光のもとで1

葉野りるは

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第一章 友達

22話

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 学校の帰り道、車の中で蒼兄にお説教されることになったのは言うまでもない。
 家に帰ってからもそれは続き、
「蒼くん、ご飯の時間くらいお説教やめない? 翠葉ちゃんが消化不良起こしたら蒼くんのせいにしちゃうわよ?」
 栞さんの一言でお説教から解放された。
 栞さんが帰り、リビングで蒼兄に課題を見てもらっていると、かわいらしい音が聞こえてきた。
 オルゴールの音色で美女と野獣。
「なんの音だろう……」
「携帯じゃない?」
「携帯……?」
 でも、携帯の着信音に美女と野獣なんて入っていただろうか……。
「きっと秋斗先輩。この間アプリや着信音入れてもらったんだろ?」
「あ……」
「見てなかったのか?」
「うん……」
 そんな会話をしていると蒼兄の携帯も鳴り始めた。
「こっちも秋斗先輩から」
 ふたりとも、ひとまずメールを見ることにした。
 受信フォルダーを開くと、「秋斗」という名前のフォルダーが作られていた。


件名 :明日一緒にランチしよう
本文 :明日、蒼樹が講義前に家に送って行くって言ってたけど
     翠葉ちゃんが良ければ僕の部屋においで。


「翠葉に来たメールも明日のお昼のこと?」
「うん」
 明日は土曜日で午前中四時間の日。だから、「お昼」という話なのだろう。そして、蒼兄の講義が終わるまでそこにいてもいいということなのだろうけれど……。
「でも、あそこは関係者以外立ち入り禁止なのでしょう?」
 今日のお昼に言われて反省したところなのだ。それと相反するメール内容に困惑する。
「秋斗先輩がおいでって言うなら大丈夫なんじゃない?」
「そうなのかな……」
「明日も天気はいいみたいだし、お昼食べたらカメラ持って学校の中を散策したら?」
「……本当にいいのかな?」
「だめだったらこんなメールは来ないよ」
「でも、明日は六時くらいまでかかるのでしょう? いつもより遅くなるし……」
「それならさ、先輩にお昼ご飯を作ってあげたらどうかな?」
「え……?」
「あの部屋、簡易キッチンで簡単な料理くらいはできるよ」
「それ、かえって迷惑にならない?」
「食材は大学の購買で買えばいいし、とくに迷惑になることはないと思う。先輩に訊いてみようか?」
 その場で蒼兄が秋斗さんに連絡をすると、ふたつ返事で了承してくれた。

 土曜日は栞さんがお休みのため、いつもより朝の支度が慌しい。
 時間通りに家を出て、車の助手席に落ち着くと胸を撫で下ろす。
「今日、風は少し冷たいけど陽気的にはちょうどいいんじゃないか?」
「そうだね」
 窓の外では街路樹の枝が風で少し揺れていた。
 空にはいくつか雲がある程度で、太陽の光は難なく地上に注がれている。
「蒼兄、あのね……飛鳥ちゃんと桃華さん、海斗くんに身体のことを話す約束をしたの」
 運転中の蒼兄は正面から視線は逸らさない。けれど、隣に座っていてもメガネの奥で目を見開いたのがわかった。それはすぐに細まり、うんと優しい顔になる。
「……昨日、保健室から戻ったとき三人に謝られたの。あと、少し怒られた」
「……心配してくれる人ほど怒ってもくれるものだよ」
「そう、なのね……。まるで蒼兄が三人増えた感じ。三人して『ゆっくり動け』って言うから、ステレオスピーカープラス、センタースピーカー並みだったよ」
「ははっ、想像できるな」
 蒼兄はおかしそうに笑った。
「……あの三人には話せそう?」
 信号で止まると、蒼兄はうかがうように私を見た。
「うん……大丈夫だと思う。海斗くんに言われたの。傷ついたら傷ついたって言えばいいし、ムカついたら怒れって。そういうことが言えるのが友達だろ、って」
 ここ数年、友達のなんたるかをずっと見失っていた。自分が傷つかないで済む位置や距離を模索してきたのに、一気に覆されてしまった気分。
「海斗くんは司とは違う意味で物事をはっきりと言う子みたいだな」
「……話すって決めたのはいいのだけど、何から話したらいいのかわからないの」
「そうだな……。十代なんてよほどのことがない限り、血圧の数値云々とは無縁だろうし……」
「……何から話したらいいと思う?」
「紙に書き出してみたら? 自分の身体の症状や対処法を。そしたら説明しやすくなると思うよ」
「うん、そうしてみる……」
 学校に着くと、お昼の待ち合わせ場所について念を押される。
「桜香苑の、この間のベンチのあたり?」
「そう。あそこまで迎えに行くから」
「でも、私が大学まで行ったほうが無駄がないんじゃない……? 購買部だって校内マップに描いてあるし……」
「いや、迎えに行くから」
「そう……?」
 どうしてか頑なに拒否され、結局高等部の敷地まで迎えに来てもらうことになった。

 教室に入ると飛鳥ちゃんに抱きしめられるのがここ数日の恒例。どうやら飛鳥ちゃん流の充電らしい。
 最初こそ絶対に慣れないと思っていたけれど、今は身体ごと全部受け止めてもらえる錯覚に陥って、なんだか安心できる。
「今日は元気?」
「うん、割と元気」
 そんなやり取りをしてお互いに笑う。
 席に着くと、桃華さんにも似たようなことを訊かれた。
「今日は顔色いいみたいね?」
「うん、なんともないよ」
 笑って答えると、
「翠葉が普通に笑った……」
「え?」
 海斗くんに言われたことを疑問に思ってすぐに訊き返した。すると桃華さんが、
「そう言われてみればそうね? 今日はすごく自然に笑っているわ」
「どういう意味?」
 訊くと、佐野くんが会話に加わる。
 飛鳥ちゃんの机に寄りかかるようにして座り、
「困った顔して笑ってないって意味じゃない?」
 困った顔して、笑ってない?
「あら、この子無自覚よ?」
 桃華さんがクスクスと笑う。
「翠葉はさ、いっつも困ったなぁ、って顔して笑ってたよ」
 飛鳥ちゃんに言われて驚く。
「そうそう、困ったなぁ……でもとりあえず笑っとこ、みたいな笑顔」
 海斗くんの言葉にドキリとした。
 思い当たる節が多すぎて、申し訳なくて何も言えなくなってしまう。
 視線が下がり、それでも四人の表情を確認したくて恐る恐るうかがい見ると、四人はクスクスと笑っていた。
「なんかさ、壁が取れたっぽい?」
 佐野くんは昨日のお昼休みのことを知らないと思う。それでも、見てわかるくらいには自分が変わったのだろうか。
「あの、ね……なんだかすごく楽になったの」
「じゃぁ、それだけの対価は得たわけか」
 佐野くんは海斗くんと飛鳥ちゃん、桃華さんに視線を巡らす。
「え……? 対価って、何?」
「教えてやろう。こいつらの、体育中の数々の所業を」
 くつくつと笑う佐野くんに抵抗を見せる三人。
「うわっ、やめろよ!」
「ちょっと! かっこ悪いから言わないでっ!」
「私の恥をバラそうだなんていい度胸じゃない……」
 桃華さんの凄んだ笑みにも屈することなく佐野くんは話し続ける。
「今、体育で一〇〇メートルのタイム測ってるんだけど、遠目に見てても面白かったよ。運動神経抜群の立花がスタート聞き逃して出遅れるわ、しっかり者の簾条がタイムの記録ミス連発。海斗にいたっては二〇〇メートル近く全力ダッシュだったな。もう見てられなくて」
 笑って話す佐野くんを、三人は恨みがましい目で見ていた。
 つまり、そのくらいには驚かせてしまったのだろうし、心配をかけてしまったのだろう。
「ごめんね」
 申し訳なさから謝罪するも、
「翠葉のせいだからなっ」
「翠葉が心配だったからだもんっ」
「翠葉がびっくりさせるからでしょ!?」
 三人に詰め寄られた。
「昨日、昼休みになんかあったんでしょ? でもってすでに解決済み。だから、御園生が自然と笑えるようになったんじゃなくて?」
 佐野くんに言われて少し考える。
「まだ、ちゃんとは解決してないの。でも、私の気持ちがすごく楽になったのは三人のおかげ」
「四人とも良かったな」
 佐野くんがニッ、と笑った。
「……佐野くんは訊かない人だね?」
 ふと思ったことが口をつく。
「何が?」
「……何があったか訊かない人。訊きたい人は根掘り葉掘り訊くでしょう?」
「あぁ……その辺は意外と淡白かも。訊かないでいいやとか知りたくないとかじゃなくってさ、そういうのって訊き出すことじゃないと思ってるから」
 これが佐野くんの考え、というよりはスタンスなのだろう。
 私は納得したけれど、
「佐野ぉ……。それを言われるとだなぁ、俺たちの立場がないというか……」
 海斗くんがもごもごと口を挟む。
「そうだよっ。翠葉、私たち無理に訊こうと思ったんじゃなくてね?」
 と、飛鳥ちゃんが私を見る。
「心配だから知っておきたいと思っただけなんだけど……」
 珍しく桃華さんまでもが自信なさげに言葉を紡いだ。
「うん……。蒼兄がね、心配してくれる人は怒ってくれる人でもあるって言ってた」
「さっすが蒼樹さん!」
 海斗くんが蒼兄の名前を出した途端に佐野くんが机から転がり落ちた。
「何やってんだよ」
 海斗くんが手を貸し、飛鳥ちゃんは音にびっくりしたまま。桃華さんは「天罰ね」と微笑んでいる。
「大丈夫?」
 訊いてみたけれど、私の方を見ているのに反応が薄い。
「おーいっ、佐野、戻ってこーい!」
 海斗くんが呼びかけると、ようやく正気に戻ったようだった。
「ねぇ、御園生のお兄さんってスプリンターの御園生蒼樹さんっ?」
「……あれ? 世代違うのに知ってるの?」
 尋ねた途端、佐野くんがプルプルと震えだした。
「本当に大丈夫?」
 再度訊くと、
「俺、御園生さんの走り見て陸上始めたんだ!」
 耳まで真っ赤にしてのカミングアウトにびっくりする。
「蒼樹さんて陸上やってたの?」
 海斗くんに訊かれ、
「あの顔で運動もできるなんてパーフェクトっ!」
 飛鳥ちゃんのテンションも高くなる。
「天は二物も三物も与える人間には与えるのね……」
 桃華さんの言葉に頷きそうになった頭を押しとどめ、
「高二までは短距離走をやっていたの。インターハイで優勝してからスッパリやめちゃったけど、今でも朝のランニングは欠かさないよ」
 佐野くんは目をキラキラとさせながら、
「今度会わせてほしい!」
「うん……。たぶん大丈夫」
 佐野くんはさらに目を輝かせて自分の席へと戻っていった。
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