光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
720 / 1,060
第十三章 紅葉祭

18話

しおりを挟む
 奈落へ戻ると、今度は香乃子ちゃんではなく空太くんが待っていてくれた。
「さっき七倉が水分渡す前に会場に上がっちゃったって言ってたから」
 差し出されたものは未開封のミネラルウォーターとリンゴジュース。
「海斗にふたつ渡せって言われたんだけど、なんで?」
 不思議そうな目が私を覗き込む。
「……慣れないけど、空太くんなら大丈夫なのにな」
 どうしてツカサはだめなんだろう。
 空太くんが格好良くないわけじゃない。
 ファッション雑誌のモデルが務まりそうなほどに格好いい高崎さんを少し幼くした感じなだけで、絶対に格好いい部類に入ると思う。
 どうして――……あ、そっか。好みの問題?
 ツカサの顔は私の好みど真ん中ストライクだから?
 なんだ、そっか……。
 簡単に「得体の知れないもの」の答えを得ることができて胸を撫で下ろす。
「百面相に大忙しな翠葉ちゃん、俺との会話が成立していないんだけど……」
「あっ、ごめん。あのね、私、ジュースとかそのままの濃度で飲めないの」
「……悪い、ごめんっ」
 空太くんはばつが悪い顔をして謝る。
 きっと、両手が空いていたら顔の前で手を合わせていただろう。そんな勢いで謝られた。
「空太くん、違うっ、違うよ? 身体がどうとか制約に含まれるものじゃないの」
 私は大げさすぎるくらいに両手を振って見せた。
「これは私の味覚の問題だから、単なるわがままっ」
 言ったあとに苦笑してしまうのは、気を遣わせすぎていて申し訳ないと思うから。
「……面白い子だねぇ、まったく」
「あはは、正直に言ってくれていいよ。どちらかというなら面倒、だよね?」
 必然的に下から見上げる形で訊くと、空太くんはにこりと笑った。
「姫だし、いーんじゃない?」
 そういう問題ではない気もするけれど……。
「だけどさ、これ希釈するにしてもどっちも未開封だから薄めるにはどっちかを出さなくちゃいけないよね」
 あ、そうだよね、そうだった……。
「空太くん、ありがとう。ミネラルウォーターだけもらえるかな?」
 ミネラルウォーターならそのまま飲める。
「いやっ、そこは意地でも譲れないでしょ。姫君には少しでもカロリーを摂ってもらわにゃならんのです。それが執事空太の任務っ」
 いつから執事になったんですか、と訊きたかったのだけれど、口にするより先に、
「ちょっとこれ持って待ってて?」
 と、二種類の飲み物を私に渡すと走り出した。
「おら、高崎っ! 奈落を走るなって言ってるだろっ!?」
 どこからかお叱りの言葉を受けつつ、
「見逃してくださーい」
 と会場に駆け上がり、数分としないうちに戻ってきた。
 紙コップを手に持って。
「希釈率は?」
「え? あ……リンゴジュースが二のお水が一だけど……」
 ポカリはお水と半々がデフォルトだけれど、果汁ジュースなら半々もしくは二対一と、お水が少なくても飲める。
「かしこまりました! では、そちらを拝借」
 と、さっき渡された飲み物ふたつを手に取り、どちらも未開封であることを確認すると、ミネラルウォーターを紙コップに注ぎ始める。
「出した分だけリンゴジュースをペットボトルに入れればOKでしょ? 作りおきができないなら、その都度作ればいいんだ。余ったのは俺が飲んじゃえばいいし」
「でも、手間がかかるから――」
「翠葉ちゃん、ごめんはなしだよ?」
 言葉を遮られ、「こういうときは?」と訊かれる。
「ありが、とう……?」
「そう。これからもこういうことで『ごめん』って謝らないで? 謝られると悲しくなるからさ」
 こんな話は何度も何度もたくさんの人としてきたと思う。
 そう思えば、先ほどの曲「True Colors」の歌詞を思い出す。
「翠葉ちゃんの『やさしい花』はちゃんと俺に届いたよ。だからさ、俺からも花を贈らせてよ。俺に対して本当に悪いことをしたときにだけ謝って? そうだな……たとえば、俺の弁当食っちゃったとか」
 え? 空太くんのお弁当……?
「くはっ、そこで真面目に考えちゃうところが翠葉ちゃんだよね!」
 笑いながらも、手元は器用にリンゴジュースをペットボトルに移し始めていた。
「こういうのはさ、善意っていうんだよ。好意でもいいかな? 人の気持ちは素直に受け取りましょう。ま、それが押し売りだったら迷惑でしかないかもしれないけど?」
「やっ、そんなことないっ」
 私は必死なのに、空太くんはクスクスと笑っている。
 その笑顔は高崎さんとよく似ていた。
「世の中さ……っていうか、うちの学校でいいや。学校には色んな人がいるし、翠葉ちゃんのことを良く思わない人もいると思う。でも、うちのクラスはみんな翠葉ちゃんが好きだから。だから大丈夫だよ。みんながしてくれることは好意や善意であって、翠葉ちゃんが申し訳なく思う必要はない。『ありがとう』って受け取ればいい。もしお礼がしたくてもできないっていうなら、それも大丈夫。みんなが死ぬまでに返してくれればいいよ。死んだあとなら天国でよろしく。ほい! 空太特製翠葉ちゃんジュースの出来上がり!」
 空太くんはキャップを締めたペットボトルをトン、と私の頭のてっぺんに置いた。
「あ、すげっ! 翠葉ちゃん、恐るべきバランス力っ!」
「え? わ、あ……」
 どうしよう、これ動いていいの? ……ん? 違う、手にしていいのかな?
「何やってるんだか……」
 よく知った低い声がすぐ後ろで聞こえ、頭に乗せられたペットボトルの重力がなくなった。
「翠、おまえはどこの民族だ」
 紛れもなくツカサ。どこまでもツカサ……。
 でも、これは私がやったんじゃなくて空太くんがやったことなのだけど……。
「いやっ! 藤宮先輩お疲れ様でした! ステージ、めっちゃかっこよかったです!」
「どうでもいい。それよりこれ……」
 ツカサは手にしたペットボトルを注視していた。
「あ、今、空太くんがミネラルウォーターとリンゴジュースを割ってくれたの」
「……今ここで?」
「ですです。未開封のものをここで開けて、リンゴジュースの分だけ水を紙コップに移しました。それなら大丈夫でしょう?」
 周りを気にして小声で話す空太くんをツカサはじっと見て、そこに置かれた紙コップに手を伸ばした。
「ツカサ……?」
 ツカサはミネラルウォーターを一気に飲み干した。
 私も空太くんも、その行動の一部始終に釘付けで、ゴクリ、と唾を飲み込む。
「今ここでやったんだろ?」
「うん、そうだけど……」
「なら問題ない。……高崎、このあとも頼む」
 私はツカサに背を押され、用意されたパイプ椅子に座らされる。
 背中が……ツカサの手が触れている部分がひどく熱く感じた。
 歌い終わったばかりだから、ツカサの体温が高めなのだろうか。
 そんなことを考えていると、水割りリンゴジュースが入ったペットボトルを差し出された。
 私が受け取ってもツカサはペットボトルをじっと見たまま。
「信用すると決めたなら、言葉よりも態度で示すほうが効果的だ。口ではなんとでも言える……」
 私にしか聞こえない声でそう言うと、ペットボトルから手を離した。
 不器用とも思えるその行動が、なんだかとてもツカサらしいと思った。

「ツカサ……あのね、私、第四通路へ行かなくちゃいけないの」
「何をしに?」
 壁に寄りかかっていたツカサに見下ろされる。
「茜先輩が待っているから」
「……何するつもり?」
 何って、そんなのわからない。
 ただ、茜先輩に話がしたいと言われただけ。だから、行けば何かを話してくれるのだと思う。
 ステージで向けられた笑顔は本物だと思えなかったけれど、言葉に嘘が含まれるとは思わなかった。
「あのふたりのことは俺たちが介入することじゃないと思うけど?」
 あのふたりのこと……?
 それはすぐに茜先輩と久先輩のことだとわかったけれど、それ以上のことはわからない。
 私はただ、茜先輩と約束をしただけ。
「話をするって……」
 何か言葉を付け足さなくては、と思ったけれど、その前にツカサが口を開いた。
「気持ちを口にすることで楽になれる人間もいる。けど、そうじゃない人間だっている。話したところで自分に現実を突きつけるだけ。その現実を自分がどうできるわけでもない。人に話して誰がどうできるものでもない。話すことで楽になったり答えを得られる人間ばかりじゃない」
 足りなかった言葉を補足する以前に色んなことを言われすぎて頭の中が氾濫状態。
 ツカサは茜先輩は違うと言っているの? 人に話すことでは楽になれない人だと言っているの?
「だから誰も声をかけないの? みんな、私には言えって言うのに?」
 私は良くて茜先輩はだめなの? その差は何……?
「ほかの人間がどうかは知らない。俺が翠に言わせるのは楽にさせるためじゃない。俺が知りたいからだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「…………」
「もしかしたら、茜先輩だって誰かに話せば楽になるのかもしれない。でも、それは俺じゃないし翠だとも思わない」
 じゃぁ、誰……?
「――久、先輩?」
 ツカサは緩く首を振り俯いた。
「そうかもしれないし違うかもしれない。……でも、もし――」
 そこまで言うと顔を上げ、視線を合わせられる。
「現時点で会長にできることがあるのなら、あの人が動いていないわけがない」
 それを聞いて、ツカサは何かを知っているのかもしれない、と思った。
 知っていて黙っている。
「翠、会長はやれるだけのことをやったあとだ。今は茜先輩を待っている」
 だから、久先輩は茜先輩を目で追うけれど、話しかけはしないの? だから、あんな切なそうな目で見つめていたの? ――でもね、
「ごめん、ツカサ。私、言葉が足りてなくて……。私が声をかけたわけじゃないの。茜先輩が……茜先輩が私と話したいって言ったの」
 ツカサは目を見開いた。でも、ツカサが驚く理由もわからない。
「だから、私、行くね。茜先輩の話を聞いてくる」
 椅子を立ち、空太くんが作ってくれたペットボトルを手に、私は第四通路へ向かった。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」 「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」 「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」 県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。 頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。 その名も『古羊姉妹』 本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。 ――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。 そして『その日』は突然やってきた。 ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。 助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。 何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった! ――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。 そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ! 意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。 士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。 こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。 が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。 彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。 ※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。 イラスト担当:さんさん

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

処理中です...