何がどうしたのかとわたわたしていると、
「あー……ものすごく帰りたくない」
 ツカサらしからぬもの言いに、まだ自分が夢を見ているのではないかと思ってしまう。
 でも夢だとしたら、なんと幸せな夢なのか。
 そんなことを考えていると、
「思ったより起きるの早かったな」
 ツカサは言いながら腕時計を見ていた。
「何時?」
「八時過ぎ」
 大急ぎで支度をすれば陽だまり荘の朝食に間に合う時間だ。でも、そこまでする必要はないかな、と思ってしまう。
 こんなふうに過ごせるのは今日が最後なのだから、それなら心行くまでツカサとの時間を過ごせばいい。
 昨夜は恥ずかしいとかあれこれ考えていたくせに、一晩寝たら思考は見事なまでにシフトされていた。
 そんな自分は、ツカサに負けじと現金なのだろう。
「二泊三日、とても楽しくて、すごく幸せな時間だったね?」
「あぁ……」
 ツカサは言葉を続けることなく私を抱きしめる。
「どうしたの? なんか甘えられてる気分」
「甘えたい気分」
 思わずツカサを見返してしまう。と、
「そんな日だってある」
 その言葉に衝撃を受けたけれど、そんな日があってもいいような気がして、ツカサの額にかかる髪をそっとかき上げ口付けた。
「でも、どうせだからきちんと起きてご飯を食べて、出発の時間までボートに乗るなり、納涼床へ行くなり、もう少し有意義な過ごし方をしない?」
「これも十分有意義だと思うけど?」
「そうなんだけど、ここでしかできない過ごし方というかなんというか……」
 こんなふうに甘えられるのは初めてのことで、珍しいもの見たさでツカサの顔をまじまじと見てしまう。すると、ツカサは少し恥ずかしそうに視線を逸らした。
「また、来よう? 次に来られるとしたら冬休みかな……? でもここ、冬は雪が積もるよね?」
「冬に来るとしたら陽だまり荘だけど、それで同行者もいるとか最悪だから、その際には違う場所を見繕う」
「白野のステラハウスも、プラネットパレスもいいね? そのほかのパレスは小さいころに行ったことがあるのだけど、私、小さくてあまり覚えてないの」
「なら、ほかのパレスでもいいんじゃない?」
「うん! 今度、静さんにパンフレットもらってくる! さ、起きよう?」
 先に身体を起こしツカサの腕を引っ張ると、引っ張り返されてベッドに沈んだ。
「これが最後だから」
 そう言うと、ツカサに深く口付けられた。

 稲荷さんに連絡を入れてから、ふたり揃って洗面所へ向かう。
 隣に並んで洗面台で顔を洗うのも、歯を磨くのも新鮮だ。でも、六年後にはそれが日常になる。
 未だ現実味がないのだけど、この人が私のフィアンセで、未来の旦那様。
 自分にこんなにも好きな人ができるとは思わなかったし、まさか高校生のうちに婚約することになるとも思ってもみなくて、もし過去の自分に会いに行くことができるのなら、「今がつらくても未来は明るいよ」と教えてあげたい。
 でも、何も知らずに「その時」をがんばるからこそ、こんなに幸せな未来が待っているのだとしたら――
「翠」
「ん?」
「歯、磨きすぎ。血が出てる」
「あ……」
 気づけば歯磨き粉の泡がピンク色に変化していた。
 これは間違いなく磨きすぎ。
 慌てて口を漱ぐと、
「何か考えごと?」
「そんな難しいことを考えてたわけじゃないんだけどね」
「それはわかる。顔が締まりなかった」
 言われてちょっと恥ずかしくなる。
「幸せなことを考えてただけだものっ!」
「幸せなことって……?」
「秘密っ!」
 私はツカサを置いて先に洗面所を出た。
 寝室へ戻り最終日に着ようと思っていた白いシャツワンピースに着替えると、ツカサもクローゼットにかけてあった白いシャツとブラックジーンズに着替える。
 ふたりの着替えが済んだころに稲荷さんがやってきて、昨日同様、朝食のセッティングを済ませるとすぐに管理棟へと戻っていった。

 あたたかい料理を食べながら、
「このあとどうする?」
「納涼床までは距離があるから行くなら車だな。もしくはここでボート。どっちがいい?」
「そうだなぁ……。どうせだったらふたりきりでいたいものね。ボートかな?」
「場合によっては陽だまり荘へ下りてもかまわないけど?」
「え……?」
「簾条はともかくとして、雅さんとそんなに話せてないだろ? 昨日、秋兄たちに予定を聞いたら、藤倉へ帰ったら仕事の打ち合わせをしたあとじーさんに会いに行って、明日には帰国するらしい」
「そうなのね……」
 悩ましい……実に悩ましい。
 ツカサとふたりきりで過ごしたい気持ちもあるし、雅さんともう少し話したい気もする。
 うんうん悩んでいると、ツカサがクスクスと笑いだした。
「ツカサ……?」
「それ以上悩まなくていい」
「え……?」
「朝食を食べ終えたら荷物をまとめて陽だまり荘へ下りよう」
「でも――」
「二泊三日、割と翠を独り占めできたと思うし、ふたりきりで過ごすだけならここじゃなくてもできるだろ?」
「そうだけれど……。いいの?」
「問題ない」
 ツカサは満足そうな顔でトーストにかじりついた。

 十時になって星見荘を出て陽だまり荘へ下りると、秋斗さんと唯兄しかリビングにいなかった。
 ふたりはすでに荷物をまとめていて、あとは出発時間を待つだけ、といった感じ。
「リィたち下りてくんの早くない?」
「雅さんと少しお話ししたくて」
「あー、ここに来てからずっと司っちに監禁されてたもんね?」
「唯兄、言い方っ!」
「や、強ち間違ってないでしょ? せっかく一緒に旅行へ来たっていうのに詐欺もいいとこ。俺、全然翠葉ちゃんと話す機会なかったし」
「秋斗さんまでっ――……ところで、蒼兄と桃華さんは?」
「あのふたりなら、最後に納涼床へ行ってる。今日は納涼床、ふたりに譲ってあげて?」
「それはかまわないのですが……。蔵元さんは?」
「蔵元は帰りの道順と休憩で寄るサービスエリアを警護班に伝えに行ってる」
「じゃ、雅さんは?」
「あー……二日酔いでちょっといじけてるかな?」
「え……?」
「このメンバーで顔つき合わせて酒飲むの初めてで、昨日ちょっと飲ませすぎちゃったんだよね」
「だ、大丈夫なんですかっ!?」
「もともと酒は強いみたいなんだけど、少しいじけてるから様子見てきてくれる?」
 秋斗さんに言われて、私は雅さんの部屋を訪ねることにした。

 一階に下りると、雅さんの部屋と思しき部屋のドアが少し開いていて、ノックをしてからそっとドアを開けると、雅さんはベッドに身体を投げ出し伏せっていた。
「雅さんっ、大丈夫ですかっ!?」
 具合が悪いのかと駆け寄ると、雅さんは身体を揺らして驚き、
「翠葉さん……?」
 と、顔を上げた。
「二日酔い、大丈夫ですか?」
「あ……ごめんなさい。私、そこまでお酒は弱くないから大丈夫なのだけど、唯くんも秋斗さんも意地悪で……」
 目尻に涙を滲ませて言うから、どんないじめにあったのかと思えば――
「え? 帰りの車を秋斗さんの車に同乗したい……?」
「だってっ、蔵元さんとふたりきりなんて無理っ。好きって気づいてから何を話したらいいのかわからなくて、昨夜からずっとパニックなんだものっ」
 昨夜のことを思い返してみれば、雅さん自身は恋心にはまったく気づいておらず、桃華さんと三人で話したときに自覚したふうだった。
 そこからすると、自分の感情を絶賛持て余し中で、今日の帰りに車という密室で蔵元さんとふたりきりになるのは恐怖なのかもしれない。
 でも、雅さんの気持ちに最初から気づいていた唯兄や秋斗さんからしてみたら、「今さら」なのだろうし、あのふたりが帰りのペアリングを変えてくれるとは思えない。
 なるほど――だから、「いじけてる」なのか。
 状況が読めて頭を抱えたくなる。
 これは何をどうしてあげたらいいのかな……。
「好きな人と一緒にいられるなんていいじゃないですか!」なんて言おうものなら睨まれてしまいそうだ。
 事実、好きな人とふたりきりになってどうしたらいいのかわからない、という状況なら経験がある。
 秋斗さんを好きだと気づいたとき、本当にどうしたらいいのかわからなかったのだ。ツカサに対する恋心に気づいたときだってパニックだった。
「……私たちの車に同乗しますか?」
 口にできる言葉がそれしかなくてそう言うと、、一瞬縋るような目で見られたあと、
「やめておくわ……。ルームミラー越しに、司さんに蔑まれるような目で見られ続けるのは、今のメンタルじゃ無理……」
 確かに、早々に陽だまり荘へ下りた挙句、帰りの車に同乗ともなれば、ツカサがどんな目で雅さんを見るのかは容易で……。
 雅さんは項垂れたまま、
「普通に考えたら好きな人と一緒にいられるのは好機で、幸せなことで、だから――」
 口ではそう言っても感情が伴わないのだろう。
 世も末といった形相でベッドに突っ伏す。
 そこへノック音が聞こえた。
 もしかしたら秋斗さんが考え直してくれたのかも、と期待をこめて振り返ると、そこには十頭身と思しき人が立っていた。
「雅さん、具合は?」
「ぐぐぐ具合は悪くないですっ」
「そうですか……? なら、なぜ私の車への同乗がおいやなのでしょう?」
「ひっ――」
 それ、蔵元さんが訊いちゃいますっ!?
 驚きに言葉を失っていると、
「体調が悪くないようでしたら、帰りの車は私の車へ同乗なさってください。支社の件や、藤倉での打ち合わせ前にいくつか確認事項がありますので」
 そう言うと、蔵元さんはにこりと笑っていなくなった。
「秋斗さんと唯くんには気づかれていたみたいなのだけど、蔵元さんは終始あんな感じなの……。翠葉さん、どう思う……?」
「……鈍くていらっしゃる?」
「……やっぱり? だとしたら、普通に振舞える気がしてきたわ……。大丈夫……私、大丈夫……」
 雅さんは自分に暗示をかけるよう、何度も何度も「大丈夫」と唱え始めた。
 気づけばお茶を飲む間もなく出発時間になっていて、私は少しの不安を残したまま、みんなと別れてツカサの車に同乗した――
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