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第六章 過去
第三十九話
しおりを挟む一同は生前、死者が働いていた屋敷に忍び込んだ。死者はやはりパワハラを受けて病気になっていた。仕事ができない人間ということで上司に馬鹿にされ、挙句の果てに悪事の罪を着せられていた。死者の容態は悪化し、あっという間に亡くなってしまった。勇美は証拠として上司や取り巻きの会話を録音した。
「これでよし。帰ろうか」
屋敷を出て、来た道を引き返そうとしたその時。
「最近のたかむら殿はますます近寄りがたくて困る」
(えっ?今、たかむらって言った?)
井戸端会議をしている二人の男の会話が飛び込んで来て、勇美は思わず立ち止まった。良順が気づき、勇美の腕を引っ張った。
「隠れた方がいい。みんなも」
一同は近くの柱の影に身を隠し、二人の男の会話に耳を傾けた。
「ああ、確かにな。和歌にも漢詩にも優れ、頭も切れる。納得のいかないことがあると、相手が例え目上の者であっても堂々と進言する。昔はそんな姿に皆、憧れたものだがな。遣唐使の一件があってからはまるで腫物に触るような扱いだものな」
「流罪から生還した時はさすがに感心したがな。やはりただ者ではないと。再びここで働くようにお上が取り計らったのも頷ける。しかし、生還してからの態度が気に食わぬ」
「いかにも『自分は流罪から生還した強者なんだぞ』という態度がな」
「ああ、まさに。そういえば、昨日も定時を待つことなく早々に帰らされていたな」
「今日もそうかもしれぬ」
「皆、出世に躍起になっておるからな。いくら優秀であっても戻って来た罪人にその座を奪われるのは不服だろう。流罪以前からたかむらの事をよく思っていなかった者達は特にな」
「出る杭は打たれるというやつか」
「ははっ、違いない。優秀過ぎるのも考えものだな。では、休憩は終わりにして仕事に戻るとするか」
二人の男は去って行った。勇美はしばらくの間、呆然としていた。
(たかむらが仕事をさせてもらえない?ウソでしょ?てっきりテキパキ仕事してるもんだと思ってた……)
他の者達も驚いたようで皆、戸惑っていた。
「仕事ができて優秀。でも、それは時に妬みの対象になってしまうということかしらね。出世争いが激しい平安時代なら尚更のこと……」
勇美の心情を察したハナが呟いた。
「そういや、大学行ってた時も同じようなことがあったな。両親は超有名な医者、成績もトップ、将来は凄い医者になるって言われてた奴が周りから疎まれてた」
良順が珍しく真顔で言ったので、勇美が後に続いた。
「たかむらはちょっと傲慢なとこがあるからね。悪気はないんだけどさ。だから余計に鼻につくのかも。ホントは良い奴なんだけど……不器用なだけで」
その発言に一同は一斉に目を丸くした。
「勇美殿がたかむら殿のことをそんな風に仰るとは……驚きました」
「犬猿の仲でしたよね?」
うたじろうと元春の言葉に勇美が少し気まずそうに答えた。
「嫌いなのは変わらないよ。でも、あいつには沢山助けられたし鍛えられたから。今は友達かな?」
「マジか~まっケンカするほど仲が良いって言うしね!」
良順の言葉に一同は感心したような表情を浮かべた。気を取り直したように勇美が声を張り上げた。
「ってかさ!あの二人の後追ってみようよ!」
「たかむらさんの職場に突撃!って感じ?!」
良順の言葉に勇美が言った。
「だってさ、実際にどんな扱い受けてるか気になるもん。それに遣唐使とか流罪の話とかも気になる。皆もそうでしょ?」
一同は一斉に頷いた。二人の男は長い一本道をゆっくりと歩いていた。勇美達のいる場所からはだいぶ距離があるが、辛うじてまだ二人の背中は見える。勇美達は急いで後を追った。しばらくすると一際大きな屋敷に辿り着いた。二人の男はその中に入って行った。
「ここがたかむらの職場……」
「ってかスゲーデカいな!オレのいた大学より広い!具体的な説明する時に東京ドーム◯個分とか言われるやつだ!」
良順が大きな門とその後ろの広大な屋敷を見て驚き叫んだ。屋敷は平屋だが、立派な庭園があるため敷地は広大だった。
「どうやって入るの?」
元春が困惑した表情で勇美に尋ねた。
「うーん……ちょっと一周してみよっか」
しばらく高い塀が続いていたが、裏側に差し掛かった辺りで塀が竹垣に変わった。雪が降り積もっているが、隙間はあるため辛うじて中が見える。勇美は立ち止まり、隙間から中を覗き込んだ。
「めっちゃ広い庭がある!池とか川まであるよ?!凍ってるけどね!」
「景観を良くするためにここだけ竹垣にしてるのね」
「庭に雪だるまがあるじゃん。仕事中に遊んでんのかよ」
良順の言葉にうたじろうが言った。
「平安時代はわりと自由だったのですよ。朝は3時~4時くらいに起きるのが日課ですが、仕事は午前中で終了しますし、仕事中もわりとのんびりしています。仕事をしたい人はきちんと仕事をして、遊びたい人は遊ぶ。なので、さきほど確認した死者の状況はかなり特殊だと言えますね。まぁ官職と位がそれなりに上の方でしたから多忙だったのでしょうが……」
「いいな~!オレもこの時代に生まれたかった!そしたら遊んで暮らせたのにな!」
「良順、それたかむらの前では絶対言わない方がいいと思う」
「ハハハッ!言う訳ないじゃん!うっかり口を滑らせたら何言われるか……たぶん殴られるだろうな」
良順は身震いした。その時、庭に面した渡り廊下に一人の青年が現れた。烏帽子を被って正装をしている。彼は書物を抱えて足早に渡り廊下を歩いていた。
「たかむらじゃない?」
「本当だ……たかむらさんだ!」
元春が背伸びをしながら声を上げた。
「なんだ、きちんと仕事してるじゃん」
すると、たかむらの後ろから大柄な中年男性がやってきた。小走りで駆け寄ると、たかむらの手から書物を引ったくった。何か会話をしているが、勇美達の位置からでは遠すぎて聞き取れない。たかむらは書物を指差しながら何かを訴えているが、大柄な男は頑なに首を横に振り、たかむらの話を最後まで聞かずに踵を返して去ってしまった。残されたたかむらは呆然と立ち尽くした後、拳を握り締めた。その手は微かに震えていた。
「たかむら、あの人に仕事を取られたってこと……?」
「オレにもそんな風に見えた」
「酷いです……!」
「あの二人の話、本当だったのね」
皆がそれぞれ口にする中、うたじろうだけは困惑した表情を浮かべて押し黙っていた。一同は複雑な思いを抱えながら来た道を引き返した。表に差し掛かったちょうどその時、門が開いて中からたかむらが出て来た。悔しさと悲しさが入り混じったような複雑な表情を浮かべている。
「た、たかむら……」
勇美が驚いて呟くと、たかむらも目を丸くして勇美の顔を見つめた。
「勇美……ってお前らなんでこんな所にいる?」
「勇美ちゃんが担当してたのが平安時代の死者だったんすよ。事実確認が終わったからついでにたかむらさんの職場見学にでも行ってみよっかな~って思いまして!」
良順はにこりと笑ってそう言った。たかむらに気を遣ってあえて明るく振舞っているのだ。勇美は慌てて良順の腕をつついた。
「ちょっと良順!」
「ふん、どうせ職場での俺の雑な扱いを見て『ざまあみろ』とでも思ったんだろ」
「やけに卑屈じゃないの」
たかむらは眉をひそめながらハナの顔を見た。
「卑屈にもなるだろ。あんな扱い受けて腐らない奴がどこにいる?俺は別に仕事が嫌いな訳じゃない。与えられた仕事はきちんとこなしたいと思ってる。それを満足にさせてもらえないんじゃ、俺はここにいる意味がない」
一同は何も言えず押し黙ってしまった。重い沈黙を破ったのは勇美だった。
「あのさ、あんたのことアタシ達に話してくれない?」
「はぁ?何でお前らに……」
「あんたは沢山助けてくれたし、色んなこと教えてくれた。だからアタシはこうして皆と補佐の仕事ができてる。だから次はアタシがあんたを助ける」
「勇美……」
「だって、あんたはアタシの大事な友達だから!たかむらだけじゃない。ここにいるみんな、千代さんだって大事な友達だよ!近藤局長も地獄にいる土方副長や天国の沖田さん、監察隊の山崎さんだって!霊界で働いてる人達みんなそう!友達を助けたいって思うのはおかしいことじゃない。そうでしょ?」
勇美の言葉に皆は一斉に頷いた。一同に熱い眼差しで見つめられ、たかむらは気まずそうに目を逸らした。困惑した表情を浮かべて頭を掻いた後、大きくため息を吐いて言った。
「……ったく、仕方ねえな。お節介な奴らめ」
「たかむら……!」
勇美が珍しく素直に嬉しそうな顔をしたので、たかむらは何だか気恥ずかしくなって再び目を逸らした。
「……とりあえず霊界に戻るぞ。話すからには全員に聞いてもらう。もちろん千代にもだ」
「近藤局長や他の新選組の人達には話さないんですか?」
元春の問いにたかむらは首を振った。
「全部知っている。今更話す必要はない」
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