926 / 1,060
外伝03(この年二月のお話)
それらはすべて落し物 Side 司 01話
しおりを挟む
ところは図書棟の一角にある従兄の仕事部屋。
今、この部屋には俺と従兄の秋兄、秋兄の後輩である御園生さんがいる。
今日が二月十四日ということもあり、話題はチョコレートのことだった。
「うわ……秋斗先輩、相変わらずすごい数ですね」
御園生さんが見ていたものは、ダイニングテーブルの脇に置いてあるダンボール。
その中には今日もらったであろうチョコレートの数々が無造作に入れてあった。
「学生のころに比べたら減ったんじゃないかな?」
秋兄はそれらを見下ろしながら言う。
「あぁ……確かに」
御園生さんは納得したようだ。
俺はここで「バイト」という名の雑用をしているわけだけど、俺の背後でふたりの会話はまだまだ続く。
加わりたい内容ではないことから、俺はふたりに背を向け作業を進めることにした。
「毎年不思議に思ってたんですけど、それ、どうやって消費してるんですか? 先輩、女の子には優しいから全部食べてたりとか?」
そんなわけあるか……。間違っていないことがあるとしたら、消化ではなく消費であること。
「こんなに食べたら太るよ。俺は蒼樹みたいに毎日運動してるわけじゃないし」
「でも、頭使う仕事してるから相殺されるんじゃないですか? ……あぁ、それ以前に先輩甘いもの苦手でしたっけ」
「そうそう。ごく身近な人から頂いたものはひとつくらい口にするけど、それ以上はちょっとね……」
ちょっとね、じゃない。苦手なもので自分で消化できないなら、そんなにもらってくるな。
秋兄は、毎年もらってきたそれらを母さんと栞さん、それからマンションのコンシェルジュのところへ持っていく。
ミルクチョコレートと飴は母さんへ。ビターチョコレートはコンシェルジュ。手作り物など対処に困るものは栞さん。
母さんはそれらを溶かしてお菓子を作るか、そのままの状態を楽しんで食べる。最近はカカオ率の高いチョコレートが出回っているようだけど、
「苦いチョコレートを食べてもチョコレートを食べた気がしないのよね。やっぱり甘くて幸せな気持ちになれるのがいいわ」
と、母さんはミルクチョコレートを好む傾向にあった。
ビターチョコレートは安物から高級なものまでピンキリらしい。それらを溶かし香り高いリキュールなどを加え、高級感を持たせたスイーツにするのはコンシェルジュ。出来上がったものはマンションの住人に「サービス」として振舞われる。
誰も、あれが秋兄がもらってきたチョコレートのリメイクとは思っていない。
知っている人がいるとしたらひとりだけ――コンシェルジュ統括者、崎本さんの奥さん。美波さんにはばれていそうだけど。
栞さんのもとに持っていかれるものは、チョコ以外の市販のクッキーなども数多く含まれる。それを栞さんは食べられるものと食べられないものに分け、食べられるものはそのままほかのお菓子にリメイクする。こっちの作業はあまり難しくないらしく、それらはガトーショコラやプティングに変身する。
問題なのは食べられそうにない手作りのお菓子。この場合の「食べられそうにない」というのは、加熱が足りなくて半生であるとか、粉が混ざりきっておらず、白いものが見えている……とか、そういったもの。
何かしらレシピを見て作っているとは思う。――が、分量を間違えるか混ぜる順番を間違えるかするのだろう。
俺に言わせると、「食べ物」には到底認められないものが数多く含まれる。
例えば、食べると口の中の水分を根こそぎ持っていかれるケーキだとか、硬すぎるマフィンとか……。ひどいものは焦げているらしい。
そんなものを「プレゼント」としてよく人様に渡せると思う。俺にはその気が知れない。
栞さんはそれらを砕いたり、チーズグレーターで削ったりして粉状にしたところからなんとか食べられる状態にする。それらがどうなるかというと、マンションの住人を自宅に招いて試食会と称したお茶会でのお茶請け……否、立派な主役となる。
こうやって人の手により着々と消化されるチョコレートたち。
(人に食べてもらえたなら消化と言ってもいいと思う。ただ、秋兄が消費という言葉しか使えない事実には変わりない)
だいたいにして、甘いものが苦手なら最初から受け取らなければこんな面倒なことにならなくて済むものを……。
カウンターに置いてあるカップに手を伸ばし、まだ熱いコーヒーをすする。
母さんにおいては、毎日食べることで胃に負担がかかり、消化器内科の医師である父にストップをかけられる。母さんは泣く泣く、
「じゃぁ、冷凍庫に保存ね」
と、袋や箱から取り出したチョコレートを丁寧にアルミホイルなどに包み、ジップロックにまとめては冷凍庫へとしまう。入りきらなかったものは冷蔵庫へ。
そんなわけで、我が家の冷蔵庫は二月三月はチョコレート比率が高め。
「結局どうしてるんですか?」
「企業秘密」
御園生さんの質問にクスクスと笑う秋兄。
何が企業秘密だ……。
「蒼樹も相変わらずなんじゃない?」
「え? あぁ……」
御園生さんは少し言葉を濁した。
この部屋に入ってきたとき、御園生さんはかばんのほかに大きめの手提げ袋を持っていた。その手提げ袋の中身がチョコレートなのだろう。
「基本、友チョコ、ギリチョコしかもらわない主義ですからね。手に収まるくらいの小さなものだと軽くていいですよ」
たぶん、秋兄のダンボールでも見てそう言ったのではないだろうか。そこには大小様々な大きさの包みがあるのだから。
「でもさ、そんなの『友チョコ』って言われたら中身が本命でも受け取っちゃうわけでしょ?」
「えぇ……。ですから、家に帰ってから中身チェックですよ」
御園生さんは重ねて苦笑する。
中身をチェックして、本命チョコがあったらどうするのか……。
「本命があったら、それは申し訳ないけど返してます」
――呆れた。律儀で几帳面なのは知っていたつもりだけれど、そこまでとは思わなかった。
「で、その紙袋いっぱいの友チョコもとい義理チョコはどうするわけ?」
「翠葉がチョコレート大好きなんですよ」
声が一トーン上がり、それはそれは嬉しそうに話す。
始まる――この人のシスコントークが。
「チョコレート食べてるときは、アンダンテの苺タルトを食べてるときと同じくらいに頬が緩んで美味しい美味しいって食べてくれるから、そのほうが食べられるチョコも幸せでしょ?」
そういう問題か?
「でもって、ホワイトデーのお返しには翠葉が作ったお菓子配ってます。これが結構評判良くて。去年はレシピ教えてほしいなんて子もいたな。それを翠葉に伝えたら、また嬉しそうな顔をしてせっせとレシピを書いてくれるんですよね。甘いものは苦手だけど、翠葉の作ったものは甘さ控えめだから俺も好きなんですけど。さらにはそのレシピで作ってきたお菓子を試食してほしいって言われるから、持って帰って翠葉と一緒に食べるんです」
見なくてもわかる。きっと目尻を下げて、でれっとした顔で話しているのだろう。
でも、そのお菓子って「リベンジ」なんじゃないの? それを妹と食べて感想言われた時点で作ってきた人間の思惑は見事にスルーされていると思う。――恐るべきスルー力の高さ。しかも、疑うまでもなく「無自覚」であるところが痛すぎる。
御園生さんが妹のことを話しだすと止まらない。話の矛先を変えない限り延々と話していると思う。
この人の妹溺愛度は変態の域だと断言する。知り合ってから一年近いけど、本当にその部分だけがおかしくて残念な人。
秋兄の仕事の資料集めを任されてるだけあって、頭はいいはずなのにそこだけが変。「玉に瑕」とはこの人のためにある言葉だと思う。
秋兄の場合「完璧」な要素は多いものの、「瑕」の数も多くてその言葉が当てはまらない。
「なぁ、司は?」
……は?
珍しく御園生さんが自分から話を逸らした。が、背中に投げられた言葉に振り返りたくはない。そもそも、この会話に加わりたくも交わりたくもないんだけど……。
「ほらほら、聞こえてるのに無視しない」
秋兄に言われ、ため息をつきつつ振り返る。
「なんです?」
目一杯、「面倒」という顔を向ける。と、
「司だってチョコもらったんでしょ?」
からかうとかそういう雰囲気ではなく、ただ、もらったことを疑わないという声音。
「もらってませんよ」
一言返し、何事もなかったかのようにディスプレイに向き直る。
「司、その答えには語弊があるでしょ?」
秋兄に言われ、仕方なく再度振り返る。
「もらってないものはもらってない」
「くれる人はいるのに受け取らなかったの間違いでしょ?」
「結果論、何も変わらない。受け取ってないんだから『もらってない』でも間違いじゃない」
「甘いな。この手の話でそれは通用しない」
――ものすごく言いたい。面倒くさい、と。この会話自体が面倒だ、と。
だいたいにして、甘いのはチョコレートで俺の発した言葉じゃない。
ひとり置いていかれたような御園生さんがどうしたことかふわりと笑う。
「なんだかんだ言っても司は優しいんだろうな」
その言葉に耳を疑う。
訊けることなら誰かに訊きたい。今の会話の流れと俺の表情から、何をどうしたらそういう解釈になるのか……。
「下駄箱、机の中その他もろもろ……。どこに置いてあってもそのまま放置することが『優しい』と言えるなら?」
笑みを添えて御園生さんに視線を向けると、
「くっ」と笑いだした。
「なぁなぁ、下駄箱はそのまま放置できるとしてさ、机の中に入れられたそれらって邪魔になるんじゃないの?」
今度はおかしそうに笑いながら訊いてくる。
肩から身まで震わせ、その振動が手に持っているコーヒーカップの液体にまで伝わっている状況が最悪。
でも、御園生さんの言うとおりだ。
机の中や上に置かれると、教科書も入れられない広げられないで、邪魔以外の何ものでもない。
「下駄箱にあったものは放置してたんですけど……。放置しててもなくなってはくれないので、今はそれも机に置かれてたものも、すべて落し物として事務室に届けます」
「くっ、バレンタインのチョコを事務室に落し物として届けてるやつ初めて見たっ! でもさ、それって『司くんへ』とか書かれてるから、全部戻ってくるんじゃない?」
「まさか……俺は受け取ったわけではないので、それらの持ち主は差出人ですよ」
「あははっ、すごい考え。何それ、そのまま事務員の人に言ったりしたの?」
「えぇ。自分に非はありません。ただ、置いてあっただけで俺の所有物ではない。そう説明したら受け取ってもらえました。もちろん拾い主として名前の記帳もしましたよ」
今の話のどこに笑いの種があったのかは不明。しかし、御園生さんはカップをテーブルに置き、
「限界っ」
と腹を抱えて笑いだした。
「蒼樹、司は全然優しくないよ。女の子の気持ちのひとつやふたつ、三つや四つ。一〇〇や二〇〇を受け止める許容もないよう人間だよ」
うるさい。むしろ、そんな許容があってたまるか。
一頻り笑い終えた御園生さんが、
「いや、優しいですよ」
と、目を細める。
「どの気持ちにも応えられないから受け取らない。俺にはそう見えますから」
御園生さんはわかってない。
応えられないから受け取らないわけではなく、応えるつもりがないから受け取らない、の間違い。
この人の思考回路はずいぶんめでたくできているらしい。
そんな人間に溺愛されている妹は、もっとおめでたい思考回路を持ち合わせているに違いない。
御園生さんと初めて会った日、「いつか妹と友達になってほしい」と言われたけれど、藤宮の名に集らなくとも思考回路がおめでたすぎて、会話するのに疲れる人間の相手はしたくない。
けれど、気づけばこのおめでたい思考回路の持ち主とはもうすぐ一年の付き合いになる。
……どうか、俺が御園生さんに感化されていませんように。ついでに、秋兄の「何か」が俺に感染していませんように。
今、この部屋には俺と従兄の秋兄、秋兄の後輩である御園生さんがいる。
今日が二月十四日ということもあり、話題はチョコレートのことだった。
「うわ……秋斗先輩、相変わらずすごい数ですね」
御園生さんが見ていたものは、ダイニングテーブルの脇に置いてあるダンボール。
その中には今日もらったであろうチョコレートの数々が無造作に入れてあった。
「学生のころに比べたら減ったんじゃないかな?」
秋兄はそれらを見下ろしながら言う。
「あぁ……確かに」
御園生さんは納得したようだ。
俺はここで「バイト」という名の雑用をしているわけだけど、俺の背後でふたりの会話はまだまだ続く。
加わりたい内容ではないことから、俺はふたりに背を向け作業を進めることにした。
「毎年不思議に思ってたんですけど、それ、どうやって消費してるんですか? 先輩、女の子には優しいから全部食べてたりとか?」
そんなわけあるか……。間違っていないことがあるとしたら、消化ではなく消費であること。
「こんなに食べたら太るよ。俺は蒼樹みたいに毎日運動してるわけじゃないし」
「でも、頭使う仕事してるから相殺されるんじゃないですか? ……あぁ、それ以前に先輩甘いもの苦手でしたっけ」
「そうそう。ごく身近な人から頂いたものはひとつくらい口にするけど、それ以上はちょっとね……」
ちょっとね、じゃない。苦手なもので自分で消化できないなら、そんなにもらってくるな。
秋兄は、毎年もらってきたそれらを母さんと栞さん、それからマンションのコンシェルジュのところへ持っていく。
ミルクチョコレートと飴は母さんへ。ビターチョコレートはコンシェルジュ。手作り物など対処に困るものは栞さん。
母さんはそれらを溶かしてお菓子を作るか、そのままの状態を楽しんで食べる。最近はカカオ率の高いチョコレートが出回っているようだけど、
「苦いチョコレートを食べてもチョコレートを食べた気がしないのよね。やっぱり甘くて幸せな気持ちになれるのがいいわ」
と、母さんはミルクチョコレートを好む傾向にあった。
ビターチョコレートは安物から高級なものまでピンキリらしい。それらを溶かし香り高いリキュールなどを加え、高級感を持たせたスイーツにするのはコンシェルジュ。出来上がったものはマンションの住人に「サービス」として振舞われる。
誰も、あれが秋兄がもらってきたチョコレートのリメイクとは思っていない。
知っている人がいるとしたらひとりだけ――コンシェルジュ統括者、崎本さんの奥さん。美波さんにはばれていそうだけど。
栞さんのもとに持っていかれるものは、チョコ以外の市販のクッキーなども数多く含まれる。それを栞さんは食べられるものと食べられないものに分け、食べられるものはそのままほかのお菓子にリメイクする。こっちの作業はあまり難しくないらしく、それらはガトーショコラやプティングに変身する。
問題なのは食べられそうにない手作りのお菓子。この場合の「食べられそうにない」というのは、加熱が足りなくて半生であるとか、粉が混ざりきっておらず、白いものが見えている……とか、そういったもの。
何かしらレシピを見て作っているとは思う。――が、分量を間違えるか混ぜる順番を間違えるかするのだろう。
俺に言わせると、「食べ物」には到底認められないものが数多く含まれる。
例えば、食べると口の中の水分を根こそぎ持っていかれるケーキだとか、硬すぎるマフィンとか……。ひどいものは焦げているらしい。
そんなものを「プレゼント」としてよく人様に渡せると思う。俺にはその気が知れない。
栞さんはそれらを砕いたり、チーズグレーターで削ったりして粉状にしたところからなんとか食べられる状態にする。それらがどうなるかというと、マンションの住人を自宅に招いて試食会と称したお茶会でのお茶請け……否、立派な主役となる。
こうやって人の手により着々と消化されるチョコレートたち。
(人に食べてもらえたなら消化と言ってもいいと思う。ただ、秋兄が消費という言葉しか使えない事実には変わりない)
だいたいにして、甘いものが苦手なら最初から受け取らなければこんな面倒なことにならなくて済むものを……。
カウンターに置いてあるカップに手を伸ばし、まだ熱いコーヒーをすする。
母さんにおいては、毎日食べることで胃に負担がかかり、消化器内科の医師である父にストップをかけられる。母さんは泣く泣く、
「じゃぁ、冷凍庫に保存ね」
と、袋や箱から取り出したチョコレートを丁寧にアルミホイルなどに包み、ジップロックにまとめては冷凍庫へとしまう。入りきらなかったものは冷蔵庫へ。
そんなわけで、我が家の冷蔵庫は二月三月はチョコレート比率が高め。
「結局どうしてるんですか?」
「企業秘密」
御園生さんの質問にクスクスと笑う秋兄。
何が企業秘密だ……。
「蒼樹も相変わらずなんじゃない?」
「え? あぁ……」
御園生さんは少し言葉を濁した。
この部屋に入ってきたとき、御園生さんはかばんのほかに大きめの手提げ袋を持っていた。その手提げ袋の中身がチョコレートなのだろう。
「基本、友チョコ、ギリチョコしかもらわない主義ですからね。手に収まるくらいの小さなものだと軽くていいですよ」
たぶん、秋兄のダンボールでも見てそう言ったのではないだろうか。そこには大小様々な大きさの包みがあるのだから。
「でもさ、そんなの『友チョコ』って言われたら中身が本命でも受け取っちゃうわけでしょ?」
「えぇ……。ですから、家に帰ってから中身チェックですよ」
御園生さんは重ねて苦笑する。
中身をチェックして、本命チョコがあったらどうするのか……。
「本命があったら、それは申し訳ないけど返してます」
――呆れた。律儀で几帳面なのは知っていたつもりだけれど、そこまでとは思わなかった。
「で、その紙袋いっぱいの友チョコもとい義理チョコはどうするわけ?」
「翠葉がチョコレート大好きなんですよ」
声が一トーン上がり、それはそれは嬉しそうに話す。
始まる――この人のシスコントークが。
「チョコレート食べてるときは、アンダンテの苺タルトを食べてるときと同じくらいに頬が緩んで美味しい美味しいって食べてくれるから、そのほうが食べられるチョコも幸せでしょ?」
そういう問題か?
「でもって、ホワイトデーのお返しには翠葉が作ったお菓子配ってます。これが結構評判良くて。去年はレシピ教えてほしいなんて子もいたな。それを翠葉に伝えたら、また嬉しそうな顔をしてせっせとレシピを書いてくれるんですよね。甘いものは苦手だけど、翠葉の作ったものは甘さ控えめだから俺も好きなんですけど。さらにはそのレシピで作ってきたお菓子を試食してほしいって言われるから、持って帰って翠葉と一緒に食べるんです」
見なくてもわかる。きっと目尻を下げて、でれっとした顔で話しているのだろう。
でも、そのお菓子って「リベンジ」なんじゃないの? それを妹と食べて感想言われた時点で作ってきた人間の思惑は見事にスルーされていると思う。――恐るべきスルー力の高さ。しかも、疑うまでもなく「無自覚」であるところが痛すぎる。
御園生さんが妹のことを話しだすと止まらない。話の矛先を変えない限り延々と話していると思う。
この人の妹溺愛度は変態の域だと断言する。知り合ってから一年近いけど、本当にその部分だけがおかしくて残念な人。
秋兄の仕事の資料集めを任されてるだけあって、頭はいいはずなのにそこだけが変。「玉に瑕」とはこの人のためにある言葉だと思う。
秋兄の場合「完璧」な要素は多いものの、「瑕」の数も多くてその言葉が当てはまらない。
「なぁ、司は?」
……は?
珍しく御園生さんが自分から話を逸らした。が、背中に投げられた言葉に振り返りたくはない。そもそも、この会話に加わりたくも交わりたくもないんだけど……。
「ほらほら、聞こえてるのに無視しない」
秋兄に言われ、ため息をつきつつ振り返る。
「なんです?」
目一杯、「面倒」という顔を向ける。と、
「司だってチョコもらったんでしょ?」
からかうとかそういう雰囲気ではなく、ただ、もらったことを疑わないという声音。
「もらってませんよ」
一言返し、何事もなかったかのようにディスプレイに向き直る。
「司、その答えには語弊があるでしょ?」
秋兄に言われ、仕方なく再度振り返る。
「もらってないものはもらってない」
「くれる人はいるのに受け取らなかったの間違いでしょ?」
「結果論、何も変わらない。受け取ってないんだから『もらってない』でも間違いじゃない」
「甘いな。この手の話でそれは通用しない」
――ものすごく言いたい。面倒くさい、と。この会話自体が面倒だ、と。
だいたいにして、甘いのはチョコレートで俺の発した言葉じゃない。
ひとり置いていかれたような御園生さんがどうしたことかふわりと笑う。
「なんだかんだ言っても司は優しいんだろうな」
その言葉に耳を疑う。
訊けることなら誰かに訊きたい。今の会話の流れと俺の表情から、何をどうしたらそういう解釈になるのか……。
「下駄箱、机の中その他もろもろ……。どこに置いてあってもそのまま放置することが『優しい』と言えるなら?」
笑みを添えて御園生さんに視線を向けると、
「くっ」と笑いだした。
「なぁなぁ、下駄箱はそのまま放置できるとしてさ、机の中に入れられたそれらって邪魔になるんじゃないの?」
今度はおかしそうに笑いながら訊いてくる。
肩から身まで震わせ、その振動が手に持っているコーヒーカップの液体にまで伝わっている状況が最悪。
でも、御園生さんの言うとおりだ。
机の中や上に置かれると、教科書も入れられない広げられないで、邪魔以外の何ものでもない。
「下駄箱にあったものは放置してたんですけど……。放置しててもなくなってはくれないので、今はそれも机に置かれてたものも、すべて落し物として事務室に届けます」
「くっ、バレンタインのチョコを事務室に落し物として届けてるやつ初めて見たっ! でもさ、それって『司くんへ』とか書かれてるから、全部戻ってくるんじゃない?」
「まさか……俺は受け取ったわけではないので、それらの持ち主は差出人ですよ」
「あははっ、すごい考え。何それ、そのまま事務員の人に言ったりしたの?」
「えぇ。自分に非はありません。ただ、置いてあっただけで俺の所有物ではない。そう説明したら受け取ってもらえました。もちろん拾い主として名前の記帳もしましたよ」
今の話のどこに笑いの種があったのかは不明。しかし、御園生さんはカップをテーブルに置き、
「限界っ」
と腹を抱えて笑いだした。
「蒼樹、司は全然優しくないよ。女の子の気持ちのひとつやふたつ、三つや四つ。一〇〇や二〇〇を受け止める許容もないよう人間だよ」
うるさい。むしろ、そんな許容があってたまるか。
一頻り笑い終えた御園生さんが、
「いや、優しいですよ」
と、目を細める。
「どの気持ちにも応えられないから受け取らない。俺にはそう見えますから」
御園生さんはわかってない。
応えられないから受け取らないわけではなく、応えるつもりがないから受け取らない、の間違い。
この人の思考回路はずいぶんめでたくできているらしい。
そんな人間に溺愛されている妹は、もっとおめでたい思考回路を持ち合わせているに違いない。
御園生さんと初めて会った日、「いつか妹と友達になってほしい」と言われたけれど、藤宮の名に集らなくとも思考回路がおめでたすぎて、会話するのに疲れる人間の相手はしたくない。
けれど、気づけばこのおめでたい思考回路の持ち主とはもうすぐ一年の付き合いになる。
……どうか、俺が御園生さんに感化されていませんように。ついでに、秋兄の「何か」が俺に感染していませんように。
2
あなたにおすすめの小説
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される
けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」
「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」
「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」
県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。
頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。
その名も『古羊姉妹』
本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。
――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。
そして『その日』は突然やってきた。
ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。
助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。
何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった!
――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。
そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ!
意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。
士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。
こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。
が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。
彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。
※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。
イラスト担当:さんさん
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる