太陽の烙印、見えざる滄海(未完)

よん

文字の大きさ
35 / 36
development

friend

しおりを挟む
「ああっ! どうしてうまくいかないんだよっ!」

 エリスが半ベソをかいて、崩れるようにベッドへ寄りかかる。
 たった一個のお手玉もまともにできない道化師フールの我が妹。
 悪趣味なピンク色に塗られた馬糞玉バフンダマがコロコロ床を転がり、丹精にねた主の足元へとそれが辿り着く。
 セリスナはセリスナでピンク色には目もくれず、床の上に膝を抱えてそこに直接座り込んでいた。
 こちらも事が思い通りに運ばず、そのショックで立ち直れないようだ。
 当然だろう。愛馬フレベル奪還が己のミスによって、またも遠のいたのだから。
 本来なら彼女には別室があてがわれていたんだけれど、一人にしておくと心配なのでオレが強引にこの部屋へ引っ張ってきたんだ。

 それにしても、空気がどんよりと重い。
 この沈鬱な流れを変えるのがオレの役目だということは重々承知している。
 さりとて、ヘタな慰めや介入は却って逆効果……それどころか、とばっちりを受けるのは目に見えて明らかだ。
 だからこそ、あえてオレも難しい顔をして沈鬱の深淵に同化している。まるでカメレオンの如く。
 余談だけれど、カメレオンがその体の色を変える理由は何も擬態カモフラージュだけではないらしい。
 何故なら、彼らはその能力によって自在に体温調整するから。
 或いは、交尾を迎える際にも色を変えたりする。威嚇、妊娠中などにも目立つ色に変化し、その理由は擬態カモフラージュと程遠い……って、これ全部イアン叔父さんの受け売りなんだけどさ。

 スタング氏が昏睡状態に陥って丸一日。
 オレ達はいまだ、屋敷の一室に籠ることを余儀なくされている。
 薬草ハーブを服用したスタングが無事に目を覚まさない限り、ここを離れることは許されないからだ。
 考えてみれば当たり前な話ではあるけれども、それ以上にランジェの脅し文句が三人(……あ、エリスは別か)に重く圧し掛かっている。


 私が真実を打ち明ければ、咎められ訴えられるのはそっちです



 その真実が何をさすのか……。
 勿論、最初に失敗した薬草ハーブを騙してスタングに飲ませたことは間違いないんだけど。
 果たしてそれだけだろうか。
 オレが危惧するのは、エリスのがランジェの耳に入ってやしないか……それが一番の気掛かりだ。
 即ち、


「前に言ってたよね? 『亜人間デミ・ヒューマンの村に嫌気がさした』って」



 もしそれをランジェが聞いていたら、セリスナの正体はバレたも同然だ。
 そして、それさえも暴露されてしまったら……オレ達は今度こそパーティを解散せざるを得ない。
 亜人間デミ・ヒューマン人間ヒューマンの生活圏にいることからして、この世界では非常識とされているのだから。
 それにしてもエリスめ、つくづくお喋りなヤツ!


「ハークっ! さっきからどうして黙っているんだよっ? 可愛い妹がこんなにも悪戦苦闘してるってのにっ!」

 オマエは逆に黙った方がいい……。
 人の気も知らずにコイツは相変わらずマイペースだな。

「アドバイスしていいのか?」
むしろしてよっ! あるんならさっ!」
「その前に訊きたいんだけどオマエさ、馬糞玉バフンダマをキャッチする直前で手を引っ込めてるのは何で?」
「は? だ、だって……突き指とか怖いし」

 驚いたな。無意識じゃなかったのか……。道理で取れない筈だぜ。
 ならば、話は簡単だ。
 オレは日本のアニメは殆ど興味ないけど、唯一ハマったのがサッカーアニメの『キャプテン燕』だ。何しろ生前のオレはプロを目指すほどのサッカー少年だったから、夢中になるのも当たり前だ。
 ”キャプつば”は日本のみならず、いまだ世界中に人気があって、各国を代表するスタープレイヤーも子供の頃はテレビの前に釘付けになっていたのは有名な話。
 ただし、どういうわけかサッカー発祥の地として知られる我がイギリスだけ”キャプつば”はオンエアされなかった。
 当時、そんな日本版”キャプつば”をわざわざ信号変換機能付きDVDプレーヤーで観せてくれたのは……言うまでもない。
 オレはそのアニメの名言を拝借して、悩めるアニオタの妹を救おうと試みる。

「エリス。”ボールは友達、怖くないぞ”」
「は、はうっ!?」

 その刹那、虚ろだったエリスの目が一気にパッと開く。

「だからさ、友達なんだから大切に守ってやれよ。友達を床に落っことしたら可哀想だろ?」
「馬糞はトモダチ……」
「そこを強調するな。対象は同じ球体スフィアなんだから”ボール”のままでいいだろ」
「わかった! ありがとうっ! まさか、ハークお兄ちゃんの口からアニメネタが飛び出すとは思わなかったよっ!」

 そこからのエリスの上達ぶりはさすがだった。
 一度も失敗せずに”ピンクの友達”は彼女の手の平に無事おさまった。本来なら失敗するレベルじゃないんだが。
 だからって、これで喜ぶのは早過ぎる。
 最低でも、をあと二人は増やさないといけないんだ。カスケードもできないままじゃ、到底”道化師フール”なんて名乗れやしないしな。

……ん?

 友達を増やす、か。
 逆転の発想だ。

 サーペントマスター、薬草師ハーバリスト道化師フール……
 厄介者ではなく、そこにもう一人、として仲間パーティに加えてみたらどうだろう? 

 そう、曲馬師エクエストリアンを!

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

シリアス
恋愛
冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処理中です...