光のもとで1

葉野りるは

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第十三章 紅葉祭

52話

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「ツカサは保険屋さん。いつも自分にも人にも厳しくて……。根はすごく優しいのに、気づくまでにちょっと時間がかかる。わかりづらい優しさだけど、それに気づけたときはすごく嬉しいと思う」
 そこまで言って笑みを添えてみた。
 もともと泣いたあとだから、泣き笑いみたいな顔でも不思議がられないのがせめてもの救い。
「笑顔の使い方は間違えていると思うけど、とても頼りになる人、かな」
「……そう」
 これ、私も訊いていいんだよね?
「ツカサにとって、私はどんな存在?」
 口にしてから後悔した。
 こんなことを訊いたところで何が変わるでもないのに……。
 でも、現時点でどう思われているのかは知りたい気がした。
「俺にとっての翠は……。一言でいうなら破天荒。予想だにしない行動に出られること多々で、おちおちしていられない。目を離したが最後――そんな感じ」
 ひどい言われようだ……。
 それでも、ツカサの友達圏内にいられるだけでもよしとしなくちゃいけないのかな。
「翠……」
「何、かな」
「前見て歩かないと危ないと思う」
「うん。でも、足元も危険だからね」
 本当は、もう顔を上げたくなかっただけ。
「じゃぁ、ひとつ」
「何?」
「観覧席にぶつかる寸前」
「えっ!?」
 慌てて顔を上げると、観覧席まではまだ三メートルほどあった。
「ツカサの嘘つきっ」
「あぁ、今初めて嘘をついたかもな。……っていうか、情緒不安定にもほどがあるだろ? 昨日から何度泣いたら気が済むんだか……」
「そんなこと言われても、涙腺が壊れたみたいに勝手に出てくるっ」
 そうこう話しているうちに観覧席に着いた。
「座って」
 ツカサに促されてコンクリートの観覧席に座ると、バサ――
 視界が一気に暗くなった。
 たぶん、これはツカサのマントの中。
 額がツカサのお腹あたりに当たっていて、マントの上から頭を抱えられていた。
 座っているコンクリートはとても冷たいのに、マントの中で吸い込む空気はほわりとあたたかい。
 マントの中は、周りのものから隔絶されたような錯覚を起こさせた。けれども、ツカサの声だけはダイレクトに聞こえてくる。
「十数える。だから、その間に泣き止め」
「……十じゃ足りない」
 小さく答えた声はきっと聞こえなかっただろう。
 なのに、ツカサはそんな声もきちんと拾ってくれていた。
「繰り返し数えてやるって言っただろ。壊れるたびにリカバリーしてやるって……。保証期間は俺が死ぬまで半永久的。忘れたとは言わせない」
 忘れてない。忘れてないよ。
 ただ、本当にそれでいいのかな、と思ってしまっただけ――

 そのまま、何度目かの数を聞いていたら、スピーカーから久先輩の声がした。
『結果発表! 総来場者数の一位は、一年A組と三年B組の合同お化け屋敷でした! 得票ポイント最多は写真部とコーラス部が同票同順位! ですが、MVPに輝いた三年A組里見茜がコーラス部にボーナスポイントを加算したため、コーラス部の勝ちです! 以上、紅葉祭の上位発表でした』
 そこまで話すと、また音楽が流れ始める。
『はーい、観覧席に座ってる人も立ってる人も、みんな輪に加わって踊ってくださーい! フォークダンスなので、ペアになる相手がいなくてもOK! 曲が終わったら鬼ごっこ開始です。逃げるのは生徒会メンバーでおなじみ、姫こと御園生翠葉と王子こと藤宮司。レッツ、姫と王子を捕まえろっ! です! 捕まえた暁には、俺が撮ったふたりのプレミアムベストショットをプレゼント! さぁて、王子に姫、用意はいいですかっ!?』
「なっ!?」
「えっ!?」
 ツカサとふたり顔を見合わせ、「プレミアムベストショット」があの寝顔写真ではないかと危惧する。
「翠、とりあえず逃げるから」
 ツカサに手を引かれ、一段一段がずいぶんと高さのある観覧席を上る。
 びっくりし過ぎて涙なんて引っ込んだ。
「会長、どんなルールですか」
 ツカサが久先輩に通信を入れると、
『捕まらずに図書棟へたどり着けたら君らがウィナーってことで』
 短い返答で通信は切れた。
 ツカサはわかりやすく舌打ちをし、
「翠、とりあえず校舎裏っ」
 私たちは野球場と一、二年棟の間を通り、校舎裏へと抜けた。
 その瞬間に曲が途切れる。
「曲が――」
『翠葉ちゃーん、ごめんねー? 曲が終わっちゃったみたい』
 なんとも明るい茜先輩の声だった。
 しかも、曲が終わったというよりは、曲を途中で止めた、というのが正しい。
『一陣速いよ。もう観覧席を上り始めてる。翠葉ちゃん、気をつけてね。司、Good luck!』 
 朝陽先輩が校庭側の動きを実況中継してくれる。
 ツカサはリモコンを操作し、インカムから誰かに通信を入れていた。
 手が離れた途端にツカサはどんどん先へ行ってしまい、私はその背を追いかけるのに必死だった。
 けれども、息が上がっていることに気づき足を止める。
 気分が悪いとかそういうのはないから大丈夫。
 そう思って顔を上げたときにはツカサの姿が見えなかった。
「え? ……ツカサ?」
 あたりを見回しても見つからない。どこを見てもジャックオウランタンのオレンジの光だらけ。
 そんな中、とりあえず図書棟に向かうことを考えた。
 少し小走り気味で足を踏み出すと、途中で腕を掴まれ木陰に引き込まれる。
 気が動転して声をあげそうになったけど、それも手で押さえられてしまう。
 心臓が止まりそうなほどびっくりしたけれど、すぐにそれは解除され、安心という二文字に変換された。
 だって、この手はツカサの手だ……。
 目の前が真っ暗で何も見えないのはマントの中だから。
 口を塞がれていても怖くはない。この体温にほっとする。
「姫ーっ!?」
「今、絶対にいたよな?」
「いたいた。あれー? アリスの格好って暗くっても意外と見つけやすいはずなのに」
 声が聞こえてこなくなると、口から手が外された。
「行った?」
「行った」
 階段を上がってからずっと早歩きを続けていたからだろうか。
 少しだけ吐き気を感じていた。
「ツカサ――」
 口を開きかけたとき、新たなる声が聞こえ、言葉を呑み込むようにして口を閉じた。
 何かうっかり口にしてしまいそうで、両手で口元を押さえる。
 すると、ただでさえ密着していた身体をさらに引き寄せられた。
 たぶん、一〇〇パーセント間違いなく、暗闇でも生えるブルーの衣装を隠すためにマントの中へ入れてくれただけだろう。でも、私の心臓は理由など関係なく駆け足を始める
 向かい合わせじゃない。けれども、ツカサの胸に自分の背がぴたりとくっついていて、さらには身ひとつになるように抱きしめられているとか、いったいなんの拷問だろう。
 こんなにくっついていたら心臓の鼓動まで伝わってしまいそうで気が気ではない。
 今となっては早足の影響で息が上がっているのか、ツカサの腕の中にいるから息が上がっているのかもわからない。
 ツカサは――ツカサは好きな人が相手じゃないからこんなことができるのだろう。でも、私は違うんだからっ。
「こっちでアリス見たって連絡入ったんだけど、おまえら見た?」
「あぁ、その情報ならうちらにも回ってきたけどいないんだよね」
 聞こえてきた声に意識を集中させよう。 
 背から伝う体温ではなく、腕ではなく、外から聞こえてくる声に――
「どこ行っちゃったのかな? あの子、走れないんでしょ? だったら追いつけそうなものなんだけど」
「藤宮が一緒なら地下道って手もあるよな。だとしたら、俺ら入れないからアウトじゃね?」
「でもさ、会長に限って俺らが全面的に不利になるようなことはしない気がする」
「それもそっか……」
「ところでさ、姫と話す機会あった?」
「あったあった! 俺、紅葉祭準備期間に結構話しかけた!」
「私もっ!」
「どうだった? 情報や噂はいくつかあるけどどれが本当なのかわかんなくってさー」
「私の印象だと、意外と話しやすい子だったよ? すごい普通。でも、ちょっと変わった考え方の子みたいだけど」
「そうそう、噂で聞いたのとちょっと違う。少なくとも私は性格悪いと思わなかったし。説明とかすっごくわかりやすくて丁寧なのっ!」
「へ~……。なんつーか、あの藤宮に平気で物申す人間は今までいなかったよな?」
 あぁ、ツカサって本当に恐れられているのね……。
 そんな感想を思い浮かべられるほどには落ち着いた。
 ツカサの顔を盗み見たかったけれど、マントの中ではそれは叶わない。
「最初は単にかわいいだけかと思ってたんだけど、ちょっと不思議な子だよね」
「藤宮くんのあんな顔、めったに拝めないよ~。誰か写真撮るの成功してる人いないかな?」
 ツカサの写真なら、写真集が作れそうなくらい久先輩がたくさん撮りためていると思います……。
「呼び出し受けるたびに藤宮が迎えにきて、そこで毎回大喧嘩繰り広げてるって話も聞いたけど、見た?」
「あー、私は見てないけど友達が見たって言ってた。めっちゃ本気腰のケンカって聞いたけど……」
「司様が取り乱すところなんてそうそう見られませんよね」
「ホント! 昨日もステージであんな藤宮が見れるとは思わなかったよな。あれってさ――」
 話の続きを訊きたかったのに、突如両耳を押さえられ、まったくといっていいほど、その人たちの声は聞こえなくなってしまった。
 逆に、自分の鼓動がうるさく聞こえて仕方ない。
 ツカサの手が外されたときにはその人たちはいなくなっていた。
 ちょっと残念……というよりは、ものすごく残念。
 けど、それを口にするより先に、座りたいと言いたかった。
「ツカサ……少しでいいの、座って休んでもいい?」
 訊くのと同時くらいに血の気が引いた。
 瞬時に身体を支えられ、「悪い」と謝られる。
「ツカサは悪くないよ。ただ、少し疲れているだけなの」
「いや、俺が速く歩きすぎた」
 ツカサは私を支えたまま、ゆっくりと木の根元に腰を下ろした。
 ひどい吐き気がおさまって周りを見回すと、何もかもが幻想的に見える。
 ハナミズキの葉は見事に色づき、赤い実がコロンとしていてとてもかわいい。
 今日はハロウィンだけど、少しだけクリスマスっぽくも見える。
 赤くて丸い実はクリスマスツリーのオーナメントを彷彿とさせるのだ。
 木の周りにはさつきの垣根があり、座ってしまうと外から内側は見えないように思えた。
 オレンジの柔らかな光がゆらゆらゆらゆら――
「もう十一月になっちゃうのね」
「あぁ……。明日からは十一月だ」
 吐き気は治まったけれど、目の前に浮かぶ蝋燭の光は眠気を誘う。
「あのね、少しだけでいいから……。だから、肩、貸して?」
 そう言ったが最後、私は落ちるように眠りに攫われた。
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