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development
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「ああっ! どうしてうまくいかないんだよっ!」
エリスが半ベソをかいて、崩れるようにベッドへ寄りかかる。
たった一個のお手玉もまともにできない道化師の我が妹。
悪趣味なピンク色に塗られた馬糞玉がコロコロ床を転がり、丹精に捏ねた主の足元へとそれが辿り着く。
セリスナはセリスナでピンク色には目もくれず、床の上に膝を抱えてそこに直接座り込んでいた。
こちらも事が思い通りに運ばず、そのショックで立ち直れないようだ。
当然だろう。愛馬フレベル奪還が己のミスによって、またも遠のいたのだから。
本来なら彼女には別室があてがわれていたんだけれど、一人にしておくと心配なのでオレが強引にこの部屋へ引っ張ってきたんだ。
それにしても、空気がどんよりと重い。
この沈鬱な流れを変えるのがオレの役目だということは重々承知している。
さりとて、ヘタな慰めや介入は却って逆効果……それどころか、とばっちりを受けるのは目に見えて明らかだ。
だからこそ、あえてオレも難しい顔をして沈鬱の深淵に同化している。まるでカメレオンの如く。
余談だけれど、カメレオンがその体の色を変える理由は何も擬態だけではないらしい。
何故なら、彼らはその能力によって自在に体温調整するから。
或いは、交尾を迎える際にも色を変えたりする。威嚇、妊娠中などにも目立つ色に変化し、その理由は擬態と程遠い……って、これ全部イアン叔父さんの受け売りなんだけどさ。
スタング氏が昏睡状態に陥って丸一日。
オレ達はいまだ、屋敷の一室に籠ることを余儀なくされている。
薬草を服用したスタングが無事に目を覚まさない限り、ここを離れることは許されないからだ。
考えてみれば当たり前な話ではあるけれども、それ以上にランジェの脅し文句が三人(……あ、エリスは別か)に重く圧し掛かっている。
私が真実を打ち明ければ、咎められ訴えられるのはそっちです
その真実が何をさすのか……。
勿論、最初に失敗した薬草を騙してスタングに飲ませたことは間違いないんだけど。
果たしてそれだけだろうか。
オレが危惧するのは、エリスのあの不用意な発言がランジェの耳に入ってやしないか……それが一番の気掛かりだ。
即ち、
「前に言ってたよね? 『亜人間の村に嫌気がさした』って」
もしそれをランジェが聞いていたら、セリスナの正体はバレたも同然だ。
そして、それさえも暴露されてしまったら……オレ達は今度こそパーティを解散せざるを得ない。
亜人間が人間の生活圏にいることからして、この世界では非常識とされているのだから。
それにしてもエリスめ、つくづくお喋りなヤツ!
「ハークっ! さっきからどうして黙っているんだよっ? 可愛い妹がこんなにも悪戦苦闘してるってのにっ!」
オマエは逆に黙った方がいい……。
人の気も知らずにコイツは相変わらずマイペースだな。
「アドバイスしていいのか?」
「寧ろしてよっ! あるんならさっ!」
「その前に訊きたいんだけどオマエさ、馬糞玉をキャッチする直前で手を引っ込めてるのは何で?」
「は? だ、だって……突き指とか怖いし」
驚いたな。無意識じゃなかったのか……。道理で取れない筈だぜ。
ならば、話は簡単だ。
オレは日本のアニメは殆ど興味ないけど、唯一ハマったのがサッカーアニメの『キャプテン燕』だ。何しろ生前のオレはプロを目指すほどのサッカー少年だったから、夢中になるのも当たり前だ。
”キャプ燕”は日本のみならず、いまだ世界中に人気があって、各国を代表するスタープレイヤーも子供の頃はテレビの前に釘付けになっていたのは有名な話。
ただし、どういうわけかサッカー発祥の地として知られる我がイギリスだけ”キャプ燕”はオンエアされなかった。
当時、そんな日本版”キャプ燕”をわざわざ信号変換機能付きDVDプレーヤーで観せてくれたのは……言うまでもない。
オレはそのアニメの名言を拝借して、悩めるアニオタの妹を救おうと試みる。
「エリス。”ボールは友達、怖くないぞ”」
「は、はうっ!?」
その刹那、虚ろだったエリスの目が一気にパッと開く。
「だからさ、友達なんだから大切に守ってやれよ。友達を床に落っことしたら可哀想だろ?」
「馬糞はトモダチ……」
「そこを強調するな。対象は同じ球体なんだから”ボール”のままでいいだろ」
「わかった! ありがとうっ! まさか、ハークお兄ちゃんの口からアニメネタが飛び出すとは思わなかったよっ!」
そこからのエリスの上達ぶりはさすがだった。
一度も失敗せずに”ピンクの友達”は彼女の手の平に無事おさまった。本来なら失敗するレベルじゃないんだが。
だからって、これで喜ぶのは早過ぎる。
最低でも、友達をあと二人は増やさないといけないんだ。カスケードもできないままじゃ、到底”道化師”なんて名乗れやしないしな。
……ん?
友達を増やす、か。
逆転の発想だ。
サーペントマスター、薬草師、道化師……
厄介者ではなく、そこにもう一人、友として仲間に加えてみたらどうだろう?
そう、曲馬師を!
エリスが半ベソをかいて、崩れるようにベッドへ寄りかかる。
たった一個のお手玉もまともにできない道化師の我が妹。
悪趣味なピンク色に塗られた馬糞玉がコロコロ床を転がり、丹精に捏ねた主の足元へとそれが辿り着く。
セリスナはセリスナでピンク色には目もくれず、床の上に膝を抱えてそこに直接座り込んでいた。
こちらも事が思い通りに運ばず、そのショックで立ち直れないようだ。
当然だろう。愛馬フレベル奪還が己のミスによって、またも遠のいたのだから。
本来なら彼女には別室があてがわれていたんだけれど、一人にしておくと心配なのでオレが強引にこの部屋へ引っ張ってきたんだ。
それにしても、空気がどんよりと重い。
この沈鬱な流れを変えるのがオレの役目だということは重々承知している。
さりとて、ヘタな慰めや介入は却って逆効果……それどころか、とばっちりを受けるのは目に見えて明らかだ。
だからこそ、あえてオレも難しい顔をして沈鬱の深淵に同化している。まるでカメレオンの如く。
余談だけれど、カメレオンがその体の色を変える理由は何も擬態だけではないらしい。
何故なら、彼らはその能力によって自在に体温調整するから。
或いは、交尾を迎える際にも色を変えたりする。威嚇、妊娠中などにも目立つ色に変化し、その理由は擬態と程遠い……って、これ全部イアン叔父さんの受け売りなんだけどさ。
スタング氏が昏睡状態に陥って丸一日。
オレ達はいまだ、屋敷の一室に籠ることを余儀なくされている。
薬草を服用したスタングが無事に目を覚まさない限り、ここを離れることは許されないからだ。
考えてみれば当たり前な話ではあるけれども、それ以上にランジェの脅し文句が三人(……あ、エリスは別か)に重く圧し掛かっている。
私が真実を打ち明ければ、咎められ訴えられるのはそっちです
その真実が何をさすのか……。
勿論、最初に失敗した薬草を騙してスタングに飲ませたことは間違いないんだけど。
果たしてそれだけだろうか。
オレが危惧するのは、エリスのあの不用意な発言がランジェの耳に入ってやしないか……それが一番の気掛かりだ。
即ち、
「前に言ってたよね? 『亜人間の村に嫌気がさした』って」
もしそれをランジェが聞いていたら、セリスナの正体はバレたも同然だ。
そして、それさえも暴露されてしまったら……オレ達は今度こそパーティを解散せざるを得ない。
亜人間が人間の生活圏にいることからして、この世界では非常識とされているのだから。
それにしてもエリスめ、つくづくお喋りなヤツ!
「ハークっ! さっきからどうして黙っているんだよっ? 可愛い妹がこんなにも悪戦苦闘してるってのにっ!」
オマエは逆に黙った方がいい……。
人の気も知らずにコイツは相変わらずマイペースだな。
「アドバイスしていいのか?」
「寧ろしてよっ! あるんならさっ!」
「その前に訊きたいんだけどオマエさ、馬糞玉をキャッチする直前で手を引っ込めてるのは何で?」
「は? だ、だって……突き指とか怖いし」
驚いたな。無意識じゃなかったのか……。道理で取れない筈だぜ。
ならば、話は簡単だ。
オレは日本のアニメは殆ど興味ないけど、唯一ハマったのがサッカーアニメの『キャプテン燕』だ。何しろ生前のオレはプロを目指すほどのサッカー少年だったから、夢中になるのも当たり前だ。
”キャプ燕”は日本のみならず、いまだ世界中に人気があって、各国を代表するスタープレイヤーも子供の頃はテレビの前に釘付けになっていたのは有名な話。
ただし、どういうわけかサッカー発祥の地として知られる我がイギリスだけ”キャプ燕”はオンエアされなかった。
当時、そんな日本版”キャプ燕”をわざわざ信号変換機能付きDVDプレーヤーで観せてくれたのは……言うまでもない。
オレはそのアニメの名言を拝借して、悩めるアニオタの妹を救おうと試みる。
「エリス。”ボールは友達、怖くないぞ”」
「は、はうっ!?」
その刹那、虚ろだったエリスの目が一気にパッと開く。
「だからさ、友達なんだから大切に守ってやれよ。友達を床に落っことしたら可哀想だろ?」
「馬糞はトモダチ……」
「そこを強調するな。対象は同じ球体なんだから”ボール”のままでいいだろ」
「わかった! ありがとうっ! まさか、ハークお兄ちゃんの口からアニメネタが飛び出すとは思わなかったよっ!」
そこからのエリスの上達ぶりはさすがだった。
一度も失敗せずに”ピンクの友達”は彼女の手の平に無事おさまった。本来なら失敗するレベルじゃないんだが。
だからって、これで喜ぶのは早過ぎる。
最低でも、友達をあと二人は増やさないといけないんだ。カスケードもできないままじゃ、到底”道化師”なんて名乗れやしないしな。
……ん?
友達を増やす、か。
逆転の発想だ。
サーペントマスター、薬草師、道化師……
厄介者ではなく、そこにもう一人、友として仲間に加えてみたらどうだろう?
そう、曲馬師を!
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