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久遠洞
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謹慎中のあの人が、校門から少し離れた高架下に身を隠すよう立っている。
私を除いて誰も彼の正体には気づかない。
げっそり頬がこけ、不潔極まりない無精ヒゲはまるで入院病棟から抜け出した末期癌患者みたいだ。
一ヵ月前に停学処分が解けたけど、私が登校したのは今日が最初。
もしかして、下校時を狙ってずっと待ち伏せしていたのかな……。
だとしたら少し嬉しい。
そして、かなりの罪悪感。
吸い寄せられるよう、私の骨身は漸くあの人の元へと向かう。五十七日ぶりに。
この胸の高鳴りがバレないよう、なるたけ自然に振る舞ってみる。
「変装のつもり? 不審者丸出しですよ」
「やっと来たな。この不良め」
「そんなレベルなんてとっくに越えてますけど」
私につられて、土木作業員風の彼も苦笑。
「よく今まで通報されませんでしたね?」
「世の中は偏見で満ちている。だが、その偏見が今回ばかりは功を奏したのさ」
確かにその通り。この国はまだまだ閉鎖的で保守的で排他的なんだ。
「ついに見つけたよ」
彼のその一言に、これまで続いていた沈鬱の呪縛が嘘のように退いていった。
「さすがは暇人ですね」
「ひどい褒め方だ」
「いえ、褒めてないですよ。どうせ暇ならヒゲくらい剃ったらどうなんですか? せっかく私をさらいに来たんだから、身だしなみにも気を遣ってください」
ここで彼が俯いて黙り込んだ。
私は彼を愛している。故にその心を読むことなど実に容易い。
「『報告に来ただけ』とか、今更そんなダサイ焦らしプレイはやめてくださいね?」
「ユキ……」
「イヤです」
「まだ何も言ってないぞ」
「文哉さんの考えることなんて筒抜けですよ。この期に及んで先生面しないでください」
「……」
「どうして躊躇するんです? 私達が社会によって引き裂かれる直前、ユキは誓いました。『永遠に文哉さんとずっと一緒にいる』って。……見つけたんでしょう、それが叶う聖域を?」
「ああ、そうだよ。私は今からそこへ向かう。その報告のため、私はユキを待ち続けた」
「報告は受けました。すぐに行きましょう。……クルマはどこです?」
「ユキはまだ若い。人生はやり直せる」
こういう臆病なところに腹が立つ。
私は露骨に舌打ちをして言ってやる。
「教え子に手を出しておきながら真人間気取りですか? やめましょうよ。私だって人生詰んでます。家族は私を腫れ物扱いですよ。学校に居場所なんてどこにもない。私、もうここに来ません。今から文哉さんと共に聖域へ向かうんですから世間体とか義務とか秩序とか、そんな概念どうでもいいんです。……お忘れですか? 誓ったのは私だけじゃありませんでしたよ?」
「ユキ……」
「後生ですから、哀れな私をこんなところへ置き去りにしないでください。哀しみ続けて無駄に独りで生きるより、死後もあなたに寄り添っていたいんです」
徐に頷いた文哉さん、私の肩をそっと抱いた。
「私は最低の人間だな。教師として……一人の大人として……」
「至福の時間を頂きましたけど?」
まだ弱音を吐こうとした文哉さんの両肩に手を乗せ、私は背伸びして「ん」と口づける。
ヒゲが痛い。
でも、これも悪くないかも……。
************************
文哉さんが見つけた洞窟にやって来て、今日で何日が経過しただろう。
私達は数えきれないほど抱き合った。何度も何度も彼のモノが私の中に挿入され、その都度オーガニズムに達した私の喘ぎ声が洞窟内に大きく反響した。
白目を剥いたまま、昇天した私は失禁してしまう。
正気に戻った私は文哉さんの顔を撫でまわす。
「そんなにヒゲが気に入ったかい?」
「ええ、とっても。……私にはまだ生えませんね」
「見てみたかったよ。幸成が成人男性になったところを」
「一緒にお酒を飲みに行きたかった」
「本当だな。ここへ来る前に連れて行けばよかった」
気丈に振る舞う私達。
だけども、かなり無理をしている。
酸素が足りない。洞窟の入口を塞いでしまったから。
「文哉さん……あと一回、できる?」
「いや……残念だが……今のが最後のつもりで……」
「私、できるよ。……文哉さん、そのままでいてね」
「え……まさか……」
「最後の最後にさ、私が文哉さんの中に入るの。これって男同士の特権だよ?」
男子校で出会った文哉と幸成。教師と生徒の禁断の恋、まして男同士。
誰が祝福なんてするだろう。閉鎖的で保守的で排他的なこの国の民が……
文哉さんには抵抗する余力も残っていなかった。
私だって実はかなり無理をしている。
でも、最初から決めていた。
死ぬ時は二人が交わったままだって……。
永遠に……私達……二人きりだよ……
************************
「人間の分際で永遠とかほざいてんじゃねーよ。くだらねえ」
白骨化した二体の屍の前、腕組みしながら立つのは若き女人。
両端に銀の十字架がぶら下がる黒のフードをかぶりつつ、美しい体を覆うのは一転してかなりきわどい純白のハイレグスーツ。
右の眼球にエバー・グリーン、左は血の色を配するオッドアイだが、彼女の場合は結膜の色までが左右異なっている。
屍術師……死者をゾンビやスケルトンとして操る魔法使いである。
一つの頭蓋骨に腰掛け、彼女は薄ら笑いを浮かべた。
「おっさん、牝のニオイも嫌いじゃねーよな? 何しろ結婚して三人のガキまで作ってんだからな。……ホラ、思う存分嗅いでろよ。オメーにはこれで十分だ」
次にもう一体の骸に、何やら怪しげな呪いを唱える。
程なくして命を吹き込まれたスケルトンがすっと立ち上がり、屍術師の背後に寄り添う。
満足そうにペロッと舌を出し、スケルトンの頭を撫でてやる女。
「幸成、感謝しな。オメーに永遠を与えてやったのはこのアタイだよ。こんなスケベ椅子じゃねーし。これからはアタイと二人きりだ」
フタリ……キリ……
スケルトンと化した幸成。
全ての肉が腐り削げ落ちてなお、そこに表れるは一点の曇りなき少年の微笑。
私を除いて誰も彼の正体には気づかない。
げっそり頬がこけ、不潔極まりない無精ヒゲはまるで入院病棟から抜け出した末期癌患者みたいだ。
一ヵ月前に停学処分が解けたけど、私が登校したのは今日が最初。
もしかして、下校時を狙ってずっと待ち伏せしていたのかな……。
だとしたら少し嬉しい。
そして、かなりの罪悪感。
吸い寄せられるよう、私の骨身は漸くあの人の元へと向かう。五十七日ぶりに。
この胸の高鳴りがバレないよう、なるたけ自然に振る舞ってみる。
「変装のつもり? 不審者丸出しですよ」
「やっと来たな。この不良め」
「そんなレベルなんてとっくに越えてますけど」
私につられて、土木作業員風の彼も苦笑。
「よく今まで通報されませんでしたね?」
「世の中は偏見で満ちている。だが、その偏見が今回ばかりは功を奏したのさ」
確かにその通り。この国はまだまだ閉鎖的で保守的で排他的なんだ。
「ついに見つけたよ」
彼のその一言に、これまで続いていた沈鬱の呪縛が嘘のように退いていった。
「さすがは暇人ですね」
「ひどい褒め方だ」
「いえ、褒めてないですよ。どうせ暇ならヒゲくらい剃ったらどうなんですか? せっかく私をさらいに来たんだから、身だしなみにも気を遣ってください」
ここで彼が俯いて黙り込んだ。
私は彼を愛している。故にその心を読むことなど実に容易い。
「『報告に来ただけ』とか、今更そんなダサイ焦らしプレイはやめてくださいね?」
「ユキ……」
「イヤです」
「まだ何も言ってないぞ」
「文哉さんの考えることなんて筒抜けですよ。この期に及んで先生面しないでください」
「……」
「どうして躊躇するんです? 私達が社会によって引き裂かれる直前、ユキは誓いました。『永遠に文哉さんとずっと一緒にいる』って。……見つけたんでしょう、それが叶う聖域を?」
「ああ、そうだよ。私は今からそこへ向かう。その報告のため、私はユキを待ち続けた」
「報告は受けました。すぐに行きましょう。……クルマはどこです?」
「ユキはまだ若い。人生はやり直せる」
こういう臆病なところに腹が立つ。
私は露骨に舌打ちをして言ってやる。
「教え子に手を出しておきながら真人間気取りですか? やめましょうよ。私だって人生詰んでます。家族は私を腫れ物扱いですよ。学校に居場所なんてどこにもない。私、もうここに来ません。今から文哉さんと共に聖域へ向かうんですから世間体とか義務とか秩序とか、そんな概念どうでもいいんです。……お忘れですか? 誓ったのは私だけじゃありませんでしたよ?」
「ユキ……」
「後生ですから、哀れな私をこんなところへ置き去りにしないでください。哀しみ続けて無駄に独りで生きるより、死後もあなたに寄り添っていたいんです」
徐に頷いた文哉さん、私の肩をそっと抱いた。
「私は最低の人間だな。教師として……一人の大人として……」
「至福の時間を頂きましたけど?」
まだ弱音を吐こうとした文哉さんの両肩に手を乗せ、私は背伸びして「ん」と口づける。
ヒゲが痛い。
でも、これも悪くないかも……。
************************
文哉さんが見つけた洞窟にやって来て、今日で何日が経過しただろう。
私達は数えきれないほど抱き合った。何度も何度も彼のモノが私の中に挿入され、その都度オーガニズムに達した私の喘ぎ声が洞窟内に大きく反響した。
白目を剥いたまま、昇天した私は失禁してしまう。
正気に戻った私は文哉さんの顔を撫でまわす。
「そんなにヒゲが気に入ったかい?」
「ええ、とっても。……私にはまだ生えませんね」
「見てみたかったよ。幸成が成人男性になったところを」
「一緒にお酒を飲みに行きたかった」
「本当だな。ここへ来る前に連れて行けばよかった」
気丈に振る舞う私達。
だけども、かなり無理をしている。
酸素が足りない。洞窟の入口を塞いでしまったから。
「文哉さん……あと一回、できる?」
「いや……残念だが……今のが最後のつもりで……」
「私、できるよ。……文哉さん、そのままでいてね」
「え……まさか……」
「最後の最後にさ、私が文哉さんの中に入るの。これって男同士の特権だよ?」
男子校で出会った文哉と幸成。教師と生徒の禁断の恋、まして男同士。
誰が祝福なんてするだろう。閉鎖的で保守的で排他的なこの国の民が……
文哉さんには抵抗する余力も残っていなかった。
私だって実はかなり無理をしている。
でも、最初から決めていた。
死ぬ時は二人が交わったままだって……。
永遠に……私達……二人きりだよ……
************************
「人間の分際で永遠とかほざいてんじゃねーよ。くだらねえ」
白骨化した二体の屍の前、腕組みしながら立つのは若き女人。
両端に銀の十字架がぶら下がる黒のフードをかぶりつつ、美しい体を覆うのは一転してかなりきわどい純白のハイレグスーツ。
右の眼球にエバー・グリーン、左は血の色を配するオッドアイだが、彼女の場合は結膜の色までが左右異なっている。
屍術師……死者をゾンビやスケルトンとして操る魔法使いである。
一つの頭蓋骨に腰掛け、彼女は薄ら笑いを浮かべた。
「おっさん、牝のニオイも嫌いじゃねーよな? 何しろ結婚して三人のガキまで作ってんだからな。……ホラ、思う存分嗅いでろよ。オメーにはこれで十分だ」
次にもう一体の骸に、何やら怪しげな呪いを唱える。
程なくして命を吹き込まれたスケルトンがすっと立ち上がり、屍術師の背後に寄り添う。
満足そうにペロッと舌を出し、スケルトンの頭を撫でてやる女。
「幸成、感謝しな。オメーに永遠を与えてやったのはこのアタイだよ。こんなスケベ椅子じゃねーし。これからはアタイと二人きりだ」
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