太陽の烙印、見えざる滄海(未完)

よん

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introduction

departure

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 朝食を済ませて両親に特別な挨拶をするでもなく生家――【閑古鳥】を後にしたオレ達は、旅支度のためカムチャカ一の繁華街へと足を向けた。
 程よいナイフと水袋を二人分購入、もはやこの生まれ故郷で為すべきことは何もなかった……そう思ったオレはセリスナと共に王都行き(リョンで途中下車予定)の馬車乗り場へ移動しようとした矢先、

「ちょっと待ちなさいよ、馬鹿ハークっ! ついでに、そこの馬鹿巨乳メロンズもっ!」

 赤毛のエリスが偉そうに腰に手を当て、オレ達の前へ立ち塞がった。

「……やれやれ、馬鹿フールに『馬鹿』と言われちゃおしまいだな」
「だからボクは道化フールだって! まだボクの用が済んでないんだからねっ!」
「またトイレか?」
って言うなっ! それに違うしっ! 昨日言ったじゃんっ! 『2500ラントの買い物をした』ってさ。今からそれを受け取りに行くんだよっ」
「何処まで?」
「すぐそこの鍛冶屋さ。ボクと共に来る者は、命を捨ててついて来いっ!」

……どんな鍛冶屋だよ。

「死にたくないんで、オマエ一人で行って来いよ」
「右ニ同ジアルノナ」
「ふぁぁぁっ!? べ、別に危険じゃないからっ! 小さなおじいさんがやってる至って普通の鍛冶屋なんだっ。お願いだからついてきてっ?」
「なら最初からそう言え! いちいちまどろっこしいんだよッ!」

 キャッと短い悲鳴を上げて物陰に隠れるエリス。
 そして、オドオド顔を出して言う。

「……ごめんね、ハークお兄ちゃん。いい子になるからもう怒らないで?」

 コ、コイツ! 
 ここぞとばかり、また何かのセリフ吐いてるな! 上目遣いがあざとすぎる。本気で謝ってないのは明白だ。

「はーく、あの”赤イ貧乳”メンドクサイアルノナ」

 完全同意だが、オレはその面倒な相手に生前15年、転生後は12年も一緒にいるんだ。さすがに慣れた。それでも、今みたいにたまにキレるけど。




「ここだよっ」
 
 エリスに連れられやってきたのは、古色蒼然たる小さな鍛冶屋。
 トントンカンカン何かを打つ音が激しく響くけれど、家屋に足を踏み入れるとそこには物語に登場するドワーフによく似た侏儒しゅじゅが一人だけ。熱い空間で老骨に鞭打ち、大きなハンマーや火バサミを駆使して真っ赤な金属を鍛えている最中だった。

「おじいさん、おはようっ! あ、紹介するねっ。この金髪の理屈家はボクのお兄ちゃん。その横にいるのはカタコトおっぱい」
「誰が理屈家だッ!」
「チャント紹介スルアルノナ」
「いいじゃんっ、大体あってるしっ」

 老鍛冶屋が作業の手を止め、初対面のオレとセリスナをギロリと品定めする。シワだらけの顔が余計にシワシワだ。

「ねえねえ、約束通りお金持って来たよっ! できたっ?」
「……オマエ、何を頼んだんだ? 反社会的勢力の白い粉とか?」
「そんなんじゃないよっ。いいモノ♪ ……で、おじいさん、どうなの?」
「フン! ワシを見縊みくびるなよ、赤い嬢ちゃん。あんなもん造作ないわ」

 ドヤ顔を見せる老鍛冶屋に対し、エリスの放った次なる一言が凄い。

「自信満々……
「小娘ェ! たった今『ワシを見縊るな』と言うたばかりじゃぞ!」
「あぁん、そんな細かいコト気にしないのっ。単純にFBI捜査官のセリフが言いたかっただけなんだからさっ」
「だとしても、使いどころが……」
「ハークは黙っててっ! さ、おじいさん。焦らしてないで早く見せてっ!」
「銭が先じゃ。2500ラント、本当に用意したんじゃろうな?」
「モチのロンっ! ほらっ、金貨2枚に銀貨が5枚っ! あと、リンゴが一つに飴玉二つ」
「それはもういいって」

 金の威力は絶大だった。
 ずっと無愛想だった老鍛冶屋が、エリスの手の平に満面の笑みを浮かべて釘付けだ。

「おじいさんっ! まだあげないからねっ? 売買成立させないと」
「……お、おおぅ。そうじゃったな。暫し待たれよ」

 寸刻の後、金庫にしまっていた依頼のがエリスの手元に渡る。
 一見コンパクトな木箱だが、当然中身があるのだろう。
 オレとセリスナに背を向けてその中身を一人で確かめたエリス……よほど満足したのだろう、いきなり老鍛冶屋を力いっぱい抱きしめた。

「ありがとうっ、ボクの求めていたモノと寸分たがわぬ品だよっ! おじいさんには感謝してもしきれないっ! 本当はお礼のキスくらいしてあげたいけど、ハークお兄ちゃんがヤキモチ焼くからやめとくねっ!」



「オレ、焼かないよ」



「うげっ!? ハ、ハークっ! ひどいっ、可愛い妹をこんな小汚ないジジイに売る気なのっ?」
「『焼かん』言うとるぞ。ほれ、キスしておくれ」

 年甲斐もなく、頬を染め唇を突き出す老鍛冶屋……やっちまったな、エリス。

「ヤ、ヤだっ、絶対ヤだよっ!! キスはア、ア、アイツっ! カタコトおっぱいが担当なんだからっ!」
「アターシャ、きす封印中」

 キス封印って……そのためのフェイスベールなのかな? まさかね。
 とにもかくにも、これで全ての用事は済んだ。元より、最後のはオレ達の用事じゃないけどな。

「じゃあな。先に行ってるぞ」
「ちょっ!? 待ってよっ! この状況でよくも大事な妹を見捨てられるねっ? ボク、ぶっちゃけ貞操の危機なんだけどっ?」
「たかが感謝のキスだろ。それも、わざわざ枯れた老人に火を点けたオマエに原因がある」
「ソーユーコトアルノナ」
「ひ、ひぃぃぃ――っ!!!!!! ハークの薄情者っ!!!」

 心外だな。自分の蒔いた種くらい自分で刈り取ってくれ。

  

 オレとセリスナは鍛冶屋にエリスを置き去りにしたまま、ようやっと馬車乗り場に到着した。人影は予想に反して疎らだった。
 王都へ向かう八人乗り四頭立ての乗合馬車オムニバスは一日二便で午後はない。宵狼グロウが出没する夜の移動は危険だからだ。
 先発の乗合馬車オムニバスは早朝に出ている。【神官宮プリースペル】の鐘楼が正午の鐘を打つと、本日最終便がここを発つ。
 この便に乗らないと、オレ達はもう一晩【閑古鳥】に泊まらなくてはならない。
 感謝の気持ちとして金貨まで置いてきたんだ。さすがにカッコ悪いので、どうしてもそれだけは避けたい。無論、運び屋キャリヤーの馬車に同乗を願い出る選択肢もあるが、彼らから法外な運賃を要求されるのは目に見えている。
 リョン行きのチケットを購入しようとした時、セリスナは意図的にオレを盾にした。

「……え?」
「アターシャ、文無シアルノヨ。ダカラ気前ヨク奮発シロアル」
「でも、さすがに自分の馬車賃(銀貨2枚)くらい持ってるだろ?」
「ソレクライハアル。デモ惜シイアルノナ。冒険者、普通ハ歩クアル。馬車賃ナンゾドブニ捨テルヨウナモノ」

 何て正直な言い訳なんだ。
 まあ、いいさ。どうせ最初から払う気でいたし、そもそも馬車を利用するのは冒険に不慣れなオレやエリスのためだってわかってるから。
 ただ、当たり前のように馬車賃を要求するその態度に若干戸惑っただけだ。
 どれ、少し意地悪な態度に出てやるか。

旅の仲間パーティの馬車賃くらい出してやってもいい。その代わり、その黒いフェイスベールを取ってオレに素顔を見せてくれないか?」
「見テドウスルアルカナ?」
「どうするって……別にどうもしないさ。だけど気になるじゃないか。一緒に行動する仲間の素顔くらい知っておきたいよ」
「顔ハ勘弁。オパーイデヨケレバ……」

 えぇッ!? そんな簡単に生乳おっぱいを拝ませてくれ……って、目的が違うッ!!!
 そんなのエリスに聞かれたらまた……

イテッ!」
「ハークのエッチっ! ヘンタイっ! 何さ、巨乳メロンズばっかり夢中になって……どうせボクの胸なんて虫刺されモスキートバイトだよっ!!!」

 振り返ると、空の水袋でオレの後頭部を殴った涙目のエリス……ん? 何やらさっきまでと様子が違う。
 それでいて、妙に懐かしい……。



――あぁぁッ!!! 

 そうだ!
 生前、エリスのトレードマークとも言うべき、こっちの世界カスピアナでは存在しないそのアイテムが彼女の顔の中央に乗っかっている。
 早くもタンコブができている頭を押さえながら、オレは訊く。

「エリス……その、どうしたんだ?」

 すると、彼女は平らな胸を反らせてこう言った。

「買ったっ! 第1部完!」
 


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