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第二章 復讐
第五話
しおりを挟む勇美の目の前にたかむらの背中があった。両手を斜め上に突き出して、近藤の刀を受け止めている。両中指に水色の水晶がはめ込まれたリングをしており、そこから微かな光が放たれていた。
「た、たかむら!」
「……ようやく戻ったか」
途端に近藤は刀を鞘に納め、冷静さを取り戻した。
たかむらの両手と近藤の刀の間に見えた光のようなものが妙に気になり、勇美はその時うたじろうが先程言いかけていたことを思い出した。
(近藤勇を止められるのはたかむらしかいないって言いたかったのかな……。あの両手の光、たぶんアタシの気のせいじゃない)
「戻るのが遅くなってしまい申し訳ございません」
「たかむら、実はこの者らがだな……」
近藤は事の次第を説明しようとしたが、たかむらはそれをやんわりと遮って冷静に言葉を続けた。
「察しております。ひとまず私が現世へと向かい、この死者の確認をして参ります」
「おお、頼んだぞ」
「松山勇美殿、そなたの初仕事だ。共に参れ」
「……えっ?!」
「うたじろうも共に参れ」
「は、はい!」
「たかむら、任せたぞ。わしは一旦退出するが、また戻る」
「承知致しました」
近藤は背後にある扉を開けて出て行った。うたじろうが慌てて山田の元に駆け寄って言った。
「山田殿。大変申し訳ございませんが、しばしの間お待ち頂けますか。これより現世へ行き、あなたの主張が正しいかどうかを確認して参ります」
「し、承知つかまつった」
一方、たかむらは補佐隊員の女に向かうと思い切り睨み付け、冷め切った口調で言い放った。
「お前を今日限りで解雇する」
「はぁ?」
女は驚いて目を見開いた。
「何故だい?近藤局長を怒らせたからかい?」
「それだけじゃねぇ。お前の所為でこいつが刺されそうになったんだぞ」
「だからって辞めさせることないだろ」
「駄目だ。いちいちそんな騒ぎを起こされてたら仕事に支障が出る。これからはお前と入れ替わりでこいつにやってもらう」
たかむらは勇美をチラリと見た。
「ちょっと待って」
「何だ」
「確かにこの人色々失礼だけどさ、いきなりクビとかヒドくない?」
「刺されそうになったのによくそんなこと言えるな」
「何か事情があるのかもしれないじゃん」
「事情ってなんだよ」
「知らないよ。でもクビにする前にもう一度チャンスをあげてみたら?」
「……お前、本気で言ってんのか?」
たかむらは呆れ返っていたが、勇美は女に向かって尋ねた。
「どう?辞めたくないんでしょ?」
「ちゃんすって何だい?」
「えーと……機会って意味」
「その機会に良い仕事をしたら解雇は撤回するってことかい?」
「そういうこと!」
彼女は腕を組み、黙ったまま勇美とたかむらの顔を交互に見つめていた。やがて勝気な笑みを浮かべると口を開いた。
「やってやろうじゃないのさ」
たかむらは舌打ちをするとぼそっと呟いた。
「……ったく、お前の所為で面倒臭いことになったじゃねぇか」
「良かったじゃん!この人が頑張ってくれたら近藤局長もあんたも楽になるでしょ」
「……好きにしろ」
たかむらは溜息を吐くと踵を返してスタスタと歩き出した。勇美はあっと声を上げた。
「さっきは助けてくれてありがとう!」
たかむらは酷く驚いた様子で一瞬、足を止めて振り返った。切れ長の瞳が大きく見開かれている。
「……後で面倒な事になるのが嫌なだけだ。別にお前のためじゃない」
たかむらは再び歩き出した。そのぎこちない後ろ姿が何とも滑稽で勇美は少しだけ笑った。
(素直じゃないヤツ!)
「あんた、面白いね」
女が微笑みながら話しかけて来たので勇美は少し驚いた。
(あんたには負けるけどね!)
と、言いたいのを堪えて言った。
「あなたの名前は?」
「私は小林千代だ。よろしく」
「千代さんね。よろしく」
勇美が手を差し出すと千代は手を取り握手を交わした。先程までのピリッとした空気が消えていることに勇美は気づいた。
(悪い人じゃないのかな)
「うたじろうも一緒に行こう!」
「はい!勇美殿!」
こうして勇美はたかむら、千代、うたじろうと共に現世へと向かったのだった。
***
「ここが現世への入り口だ」
補佐隊員の机の後ろにある扉を指してたかむらが言った。その表面には大きな「蘇」という刻印があり、彼はその上に自身の片手をかざした。やがてその刻印から大きな淡い光が放たれ、扉が静かに開いた。
「現世に確認に行く作業を『蘇り』というが、この扉はある程度の経験を積んだ補佐隊員しか開けられない」
「ふーん。千代さんは開けられるの?」
「ああ。私はたかむらの次に補佐隊員になったからね。経験はそれなりにあるさね」
向こう側に入ると、眩い光の道が果てしなく続いていた。その手前には石碑のようなものがあり、そこにも刻印があった。たかむらは袖口から一本の巻物を取り出すと、その刻印の上にかざした。
「これは『永眠録』と言って死者の情報が書かれている巻物だ。死者一人につき一本作られる。こいつをこの上にかざすと光の道が認識して、その死者が生きていた時代への道筋を作る。後はそれに沿って歩いて行くだけだ」
刻印が永眠録を認識すると、突然くっきりとした道が出現。たかむらは永眠録を自身の袖口に再びしまい込み、歩き出した。勇美はたかむらの後に続きながら千代に尋ねた。
「千代さんは誰の面接を受けたの?」
「たかむらだよ」
「面接の時もケンカしたの?」
「何言ってんだい。面接の時は普通さ。奴なりに私の生前の境遇や考え方に共感したみたいでね」
「どんな境遇だったの?」
千代が口を開いたその時、急に視界が開けた。それはまるでトンネルの出口のようだった。
澄み切った夜空にぽっかりと満月が浮かんでいる。その下には舗装されていない広い道。両脇には大きな屋敷がいくつも軒を連ねている。真夜中なのか人通りは全くなく、赤黄色に色づいた木々が風になびく音と虫の鳴き声が響いている。季節は秋らしく少し肌寒い。
「永眠録によるとここは戦国時代だな。正確には安土桃山時代だ」
「戦国時代?!それって……あのちょんまげ結った人とかがいる時代?!」
(てっきり現世=アタシが生きていた令和のことだと思ってたけど、よく考えてみたら山田利政もちょんまげだったもんな……令和なワケないか。ってか、もしかして霊界には時代っていう概念がないってこと?)
勇美の疑問を察したのか、たかむらが口を開いた。
「霊界には時代の概念がない。基本的には日本国内のどの時代の人間も同じ時に霊界に現れる」
「えっ……どういうこと?」
たかむらは懐から紙と筆を取り出して何かを書きつけた。そこには歴史が順番に並んだ年表(中身は適当)と霊界を真ん中にして各時代が四方八方に枝分かれしているふたつの図が描かれていた。
「こっちの年表になってる図は現世で考えられている歴史、こっちの枝分かれしてるのが霊界で考えられている歴史だ。実際の流れは年表と変わらないが、霊界では時間軸が違うからこうなる」
「それぞれの時代がパラレルワールドみたいに霊界と直接繋がってるってこと?じゃあ、時代と時代の間にいる人は?」
「適当なころ合いで来る」
「テキトーって雑ー!じゃあ、霊界の時間の流れってどうなってんの?朝とか夜とかは?」
「時間の概念もないから朝も夜もない。太陽がなくいつも曇天で明るさも変わらない。基本的に死んでる奴しかいないから休んだり寝たりしなくても普通に動ける。俺以外はな。だが、ずっと仕事してるのもなんだから始業と終業時間を決めて適度に休みを取るようにしてる。これは近藤局長の計らいだ」
「へぇ~だから宿舎に布団が置いてなかったんだ。ってか近藤局長って怖そうに見えるけどきちんと色々考えてるんだね。うちの店長とは大違いだなぁ」
勇美が現世で働いていた『星庵』の店長は近藤よりも年上でかつては仕事も出来、気配り上手で多くの従業員に慕われていた。
だが、勇美が死ぬ直前には愛想もやる気もなく、従業員の事を見下して要望や意見を突っぱね、罵声を浴びせるパワハラ店長に成り下がってしまっていた。それでも勇美は少しでも職場環境を良くする為、度々店長に意見をしていた。が、ことごとく却下され、その度に
「バイトの癖に俺に指図するな!」
「お前は黙って俺の言うことを聞いてりゃいいんだよ!」
といった罵声を浴びせられた。店長がそうなってしまったのは妻との離婚が原因だとの噂があったが、本当の事は誰も知らなかった。パワハラに耐え兼ねて退職者が続出したが、近藤勇と新選組に憧れる両親の元、幼い頃から心身共に鍛え抜かれ鋼のメンタルを持つ勇美は全く動じなかった。
(これからは近藤局長が上司になるんだよね。父さんと母さんは「正義感があって強い人」と言ってたけどそれは二人の中のイメージだし、実際にはどんな人なんだろ……まっ、あのパワハラ店長よりはマシだろうけど!)
うたじろうが辺りを見回して言った。
「死者は今どこにいるんでしょう?」
「どこって霊界にいるんじゃないの?」
勇美の言葉にたかむらが馬鹿にしたような口調で言った。
「何言ってんだ。ここは山田利政が死ぬ前の世界だ。そうでなければ死因を確認できないだろうが」
勇美が首を傾げたまま黙ってしまったので、千代が助け舟を出した。
「つまり、山田利政が死ぬ前の世界に戻ったってわけさ」
「タイムスリップってことか。ドラ●もんのタイムマシンみたい」
「たいむすりっぷ……?」
「どら●もん……?たいむましん……?」
勇美の言葉に千代とうたじろうが首を傾げた。
「何でもない!今のは忘れて!」
うたじろうと千代は顔を見合わせて不思議そうな表情を浮かべた。
(そっか。時代が違うから英語とかカタカナが通じないんだ。あれ?でもたかむらには何それとか聞かれた事ないな)
一人で歩き始めたたかむらの後を追い掛け、勇美は尋ねた。
「たかむらは英語が分かるの?」
「補佐をやる為に勉強した。お前と同じ令和や平成から来る死者もいるからな。外人だってたまに来るんだぞ。話せる奴がいないと裁けねぇだろ」
「マジか!あんた意外と真面目なんだね!」
「意外で悪かったな」
たかむらは不機嫌そうに歩くスピードを速めた。
「ってかまだ夜中じゃん。どこ行く気?朝になってから行動した方がいいんじゃないの?」
「待ってる暇なんてねえよ」
「なんで?」
たかむらは何も答えなかった。何かに集中しているのかしきりに考えを巡らせている。千代が代わりに口を開いた。
「山田利政に関する何かが起こるとかもう既に起こってるとかそういうことさ」
「ふ~ん。そういや、たかむらと千代さんて何時代の人?」
「私は戦国時代だよ。さっきたかむらが安土桃山時代って言っただろ?その時代さ」
「じゃあ、千代さんはこの時代に生きてたってこと?」
「ああ。ここが私が死ぬ前なのか後なのかは分からないけどね。たかむらは平安時代の貴族だって聞いたけど」
「えっ?!そうなの?!てっきりアタシと同じ時代だと思ってた!」
勇美は千代の言葉に驚きを隠せなかった。
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