上 下
26 / 49
第四章 友情

第二十六話

しおりを挟む

勇美が補佐隊員になってからあっという間に時が過ぎた。現代でいうと1、2か月ほどだろうか。最初の内は一人で任務にあたることに不安を感じていたが、最近はすっかり慣れてしまった。彼女だけでなく補佐隊員達は皆、特に問題なく任務を続けていた。

千代はもちろん、元春はハナという強力な相棒を得たおかげでミスをすることはほとんどなくなった。

裁きの合間に一息ついた勇美はふと、たかむらの言葉が思い浮かび、うたじろうに尋ねた。

「補佐隊員ってあと一人いるんだよね?どんな人?」

「蘇りの能力を使って現世に遊びに行って帰って来ないんです。何度注意しても聞く耳を持たないと、たかむら殿はひどくお怒りで……」

「マジ?ってかただのサボりじゃん!会ったらアタシがガツンと言ってやる!」

鼻息荒く意気いきご込む勇美の姿にうたじろうはしっぽを下げて困惑した表情を浮かべた。永眠録から目を離し、近藤が勇美に指示を出した。

「では、勇美殿。次の死者を」

「あっはい。えーっと、高須勝也たかすかつや殿。中へお入りください」

眼鏡を掛けた小太りの男が入ってきた。目つきはとても悪く、人を見下したような雰囲気。いかにも感じが悪そうなその男は近藤を見るとビクッと体を震わせ、うつむいた。

(近藤局長が怖いんだな……)

勇美は男の様子を見ながら言った。

「では、近藤局長。この者のお裁きを」

「うむ。おぬしは平成~令和の人間だな。大学病院の外科医げかいであり、ガンの専門家である。しかし、令和6年の春。自分もガンにかかり死亡。よって天国行き……としたいところだが、おぬしには罪状ざいじょうがある」

「えっ?」

高須は驚いて顔を上げた。

「おぬしは平成30年の春、ある患者の手術に失敗し、その患者を死なせた。更にそれを隠蔽いんぺいした。よって……おぬしは地獄行きだ」

「ま、待ってください!何かの間違いです!私は医療ミスなど起こしていない!地獄行きではない!天国行きだ!」

高須は真っ青な顔で必死に弁解べんかいした。近藤が眉をひそめて言った。

「……勇美殿、おぬしはどう思う?」

「うーん……胡散臭うさんくさい感じはしますね」

「お、おい!失礼だぞお前!」

高須が勇美をにらみつけながら叫んだ。

(人を見下しててすっごい嫌な感じ。たぶんウソついてる。でも証拠がない。蘇りをして確かめるしかないか……)

「近藤局長、蘇りをして確かめて参ります」

「うむ。頼んだぞ」

(たかむらはまだ戻ってきてない。千代さんに頼むしかないか)

勇美は宿舎に行き、千代の部屋の前で名前を呼んだ。だが、何の応答もない。

「……珍しいな」

すると、隣の部屋の障子が開いて元春が顔をのぞかせた。

「勇美さん?どうしたんですか?」

「わー!元春くん、今日は女の子のカッコ?!かわいい!」

元春は髪を両耳に掛けてちりめんの髪飾りを付け、黄金色こがねいろの鮮やかな帯と大きな花柄があしらわれただいだい色の着物を着ていた。うっすら化粧もしており、完全に女性の出立ちだ。あまりの見違えように勇美は驚くと同時にその可憐かれんさに感動した。

「目録を見ていたらこの着物と帯が凄く気になって……思い切って支給申請してみたら先日の働きが認められて頂けたんですよ!へ、変じゃないですか?」

「めちゃくちゃ可愛いよ!今まで男の子の格好してたのがもったいないぐらい……いや、男の子スタイルも可愛かったけどね!」

元春は頬を染め、嬉しそうに笑った。

「あのさ、千代さんどこに行ったか知らない?」

「う~ん……ハナちゃん、千代さんがどこ行ったか知ってる?」

部屋の奥からハナが駆けて来た。勇美の顔を見ると嬉しそうにしっぽを振った。

「千代さんなら出かけたわよ」

「えっ?どこに?」

書庫しょこに行ったわよ。調べたいものがあるって。勇美ちゃんが来たらすぐに戻るって伝えてって言ってたわ」

「そっか……千代さんは勉強熱心なんだね」

書庫は裁判所の職員が任務に就くために必要な書物が豊富に収められており、補佐隊員を始め、他の職員が積極的に利用していた。

「どうしよう。わざわざ呼びに行くのも気が引けるし……」

勇美が迷っていると、元春が口を開いた。

「もしかして蘇りするんですか?」

「うん。平成と令和から来た胡散臭い医者が『私は天国行きだ!』ってダダこねてさ~」

「平成と令和って勇美さんがいた時代ですか?」

「うん、そう!」

「ボクも一緒に行きたいな。ね、ハナちゃん?」

「勇美ちゃんがいた時代ね……確かに面白そう。勉強の為にもぜひお供させてもらいたい所だけど場所が病院なら私は入れない。今回は遠慮した方がいいかもしれないわね」

「そっか……じゃあ、ボク達はここで待ってますね」

「ごめんね。また今度話を聞かせてあげるから」

「楽しみにしてますね!」

「任務頑張ってね」

勇美は二人の部屋を後にしたが、内心複雑な気持ちだった。

(蘇りするには千代さんかたかむらが一緒じゃないと……もしくはまた近藤局長にお願いするとか?)

そう考えながら裁きの間に戻った勇美はそこにいた人物に驚いた。

「えっ?!たかむら?!」

勇美の姿を見た瞬間、たかむらは面倒臭そうな顔をした。

「そんな顔しないでよ!」

「別に『面倒臭いな』というような顔などしておりませんが」

「相変わらずムカつく!ってか戻るの早くない?」

すると、たかむらは少し眉をひそめた後に呟いた。

「……現世での今日の仕事が終わったからだ」

その時、勇美は微かに違和感を覚えた。

(今一瞬変な間が……?)

近藤が溜息を吐いて言った。

「おぬしら、いつも喧嘩けんかしておるな。早く仕事に戻らぬか。勇美殿いわく、その胡散臭い死者もしびれを切らして待っておるのだ」

「お、おい!私のことを胡散臭いとは、なんと失礼な!」

高須の言葉は一切無視し、たかむらが近藤に向かって言った。

「近藤局長、大変申し訳ございません。これより私と勇美殿で蘇りを行い、現世に確認して参ります」

「うむ。頼んだぞ」

たかむらはうたじろうに言った。

「あなたは今回留守番をしていてください。動物は病院に入る事が出来ないので。その代わり、この胡散臭い医者が妙な事をしないかしっかり見張っていてください」

「おい!だから私のことを胡散臭いとは……」

「承知致しました!お気をつけていってらっしゃいませ!」

***

光の道を歩きながら勇美はたかむらに尋ねた。

「たかむらって現世でどんな仕事してんの?」

「国にまつわる仕事だ」

「政治家ってこと?」

「ああ。法律なんかも扱ってる」

「スゴ!なんでエリートが霊界の補佐隊員に?」

たかむらは黙ったまま目をらした。

「ま、まぁ言いたくないならいいけど。ってかさ、庭にある井戸が出入り口になってんのは知ってるけど現世のどこに繋がってんの?」

「京都の東山に六道珍皇寺ろくどうちんのうじという寺がある。そこが入り口だ。出口は嵯峨さがにある福正寺ふくしょうじ。その二つの寺に繋がってる」

「へぇ~京都は修学旅行で行ったけどそんな場所があったなんて」

「六道珍皇寺は一般人が観光するような寺じゃないし、福正寺は明治に廃寺はいじになったからお前のいた時代にはすでにない。知らなくても別に問題ない」

「そ、そっか」

(こいつがなんで補佐隊員になったのかすごい気になる。でもあの様子だとよほど人に言いたくない事情があるんだろうな。でも……めちゃくちゃ気になるー!)

勇美が葛藤かっとうしている間に出口が見えて来た。その先にある光景に勇美は思わず感動した。

「うわあ~めっちゃ懐かしい!」

大勢の人が行き交う大きな通りに春の暖かな日差しが降り注ぐ。沢山のビルが立ち並ぶ大都会、東京だ。有名な観光地、駅、店、彼女にとって見慣れた光景が広がっている。あまりの懐かしさに勇美は胸がいっぱいになった。

「平成30年って事はアタシは15歳か~。ねぇ、この時代の自分にバッタリ会う事ってあるの?」

「可能性はある。だが、会っても絶対に話しかけたりするなよ。クソ面倒な事になる。そんな事より奴の病院を探すぞ」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

勇美を無視してたかむらはスタスタと歩き出した。と、その時だった。

「あれ~?!たかむらさんじゃないっすか?!」

突然二人の前に若い男が現れた。赤い短髪、両耳にピアス。パーカーの上からスタジャンを羽織ったその男は二人に向かって人懐っこい笑顔を浮かべた。
しおりを挟む

処理中です...