危険な情事

星名雪子

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あとがき

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発達障害関連の小説、第三弾です。今回は性描写のあるお話なのでこれまでとは雰囲気が違い、ある意味かなりショッキングな内容だったと思います。

私は「相手の言葉を真に受ける」「騙されやすい」「ノーと言えない」という特性を持っており、その所為で恋愛をする度に辛い思いをして来ました。このお話は実体験を元にしていて、ショッキングな出来事のひとつ。所々フィクションですが、大まかな流れはそのままです。私はこの出来事を今まで誰にも打ち明けたことがありません。打ち明けるつもりもなく、墓場まで持っていくつもりでした。

何故なら、自分の中で罪の意識があったからだと思います。もちろん彼の行いが最低なことには違いありませんが、私自身も不用心過ぎたのです。夜間に車で迎えに来てもらうなど危険行為以外の何ものでもありません。しかし出会い系サイトではなく、婚活サイトだから悪い人はいないだろうと勝手に思い込んでいたのです。

誰かに言えば、怒られたり非難されることは間違いないと思いました。だから私は今までこの出来事を思い出す度に自分を責めて、責め抜いて、苦しんで来ました。誰かに話せば楽になったのかもしれませんが、自分自身がそれを許しませんでした。

しかし、後に発達障害があることが分かって過去を振り返ってみた時に、私一人が悪い訳ではなかったのだと少し気が楽になりました。何より一番大きかったのはある作品に出会ったこと。前回のあとがきにも書きましたが、太宰治の人間失格です。この作品は太宰が自分自身のショッキングな実体験を元に書いた私小説風フィクション小説です。

苦しみを表に出すことなく人を笑わせ道化を演じ、女性に媚を売って養ってもらうことで人生を渡り歩いて来た主人公・葉蔵。様々な女性と次々に関係を持ちますが、彼の人生をどん底に突き落としたのは最愛の妻(内縁)ヨシ子。彼女は人を疑うことを知らない純粋無垢な女性でした。が、それ故に男に騙され、犯されてしまいます。最愛の若妻が顔見知りの男に犯されているのを不意に目撃してしまった葉蔵は激しいショックを受け、次第に酒に溺れ、終いには薬物中毒に陥り、精神病院に入院させられます。実年齢は27歳を迎えるも40歳以上に見られます。と、自嘲気味に語って物語が終わります。

太宰も葉蔵と同じく薬物中毒で精神病院に強制的に入院させられますが、その間に彼の内縁の妻である初代が、太宰の親類の画学生と関係を持ってしまいます。それを知った彼は激しいショックを受け、その後、初代と自殺を図るも未遂に終わり、二人は離別します。

葉蔵とヨシ子のエピソードはこの実体験が元になっており、また人間失格という作品の大きな核になっています。太宰はこの作品を書いた直後に愛人と共に入水自殺を図り、この世を去ります。一説によると、彼は人間失格を書くことで自分の中にある沢山の苦しみを昇華しようと思ったそうです。

私も苦しみや辛さを文章にすることで心の中を整理することがあります。だから、太宰の気持ちが少しだけ分かったような気がしたのです。

人間失格を読むのはこれで二度目ですが、初めて読んだ時に比べると、かなり読みやすく感じました。それは読んでいる内に何となく内容を思い出したからというのもありますが、何よりも葉蔵の中に自分に似ている部分を発見してしまったからなのかもしれません。

「危険な情事」の中で「私」は彼に衝動的に怒りのメールを送りましたが(衝動的なところも実は特性のひとつです)その冒頭に書いた

「私は今まで誰かに対して面と向かって怒りを露わにしたことは殆どありません」

というのは事実です。私は基本的に人と接する時にはいつも笑顔を浮かべています。これは意図的ではなく無意識です。自分の本心に関わらず、悲しい時も楽しい時も常に笑っています。だから、怒っている時でも表ではヘラヘラしているのです。これは精神的な観点から見ると「微笑みうつ」と言われているそうです。(とある漫画で知りました)

私はそんな自分の姿を葉蔵に重ねました。葉蔵は相手に傷つくことを言われてもそれを決して咎めようとはしません。相手と正面からぶつかることを意図的に避けているのです。その辺りもまた自分に似ているなと思いました。私は相手と意見が合わなくても、自分を非難されても、とりあえず相手に合わせて「そうだよね」と肯定し、笑顔で接します。

先日、長年の友と会う機会があり、近況報告をしましたが、彼女は私の生き方をハッキリと否定しました。信頼していた友達に自分を否定されたことはとてもショックでしたが、その場では上手く自分の感情や意見を処理出来ず、私はまた笑いながら「そうだね。あなたの言う通り私はもう少ししっかりしなきゃね」と言うしかありませんでした。その後も私は懸命に彼女の考え方や意見を肯定し、賛同しました。

でも、帰宅して一人になると心が重くなりました。やはり彼女の考え方を受け入れることはできないと思ったのです。何よりも自分の感情や意見を上手くコントロールできなかったこと、否定されたことにショックを受けながらもそれを押し殺して彼女の意見に無理矢理合わせてしまったことに虚しさを感じたのです。私には「自分」というものがないのか……と。長年の友である彼女に嫌われたくないという思いもあったのだと思います。

葉蔵は友達の堀木に自分の生き方を否定され憤ります。しかし、面と向かって言うことはできず、いつものように道化の笑顔で受け入れます。この時の葉蔵に私はとても共感したのです。葉蔵は結局その後、我慢の限界に達し、堀木に向かって怒鳴ります。それ程、彼の怒りは大きいものだったのでしょう。

私もまた同じです。普段は滅多に怒らない自分が、彼に対して怒りを露わにして全力で抵抗したのは自分の身を守るためだったのです。

私は日頃から「周りの意見に流されやすい」ところがあり、これも特性のひとつです。周りの人達の言うことに「そうだね、そうだね」と言っている内に気づいたら自分を見失っている、ということが結構あります。そうしてパニックになる度に「あなたはどうしたいの?大事なのはあなたの気持ちだよ」と第三者に言われ、ハッと気づくのです。

話を戻しますが、一度目に読んだ時に湧いたのは「こんな屑みたいな人間がいたのか」という驚愕、客観的な感情だけでした。しかし今回「共感」という違う感情が湧いたのはたぶん読了一度目から読了二度目の約一年の間に、私自身に大きな心境の変化ーー発達障害が判明したことーーがあったからなんだろうなと思います。葉蔵は発達障害ではなく薬物、アルコール中毒者ですが。

葉蔵を「屑みたいな人間だ」と感じるのは一度目と変わりませんが、今回はそんな「屑みたいな人間」である葉蔵の中に僅かでも自分の姿を見てしまったのが一番の違いなのでしょう。人生の節目に読むとまた違う印象を受ける、不思議な作品です。

「テーマが重すぎる」「読んだらうつになる」と散々に言われながらもこの作品が長らく、沢山の人々に愛されている理由が分かったような気がしました。時が経って三度目に読んだ時、私は果たしてどんな風に思うのでしょうか。

人間失格を読み終えた後、私の頭に浮かんだのは今回書いた「危険な情事」の元になったショッキングな体験でした。葉蔵だけではなくヨシ子にも自分の姿を重ねてしまったのです。人を疑うことを知らない彼女はまさにあの時の私でした。忘れかけていた苦しみが蘇りました。だから、私も彼と同じように苦しさを文章にすることで昇華したいと思ったのです。今こそ自分の過去に決別する時だと。

そして、私はこの物語を書く前に同じような経験をした人がいないか調べました。すると、発達障害者の中には性に関する悩みを抱えている人達も沢山いることが分かったのです。更に彼、彼女達はそうした性の問題を誰にも相談できず、打ち明けられずに悩んでいるということも分かったのです。

私は自分の作品を通してメッセージを送らなければならないと感じました。人を信じることはとても素晴らしいことですが、それは必ずしも自分にとってプラスになるとは限らないのです。性の問題は避けがちですが、自分の身を守るためには知識を身につけ、対策を行うことはとても大事なことです。

「言葉を真に受ける」「騙されやすい」「ノーと言えない」そういった特性を持っていると、自分一人で判断をすることは困難だと思います。だからこそ勇気を出して周りの人に相談し、判断を仰ぐことが大切です。

生きづらさを抱えた人が少しでも減ることを心から祈り、私はこれからも臆することなく自分の体験を発信していきたいと思います。
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