光のもとで1

葉野りるは

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25~26 Side 茜 01話

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 やっと見つけた――ずっと探していた女の子。
 まさか、こんなところで再会できるとは思ってもいなかった。
 私が初等部六年生ときに出たコンクール。そのときに見かけた子。
 彼女は当時小学五年生だったはず。
 私はあのとき、彼女の弾いたピアノに釘付けになった。
 ピアノ部門で見事入賞したのに、全部門合同表彰式には来なかった。ゆえに、最優秀賞は空席扱いになり、彼女の名前はどこに残されることもなかった。
 あのころの私は、ピアノなんて歌の伴奏くらいにしか思っていなかったからさして気にも留めなかったけれど、声楽を続ければ続けるほどに、あの音が欲しくなった。
 伴奏にあの音があったらどれだけ気持ちよく歌えるか、と。
 けれども、そう思ったときにはすでに時遅し……。
 彼女の名前もわからなければ、彼女の手がかりになりそうなデータは何も残ってはいなかったし、それ以来彼女はコンクールといった表立った場所には出てこなかったのだから。
 本当なら私の一学年下の彼女は、高校二年生ではなく一年生。一年のブランクが示すものは留年――
 でも、やっと見つけた。
 翠葉ちゃん、見つけたよ。もう逃がさないからね。

 彼女の演奏が終わり、それを見送ると自分がステージに立つ。
 翠葉ちゃん、私の歌を聴いて? ずっとあなたと共演したかったの。
 それが今日叶う……。
 一曲目はG線上のアリア。このゆったりと厳かな雰囲気が好き。
 二曲目にはオーバーザレインボー。映画、オズの魔法使いに出てくる歌。
 二曲とも比較的知られている曲をチョイスしていた。
 三曲目を前に、私はステージを下りて翠葉ちゃんの前に立つ。
 不思議そうな顔をしている彼女に、
「翠葉ちゃん、共演しよう!」
 彼女が大好きな笑みを添える。彼女は困惑した顔をするも、
「え……でも、何を?」
「エーデルワイスがいいな。知ってるでしょう?」
 サウンドオブミュージックのエーデルワイスは名曲だと思う。
「即興で適当に伴奏して? ハ長調でいこう!」
 返事は聞かずに彼女の手を引張る。すると、あまり抵抗はせずにステージへ来てくれた。
 ピアノを前に一呼吸。ポーン、と基音になる音を弾いてくれ音をとる。
 客席に向き直ると後ろから、
「頭五小節前奏を入れます」
 私は右手を後ろに回しOKサインを出す。
 しんとした会場にザワザワと桜の枝葉がさざめいた。
 どんな音が鳴り出すのか、と胸が高鳴る。
 ゆったりと始まった前奏は、エーデルワイスに出てくるメロディには一切関係のないものだった。けれども、その旋律は見事に歌い始めのメロディへとバトンを渡す。


Edelweiss Edelwiess every morning you greet me.
Small and White Clean and Bright.
You look happy to meet me.
Blossom of snow may you bloom and grow.
Bloom and grow forever.
Edelweiss Edelweiss Bless my homeland forever.


 短い曲はすぐに終わってしまう。でも、とても気持ちよく歌えた。
 歌っていて高揚を感じたことならいくらでもある。でも、自分の歌と伴奏に鳥肌がたったのは初めてだった。
 それと、彼女の音色は表情豊かだ。さっき弾いていたオリジナル曲とは全然違う音色で弾いてくれた。
 ほかにはどんな音色を弾き分けるのだろう……。
「翠葉ちゃん、ありがとう!」
「こちらこそ、ありがとうございます」
 彼女と握手を交わし、手をつないで会場へお辞儀する。
 そこへ千里がマイクを持って現れた。
 私は右手に彼女の手をつないだまま、
『ご清聴いただきありがとうございました。――それでは! これから第三十八回生徒会就任式を行います!』
 捕獲作戦開始っ!
 ちら、と彼女の顔を見ると、唖然としていた。
 タイミングを見計らってステージへ上がってくる生徒会メンバー。
 外堀を埋めるのは私の常套手段なの。
 彼女は依然、周りを見回し何が起こっているのか考えているよう。
 何が起こっているのかわからないうちに物事を進めるべし……。
『まずひとり目は姫こと御園生翠葉さん! 彼女は会計です。お隣、藤宮海斗くん! 彼は書記担当です。お隣、漣千里くん。そしてクラス委員と生徒会を兼任することになった簾条桃華さんっ! ふたりは機動部隊です!』
 私が紹介をすると、久がステージ中央に歩み出る。
『異議のある人はここで申し出てくれるー? さすがに全校生徒の挙手は確認取れないよねぇ……。じゃ、異議がなければ拍手をっ!』
 相変らず大雑把だ。でも、このくらい強引に進めるくらいがいいだろう。
 会場にいる人、桜香苑の周りにいる人、テラスにいる人と、こちらを眺めている人たちから拍手が沸き起こる。
「もう逃げられないからね?」
「あの……でも――できません」
 動揺より困惑の色が濃い。
「こんなにたくさんの人たちにOKもらったのに?」
「私にはできません」
 頑なに断わる彼女。
 嫌だから、やりたくないから、というわけではなさそうだ。
 訊かれたくないのだろうと思っていたから訊かなかった。でも、彼女を手に入れるためにはその道を通らなくてはいけないらしい。
 それなら私は訊くよ。
「どうしてか訊いてもいいかしら?」
 答えてくれるかはわからなかった。けど、彼女はすぐにこう言った。
「私、学校にきちんと通ってこれるかわからないので……。仕事が忙しいときに穴は開けたくないです。それに、私以上の適任者がいるはずです」
 体調不安、か……。
 彼女が病弱らしきことには気づいていたけど、それでも逃がすつもりはない。
「じゃぁ、誰? 推薦してくれる?」
 私は彼女を追い詰めるように言葉を選ぶ。
「候補をひとりもあげられないようじゃだめね。翠葉ちゃん、いいのよ。学校に来られなくても私たちが行けば済むことだし、このご時世通信手段だって複数あるわ」
「でもっ、申し訳ないですっ」
「うちの生徒会、私の意見が絶対なの。私が法律、私が校則よ?」
 決して笑みは絶やさずに話を進める。と、
「翠葉、茜先輩には逆らわないほうがいいと思うぞ?」
 海斗が彼女の後ろからひょっこりと顔を出した。
「翠葉が動けないときのための私よ? クラス委員も生徒会もかわらないわ。この男の指図を受けるってことにおいてはね。それなら翠葉の助けになるほうがよっぽどいいわ」
 桃も加勢する。
「事情は知らないけど、うちの生徒会結構楽しいよ?」
 千里の言葉を聞いて彼女は口を開いた。
「……全部わかってて、それでも受け入れてくれるんですか?」
「そうよ。だって、うちのメンバーみんな翠葉ちゃんに首っ丈なんだもの」
 きっと、誰よりも私が。
 司、私は司が翠葉ちゃんを欲しいと思うもっと前から彼女のことを探していたのよ。
 今日のピアノを聴くまで気づかなかったけど、ピアノの音を聞かせてもらえたら一発で当てられる自信があるわ。
「バックアップ体制は整ってる。あとは翠の気持ちしだい」
 司が挑発するように口にすると、
「やりたい――それなら、やってみたい」
 彼女ははっきりと答えた。
「じゃ、決まり!」
 取り消しをさせないために朝陽が口にし、それを合図に久がマイクをオンにした。
『それでは、本人の承諾もいただけましたので、これにて新メンバーの就任式を終わらせていただきます!』
 生徒会就任式は終わり。無事、望む新メンバーを迎えられた。

 就任式が終わった今、彼女はクラスメイトに囲まれている。
「茜、良かったな」
 それは翠葉ちゃんが生徒会に入ったことを指している。でも――
「ふふ、前に久に話したことがあるでしょう? どうしても気になっているリトルピアニストがいるって」
「え? あぁ、小学生のころの話だっけ? なんか中学のときにえらい必死で探してたやつでしょ?」
「そう。それね、翠葉ちゃんだったの」
「えっ!? 翠葉ちゃんって翠葉ちゃんっ!?」
 目をまん丸にして驚く。
「彼女、本来なら高校二年生だわ。でも、実際は一年生。一個下の子ばかり探してたけど見つからないわけだわ……。でも、やっと見つけた」
「あ~……翠葉ちゃん、特大な蜘蛛の巣にかかっちゃったね」
「ふふ、本当に」
「じゃ、本気で近々始動するの?」
「それはどうかな……。彼女の体調も考慮しなくちゃいけないだろうから、徐々に始めたいけれど……。その前に引き受けてもらえるかも問題だし」
「……とかなんとか言って、引き受けてもらうつもりなんだろ?」
「えぇ」
 にこりと笑うと、久も笑った。
 久と数メートル先にる彼女を見ていると、
「……里見先輩、歌、歌ってもらえますか?」
 少し高めの彼女の声がこちらを向いた。
「何? なんの曲?」
 あなたの伴奏ならなんでも歌うわっ!
「星に願いを、なんてどうでしょう?」
「あ、好き!」
「さっきと同じ調で大丈夫ですか?」
「大丈夫!」
 深呼吸をひとつして前奏を始める。
 あの深呼吸は演奏前の儀式みたいなものね。
 さっきも思ったけれど、本当に多彩な音を奏でる子。
 嬉しさを音で表現していた。
 素直だなぁ……。こんなふうに感情を音に変換できる子だからこそ、さっきの悲しみの音だったのだろう。それは時として鋭いナイフにもなる。
 演奏が終わると、先ほどと同じようにふたり手をつないでお辞儀した。
 さ、そろそろ締め時だわ。
 椅子に座って飽和状態になってる彼女に近寄り話しかける。
「翠葉ちゃんの音は真っ直ぐね? 悲しいのもつらいのも、何もかもが心にダイレクトに伝わるわ。そういうの、全部一緒に乗り越えられるような仲間になろう? で、いつか私とまたリサイタルしてね?」
「……場に相応しくない曲を弾いてしまってすみませんでした」
 すごく申し訳ない顔で謝られた。
 でも、私はその演奏を嫌だとは思わない。感情表現を音できるのは、音楽においてはあなたの強みよ? それに気づいてほしい。
「でも、エーデルワイスも星に願いも、全然違う音で弾いてくれたでしょう? それで帳消し!」
 彼女は、「ありがとうございます」と控え目に答えた。
「さ、着替えに戻ろう? らんが図書棟で待機してくれてるわ」
 手をつないだままに図書棟までの道を歩く。
「ドレスってなんだかうきうきするよね?」
「私、フルレングスのドレスは初めて着ました。それに、まだ自分の姿は見ていないし……」
 不安そうに自分のあちらこちらを見て気にする。
 制服姿でもかわいいのだから、今がもっとすてきなのなんて当たり前なのに。
 そういうの、全然わかってないんだなぁ……。もったいない。
「私はドレスが着たくて声楽を始めたの」
 それは嘘じゃない。
 きれいな格好をしてステージに立てば、お父さんに見てもらえる。そう思っていたから。
 だから声楽を続けてきたのよ。ピアノもやってはいるけれど、それはついでに過ぎなかった。
「ねぇ、翠葉ちゃん。私とユニットを組まない?」
「え……?」
 彼女はきょとんとした顔をしている。
「本気よ? 考えておいてね?」
 階段を上りきると、先に図書室へ向かって走り出した。
 今、いくつかの仕事依頼がある。けど、どれもピアノ伴奏が気に食わなくて断わり続けていた。
 要は、伴奏者を自分側で用意できれば問題ないわけで……。
 その伴奏者に翠葉ちゃんになってもらいたい。
 翠葉ちゃん、また私と一緒にステージに立とう? 私、その日を楽しみにしてるからね。
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