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第二章 復讐
第十話
しおりを挟む彼らは霊界に戻る為に来た道を戻っていた。その時だった。とある大きな屋敷の前で千代が足を止めた。
「どうしたの?」
「ここは……」
千代は垣根の間からそっと中を覗き見た。
「ち、千代さん、勝手に覗いたら……」
たかむらが黙ったまま片手で勇美を止めた。千代はじっと一点を見つめていた。勇美は彼女が何を見ているのか気になった。が、たかむらに止められている為、身動きがとれない。背伸びをしてみるとそこには中年の男女がいた。満月の光に照らされる二人の表情は切なげだった。
「あ、あの二人は……」
「私の両親だよ。秀吉の追っ手から逃れて助かったんだ」
「そっか……」
(千代さんと両親の邪魔しちゃダメだよね)
千代の父親が静かに口を開いた。
「千代が死んでからどれぐらい経つかのう……」
「確かあの夜もこのような儚い月が出ていましたね」
勇美はふと空を見上げた。寒々しい秋の空に白く輝く満月が浮かんでいる。それはもうすぐ消えてしまいそうで、酷く儚い。勇美は屈んでうたじろうに尋ねた。
「お母さんが言ってる『あの夜』って?」
「千代殿が亡くなった晩のことです。処刑の知らせにご両親は驚愕のあまり倒れてしまったそうです。その後、秀次殿の縁者を根絶やしにしようと残党狩りの動きがありましたが、ご両親は知人の計らいですぐに屋敷を出て何とか生き残ることができたのだそうです」
うたじろうは大粒の涙を流した。
「そっか……」
千代の父親が母親に語った。
「命だけは取らないで欲しいと、わしは他の秀次様の縁者と共に秀吉に助命嘆願書を出した。だが、聞き入れられることはなく娘は殺された。わしは秀吉が憎い。何が太閤だ。何が関白だ。権力と金を手に入れた人間を前に我々はあまりにも無力だ。奴の行いは到底人間がやることとは思えん」
「あなた……」
「あの子を助けられなかったことをどう詫びたらよいのか。わしもあの時共に死んでいれば良かったのかもしれぬ」
「父上……」
千代は静かに涙を流した。
(ご両親は今でもずっと後悔してるんだ。毎晩こうやって月を見る度に千代さんのことを思い出して……)
強気な千代がぶるぶると体を震わせながら泣く姿に勇美はどうしようもなく胸が苦しくなった。気が付くと、うたじろうと共に涙を流していた。
「お前らなんで泣いてんだよ……」
「だって……あまりにも千代さんとご両親がかわいそうで……」
「たかむら殿は泣かないのですね……」
たかむらは面倒臭そうに小さく舌打ちをした。千代は懐から紙と筆を取り出すとそれに何かを書きつけた。その手は微かに震えていた。書き終わるとそれを綺麗に畳み、垣根の隙間からそっと庭に落とした。
「みんな、戻るよ」
千代は冷静な表情を浮かべ静かな声でそう言ったが、勇美にはその表情がどこか寂しそうに見えた。
「えっ今、手紙落としていったよね?」
「いいんだ。さ、戻るよ」
「で、でも……」
その時、勇美は気づいた。千代の肩の向こうの垣根の間に父親の姿があったのだ。後を追って母親もやってきた。二人とも不思議そうな顔をしてこちらをじっと見つめながら、一歩づつ前に進んで来る。勇美は慌てて千代を引っ張ると、たかむらやうたじろうにも促した。
「ヤバい。急いで隠れて」
近くにあった茂みに身を潜め、様子を伺う。
(夜で良かった……昼間だったら見つかってたかも)
父親と母親は立ち止まって戻ろうした。が、足元に落ちている手紙に気が付いた。
「あら……これは?」
母親は手紙をそっと拾って目を通した。目を見開いて口元を手で押さえた。その手はぶるぶると震えていた。
「千代……?そこにいるの……っ?」
「なにっ?」
母親の言葉に父親が目を丸くし、その手からそっと手紙を抜き取って目を通すと、驚いて更に目を丸くした。
勇美達の姿は茂みに隠れているので見えているはずがない。しかし、両親は本能で何かを察しているようだった。千代は口元を押さえ、目を瞑ってじっと堪えていた。
(千代さん、今すぐ二人の元へ行きたいはず)
そう思うと勇美の胸はまた締め付けられるのだった。うたじろうは千代の隣でしっぽを震わせながらずっと泣いていた。たかむらは無表情だったが、両親と千代の様子をそっと見守っていた。しばらくの間、両親は立ち尽くして垣根の間を見つめていたが、諦めた様子で一息吐いた。
「千代、ありがとう。お前の思いは十分に伝わった。わしはお前の分まで生きる。お前はこれから先もずっと……わしの大事な娘だ」
父親は千代からの手紙を大事そうに懐にしまうと、母親の肩をそっと抱いて部屋へと戻っていった。父親の言葉を聞いた千代は必死に涙を堪えた。勇美も泣いた。うたじろうも号泣していた。たかむらは面倒臭そうな顔をしていたが、何も言わずに勇美達が泣き止むのを待った。
光の道を通って霊界へ戻っている最中、勇美が千代に尋ねた。
「ねぇ千代さん、ご両親に渡した手紙に何を書いたの?」
「……何でもないよ」
千代は気まずそうにそっぽを向いた。ますます気になった勇美は更に追い打ちをかける。
「そんな顔されたらますます気になるじゃん!何書いたの?教えてよ」
「い、勇美殿……そんなにしつこく尋ねては千代殿がかわいそうですよ!」
うたじろうが慌てて言ったが、勇美は首を横に振って尚も千代を攻めた。すると、観念したのか千代がため息を吐いて口を開いた。
「『父上、母上。私はお二人を恨んでなどおりません。生み育てて頂いたこと感謝してもし切れません。何も出来ない親不孝者の私をどうかお許しください。生まれ変わったらまたお二人の元へ必ず参ります。そして、今度こそ必ず親孝行をして参ります。どうか私の分まで精一杯強く生きてくださいませ』と書いたんだよ」
「めちゃくちゃ素敵じゃん!」
「はい!千代殿、とても素晴らしいお手紙です!」
うたじろうは感激してぴょんぴょんと跳ねている。
「……褒められるようなもんじゃないよ」
千代は恥ずかしそうにそっぽを向いたのだった。
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