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第二章 復讐

第四話

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たかむらに連れられ、勇美は裁きの間を出て庭とは反対方向に曲がり、渡り廊下を歩いた。その先には別の建物があり、そこには和室が沢山並んでいた。たかむらは中ほどの部屋の前で立ち止まると障子しょうじを開けた。

「ここがお前の部屋だ」

「えっ。補佐隊員って自分の部屋まであるの?」

「ここは俺達だけじゃなく、職員全員分の宿舎しゅくしゃだ。元々はなかったんだが、近藤局長の計らいで作られた」

「ス、スゴい……死後の世界でも働き方改革してる……」

和室は縦長で六畳ほど。左側に鏡台きょうだい、右側に箪笥たんすがあり、奥にある障子の下に小さな文机が置いてある。障子を開けると外の景色が見えるが眺めは曇天どんてんの空と何もない空間が見えるだけで決して良いとは言えなかった。

たかむらは手に持っている装束しょうぞくを広げて言った。

「任務の時はこれを着ろ」

それは補佐隊員の羽織だった。近藤局長やたかむらが着ているものと同じデザインで青いダンダラ模様が入っている。

「これ新選組のやつだよね?」

「……ああ、そうだ」

たかむらは少し面倒臭そうに言った。

「必ず着なきゃいけないの?」

「当たり前だ。近藤局長の指示だからな」

「これダサくない?」

たかむらが腕組みをしたまま目を逸らしたので勇美はニヤニヤしながら言った。

「たかむらもダサいって思ってるんだ!」

「違えよ。だが、これを全員に強制するのは気に食わねえ。現世で着てる装束と違い過ぎていまだに慣れねえし」

たかむらはそう言って舌打ちをし、言葉を続けた。

「羽織の下は男は着流し、女は着物だ。色は自由に選んでいい。どの色だ?」

「う~ん、じゃあ赤で!」

「分かった。後で渡す。着方は分かるか?」

「バイト先の制服が着物だったから大丈夫」

「もし分からなかったら言え。女で着付けができる奴を呼ぶから。ああ、あと現世に行く時は羽織は脱げよ」

「なんで?」

「必要以上に目立っちゃいけねぇからだ」

「はーい」

***

たかむらから赤い着物を受け取り、着替えを終えた勇美は、裁きの間に戻ると見学を始めた。本業の為に一旦、現世に戻ったたかむらの代わりにうたじろうが仕事の説明をしてくれることになった。

今、補佐をしているのはスラっとした細身の女性だ。紫色の着物の上に羽織を着ている。腰まであるつややかな黒髪が特徴的で年齢は30代後半ぐらい。美人とは言いがたいが、力強い瞳からは真の強さが伺える。近藤とは同年代のようで物怖じすることなく対等に話をしているのだが……

「次の者を呼んでくれ」

「はいはい。次の人!近藤局長がお呼びだよ!とっとと入んな!」

女は手を叩いて次の死者を呼び付けた。女は裁きの間中、近藤にも死者にもタメ口をきいており、終始勝気な態度を取り続けていた。女の態度に勇美は微かな違和感を覚えた。

千代ちよ殿、次の死者を。きちんと名前を呼ぶのだぞ」

「はいはい。分かったよ。山田利政やまだとしまさ殿、入んな!」

まげを結った気弱そうな男が裁きの間に入って来た。近藤の姿を見るなり怯えた様子で目を泳がせた。

「突っ立ってないでその座布団の上に座んな」

女に強い口調で言われ、山田は怯えながら座布団に正座をした。勇美はこっそりとうたじろうに尋ねた。

「近藤局長に敬語使ってないし態度デカくない?エライ人なの?」

「いえ。たかむら殿や勇美殿と同じ補佐隊員です」

「近藤局長は怒んないの?」

「当初はお怒りになりました。たかむら殿も態度を改めるよう何度も注意をされましたが全く言うことを聞かないのです」

「何で辞めさせないの?」

「人手が足りずできないのです。隊員は他にもいらっしゃいますが、その中で仕事が完璧なのはたかむら殿だけです」

「じゃあ、何でみんな補佐隊員になったの?」

「皆さん、ご自分で志願しがんされたんです。実は掲示板に『補佐隊員募集』の貼り紙がありまして……」

「バイト募集的なノリなの?!」

「これがその掲示板です」

うたじろうは裁きの間の入り口付近に勇美を案内した。そこには大きな掲示板があったが、ほこりを被ってひっそりとしている。達筆な墨字で補佐隊員募集と書かれた貼り紙はあまりにも古すぎて所々破けてしまっていた。

(こんなの今まで気付かなかった……ってか募集の貼り紙とかスーパーのレジ打ちバイト?霊界の裁判所って堅そうな感じだけど現世と変わんないじゃん)

勇美は色々とツッコミたい衝動に駆られたが、とりあえずうたじろうの説明を聞くことにした。

「本来なら職員の選定は近藤局長が行います。が、補佐隊員のお仕事を始め、この世界についてもたかむら殿の方が詳しいので、近藤局長がたかむら殿に一任しているんです。皆さん、興味を持ってたかむら殿の面接も受けられ、意気揚々いきようようと仕事を始められたのですが……」

うたじろうが口をつぐんだので勇美は代わりにその後を続けた。

「いざやってみたら全然仕事にならなかったと」

うたじろうは気まずそうに黙って頷いた。勇美は思った。

(たかむらの見る目がないだけじゃ……。いや違うか。初対面同士が短時間でしかもたった一回の面接でお互いのことを分かり合えるワケない。良さげな人だと思って採用したのに実はヤバい奴だったとか現世でもよくあることだし……ってか、近藤局長よりたかむらの方がこの世界に詳しいってどういうこと?近藤局長よりたかむらの方が先にここで働き始めたってこと?)

勇美は様々な疑問に頭を悩ませていたが、うたじろうはそれに気づくことなく、説明を続けた。

「たかむら殿はご自身でお声掛けも行うようになりました。しかし、聞き入れてくださった方は今まで一人もいません」

「なるほど。スカウトを始めてみたものの、ひねくれた性格の所為で誰にも聞き入れてもらえなくてやっと決まった第一号がアタシってことね」

「すかうと……?」

「えっと、声掛けってこと」

「その通りです。とは言っても、臆病者で仕事ができない僕に皆さんのことを責める権利はないのですが……」

うたじろうは申し訳なさそうにうつむいた。

「うたじろうは何で助手をやってるの?」

「それには深い訳がありまして……」

その時だった。

「おぬしはいつまで横柄おうへいな態度を取るつもりなのだ?!」

近藤の声が大きな地響きとなって地面を揺らした。が、補佐隊員の女は全く動じない。腕を組み、近藤を睨み付けている。

「近藤局長、とうとう堪忍袋かんにんぶくろの緒が切れちゃった感じだよね……?」

「ど、どうしましょう、たかむら殿は不在なのに……っ!」

うたじろうの心配をよそに近藤の怒りのボルテージはぐんぐんと上がっていく。

「おぬしからは死者や人間に対する敬意けいいが全く感じられん!」

「私は上とか下とかそういうのが大嫌いなんだよ!それにあんたとは同じ歳だから尚更、敬語なんか使う気にはならないよ」

「わしに対して敬語を使えとは言わん。おぬしの言う平等な関係という理想はわしにも理解できるからな。だからといって横柄な態度を取っていいことにはならんだろう」

「別にそんなつもりはないんだけどねぇ」

「では、せめて死者をもっとうやまわぬか。この者は罪状があり地獄行きと決まったが、自分は天国行きだと主張しておるのだ。悪人だとは限らぬ」

女はため息を吐くと面倒臭そうに言った。

「分かった分かった。蘇りすりゃあいいんだろ?」

すると、近藤は目を見開き思い切り怒鳴った。

「その態度がいかんと言っておるのだ!」

あまりの迫力に再び地面が揺れる。

(止められそうな人がいない……。うたじろうはたぶん無理だし、他の補佐隊員もいない……。アタシが止めるしかないか)

近藤と女が激しく言い争っている間、先程まで怯えていた山田利政は呆気あっけに取られている様子で口を開けてぽかーんとしていた。

「……よし」

勇美はぎゅっと拳を握り締めて覚悟を決めた。

「まさか止めに行くんですか?!」

「だって他に止められそうな人いないでしょ」

「しかし、近藤局長は……」

勇美はうたじろうの言葉を最後まで聞かずにさえぎった。

「アタシは大丈夫だから」

そうきっぱりと口にすると二人の元へと向かった。うたじろうは下げたしっぽをブルブルと震わせながら心配そうに勇美のことを見つめている。

「お二人ともやめてください!」

「……何?」

突然、目の前に現れた勇美に近藤は驚いて目を見開いた。ギョロっとした大きな目は怒りで血走っていた。勇美は一瞬ひるんだが、すぐに思い直した。

(この人はアタシと同じ「いさみ」恐れることなんて何もない……!)

「誰だい、あんた。部外者は黙ってな」

女は勇美を睨み付けると鬱陶うっとうしそうに言った。

「アタシは松山勇美。今日からあなたと同じ補佐隊員になったの」

「あっそう」

「……おぬしは確か先程わしの裁きにとなえた者じゃな」

「お二人の言いたいことはよく分かりましたが、正直に言うと無駄な言い争いかと」

怒りで真っ赤に染まった近藤の大きな目を勇美は一瞬もらさずに真っ直ぐに見つめた。しかし、その態度は近藤の怒りを逆に増幅させることになってしまった。

「おぬしは死者を敬うことが無駄だというのか?」

「い、いえ、そうではなくて……!」

「松山勇美殿と言ったな。黙って聞いておれば好き勝手に言いおって!」

怒りに体をぶるぶると震わせた近藤は腰にさしていたさやから刀を抜き、大きく振り上げた。

「ま、待ってください!」

勇美は驚き両手を上げて叫んだ。しかし、頭に血が上っているのか近藤が刀を納める気配はない。勇美は覚悟を決めて目をつむった。

(どうせアタシはもう死んでるんだから。刺されたとこで何も変わんないじゃん)

その時だった。

「近藤局長、落ち着いてください」

聞き覚えのある声に勇美は目を開けた。
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