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第一章 幕開

第三話

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その青年は背丈せたけはたかむらよりも低く、華奢きゃしゃな体つきをしていた。少しタレ目の優しげな眼差しと物腰柔ものごしやわらかそうな雰囲気に勇美はホッとした。

「勇美殿、この方は天国の番人を務めている沖田総司おきたそうじ殿です」

「沖田総司?!新選組の?!」

「おや、私のことを知っているんですか」

「両親がめちゃくちゃ新選組推してたんですよ!へぇ~あなたがあの伝説の剣士、沖田総司ですか~!」

勇美は物珍しそうに沖田の周りをぐるぐると回り、尚且つ上から下まで眺めた。沖田はどうしていいか分からない様子で気まずそうにはにかんでいた。

「い、勇美殿!あまり熱心に見ては失礼ですよ」

「あっ、ごめんなさい。もっと怖そうな人だと思ってたからちょっと意外で」

「仰ることはよく分かります。普段はこの通りとても優しい方で、時にはここを訪れる死者の悩みを聞き、ねぎらいの言葉を掛ける事もあるんですよ」

「マジか。沖田総司の人生相談室……的な?!」

「そ、そんな大それたものではありませんよ」

「……ですが、剣を持つとまるで別人なんですよ。あの殺気さっきと目つきの鋭さ!一度見たら忘れられません」

「えっ!見てみたいんだけど!」

しっぽを立てながら賞賛しょうさんするうたじろうと興味津々きょうみしんしんの勇美に、沖田は恐縮きょうしゅくのあまり激しく首を横に振って言った。

「い、いやいや!だから大袈裟おおげさですって!」

うたじろうは思い出したように自分の首に下げている巻物を見て言った。

「あっ沖田殿、こちらがこの方の永眠録えいみんろくです」

沖田は巻物を受け取ると広げて目を通した。時折ときおり大きく頷いたり微笑んだりしている。

「なるほど……松山勇美さん。あなたは素晴らしい方ですね。自分の身をていして友人を助けるとは。自己犠牲じこぎせいというものは時に批判の対象にもなりますが、私にはあなたの気持ちがよく分かります。私も近藤さんと土方さんの身に何か起きたら自分を犠牲にしてでも助けたい。生前は常にそう思って生きてましたから」

「へぇ~よく分かんないけど、とにかく沖田さんにとって近藤局長と土方歳三はめちゃくちゃ大切な人なんですね!」

「はい。二人は私の兄のような存在ですから」

沖田は嬉しそうに微笑んだ。

(伝説の剣士がそこまで言うなんて近藤勇ってそんなにスゴい人なのかな)

「さて、松山さん。そろそろ天国へ行きましょう。入り口はこちらです」

沖田は奥のふすまを指すと、勇美とうたじろうをうながした。何もない空間に長い行列が出来ており、その先に純白の大きな扉があった。待合所にいた者達は青白い顔をしていたが、この行列では誰もが晴れやかな顔をしていた。沖田はその行列の最後尾に勇美を案内した。

「間もなく順番が来ますので、しばらくお待ちくださいね」

「短い間でしたが、勇敢ゆうかんな勇美殿に出会えて光栄でした。本当にありがとうございました」

「こちらこそ!うたじろうと会えて楽しかったよ。ありがとう」

「本音を言いますと、もう少しお話を聞きたいという気持ちがありますがそれは心の中にしまい、勇美殿が天国ですこやかに過ごされることを心から祈っております」

うたじろうはその場にちょこんと座ると、丁寧に頭を下げた。

(ホント紳士なネコだなぁ)

勇美が素直に感動していたその時だった。

「おい」

急に背後から声がした。

(どこかで聞いたような……)

勇美は振り返った。

「アタシのこと?」

「そうに決まってんだろ、他に誰がいる」

声の主は小野たかむらだった。先程の丁寧な口調とは打って変わってぶっきらぼうで面倒臭そうな口調。勇美は違和感を覚えた。

「……アタシに何の用?」

「お前は今から俺と一緒に近藤局長の補佐を務めることになった。説明するからついてこい」

勇美の返事も待たずにたかむらはきびすを返すとスタスタと歩き出した。あまりにも身勝手な態度に勇美は爆発した。

「ちょっと待ってよ!どういうこと?!」

「だから、お前は今から近藤局長の補佐隊員だって言ってんだろ。何度も言わせんな」

「アタシやるなんてもひとことも言ってないんだけど」

「お前の返事なんか聞いてない」

「ハア?!」

勇美はたかむらの胸倉むなぐらを思い切りつかんだ。が、彼の表情は変わらず、全く動揺どうようする様子がない。

「あわわわ!お二人とも落ち着いてください!」

突然始まったケンカにかたわらにいたうたじろうが焦り出した。行列に並んでいた人々も物珍しそうな顔で様子をうかがっている。黙って見ていた沖田が困惑した表情を浮かべながら言った。

「小野さん。そんな強引なやり方では松山さんが怒るのも無理ないですよ。というかもはや職権乱用しょっけんらんよう……」

「沖田さんは黙っててください」

沖田は苦笑いをして「やれやれ」と呟き、かがんだ後うたじろうに耳打ちした。

「また始まりましたね。小野さんの無茶振むちゃぶりが」

「ええ、困りましたね……」

勇美は自分よりも頭ひとつ分背の高いたかむらを全く物怖ものおじする様子もなくにらみつけて言った。

「アタシはこれから天国へ行くの。あんたの指図さしずなんて受けない」

「そんなこと言っていいのか?俺はお前を助けてやったんだぞ」

「何が言いたいの?」

「お前は俺に恩があるってことだ」

「イヤって言ったら?」

「お前の天国行きは取り消しだ。問答無用で地獄へ送る」

(こいつ悪魔じゃん!)

勇美は自身のはらわたが煮えくり返るのが分かった。握った拳が震えているのを見て沖田が苦笑いしながら呟いた。

「あ、爆発するかな?」

勇美はグッと堪えて一度冷静になった。

おどしてくるなんてよほどの理由があるんだろうな。まぁ聞いたところで素直に答えてくれるとは思えないけど)

「っていうかあんたキャラ変わり過ぎじゃない?ホントにさっきの人?」

「ああ。あれは近藤局長の前だけだ」

「じゃあ、それがいつものあんたってこと?」

「見りゃあ分かんだろ」

たかむらは初めて笑った。口元を釣り上げて不敵な笑みを浮かべている。勇美はその顔面に拳をぶち込みたい衝動しょうどうに駆られたが何とかこらえ、取り乱してあたふたしているうたじろうに向かって尋ねた。

「あんたはこいつの本性知ってるの?」

「は、はい」

「知ってて助手を務めてんの?」

「……はい」

「近藤勇はこのこと知ってんの?」

うたじろうはしっぽを下げて静かに首を横に振った。

「沖田さんに対してもこうなの?」

「はい、そうです」

沖田は苦笑いを浮かべたまま頭をいて言った。

(こいつヤバそう。ってかアタシはそう簡単に天国へは行けないってこと?それどころか現世で死ぬ前より苦労しそうな気がする。でもこばんだら地獄行き……)

勇美は少し悩んだが、覚悟を決めた。

「分かった。補佐の仕事を手伝うよ。でもそれが終わったら必ず天国へ行かせてよね」

「ああ。ただし条件を満たしたらな」

「……条件?」

眉をひそめる勇美の顔を見て、たかむらはニヤリと不敵な笑みを浮かべて口を開いた。

「現世で俺が死んだらな」

「……何言ってんのか分かんないんだけど」

うたじろうが驚きのあまり飛び跳ねた。

「た、たかむら殿!それはあまりにもこくではないですか?!」

「うるさい、お前は黙ってろ」

「小野さん。現世であなたがいつ亡くなるのかも分からないのにそんな約束していいんですか?」

「ちょ、ちょっと!分かるように説明してよ!たかむらだっけ?あんたはこの世界の人間じゃないの?」

たかむらは面白くなさそうに淡々と答えた。

「俺はお前みたいな死者でもない。うたじろうみたいな霊界の生き物でもない。れっきとした生きてる人間だ」

「生きてるの?!」

「ああ。昼間は現世で仕事。夜になったらここに来て補佐の仕事だ。俺としてはつまんねぇ現世よりもここの方が面白いから早く補佐隊員を本業にしたいんだが、死なないと無理らしい」

「ふーん。じゃあ、自分で首でもつって死ねば?」

うたじろうがしっぽを震わせながら言った。

「い、勇美殿!お気持ちは分かりますが、言い方が……」

「だってさ、そんなに現世がつまんないんだったら自分で終わらせた方が早くない?」

「勇美殿の言う事はごもっともなのですが……」

うたじろうは遠慮がちにたかむらの顔をちらりと見た。が、たかむらは何も言わない。その様子を見た沖田が口を開いた。

「ここの裁きでは基本的に自殺をした人は地獄行きと決まってるんです。自殺はあらゆる罪状の中で一番重いのです。ある意味、殺人よりも。まぁ切腹した戦国時代の武士には例外があって、その理由によっては天国行きになることもあるんですけどね」

たかむらは黙ったままで表情もほとんど変わらない。しかし、その切れ長の瞳に微かに悲しげな色が浮かんでいるのを勇美は見逃さなかった。

(こいつが現世でどんな生活を送っているのかとかどうでもいいけど、死後の世界の方が面白いって……もしかして何かヤバい悩みでもあんのかな……)

勇美はハッと我に返り、首を思い切り横に振った。

(危な……!もう少しで同情するとこだった!)

「そういえば、さっき昼間は現世にいるって言ってたけどその間、近藤勇の補佐は誰がやってんの?」

「俺以外の三人がやってる。だが、どいつもこいつも無能だ。全くあきれる」

たかむらは鬱陶うっとおしそうに舌打ちをし、言葉を続けた。

「だから、お前にはそいつらの代わりに俺がいない間、補佐をやってもらう」

「……ハァ?全くの素人しろうとのアタシが先輩達を差し置いてあんたの代理をやるなんてどう考えてもおかしいでしょ」

たかむらはしばらくの間黙ってしまった。勇美の目をじっと見つめたまま何か言いたげな顔をしている。だが、何も言わない。勇美はまた先程の怒りが沸々ふつふつと蘇ってきて声を荒げた。

「なんで黙ってんの?!何とか言えよ!」

すると、たかむらは面倒臭そうに舌打ちをするとため息を吐きながらぼそぼそと呟いた。

「……お前みたいなはっきりした奴ならあいつらよりもよほど仕事ができるだろうと思った。それだけだ」

勇美とうたじろう、沖田の三人は思わず顔を見合わせた。うたじろうは嬉しそうに声を上げた。

「たかむら殿も勇美殿の勇敢ゆうかんさに心を打たれていたのですね!」

「はぁ?何言ってんだ」

「またまた~照れてるんですか?」

「う、うるせぇ!」

「あんた意外と素直なとこあるんだね!」

勇美はうたじろうと沖田と一緒になってたかむらをからかった。

(なんだ、嫌がらせで言ったワケじゃないんだ)

「分かった。そこまで言うなら補佐隊員やるよ。だけど、あんたが死んで望み通り正式に補佐隊員になったらアタシはさっさと天国へ行くから」

「ああ。どこへでも行きゃあいいだろ」

再び勇美から目をらし、たかむらは面倒臭そうにそう言った。

(思わず引き受けちゃったけど、こいつがそう簡単に死ぬとは思えない。アタシ無事に天国行けんのかな……)

先が思いやられ、勇美はため息を吐いたのだった。
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