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第二章 復讐

第六話

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事情を詳しく聞こうとしたが、たかむらは何かに集中している様子で満月に照らされた薄暗い真夜中の大通りをどんどん進んで行く。勇美は振り返ると、うたじろうに尋ねた。

「話を整理するとつまり……千代さんが安土桃山時代、たかむらが平安時代の人っていうのは……霊界は時代の概念がないから色んな時代の人が集まるってことだよね?」

「その通りです」

「めっちゃややこしいじゃん!もう少し歴史の勉強しておくんだったー!」

「いつまで喋ってる。この辺りが山田利政と関係のありそうな場所だ。妙な動きがないか探ってこい」

誰も返事をしない。勇美はハッとして声を上げた。

「……アタシが?!」

「当たり前だろ。この任務はお前の初仕事なんだからな。自覚持てよ」

「そ、そうだった……ってちょっと待って。山田利政って何の罪だったっけ?近藤局長がいきなりキレたからびっくりして記憶飛んじゃったんだけど」

格上かくうえの姫君を手篭てごめにした罪さ」

千代が嫌悪感けんおかんあらわにしながら言った。

「て、手篭めって……マジか。でも、ずっとビクビクしてたし無理矢理女の子を襲うような人には見えなかったけどなぁ」

「お前の見解けんかいはいいから早く行け。ああ、そうだ。霊界の者は現世で生者と接触をしてはいけないことになってる。誰かに遭遇そうぐうしたり気になることがあっても絶対に喋ったりするなよ」

「はーい」

(霊界ってルールたくさんあるんだな~覚えるの大変そう)

勇美は目の前にある屋敷を見上げた。門の大きさからして裏門のようだ。まだ夜は明けない為かひっそりとしている。

(見張りがいない?もしかしたら表にはいるのかな。攻め込まれたらひとたまりもないじゃん。戦国時代ってそんなに平和な時代だったっけ……)

勇美は閉まっている門に近づき、耳をすませた。

(もしかしたら何か聞こえるかも)

草木が風にそよぐ音、鈴虫の静かな鳴き声が響き渡る。辛抱強く耳をすませると、やがてあることに気が付いた。規則正しい鈴虫の声に交じって、微かに人の話し声が聞こえるのだ。決して大きくはないが、ぼそぼそと何かを話す男の声だ。勇美は一旦、門から耳を離すとすぐ後ろのしげみに隠れている、たかむら、千代、うたじろうに向かって小声で言った。

「声聞こえる」

たかむらは静かに茂みから出ると、勇美と同様に門に耳を近づけて中の様子を伺った。

「確かに何か聞こえるな。密談か……?」

たかむらは腕を組んで何かを考え込んだ後、静かに口を開いた。

「千代、こいつと一緒に中に忍び込め」

「はぁ?私が?」

「ああ、まさか全員で忍び込む訳にはいかないからな。俺一人で行った方が手っ取り早いが、それじゃあお前らが来た意味ないだろ」

千代はたかむらの顔をしばらく見つめていたが、やがてため息を吐いた。

「分かったよ。行けばいいんだろ」

勇美と千代は分厚い門の前に立った。固く閉ざされており、開けられるすべはない。

(こうなったらへいを乗り越えるしかないか)

「千代さん、運動神経は良い?」

勇美は塀を睨みつけたまま隣の千代に尋ねた。

「それなりに動ける方さね」

「分かった。アタシが先に中に入るから、千代さんはその後についてきて」

「了解」

勇美は助走をつけ、一気に塀を飛び越えた。近くの茂みに隠れて息を潜め、千代を待った。やがて草を踏み締めて助走をつける音が微かに聞こえたかと思うと、塀のてっぺんから千代が身をひるがえして一気に飛び降りてきた。その姿は頭上の満月と重なってまるでくノ一のように見え、勇美は少し感動した。

「千代さん、忍者みたい!」

「何言ってんだい」

全く人の気配がしない。障子は全てしっかりと閉じられ、灯りも消されてひっそりとしている。二人は表に回ることにした。しばらく歩くと大きな庭が見えてきた。真ん中にある池に光が反射している。人の話し声が聞こえるのはこの庭に面した部屋のようだ。二人はゆっくりと池の側にある大きな茂みに移動した。

障子の内側はほんのりと明るく、わずかに開いた隙間からぼそぼそとした話し声が聞こえる。障子に影として映っているのは三人。声は男性のものだった。

「この後はどうしたらいいの?」

「こいつらはたぶん死者に関係する人物だね。内容を何かに記録する必要がある」

「記録?紙とペンなんて持ってないよ。あ~あ、こんな時スマホがあれば……」

「ぺん……?すまほ……?ろくおん……?」

聞き慣れない言葉の連発に千代が眉をひそめる。勇美は何となく帯の内側に手を突っ込んでみた。生前バイトをしている時に薄いメモ用紙などをそこから取り出していた癖が出てしまったのだ。

「あっ」

「どうしたんだい?」

「あった……スマホが……嘘でしょ……」

勇美は手に触れたものをそっと取り出して驚いた。

(あったらいいなと思って探したら出て来るとかまるで漫画とかアニメみたい。こういうのなんて言うんだっけ?ご都合主義?)

電源を入れてみると待ち受け画面が表れたが、電波は圏外。しかし、通信を必要としないアプリは使えるようだった。

「すまほってのは何だい?」

千代がスマホを見ながら不思議そうな顔で尋ねる。

「アタシがいた時代で使われている機械だよ。これで離れた人と会話をしたりメッセージ……じゃなくて手紙のやり取りをしたりするんだ」

「へぇ。あんたのいた時代は凄いもんがあるんだね」

「うん、でももっとスゴイ機能がついてるんだよ。人の姿や声を記憶することができるの。だから、アタシがこの人達の会話をこれで録音する。霊界に戻ったら近藤局長の前でそれを再生するの」

「そんなことできるのかい?」

「大丈夫!任せて!」

勇美は会話に耳を澄ませ、スマホのボイスレコーダーアプリを起動した。

「あいつは殿下でんかに気に入られておる」

「ふん、面白くない話だ」

「何か問題をでっちあげて罪をなすりつけるというのはいかがでしょう?」

「ほう、それは名案だ。さすれば殿下もあいつに疑いをかけられるであろう」

「それはいい。早速何か策を考えようではないか」

「こういうのはいかがでしょう?殿下がご寵愛ちょうあいなさっている姫君の元に忍び込み、関係を持ったと噂を流すというのは?」

「おお……それはますます名案だ」

「この私が噂を流すことに致しましょう。私は一番、殿下に近い場所で勤務をしておりますので、すぐにお耳に入るかと」

「だが、噂を流すだけでは弱いのではないか?」

「心配は無用。姫君に高価なお召し物を贈るのです。その代わりに私達に協力して頂く」

「な、なんと……!おぬし、姫君を買収ばいしゅうするおつもりか?!」

「あの姫君なら必ず乗ってくれますよ。普段はおしとやかにされているが、実はかなり腹黒い女子おなごなのです。姫君は高価なお召し物に目がない。ちらつかせれば簡単にこちら側につきます」

「おぬし、なかなかやるな……」

「姫君を買収した後、殿下に噂話をお聞かせする。さすればお怒りになり……」

「あいつはここを追われる……島流しか死罪になるかもしれんぞ」

「それは小気味良いな!」

「では明日、早速私が噂を流します」

「頼んだぞ」

勇美はこの内容をボイスレコーダーに収めた。

(こいつら山田利政のことが気に入らなくてデマ流して殺そうとしてるってことか)

「でんかって何?」

「殿様のことだよ。永眠録にはそれが誰なのかまでは書かれてなかった。この時代に殿下と呼ばれてんのは……」

千代は少し考え込んだ後、首を振って言った。

「いや、まさかね」

「どうしたの?」

「何でもない」

「死罪ってのは何となく分かるけど島流しってどのくらい重いの?」

千代は険しい表情で言った。

「この時代の日本の処罰の中で一番重い。殿下の判断によってはもっと酷い方法で処刑されることもあるさね」

「マジか……」

千代がふと夜空を見上げたので、不思議に思って勇美も顔を上げた。そこにはひときわ明るく輝く満月があった。秋の美しい月光に照らされた千代の表情はどこか物憂ものうげだった。

(千代さん、何か悩みがあるのかな……)

二人はたかむらとうたじろうが待つ裏門に戻ろうとした。が、勇美がふと足を止めた。

「ちょっと待って」

「何だい」

「あいつ、なんか変じゃない?」

勇美が指す方に千代が目を向けると先程まで閉じていた障子が開けられており、一人の男が立っていた。密談をしていた内の一人だろうか。他の二人は見当たらない。男は辺りを見回した後、ふところから小さな紙を取り出した。近くの文机にあった筆で素早く何かを書き付けると男を一人呼び付けて言った。

「これをすぐに届けてくれ」

「はっ。承知致しました」

千代と勇美は顔を見合わせた。

「怪しいよね?」

「ああ、追った方がいいかもしれない。急ぐよ」

二人は急いで裏門に戻り、たかむらとうたじろうにかいつまんで報告をし、不審な男が間もなく屋敷から出てくるであろうことを伝えた。たかむらは目を見開くと言った。

「もしかしたら間者かんじゃかもしれない。追うぞ」
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