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第16章 何かが足んねえ

何かが足んねえ 4

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 ゴミみたいときやがったか……。

 確かにレベル39の軍艦をザコ呼ばわりしいとも容易く吸収したみてーだから、目の前の黒猫にすりゃレベル7なんざ実際ゴミだろうぜ。

 異論はねえ。
 当面の残弾は心配ねーとしても、それを気にしながらスペル魔を召喚してたんじゃ絶対に隙が出てくる。今後も白海星しろヒトデの出番はあるだろうし、白鬼だってそろそろ補充を考えなきゃなんねえ。場合によっては新たに人魚マーマン5号も召喚ぶ必要があるだろう。

 大量のティッシュはそこにあんだし、躊躇う理由なんてねえ。


 あるとすりゃ……フレールだな。


 あの艦に残る元子分共――白衛門、小園……絶対にいらねーけどオマケ扱いの黒リータは海戦後そのまんまこっちで乗組員クルーとして受け入れることは可能だ。……この俺が106ここの島主になると仮定して、な。

 だが、フレールだけはそうじゃねーんだ。
 海戦に敗れこの軍艦に吸収されるってこと即ち、フレールの死を意味する。
 当然だな。ヤツもそうやってレベルを6つ上げたんだからよ。

 下剋上……レベル7のフレールがあの乗組員クルーだけでこのレベル106に勝てる確率は万に一つもねーだろ。

 殺すか。

 元々、アイツも俺を殺す魂胆だったんだ。お互い様だぜ。


 だが……。


《言ったよね? 『キミがワタシ以外の誰かを好きになるなんて絶対に許さない』って……。年増にメロメロなキミが憎かった。ただそれだけ》


 今更だが、ありゃどーいう意味だったんだろ?


《このワタシがキミを独占してるってコトも同時に覚えててくれる?》


 憎まれ口ばっか叩いてきやがったが、本当はこの俺が好きだったんじゃねーのか?

 あん時は頭がカッとなっちまってロクに心理分析もせず、そのまま夜を待ち人魚マーマン3号改め白鯨の背に乗りフレールを捨てて現在いまに至る。


 ここにきて急激に情が湧いたか?
 らしくねーな。
 前世でグゼゲドフと名乗っていた頃、真剣に愛していた女を自身の手で絞殺したこの俺様が、ションベンくせえ亡霊モドキのガキなんかに惚れるわきゃねーだろ。

 殺す。そこに明白な理由があるなら尚更だ。

 だがよ、こう見えて俺は公平な男なんだ。

 衝動的にフレールを吸収する前に、106こっち舵輪ラットはどうなんだ? クソみてぇな女だったらこの俺自ら下剋上を演出してやるぜ。

「おい、黒猫」
「いい加減にしろ! 僕はアンドリューだ。キミも一度はそう呼んだじゃないか」
こまけーな。どっちでもいいだろが」

 眉毛もねーのに、ムッと眉をひそめやがる。

「よくないな。人にはちゃんとした名前があるんだ。キミは何か? かの有名なアダム・スミスでさえもwigカツラと呼ぶのかい?」
「知らねーよ、そんなマイナーなオッサン!」
「マイナーどころじゃない! あの『国富論』の著者、スコットランドの英雄だぞ。社会的分業の必要性を説き『富とは国民の労働で生産される必需品と便益品』の名言を残した近代経済学の父――そのアダム・スミスだ。己の無知さ加減をよそに気安く暴言を吐くなよ!」

 従者のヘンリーも引くほど突如として激高した愛国心溢れる黒猫に、俺は圧倒されつつ冷静にそれをかわす。

「だからオメーは人じゃねーと何度言わせりゃ気が済むんだ。それより、話を進めさせろ!」
「言ってみろ」

 まだ怒ってやがる。黒猫の死骸の分際で偉そうによ。
 しゃーねえから呼んでやるか、コイツの名前。

「アンドリューはこの俺に島主の座を譲ると言ったな?」
「先にも述べたが、それには我が舵輪ラットの承認がいる」
「だったら、とっととここに呼べ」
「ところが、事は簡単に運ばないから困る」
「何で?」
「原因はキミの品行方正だ。言った筈だよ。我が舵輪ラットは物静かで行儀のよい人間が大嫌いなんだ」

 強烈な皮肉を噛ましてきやがる。
 それでようやくわかった。コイツが俺のキ○タマ発言でキレた理由が。
 察するに、ここの舵輪ラットは俺に会いたくねーらしい。
 ムカついた俺は艦内の天井に向かって叫ぶ。

「ヘン! お高くとまりやがって気に入らねーな! オイ、舵輪ラットよ。オメーだって所詮は鴉王の売女ばいたの一人に過ぎねぇじゃねーか! この腐れマ○コのヤリ○ンが!」
「決定的だな」

 アンドリューは頭を抱えてそう零しやがった。
 横のヘンリーも苦虫を噛み潰したみてーな顔して俺を睨んでやがる。

「キミの目的は何なんだ? 僕とサルガタナス様の練りに練った計画を一瞬でダメにして嬉しいか?」
「うるせーよ! 俺はオメーと違って誰の操り人形にもならねーからな! 生きたいように生きる。なりたい自分になる。『俺は今日生きたぞ!』……そう胸張って言えるような人生を歩いていくんだ!」
「それでカッコつけてる積もりか? その前の発言全てが下ネタなのを忘れたか!」
「こっちも好きで下ネタ吐いてんじゃねーぞ! 元はと言えば、ティッシュマスターのパワーの根源が精子って時点からして品行方正の真逆を行ってんだろが!!!」
「そんなことあるもんか! キミが僕の知っていた岩清水拓海ならば何もかもうまくいっていたんだ!」
「だろうな。あの臆病なガキがいまだにこの岩清水拓海を牛耳ってたら、この多島海アーキペラゴにすら来てなかっただろうぜ。生まれ育った屋敷でジジイ手作りのスイーツと節分豆食いつつ規則正しく一日五回、咲柚を想像しながらハアハアシコシコしてただろーな! そうして何の刺激も何の望みもねぇ退屈な生き方を全うし年老いて死んでいくんだ! だがな、俺はそんな死に方だけはごめんだぜ! 例え海の底に沈んでこの肉体が滅びようと、俺は魂だけで鴉王に挑んでやる!」



《じゃ、今すぐ溺死してくださる? ”例え”じゃなく……》



 ようやくお出ましか。

 上辺だけのクソ女め!
 
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