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第七章 仲間
第四十六話
しおりを挟む勇美は見上げながら呟いた。
「東大寺の大仏ぐらいある……」
「勇美ちゃん、例えが渋すぎるよ……」
良順が鬼を見上げて苦笑いをしながら呟いた。
「7体もいた鬼をよく倒したね。でも、最後の1体はそう簡単にはいかないよ!」
鬼の中からちさとの声がして、土方がハッとした。
「あいつ……鬼を乗っ取りやがった!」
「そこから出てきなよ!乗っとるなんて卑怯じゃん!」
「ふん、卑怯で結構!」
ちさとは両手から鋭く尖った無数の糸を放出させた。一同は避けたり刀で弾いたりと、応戦した。だが、大量に放出されたそれを完全に避け切ることができず、数人は何本かを体に浴びてしまった。突き刺さった箇所がみるみる内に紫色になる。
「な、何これ?!」
「それは毒だ。間もなく全身に回り、君達は悶え苦しむことになる」
ちさとの愉快そうな声が響き渡る。だが、良順が得意気に言った。
「残念だったな!オレはもうひとつ力を持ってんだよ!」
「ど、どういうことだ……?!」
良順は一番近くにいる勇美の腕を掴んだ。紫色に変色しており、勇美は苦しそうに息をして大量の脂汗を掻いていた。良順はその腕に自身の片手を近づけた。淡い桃色の光が放たれ、勇美の腕から紫色が消えた。
「良順、ありがとう!」
「な、まさかそれは……回復力?!」
「そうでーす⭐︎だからいくらお前が毒を仕込もうとも無駄なんだよ!」
「何だと……?!」
良順は負傷した数人の患部を次々と回復していった。ちさとは舌打ちをして片手を挙げた。途端に金棒が出現した。
「鬼に金棒……安易過ぎじゃね?」
「まぁ鬼の定番だけどねぇ」
「でも殺傷能力は高そうだわ!だってあの金棒、燃えてるわよ!」
「ハナ殿の言う通りさ。一撃でも食らったら体が灰になる。さぁ避け切れるかな?」
ちさとは早速金棒を振り回した。驚きと恐怖で死者達が悲鳴を上げた。が、ちさとの位置から死者達のいる場所は一番遠い。山崎は呟いた。
「ここに来る前に何とか食い止めるしかあらへんな」
ちさとはゆっくりと前進しながら金棒を振り回した。補佐隊員と新選組隊士達は各々必死に避けていた。その時、金棒を避ける為にジャンプした千代が、着地する際に体勢を崩して倒れた。千代の目の前に金棒が迫る。
「しまった……!」
その時。目の前に大きな人影が現れた。
「ぐっ……!千代殿、大事ないか?!」
「近藤さん!」
金棒を止めている近藤の刀は激しい黄色の光に包まれていた。時折チリチリとした音を放つそれは雷だった。炎と雷がせめぎ合っているのだ。
「無茶だよ!あんたでも止められない!燃やされちまうよ!」
「わしは平気だ!今の内に体勢を整えて援護してくれ!」
「分かったよ!」
千代は立ち上がるとすぐさま、ちさとに向かって杖を向けた。大量の鋭い葉が飛び出して鬼の無数の目に刺さった。
「うわああああ!」
ちさとは絶叫して金棒を放り出した。
「今だな!」
土方がすぐに動いた。彼の刀から氷が飛び出し、あっという間に金棒は炎もとろとも凍ってしまった。地面と一体化した金棒はそう簡単には溶けない。
「クソっ!でも、君達はまだ僕にひとつも致命傷を与えられていない。それじゃあ、いつまで経ってもこの僕は倒せないさ!」
ちさとは得意気に言った。一同は悔しげに唇を噛み締めた。
「奴の言う通り、このままじゃ埒が明かないよ。たかむらはまだ来ないのかい?」
「厩戸さんが言ってたみんなで力を合わせるのって絶対こいつのことっすよね?なら、やっぱりたかむらさんがいないと!」
「そうだよ……たかむら!まだなの?早く来てよ!」
一向に姿を現さないたかむらに対して苛立ちを露わにしながら、勇美はちさとの顔面目掛けて火炎放射を繰り出した。が、彼はカウンター攻撃を仕掛けてきた。自分の放った技が跳ね返って来るのを察知した勇美は避けようとした。
「勇美殿!」
真っ先に近藤が叫び、刀を抜いて走った。だが、間に合わない。勇美は覚悟を決めて目を瞑ったその時。目の前で閃光が炸裂し、ちさとが叫んだ。
「うがああああ!」
勇美は目を開けると、鬼は悶え苦しんでいた。
「えっどういうこと……?」
すると、元春が瓦礫に埋め尽くされた屯所の方向に目を向け、大声を上げた。
「たかむらさん!」
「えっ?」
そちらに目をやった勇美は驚いた。
「たかむら!」
技を繰り出した両手をゆっくりと下ろすと、たかむらは勇美に歩み寄った。
「勇美。これでまた俺に借りができたな」
「ハア?あんた、復活してますます性格悪くなったんじゃない?」
「お前こそ、一人前になったと思いきや俺に助けられるようじゃまだまだだな」
「た、助けてくれなんてひとことも言ってないんですけど!」
呆れた様子でハナが顔をしかめた。
「喧嘩してる場合じゃないわよ!たかむら!こいつを止めるの早く手伝いなさいよ!」
「まぁ、そう焦んなよ」
先程まで悶え苦しんでいたちさとが落ち着きを取り戻して言った。
「……クッこれくらいのことでは僕は倒せない……たかむら一人戻ってきたところで何も変わらないよ」
「それはどうだろうな」
たかむらはニヤリと笑った。
「ど、どういうことだ?」
たかむらは球体の中で必死に使者達を守っている厩戸に向かって目配せをした。厩戸は大きく頷き「頼んだぞ」と言った。
「皆、聞いてくれ!俺が合図を送る。そうしたら水晶をあいつに向けろ!一斉に力を放つんだ!」
一同は大きく頷いた。
「そうはさせるか!」
ちさとが再び無数の鋭い糸を放った。が、上手く避けた者、食らってしまったものの良順の力により回復した者がおり、攻撃は全く効かなかった。
「くっ……打つ手なしか?いやまだだ……!」
ちさとが再び技を繰り出そうとしたその時、たかむらの両手から大量の水が噴射され、たちまち水龍になり、ちさとの顔面に食らいついた。
「うがあああああ!」
攻撃をもろに受けてちさとが怯んだ。すかさずたかむらは全員に向かって叫んだ。
「今だ!行くぞ!」
一同は武器を構えると、水晶を鬼に向けた。それぞれの水晶から色とりどりの鋭い光が放たれ、ひとつになる。赤、青、緑、黄、白、桃、灰、橙、紫、茶。その虹色の光線が鬼の腹に命中したかと思うと、背を貫通した。全身から色とりどりの光りが放出され、鬼は粉々になって砕け散った。
暗闇が晴れ、元の曇天の空に戻った。虹色の眩い光が消え去った後には力無く横たわるちさとの姿が残された。一同が様子を見に駆け付けると、ちさとはゆっくりと目を開けた。
「たかむら……どうやら……また僕は……君に負けたようだ……」
その体は半透明になり、今にも消えそうだった。たかむらは屈むとちさとの顔を覗き込んだ。
「負けを認めないお前が悪いんだぞ。大人しくしてりゃこんなことにはならなかった。おかげでお前は天国にも地獄にも行けねぇ。霊界のチリになる」
ちさとはゆっくりと頷くと言った。
「……今気付いたことがある……僕はただ……君が羨ましかった……近づきたかっただけだったんだ……」
「はぁ?気味の悪いこと言ってんじゃねぇよ」
「僕はただ……皆に認められたかったんだ……君は僕が持っていないものを……沢山持っていて……皆に認められていた……それが羨ましくて……仕方なかったんだ……もっと……素直になれば……君と親しくなって……色々教わることが……出来たのかもしれない」
「誰がお前みたいな奴と……。俺だってお前のことなんて大嫌いだったぜ。お前の所為で俺は流罪になったんだ。人生を滅茶苦茶にされて誰がお前なんかと仲良くしようと思う?」
ちさとは目を逸らしてしばらく黙り込み、やがて静かに口を開いた。
「……高須に殴られそうに……なったあの時……なぜ君は……僕を助けた……?嫌っていたなら……放っておく……はずだろ……」
たかむらは少し考えると、ぼそっと呟いた。
「……うたじろうのことは嫌いじゃなかったからだ。ったく今更遅せぇんだよ」
ちさとは驚いた表情を浮かべた。その不器用なたった一言が自分に対するたかむらの本心だと分かったからだ。
その時、勇美の脳裏に深野の姿が浮かんだ。
(同じだ……。アタシも深野さんと友達になりたかったけど、気づくのが遅過ぎた。ちさともたかむらも同じなんだ)
それまでは裏切られた悲しみや悔しさが渦巻いていた心が温かくなるのを感じた。今の勇美には二人の気持ちが痛いほど分かった。
「……猫の姿で……助手をやってる時……とても楽しかった……僕にも仲間がいるんだって……一人じゃないって思えた……例え偽りでも……嬉しかった……」
居ても立っても居られず、勇美が叫んだ。
「偽りなんかじゃない!アタシは本気であんたを……うたじろうのこと仲間だと思ってたんだから!あんたはいつもアタシやみんなを気遣ってくれた。あれが全部演技だったなんて思いたくない!」
「そうさね。私が両親に手紙を渡した時、あんたは一緒に泣いてくれたじゃないか」
「ハナちゃんが殺された時、酷いって怒って泣いてくれましたよね。それにうたじろうさんはいつもボクを助けてくれました」
「そうよ。同じ動物として誰よりも私の気持ちを理解してくれたのはうたじろうだったじゃない。まぁ中身は人間だった訳だけど」
ハナの言葉にちさとは遠慮がちに笑った。
「高須を地獄に送った時オレに自信を持たせてくれたのも、ここに戻った時みんなに声掛けてくれたのも全部うたじろうだったじゃん!」
「おぬしは補佐隊員ではなかったが、いつも全力で皆を助けてくれた」
「怖いとか言いながら毎回必ず地獄への案内に付き添ってくれたしな」
「ハナがここへ来るまであんたはいつも浪川のこと支えてくれたな。誰もやらへんさかい、自分がやらな思うとっただけやろうけど、ほんまは放っとけへんかったんやろ?そら優しさや。ほんまの優しさは偽りの自分じゃ出せへんで」
「山崎殿……」
ちさとが言葉に詰まっていると、沖田が躊躇いながらゆっくりと口を開いた。
「今だから言えることなんですが……私が死ぬ前に療養していた家には黒い野良猫が棲みついていましてね。見る度に不吉な気持ちになってとても嫌だったんです。だから、最初はあなたのことも嫌いでした。でも、気付いたらそんな気持ちは消えていたんです。何故だか分かりますか?うたじろうさんが私にとても良くしてくれたからですよ。私はうたじろうさんのことを良き友だと心から思っていたんですよ」
沖田が優しく微笑むと、ちさとは堪え切れずに大粒の涙を流した。
「皆さん……。こんなに酷いことをしたのに……どうしてそこまで僕のことを……」
「勘違いすんなよ。皆が褒めてんのはうたじろうのことだぜ。まぁでもうたじろうもお前なんだから同じか……ったく気づくの遅せぇっての。どこかで会ったらまた仲間になればいいだろ。まっ、霊界のチリになっちまったら無理だけどな」
たかむらの言葉にちさとは静かに微笑んだ。その直後、彼の体は透明になり、間もなく消えた。しばらくの間、誰も口を開かなかった。皆それぞれ自分の中に様々な思いを抱えていた。厩戸は彼らの中には加わらず球体を解いて、死者達を安全な場所に誘導していたが、それが終わると少し離れた場所から彼らの様子を静かに見守っていた。
長い沈黙の後、勇美がそっと呟いた。
「うたじろう……いつかまた会おうね」
キラキラと輝くチリは美しく、それはまるで星屑のようだった。
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